野良箱

同人漫画サークル

夢野久作「ドグラ・マグラ」

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)
(1976/10)
夢野 久作

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ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)
(1976/10)
夢野 久作

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【あらすじ】
男が目覚めると、窓に鉄格子のはまった部屋の中にいた。
男は、記憶喪失になっており、自分の名前もここがどこなのかも分らない。
壁の向こうから少女の絶叫が聞こえてくる。
「…お兄さま、お兄さま、お兄さま、お兄さま、お兄さま…お隣の部屋にいらっしゃるお兄様…あたしです。あたしです。お兄様の許婚だった…あなたの未来の妻でしたあたし…あたしです。あたしです。どうぞ…どうぞ今のお声をモウ一度聞かして頂戴…聞かして…聞かしてエーッ…お兄様、お兄様、お兄様、お兄様…おにいさまアーッ…」
「…タッタ一言…タッタ一コト返事をして下されば…モヨコと…あたしの名前を読んで下されば…ああお兄様」(以下略)

【途中までネタバレなし感想】
ヒロイン「呉モヨ子」の名が、オーケンが昔使っていた芸名の元ネタだそうです。

冒頭歌「胎児よ 胎児よ 何故躍る 母親の心がわかって おそろしいのか」は、聞いた事ありました。どこで知ったのかわかりません。
表紙に見覚えがあるので、書店で手にとって最初だけ立ち読みしたことがあるのかもしれません。

もっと、難解で読み進めるのが大変で意味不明な本だと思っていました。
しかし、実際には、するする頭に入ってきて、文章はわりと平易で読みやすかったです。
ところが、「で、結局どういう話なのか説明して」と言われると凄く難しいです。
睡眠中に見る夢みたいなもので、目の前に現れては消える数行は、確かにリアリティがあって明確に理解できているように思えるのに、全体を繋げると混沌とするのです。

作中に「ドグラ・マグラ」なる小説が出てきます。
この書き出しが、本書と同じであり、また、その要約から言っても、この作品と同じものだと言えそうです。
上巻の最初の方で、この先の内容を予告しているのです。
入れ子形式といいますか、マトリョーシカといいますか、考えているうちに頭がグルグルしてくるようなつくりです。

上記の作中作ほか、調査書や遺書、論文、新聞記事などが登場し、メタ・フィクション的な手法がとられています。
それぞれ、中身の文体が異なります。

「モット」や「トテモ」などの、カタカナの使い方が独特で面白いです。

「心理遺伝」や「脳髄は物を考えるところに非ず、全身細胞意識の電話交換手にすぎない」、「胎児の夢―胎児は母胎の中で、先祖代々の進化過程を夢見、その大部分が悪夢である」などの概念が出てきます。
「心理遺伝」で検索すると、出てくるのは「ドグラ・マグラ」に関する記述がほとんどでした。
夢野久作、独自の仮説だったのでしょうか。そもそも、作者はそれを本気で信じていたのでしょうか。

心理学、犯罪学、脳神経学、解剖学を絡めつつも、探偵小説、ミステリとして読める作品でした。
謎が段々解けてきたかと思うと、またわけがわからなくなったりで、どんどん次のページをめくりたくなりました。

腐乱死体、死体解剖、殺人など、グロテスクな要素や、変態性欲に関する描写が多いので、苦手な人は注意してください。
むしろ、そういうのが好物だという方には、オススメの作品です。

モヨコの美しい様の描写が大変可憐でした。

怪奇趣味やオカルティックな科学などが渾然一体となりストーリーと結びついていて、大変面白かったです。
【以下、ネタバレあり感想】

時間の概念が滅茶苦茶なようです。

作中作「ドグラ・マグラ」の解説では、最初と最後の時計の音が実は同一のものかもしれない、精神病患者が見たほんの一瞬の夢なのかもしれない、というようなことが書いてあります。

この文章全体を書いているのが、「私」こと「呉一郎」なようです。
狂人の意識の中では、身に覚えの無い殺人やそれにまつわる心理を、若林博士、正木博士をモデルにして、自分なりに理路整然と組み立て描写しているつもりなのかもしれません。
狂人視点なものだから、時系列がぐちゃぐちゃなのではないでしょうか。

どの部分が現実なのか、どこからが妄想なのかはっきり分りません。正木博士の遺書や若林博士の実験、新聞記事の内容等は、客観的事実としてみて良いのでしょうか。

一郎とモヨコが結婚し、記憶を取り戻すと実験成功とは、どういうことだったのでしょう。
モヨコが実在するのかすら怪しい気もします。
自分は何の努力もせず、やむを得ぬ事情で、無理やり美少女と結び付けられたいという願望の現われだったりしませんか。

途中、一郎の母を殺したのは、一郎ではなく正木博士なのかと思いましたが、最後の「私」の独白を見ると、一郎が自ら、母・千世子を殺めたように見えます。殺人の光景を主観的に述べているのです。

上巻の「絶対探偵小説 脳髄は物を考える所に非ず」のアンポンタン・ポカン博士というのは、一郎のことですよね。
一郎は、人通りの多い往来で脳髄論について演説していたようです。
下巻、ラストあたりで、どう歩き回ったか分らないが、自動車の警笛や自転車のベル、叱咤する人々の声を聞いていつのまにか教授室に戻っているというシーンがあります。
これが、演説していた時に関するおぼろげな記憶なのではないでしょうか。
脳髄論が、若林・正木両博士の受け売りなのか、それとも一郎自身の創作なのか分らなくなりました。

仮に、隣室にモヨコが実在し、博士達の論文や実験が本当にあったとして、狂人視点ではない時系列を考えて見ます。

一郎、母・千世子と父・正木博士の間に生まれる。

一郎、母親を殺害する。

正木博士が、一郎に絵巻物を見せる。

結婚前日、一郎がモヨコを殺害する。

一郎、精神病院に入院する。

モヨコは、仮死状態であったため、若林博士によって蘇生させられる。

一郎、狂人解法治療場で、地面を掘り続ける。

一郎、自説の脳髄論を演説する。

正木博士が、それを元に脳髄論を書く。

大正15年10月19日、一郎、午砲とともに、開放治療場の患者5人を殺傷。

一郎、七号室に戻る。壁に頭を打ち付けて気絶。

正木博士、遺書を書く。

翌日、大正15年10月20日、冒頭のように目覚めた一郎、若林博士と正木博士による実験を受ける。一郎、頭痛が残っている。一郎、過去の自分や他の患者が、誰一人居ないはずの治療場に実在するように錯覚する。
一郎、遺書は書いたもののまだ生きていた正木博士を追い詰める。

同日、正木博士自殺。

翌月、大正15年11月20日。
一郎、冒頭のように目覚める。
若林博士による実験を受けたか、または受けていないのに、過去の実験体験と、患者殺害後、正木博士自殺後一ヶ月という事実とを混ぜたような、一瞬の夢を見、それを20時間であるかのように錯覚している。
もしくは、ここ数ヶ月の精神病院生活を濃縮、乗算したような妄想に囚われている。

この、大正15年11月20日を狂人視点で書いたのが、「ドグラ・マグラ」ということでしょうか。
そして、一連の作品を書き上げたあとで、作中作として追加した。そんな感じですか。

一郎は、大正15年10月20日から11月20日の間に何度も実験があり、毎度同じ夢遊病状態に陥り、それを若林博士が記録しているのではないかと推理しています。
実験が複数回行われたのか、それとも1度きりだったのか分りません。
患者殺傷以前にも、記憶回復実験が行われており、それが引き金となって事件を起した可能性もあります。
一郎が目覚めてから、正木博士と若林博士が同時に登場するシーンのないらしいことが気になります。

一郎は、本当に科学の為に翻弄され発狂させられた悲劇の実験体なのでしょうか。
それとも、全ては発狂した状態で行った殺人に対して、自分が被害者であるかのように思い込んでの妄想であり、それをさらに発狂した頭で現実であるように錯覚しているのが、本書の全文ということでしょうか。

最初と最後で繋がるループものになりそうだと予想していました。…と書こうとしていました。
実際、twitterに「終わり方は予想通り」と書きました。
しかし、冒頭と終わりが同じ時計の音であるということは、作中作「ドクラ・マグラ」の説明として上巻に書いてあるので、予想するまでもなくオチを知っていたわけです。
それをすっかり忘れてました。

正木博士が、自分を犯人だと言い、若林博士との共犯であることをにおわせつつ、実は正木博士の単独犯で、みたいな展開になった時、怪奇要素を盛り込んではいるけど、現実的な話なのだなぁと思ったのですが、やっぱり怪奇小説でした。
先祖の犯した罪や変態性欲が遺伝しており、それが蘇って無意識の殺人を行った、ということ自体が、正木博士の仮説証明であり、狂人解法実験の成功だったのか、あるいは、全てひっくるめて一郎の創作なのか…といった所ですかね。

深読みすると、この物語全体を通して、これはあれを表してるとか、あれはああだとか、様々な解釈ができるらしいですが、私にはそれができないので、表層的に内容をなんとか理解できないか苦戦している、という上記の状態までで終わっておきます。

巻末の解説を読むと、「この小説を読んで、誰一人わかった、といいきれるものはいないだろう」「解説者自身の内面世界を映し出す鏡のようなのである」と書いてあります。
ぜひ、他の人や先人達の「ドグラ・マグラ論」を読んでみたいです。

最後にどうてもいいのですが、「キチガイ地獄外道祭文―一名、狂人の暗黒時代―」が予想外に長くて参りました。
いつまでチャカポコするんだ!これ、いつ元の文体に戻るんだよ!というか、ちゃんと冒頭部分を現実とする世界まで戻ってくるんだろうね!?と心配になりました。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:本・雑誌

  1. 2009/03/16(月) 16:21:32|
  2. 読書感想文(小説)

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