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天童荒太「悼む人」(いたむひと)

悼む人悼む人
(2008/11/27)
天童 荒太

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帯には、【第140回直木賞受賞作 聖者なのか、偽善者か?「悼む人」は誰ですか】と書かれています。

【あらすじ】
青年・坂築静人は、人の死んだ場所で「悼み」を行い、全国を訪ね歩いている。
静人は、「悼み」の前に、周囲に聞き込みをし、亡くなった人は、誰に愛され、誰を愛し、どんなことをして人に感謝されていたかを確認する。
そして、それを胸に死者を悼む。
左膝を地面につき、頭上に挙げた右手と地面スレスレに下ろした左手を胸の前で重ねるのが、悼みのポーズだ。
週刊誌でエログロな記事ばかり書いている男・蒔野抗太郎、末期癌を患った静人の母・坂築巡子、夫殺しの罪で服役を終え出所した女・奈義倖世、三者と静人をめぐるエピソードが描かれている。

【途中までネタバレなし感想】
静人も死んだ人も殺した人もその他の誰もが、完全に善であるとも悪であるとも、言い切れないように描かれていました。

静人の悼みの旅についての批判的な意見やデメリットについて十分に書かれており、決して手放しで賛美する内容ではなかったのが、変に宗教がかっていなくて良かったです。

静人の悼みは、人の亡くなった原因や状況をほとんど無視し、あくまでも、特別な人間がそこに存在していたのだという事実に主眼が置かれていました。

命の重さに優劣をつけるのは、当たり前に行われています。
有名人や重大事件に関わる死は重く、そうでないささやかな死は軽く扱われます。
人々が、ある死については、かわいそうにと言うのに、ある死については、死んで当たり前、自業自得だと言うのです。
それは悪いことでしょうか。
極悪人も善良な人も同じ重さの命として扱うことの方が間違いであるかもしれません。
特に不幸にも亡くなった善良な市民の遺族にとっては許せないと思います。
しかし、静人の場合は、全ての命を平等に扱おうとしています。
それには、賛否両論あるでしょう。

テレビで亡くなった人について、いい人だった、かわいい子だった、皆から好かれていたなどと報道されると、私は、チャンネルを変える事が多いです。
見ても、その側から忘れていきます。
事故にしろ殺人にしろ、必要以上に犠牲者や遺族に同調しないようにしています。
具合悪くなるので。

静人は違います。覚えきれるはずもないだろう死者に関する膨大なメモを読み返しては心に刻み忘れないよう努めているのです。

【以下、ネタバレあり感想】

私は、最初静人の旅は、変態性欲によるものなんじゃないかと思ってました。

以前、HPで子供の死体を扱って逮捕された教師は、「元気で可愛かった子が苦しんで死んでしまった」ことに性的興奮を覚えるタイプだったようです。
静人もそんな人で、自分の欲求の為に旅をしているだけなのに、周りから聖人扱い、巡礼者扱いされることもある、って話なのかと思ったんです。

全然、違いました。
悼みのポーズや、死者を忘れない心というのは、子供の頃からのものらしいです。
終盤、自殺する代わりに悼む人になったのではないかという、静人の意見が出てきました。

静人がどんな気持ちで旅をしているにしろ、瀕死の蒔野のように、自分が死んだら悼んでくれる誰かを求め、その人が居ることで安心して生き、死んでいくことができるという癒しに繋がっている場合があるようです。
逆に、第三者が急にやってきて悼んでくれても、嬉しくないどころか、死者への冒涜と感じる、という気持ちは、分からなくもないです。

静人が悼むことによって、怒ったり苦しんだりする遺族もいました。
つらい記憶を掘り起こされたり、自分を責めたりする結果に繋がるからです。

静人は、死者とばかり向き合う中で、旅に随伴した奈義を生者のまま愛することになりました。
その調子で、母親が生きているうちに帰宅して、静人の帰還を願う巡子の願いを叶えてほしくもありましたが、巡子は、死ぬ時、静人と思われる声を聞き、その胸に、収まるように感じたみたいですし、結果オーライということで。
静人が、本当に帰ってきたのか、巡子の幻覚なのか、どちらでしょうか。
第九章の終わりでは、静人は家に帰るとも帰らないとも分らない表情をしていますし、またしても手遅れの男になった可能性はあります。
一度目に読んだ時の印象が「静人、間に合わなかったんだ」だったので、そちらの方が有力かもしれません。

静人の妹、美汐は、別れた男の子供を妊娠していましたが、静人の存在が邪魔になって、結婚できませんでした。
母の件といい、妹の件といい、傷つく遺族といい、静人の旅は、人を不幸にしている面があります。
悼みの為に、生きている身近な者をないがしろにしているのではないか、と感じる時もありました。
しかし、美汐の元彼・高久保の家は、色々厳しそうだし、彼が、美汐のことを悪く言われても何も言い返せないあたり、一緒になっても幸せになれたか分りません。
むしろ、気心の知れていて明るい怜司が父親代わりになってくれた方が良いと思います。
結果オーライってことで。

雑誌記者の通称エグノこと蒔野は、嫌われ者でかなり下衆な人間として描かれていましたし、その父も駄目人間でした。
しかし、彼らにも確かに誰かを愛し、誰かに愛され、感謝されたことがあったのです。
それで、沢山の人を傷つけたことがチャラになるわけではありませんが。
蒔野は、静人と出会い、静人に関するサイトを作り、我が子のブログを見、父を亡くし、死にかけたことで、かなり人が変わりました。

目の見えるようになった蒔野というのは、巡子の幻覚でしょう。

「あなたを産みたい」「あなたに産んでもらいたい」と願うことは、最大級の愛であるように感じます。
「…きみから…うまれたい」も、蒔野が、彼の父の愛人と寝たらしい描写も、「もう一度、この子の、美汐の、お母さんにしてください」もそれに近いものがあると思います。
また、巡子が亡くなると同時に孫が生まれたことともイメージが重なります。

巡子が孫の産声を聞いたのは、リアルに聴こえていたのか、それとも、死後の聴覚というやつでしょうか。
静人の声の場合、遠くに居ても直接心に響いてきそうです。

奈義は、肩に自分の殺した夫・朔也の亡霊を乗せています。
終盤、奈義は、朔也の声は、本当は自分の意見で、罪悪感の生み出した別人格なのではないかと考えます。
霊に取り憑かれるというより、そちらの解釈の方が現実的だと思います。
しかし、死者が心の中にいて、彼と分かり合えた時に、本当に死んで成仏する、という感覚は、そこまで非科学的でもなく有り得ることなので、各自好きなように読んだら良いと思います。
私は、朔也の亡霊は、奈義の本心、朔也になりきった上での心の声、無意識、みたいなものかと考えています。

奈義が繰り返し複数の男からDVを受けた原因は、他者を愛することを知らず、好きでもない人とばかり付き合い、求められれば簡単に許し、複数と関係を持つことがあったこと等のようです。
朔也も同じような理由で、奈義に暴力を振るったのかと思っていましたが、真相は全く違いました。

朔也は、愛は錯覚で、ヒトの生きる原動力は細胞の力で、自分の死がゾウリムシの死と同じだと思い知るのが怖いから、人間は生をもっともらしく語るのだ、という考えに陥り、神や仏を嘘だと証明できる死に方として、妻に殺されることを選びました。
死に方として、「自殺は嫌だ、自殺は負けだという人がいるから」というところなど、あちこちで見栄を張っています。
なんだかんだで、ゾウリムシと同じだと認めてない感があります。
その点、静人は、ゾウリムシも小鳥も人間も平等なものとして見ることができそうです。
それが、良いことかは分りませんが。

自分自身への愛も、孤独では生まれない、というようなことが書いてありました。
何かの漫画で、「自分を好きになれないような人は、誰かも愛されないって良く言うけど、誰かに愛されて、初めて自分を好きになれるんじゃないかな」ってセリフがありましたが、それを思い出しました。

朔也の最期の言葉とはなんなのか、巡子は孫の顔を見られるのか、静人は親の死に目に会えるのか、など、次へ次へと読みたくなる要素があり、ページをめくるスピードがどんどん上がっていきました。
人間の命や愛に関する問いかけがあると同時に、エンターテイメント性もあったと思います。

個人的には、蒔野の作ったサイト「悼む人」に関する描写が一番楽しみでした。
それが、静人に対する批判でも賛同でも疑問でも、何かしらの反応や情報が書かれているのが良いです。
また、母・巡子がサイトを知る展開も、なにやらワクワクしました。
女医・比田も「悼む人」の存在を知っていましたし。
このサイトがあまりに盛り上がって、スネーク(リアルにウォッチしてネットに報告する人)の出てくる祭りとかにならなくて良かったです。
全国に悼む人の信者や後継者、模倣者が出現して一大ブームになったりすると、それはそれで風当たり強くなりますし、作品のカラーが派手になりすぎると思うので。

静人のような悼みの旅をするのは、経済的にも精神的にも治安的にも色々難しいと思いますし、実際にやったら、作中の静人のように不審者扱いされたり、新興宗教の一員だと思われるでしょう。
身近で起こった死については、その生前の姿を忘れないでいるくらいが精一杯ですし、それで十分だと思います。
それだと、無縁仏などはカバーできませんが。

自分が、身近な人が、誰を愛し、誰に愛され、どんなことをして感謝されたか、意識して生きるのも良いものだと思います。

プロローグは全文、サイト「悼む人」へのメールの内容なんですね。
  1. 2009/03/04(水) 01:00:55|
  2. 読書感想文(小説)

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