野良箱

同人漫画サークル

【小説感想】ジョン・ディクスン・カー「帽子収集狂事件」

【あらすじ】
ロンドンで、帽子を盗んでは無関係の場所に引っ掛ける連続犯マッド・ハッターが話題になっていた。
ある日、ロンドン塔の逆賊門で死体が発見される。頭には、サイズの合わないシルクハットが被されていた。
元政治家のサー・ウィリアム・ビットンは、自身の帽子と、エドガー・アラン・ポーの未発表生原稿を盗まれていた。
創元推理文庫。三角和代 訳。

【途中までネタバレなし感想】
キャラクターが多い上、名前の呼び方が一定ではないので覚えにくいです。
ビットン家だけでたくさんいますし。
カバー折り返しの人物紹介を何度も確認しました。

フェル博士シリーズ長編第2作ですが、これ以外読んでいないので、アメリカ人青年ランポール君が何者なのか分からないまま読んでいました。1作目に出てくるみたいです。

エラリーやアガサの代表作と同年代のミステリなのに、最近書かれた小説と勘違いしてました。
なぜ新しい作品と判断したのか。殺人が密室よりもずっと開けた場所で発覚したせいかもしれません。
それと、引用されている本が最近の作品でも元ネタにされすぎるせいか、時代性を見失いました。

トリックとしては、現代の刑事ものでも鉄板だろうに、なぜかその可能性を考えませんでした。
被害者は、フィリップ・ドリスコルというフリーの記者で、サー・ウィリアム・ビットンの甥です。
サー・ウィリアムは、皆から恐れられる老人で、元愛国的軍拡主義者、かつ、古物収集家でもあります。
甥には厳しいようで、かなり評価の甘いことが、後から読み返すとよくわかりました。

途中までぼんやり読んでいたせいで、フィリップとドリスコルが単独で表示されると同じ人と認識できませんでした。

犯人、マッド・ハッターの正体、ポー原稿の行方、それらを知ってから二度目を読むと面白いです。
物の価値は評する者によって大きく違う、というのがこの上なく表現されており、冗談としても突飛な、ましてや、真相としては信じてもらえないような事実が待っていました。

もっともらしい状況が重なり、犯人候補が絞られたように見えたり、ある意図が表現されていると感じるのに、偶然だった。だから、本当の所が盲点になった、というポイントが複数ありました。

殺人そのものとは無関係だったキャラクター達が、それぞれの行動を取らなかったら、フィリップ・ドリスコルの死には繋がらなかったかもしれません。

既存のミステリに対する言及があるため、フェル博士は、ホームズやデュパンとは違う世界にいることになります。
作中に医者のワトスンが登場します。皆から、ホームズ口調で話しかけられたりすることが大嫌いです。名前と職業がフィクションとかぶってしまったゆえにうっとおしいジョークを言われる人生になってしまったワトスン。

フェル博士は、あまりスマートな紳士ではなく、少し滑稽な振る舞いをしているみたいです。

「もしもーし!」博士はどうやら女性むけの優しい口調を意図しているらしかった。実際は水をがぶ飲みしているように聞こえたが。


【以下、ネタバレあり感想】






ポーの原稿は、サイズの合わない帽子の詰め物にされていました。
貴重な原稿を、そこらのチラシや古新聞扱いしてしまった、と気付いたマークス(サー・ウィリアムの従者)は生きた心地がしなかったでしょうね。
そもそも、帽子に原稿を詰めたのは、帽子がずりおちたらサー・ウィリアムに怒られてしまう、という恐怖からの行動だったのに、もっと恐ろしいことをしでかしてしまったのです。
「貴重な原稿を帽子に入れてもちあるく習慣が私にあるとでも思っているのかね?」が、ほとんど答えだったとは。

帽子と一緒に原稿も盗まれたことになります。
マッド・ハッターこと殺人被害者フィリップ・ドリスコルは、伯父さんであるサー・ウィリアムのポー原稿まで手に入れてしまい、慌てます。
また、ロンドン塔でのローラ・ビットン(サー・ウィリアムの弟レスターの妻)と不倫してるのに、月に一度のサー・ウィリアム訪問日だったことを思い出し、盗んだ帽子やポーの原稿を見つかったら大変だと、一旦帰宅しています。
犯人であるロバート・ダルライ(ロンドン塔副長官メイスンの秘書官で、サー・ウィリアムの娘シーラ・ビットンの婚約者)は、自分で殺してしまったフィリップ・ドリスコルの死体を、逆賊門に遺棄した後、故人の意図しなかったポー原稿盗難を隠すため、暖炉の火で燃やしました。

生きても死んでもサー・ウィリアムを怒らせたらこの世の終わりみたいに考えていそうです。

ロバート・ダルライは、ロンドン塔関係者であると同時に、ビットン家にも縁が深い(シーラ・ビットンと結婚していたら、サー・ウィリアムが義父になった)唯一のキャラクターなので、登場人物一覧の時点で怪しむことはできたのでしょうが、気付きませんでした。

ロバート・ダルライは、脇道にでも死体を捨てるつもりで車に乗ったのに、途中でロンドン塔副長官メイスンが助手席に乗り込んできたため、アリバイを補強するチャンスもかねて、自分の職場へ遺棄したのです。
犯人が、隣の助手席にメイスン長官を、後部座席に死体を乗せてロンドン塔へ来たなど、誰も信じないだろうということでした。
たしかに。

罪をかぶって自殺したレスター・ビットンは災難でしたね。嫁はフィリップ・ドリスコルと浮気するし、シーラ・ビットンとの婚約を助け、借金を肩代わりしてやったロバートは、フィリップ・ドリスコルを殺すし、嫁は容疑者候補だしで。しかも死後、ロバートが自白してかばった(?)意味がなくなる。
レスター・ビットンは、今自分が死ねば、状況的に犯人だと自白しているようなものだと判断したのかもしれません。
上記の不幸だけでも嫌気が差して生きていたくなくなっても不思議ではありませんし。
おつむの足りない娘として扱われるシーラ・ビットンは、婚約者のロバート・ダルライが犯人だと知ったらもっと悲しんでしまいます。レスター・ビットンは、妻もロバートも、兄サー・フィリップも、そして、ビットン家そのものを守ろうとしたのかもしれません。
自殺で確定なんですよね。ローラが殺してませんよね。

「シルクハットをかぶって死にたい」「頭に弾丸を一発」というある日の夜に語った内容の通りに亡くなったフィリップ・ドリスコルとレスータ・ビットンですが、その場にロバートはいなかったらしいので(急いで食事してすぐロンドン塔へ戻った)偶然の一致でした。

死体に刺さった矢はもともとフィリップ・ドリスコルが帽子狂として次の犯行に使うつもりで準備してました。
古い時代の矢でサー・ウィリアムの帽子を首相官邸に突き刺し、政治的な風刺パフォーマンスををしようとしてたのですが実現せず、それが凶器となって殺されました。クロスボウの矢は、レスター・ビットンと夫人のローラ・ビットンが一緒に買ったものであり、報いを受けた感があります。

レスター・ビットンは直接手を下していませんが、嫁の愛人をロバートが代わりに殺したような構造になっています。
本物のレスターなら殺意を抱かず、また、もし殺そうとしても手口が異なっていたでしょうが。

「フィリップだってロバートになりすまして電話してきたことがあるのよ。」
余計なことまでしゃべるシーラ・ビットンですが、これも重要な情報でした。今回の事件では、ロバートがフィリップになりすまして電話をしていました。ただし、名乗っていないので、電話の受け手にフィリップと思われただけで、真似る意図はなかったのかもしれません。
見た目や社交性、交友関係に大きな差があるのに、声だけは似ていたのですね。

スコットランド・ヤードのハダリー警部の推理は、惜しかったですね。大柄な男の犯行、というのは正解だったのです。

今回の事件は、帽子狂としての帽子盗難。帽子につめられていたポー原稿の盗難。フィリップ・ドリスコルとローラ・ビットンの不倫。それを追う女性探偵ラーキン夫人。ロバート・ダルライによる借金返済のためのポー原稿獲得計画。その連絡を受けた古物収集家ジュリアス・アーバーの件が、絡み合って起きたものでした。

アーバーは、大事な原稿が帽子につめられた挙句燃やされているなんて知らないまま話しているようです。
さらに、死者の声を聞いた、と焦っています。電話で聞いたのは、フィリップ・ドリスコルではなくロバート・ダルライのものでした。だから、今も生きているロバートの声を聞けば、死者が蘇ったような不気味さがあるでしょうね。後からでも彼に声の正体を話してあげた方がいいのではないでしょうか。

殺人のほぼ当日、昼ごろ被害者フィリップ・ドリスコルのフラット(イギリスの集合住宅)を訪れ、そして帰ってきたレスター・ビットンは、テンションがおかしく、疲れ、笑っていたと、シーラ(ミス・ビットン)は言います。
あれは、フィリップ殺害に関する話ではなく、妻と彼の情事を見てしまったことによるものみたいです。
いつかの夜に、レスター・ビットンが多額のお金を失ったあとだったとシーラはいいますが、これは、ロバート・ダルライの借金を肩代わりした時のものでしょうか。あとで読み返しますが、もしも別件だったら自分も苦しいのにさらに出費していることになります。

殺人と死体遺棄のあと、酒を飲んで手紙を開封したら、借金がチャラになったという知らせだったロバート・ダルライ。
この手紙自体がいつ届いたのかは不明ですが、これが分かっていれば、彼は、フィリップ・ドリスコルが帽子と一緒に盗んでしまったポーの原稿を収集家ジュリアス・アーバーに売りつけて金を返そうなどとは思わず、フィリップ宅へ行くことも、そこで怒り狂うフィリップと鉢合わせて殺してしまうこともなかったのです。

殺したというより、事故か自殺のように、フィリップ・ドリスコルの胸に矢が刺さってしまったようにも描写されていました。
ロバート・ダルライの主観供述ですから嘘かもしれませんが、これまでの性格を見るにつけ、有り得そうなことでした。

ならば素直に届け出ればよさそうなものではありますが、金のために原稿を手に入れようとしたこと、そのために殺人をしてしまったらしいこと、などがばれれば、借金の存在がサー・ウィリアムに知れ、その娘シーラ・ビットンとの結婚は無しになってしまいます。
帽子にポー原稿を詰めた従者のマークス、借金のことを隠したいロバート・ダルライ、自分が帽子狂でサー・ウィリアムの帽子を盗んだ上、サーの弟レスター・ビットンの妻と不倫していることが知れて援助を打ち切られたくないフィリップ・ドリスコル、その共通の恐怖の対象であるサー・ウィリアム・ビットン。

彼は、盗難の被害者でありながら、一方で元凶の側面も持っています。本人悪くないのですけれど。

あらためて、被害者のフィリップ・ドリスコルには、かなり非があります。同じ不倫にしても、もうちょっとビットン家から離れた人とすればいいのに。帽子を盗むにしても、なにもビットンの長みたいな人からしなければいいのに。
ビットン家の屋敷が存続しないことを嘆いて創作小説にも取り掛かっていたようですが、破壊方面に動いています。
こんな甥フィリップを、誰からも恨まれるいわれのない人間だと認識していたサー・ウィリアム。それだけ、フィリップの猫かぶりがうまかったという事かもしれません。

いかれ帽子屋!ふたたび参上!ずる賢い犯人の行動には政治的な意図があるのか?

「文責/フィリップ・C・ドリスコル」

「手がかりを残さぬ神出鬼没で正体不明の悪漢によって、この街は切り裂きジャック以来の恐怖に陥っている。悪魔的な犯罪の天才、いかれ帽子屋の仕業だ。」



マッチポンプの自作自演です。自分で事件を起こして自分で記事を書いていたわけですが、彼の死後、連続帽子盗難事件がピタリと止んでしまう事になります。
後継者や模倣犯が現れるのか。それとも、さまざまな憶測を呼んで迷宮入りか。
フィリップの死と帽子狂事件が同時に終わったら、気付く人もいそうですけどね。
自社の新聞で連載を持っていた契約記者が逆賊門で死体となって発見される、なんてのはスクープとして取り上げそうですし。

今回のトリックで重要なのは、殺人は、ロンドン塔ではなく、被害者の自宅で起こっていたということでした。
なぜ思いつかなかったのか悔しいです。

最初の方で、モブキャラのようにロンドン塔副長官の秘書官として登場したロバート・ダルライは、フィリップ・ドリスコルの声を、「支離滅裂、頭の回転が速過ぎて、口に出そうとした時には何マイルも先を走っているようなやつだった」「興奮すると、声が高くなりがち」と証言しています。ロバート本人も、最後の犯人告白を見るにつけ、似たようなものみたいですね。
声質そのものと、しゃべり方のトーンが近いのでしょう。

副長官の従者パーカーが目撃した、霧の中、被害者の腕に触れた人影、というのが不倫相手ローラでしょうか。犯行時刻からも、これが犯人と目されていました。全然違いましたけども。一日の昼ごろに予定をたくさん入れすぎです。

この小説で描いているのは、一人の犯罪者による計画的な殺人ではないため、筋道が通っているようでそうではありません。
カルカソンヌ土産の矢を使ったのは、たまたま近くにあったからであり、犯人ロバートは、それを被害者フィリップのものと思っていました。削り取ろうとしたカルカソンヌの文字は、フィリップの体に刺さっていたので見えませんし、レスターとローラのビットン夫妻が買ってきたものだとは知る由もなかったのです。
だから、矢には何の意図もありません。
発見現場が逆賊門であったことも、死体を棄てに行ったら上司に出くわしたので霧に紛れた職場に棄てるとともにアリバイを確保しただけでした。
死体が帽子をかぶっていたのは、本人がシルクハットをかぶって死にたいと言っていたこととは無関係のようです。

このようにその場しのぎのバラバラなことが並んでいるため、推理も、読んで内容を把握するのにも苦労しました。つい犯罪に物語性を求めてしまい思考が引っ張られてしまいます。
それを体現したのがハダリー警部です。最もそれらしいレスター・ビットン犯人説にたどり着きました。

真犯人ロバートの告白をフェル博士がさえぎろうとしなかったら、レスターをかばうためにロバートが作り話をしているのかもしれない、という気持ちを残したまま読み終わるところでした。

ロバート・ダルライは、冒頭から、結構話題に出ており、当日被害者と会う約束をしていたなど、動きが怪しかったのですね。動機が見えなかったため疑っていませんでした。それどころが存在を認識していませんでした。
被害者の伯父の娘の婚約者。遠い。

この時代(第一次世界大戦後)でも、若者のお洒落といえば、「ズボンをずり下げて履く」だったのですね。
ロバート・ダルライは、いわゆるイケてるメンズであるフィリップの友人達に馬鹿にされていました。
その悪口が、「老けた牧師顔」「ロバートおやじ」、などです。あと少ししたら年相応になりそうですのに。
目が悪いと言いますし、ウドの大木というふうないじめられ方に見えます。あまりに言われすぎて、牧師顔を自虐としても使っています。悪い意味に聞こえないのですが、気にしてるんですね。
何をやってもからかいの対象にされてきたのでしょう。
そういった人は、フィリップ・ドリスコスを毛嫌いしそうですが、憧れていた部分も大きいようです。
野心に燃え、女遊びも激しいフィリップは、かっこよく見えたんでしょうね。一歩引けば、かなりの青くささですけども。

最後、事件の真相は世間に公表されず、ロバート・ダルライも裁かれることはなくなりましたが、彼は、今後、シーラ・ビットンと幸せに暮らしていけるのでしょうか。義父がサー・ウィリアム・ビットンとなりますけれど。内心ギクシャクしそうです。
自ら命を絶ったレスター・ビットンの最後の願いとして、うまくやっていけたら良いですね。
ロバートの、レスターへの感謝とシーラへの愛には嘘偽りがありませんから。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/12/12(土) 12:21:42|
  2. 読書感想文(小説)

FC2Ad