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ネヴィル·シュート「渚にて 人類最後の日」感想

(ブログサービスで書影リンク機能が終了していたので、後ほど方法を考えます。)

【あらすじ】
核戦争により北半球が壊滅。アメリカの原子潜水艦<スコーピオン>は、まだ放射性降下物に汚染されていないオーストラリアに滞在する。<スコーピオン>は、シアトル近郊から届く謎のモールス信号について調査することとなる。

【途中までネタバレなし感想】
戦争や軍人を扱った作品ですが、戦闘や暴力表現はなく、終末の日常が描かれています。
生き残った全員が、大まかに余命宣告をされたような状況なのに、それほど絶望的でもなかったように感じます。

ドワイト・タワーズは、ほとんど終わった世界で、もうアメリカ自体が無いのに、それでもアメリカの軍人で艦長という役職があって、階級は大佐という不思議なことになっています。

多くのキャラクターは、「どうせ滅亡するんだから」と投げやりになることもなく、倫理に背かないよう行動してました。
もしかすると平時よりも清廉潔白であったのかもしれません。
「生活の、人類の、己の人生の、現状考え得るもっとも美しい形を、町もろとも残す」という意思がどこかしらにあるようにも見えました。
どんなラベルで保存されるか選べる状態で、もし我を通せば、己や他人の名誉、良心を穢した状態で終了になってしまう恐れがある、そんな時、どう行動するべきか。
例え正解がなくとも、最大限悔いが残らないようにするにはどうしたらよいのか。

タワーズの妻子は、「死んでいることが確定していないが、限りなく故人に近い存在」でした。
家庭は、神聖な墓とも、帰るホームともつかない、侵し難い空気になっています。
タワーズには、戦争と、そこから続く、自身の置かれた状況に現実味を持てません。だから、残してきた家族を思う方がリアルなのです。

モイラの生い立ちや心理状態が丁寧に描写されているため、彼女を特別な存在のように錯覚しますが、
【「きみと同じことを、今朝のあいだに四人の人たちに頼まれたよ。」】
【気がつくと、モイラのほかに、ニ、三人の女性たちがタラップの前に立っていた。】
という箇所で、カメラが一気に後ろへ引いて全体が見渡せた思いがしました。
モイラもまた、たくさんいる似たような人間の一人に過ぎないのですね。

モールス信号の正体を確かめに行くあたり、ワクワクしました。
「無数の猿がでたらめにタイプライターを叩いたら、なかには一匹くらい偶然シェイクスピアの戯曲を書き上げるやつがいるかもしれないだろう。」
長時間傍受して意味を成していたのは、水とコネクトの二語でした。

車好きが多いのに基本的には走行させません、燃料がないからです。
そういう所に架空大戦後の未来感が出ていました。
ガソリンを隠し持っていたり、別のもので代用したりする様子に、知的さと野性味、大人らしさと子供っぽさの、両方が滲んでいました。
ほぼ南半球しか機能していない中、製造、資源の確保、物流は、どうなっているのでしょうか。

薬局にて無料で配布されている箱は、誰が作りどのように行き渡っているのか気になります。
薬剤師は、その手順を知っていますし、最初からは本物を渡さないなど慣れているようでした。

物質の確かさ、というのを端々で意識させられました。

読み手のライフスタイルで感情移入する先が変わりそうですが、誰かしらの登場人物が、共感を持って心に刺さりそうです。

登場時間が短いのにオズボーン一家の行動が響きました。
スウェインのとった行動も象徴的でインパクトがありました。

あさっての方向だとしても、ありがちだとしても、なんらかの情熱を持ち、それをかなえようとする人間は魅力的です。
またそれがかなわない悔しさや無念に打ちのめされる様も美しいです。

体育の100メートル走で、よく、ゴールの何メートルか先を目指すつもりでゴールテープを切れ、と指導されますが、まさにそんな生き様を見せてくれました。

【以下、ネタバレあり感想】






スウェインが、防護服もなしに船を下りて被爆しながら釣りをし、「よく晴れて、最後の日には幸いでした」と言う場面は、この物語のハイライトのひとつでしょう。
彼は、両親と娘の死を見たのです。
これは、タワーズが家族の死を現実のものとして受け入れられずに、今も妻子が生きているかのような言動を取ってしまうのとは対極的です。

オズボーンの母が書いた遺書に「自動車レースで優勝したことを嬉しく思います」とあり、これが作中最も感動した台詞となりました。
すごく普通なんですけども。
また、犬を安楽死させる所が、とても悲しかったです。ずっと登場しているホームズ家の赤ちゃんよりずっと。

このお話、人類存続の奇跡が起きません。
特別に放射能耐性のある人間がいるわけでもありませんし、一発逆転の打開策で生き延びられるわけでもありません。

しかし、落ち込んでじっとしているのではなく、皆、来年以降のことを考え、そこに繋がることを始めるのでした。
庭作りに熱中し、ホッピングを探し回り、習い事をし、車を走らせる。
何かに憑りつかれ、熱に浮かされ、少し狂っているようでもありますが、生き生きとしています。
これを早く、こんな世界の終わりにではなくやっていれば、もっと充実した日々を送れていたのかもしれません。
尻に火がつかないと重い腰を上げられないのは全世界共通なんでしょうか。

彼らは、本当に未来があるとは考えていません。もし本気で人生が続くと思っているなら、モイラはタワーズを奪っています。タワーズは、自沈で家族に会おうとなんてしません。
もうほとんどの生き物は死に絶えており、自分達もそうなる、と分かっているのにも関わらず、未来のことを考えているのは、恐怖をやわらげ、現実に向き合わない逃避なのでしょうか。
だとしても、建設的でよろしいですね。

些細な心配ごとは、癖のように染み付いています。
麻疹対策に頭を悩ませ、自決薬の取扱説明書をよく読み、コードが鼠にかじられて火事にならないか気にする。
コミカルなブラックジョークのようでもありましたが、こういった描写に、人間味が出ていたのではないでしょうか。

モールス信号の正体が分かるまでは、人の生きている可能性がありました。
そうでなくとも、生き物がいるのではないか、と思えますし、もっと有り得ないですが、人類に代わる知的生命体がモールスも言葉も分からないまま打鍵しているとか、これまでに観測されたことのない科学的、または、超常・オカルトな現象が発生しているとか、ファンタジーな解釈もできたのです。
しかし、電波は、外れかけた窓枠とコーラの瓶により、風に揺られて発信されていました。
文章を見た限り、コーラ瓶はテコの原理でいう支点で、窓枠の方が動いている印象ですが、映画(未見)や既読者のコメントでは、コーラ瓶が打鍵していることになっているみたいですね。
どちらにせよ、人も生き物もおらず、別段現実離れした原理で動いているわけでもありませんでした。

大量に流通する、資本主義やアメリカ、コマーシャルの象徴のようなコーラ。その空き瓶だけがある、というのはタワーズが、未だににアメリカの大佐で艦長であることにも通じます。(作中、提督・アメリカ合衆国総司令官に昇進する。)
空虚さより、それでも遺る物、消えず変わらないもの、という確固とした孤独を感じました。
寿命よりももっと長く、風や鉱物・木々といった自然の存在へ近づいた人工物の一種と言う点で共通しているのではないでしょうか。

コーラは、シアトルのモールスで初登場ではなく、物語の序盤で、酒にするかコーラにするか―コーラは去年飲みすぎた、というようなモイラとタワーズの会話に出てきます。

ペプシではなくコカ・コーラ社のものという事でよろしいでしょうか。
コーラの看板やパッケージといえば赤と白です。

死に装束は赤

自殺用の薬は赤い小箱に入っていました。錠剤の色は白です。
モイラは、真っ赤な服を着て、酒に酔った少し青白い顔で最期を迎えました。
オズボーンは、ヘルメットを被りとゴーグルを首から提げて、赤いフェラーリの中で薬を飲みました。
タワーズは、自沈させる<スコーピオン>に、モイラから包装された状態で貰った、赤い文字入りのホッピングを持ち込んでいました。
三人とも、金属の乗り物の中で亡くなっています。

このことから、
全ては赤と白の物質、コカコーラの瓶の中で起こったことだったのだ
コーラisユニバース
コーラが世界
真理はコーラの容器と中身だった
永久に存在するはコーラ
GODコーラ
というような印象になりました。
作者はそこまで極端に構成していないでしょうし、私も本気ではそう思ってないんですけど。

テーマ:読書感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/05/27(水) 04:28:41|
  2. 読書感想文(小説)

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