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遠藤周作「おバカさん」感想

おバカさん (角川文庫)おバカさん (角川文庫)
(1962/08)
遠藤 周作

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【あらすじ】
社会人の兄妹の元に、知らない女性名で手紙が届く。誤字脱字の多いおかしな文章である。
差出人は、間抜けなフランス人、ガストン・ボナパルトだった。
ガストンは行く先々で悪気のない珍騒動を起こし、行動を共にする兄妹も赤っ恥をかくのだった。

【途中まで、ネタバレなし感想】
10年ぶりくらいの再読です。
本を見ながらだと、「引用したい欲」が抑えられず長文になってしまうため、うろ覚えで書きます。

本文開始1~2P目のライトノベル、ギャルゲー、萌えアニメっぷりは驚愕ものですので、その辺に慣れ親しんでいるオタクの人におすすめです。
近頃は、ラノベと一般小説の間みたいな作品が多く、また、あえて古めかしくもったいぶった言い回しを使ったりしますよね。
それ、まんまです。
この小説が書かれたのは昭和ですからわざとそういう文体にしてるわけじゃありませんけど。
「今ねぇ…服を着とる、所です…」「お兄様、さっきもそうおっしゃったじゃないの」

「保名春子(瓦斯トン)=ガストン・ボナパルト」から来た手紙をきっかけに物語が動くわけですが、その前は、寝起きの悪い兄VS兄を起こしに来る妹の攻防戦が描かれています。
「子供の頃はあんなに可愛かったのに、どうしてこうなった」という恐妹家の兄が嘆く様子は、近年のラノベそのものです。「3段階の波状攻撃」という表現や、
 兄「今、一糸まとわぬストリップですがよろしいですか?」
 妹「エッチ!」というやりとりが、
「恋愛シミュレーションゲームの主人公とその妹」に完全一致。

ただし、妹も成人して働いており、新聞の経済面を見て株をやってるような子ですから、ちょっと学園やファンタジー世界を舞台にしたゲームにはしづらいかもしれませんね。
彼女は、兄とは歳が離れており、昔は「おにいちゃま!」と紅葉のような手をしてヨチヨチ後をついてきたそうです。
やはり、まだ存在していなかった「萌え」の概念を狙って書いてるとしか思えない遠藤周作。

兄は、帰宅が遅れる時、妹の機嫌を取る為の技を持っています。
それは、玄関を開けるなりバナナを手渡し「ビタミン満点、美しい、兄妹愛!」とか叫ぶというものです。
「おバカさん」というタイトルは、ガストンを指してますけど、この兄も相当なものです。

開始5P目くらいで早くも、メタ・フィクションネタをかましています。
妹は、一面も三面記事も、ましてやこの「おバカさん」のような役に立たないものなど読まない、というような自虐をしてるのです。(新聞連載小説だった)

兄は、古い外国映画「道」に出てくる、どんなに殴られようとも男についていって、最後には山に捨てられてしまう、白痴系女性の純真さこそが理想だ、と述べています。
一方、妹は、そんなの唐人の寝言だ、男に都合がよすぎる、時代遅れ、と一蹴、兄の夢を打ち砕きます。

メインキャラは、兄妹とガストンの他にもう一人います。
それは、東京星野組所属の殺し屋、「遠藤」です。

遠藤は、今まで読んだ小説キャラで一番好きです。
大学出身のインテリヤクザ、肺病発作持ち、語学堪能、お兄ちゃんっ子、など、属性過多です。

その遠藤が、上述の映画に登場する「男」、ガストンが、「知恵おくれ女」に相当してるようなのです。
映画は未見で、作中引用されていたあらすじとwikipediaで確認したものしか存じませんけど、かなり近いプロットですね。

終戦後の日本を描いているお話で、元ネタの「女」がやっていた役割を男性、しかも、大柄で馬面のアホな外国人に振るあたり、遠藤周作の謎センスが光っています。
これ、ガストンが女キャラだと魅力半減だったと思います。
遠藤や妹との関係性は、男性じゃないと成り立たなかったはずです。

ガストンが下宿先を去り、遠藤の出番が増えると、相対的に兄妹がフェードアウトしていくんですが、それでもちょくちょく出番があって、和ませてくれます。
妹は、兄や職場の男性を見て、「オトコなんてみんな馬鹿」と思っています。
しかし、実は、フランス人が我が家にくると聞いて、内心期待してたんですよ。優雅な美男子とラブロマンスがはじまるかもしれないと。
実際やってきたのは、モサイ見た目で、寿司屋で「ナプキンをしましょうね」とふんどし首に巻いちゃうような馬鹿でしたけど。がっかりクオリティ。
妹は、純情乙女心を胸いっぱいに秘めた、強気キャリアウーマンなのです。

ふんどしは、ガストンが日本にくる舟の中でもらったもので、後に、プチ活躍します。
遠藤とガストンを車に乗せた車は、検問にあい、翌日の新聞に「異国人が、警官に男子用下着を献上す」という記事が載ります。
非常に馬鹿な展開なんですが、兄妹は、気づくのです。

ガスさんは、事件に巻き込まれたんじゃないか? きっと、ふんどしで私達に何か伝えようとしているのよ!

キャラが真面目なほど、状況のシュールさが増して笑えます。

なお、ガストンは、日本語が拙いからカタコトなのであり、考えがうまく伝えられないというだけで、モノローグはクールかつクレバーだったりするのが面白いです。

ガストンの描写には、何度か「こいつアホの振りした天才なんじゃないか。実は素早く器用?人の気持ち知ってて内心ニヤついてるのでは。」と思わせる得体のしれないものがあります。
妹との萌え会話(トークテーマ:恋人はいるか)でも、一瞬赤面した妹を見るガストンが、全部わかってそうな「腹黒ちょいサド」という感じがしました。
なお、遠藤がガストンにつけた仮名が「サド」でした。

兄と遠藤は、同じ大学だった説が浮上しますが、これも妹に揶揄されます。
「お兄様ったら、探偵小説や映画なんかの、犯人とそれを追う刑事が実は幼なじみで、とかそいういうのがお好きだから、自分まで主人公になった気でいらっしゃるんじゃないの、おほほ。」
というわけで、結局真相は、分からず仕舞いでした。

【以下、ネタバレあり感想】

「私しってます エンドさんほんとうはこどもさん好き 犬さん好き エンドさんひとりぽっちだからトモダチいりますね これ私の信念 アナタについてくこと アナタみすてないこと」

遠藤的には「みすてない」って言われる方が腹立つというか、捨てるとしたらこっちがじゃボケ、というのがあると思います。元ネタの映画的にも。
直前から怒りMAXの遠藤。
無理もありません。長年憎んできた兄の仇を殺すため銃の引き金を引いたのに弾が出ない、ガストンにコート預けた隙に抜き取られてたんですから。
執念深く積み上げてきたものを完成直前に、ひょっこり現れたやつにぶち壊されたら誰だって怒ります。しかも、それが、生涯唯一の目標だった場合はなおさら。

金井殺害失敗後、東北に飛んだ遠藤をガストンが追います。
こんな所でガストンを見かけると思わなかった遠藤の驚きっぷりがかわいいです。
熱出して倒れガストンに看病される遠藤ですが、部屋に迷い込んだ蝶(蛾?)の扱いで、二人の命に対するスタンスが見て取れます。

小林殺害の為、山に登るわけですが、前夜、自分が歩けなかったらガストンに背負ってもらおう、とか勝手に考えている所がずうずうしくて好きです。
さらに、ガストンの間抜けな寝顔を見ながら、いつかこいつの頭に銃弾ぶち込むかもな、と想像して暗い快感に浸っているあたりが、ハイレベルな変態だと感じました。
女の顔面ベルトで叩いたり、金井の手を革靴で踏みつけたり、ガストンを殴りつけて昏倒させたりと、ドSな割に、遠藤自信が苦しむ場面の方が多い気がします。

老兵小林強かった。スコップ攻撃は、痛そうで読むのもつらいですね。ここまで来ると萌えにくい。あれは、鈍器というより刃物なんですね。
遠藤一人で来てたら、返り討ちに合って殺されてたのでしょう。
ガストンは、姿を消しました。その時鳥が飛んでおり、後に、兄が、同じ種類の鳥をガストンだと認識しているような箇所がありました。

ガストン・ボナパルトは、母国で神学校に入れなかった馬鹿人間なのか、それとも、神の使いなのかは、不明です。(続編もあるらしいけど未読。)

「彼(ガストン)は、人の悲しみを背負うために、青い遠くの国から、また、のこのことやってくるだろう」というような兄の独白で締めだったはずです。
空路でも海路でもなく、陸路を徒歩で、っていう雰囲気の表現がよいですね。別に、空から来たって「あの野郎、こんな所に、のこのこ顔出しやがって」って言うでしょうけど。

ガストンは、兄妹の価値観にも影響を与えてますが、特に「遠藤ただ一人だけを救済する為、わざわざ日本に来た」と、思わせるストーリーでもありました。

遠藤は、一人目の仇、金井を殺す時、躊躇してたようですし、発作も起こしてました。
車でガストンを殴ろうとしたときも、同じく咳き込み中止せざるを得なかったんですよね。
発作は、遠藤の「良心」を表しているのかもしれません。
金井を葬りたいけど、そんなことしちゃダメだ、という無意識が働いて、銃を撃てない状態になる。
それでも歯止めがきなくて発砲したのでしょうね。
最後のセーフティーネット・ガストンがいなかったら、殺人に成功していたでしょう。

そうなると、いよいよ彼の罪は濃くなりますし、前述通り、小林に殺されて犬死してましたよ。
遠藤は、沼地にて薄れゆく意識の中、空襲で亡くなった幼い妹の声を聴きます。
実際に叫んでいるのはガストンなのですが、そのように変換されたのです。

この亡き妹っていうのもまた、遠藤が完全に悪の道に堕ちるのを引きとめていた存在かもしれませんね。
実体を持たない分、発作やガストンに投影されている良心の欠片に。

人懐っこくておバカ、うっとおしいくらい忠誠心溢れるけどビビりな大型犬=ガストン、
凶暴で病弱な痩せ犬=遠藤、
というイメージですから、丁度よい凸凹コンビですね。

作中、遠藤と野良犬「ナポレオンさん」は、重ねて描写されてますし。

映画「道」のキャラクター名はその言葉の単語をもじったもので、「女」は純粋、「男」は悪、「男が殺す相手」は、狂人を表しているそうです。
「おバカさん」では、それぞれ、ガストン(純粋)、遠藤(悪)、金井・小林(狂人)に該当しますね。

映画「道」は、「悪」が「狂人」を殺した後、「純粋」を置き去りにする話らしいですけど、
本作では、「悪」が「狂人」を殺せず、「純粋」によって置き去りにされてますよね。

結末での立場が逆転する分岐点は、「純粋」が「悪」の殺人を阻止できるかどうかのようです。

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/08/21(火) 23:25:04|
  2. 読書感想文(小説)

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