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創元ライブラリ 「中井英夫全集[9]月蝕領崩壊」感想

中井英夫全集〈9〉月蝕領崩壊 (創元ライブラリ)中井英夫全集〈9〉月蝕領崩壊 (創元ライブラリ)
(2003/10)
中井 英夫

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【概要】
中井英夫の日記・エッセイ「月蝕領宣言」「LA BATTEE」「流薔園変幻」「月蝕領崩壊」を収録。
自分をA、同性の伴侶・田中貞夫をBと称し、日常のささやかな喜びや、Bの闘病にまつわる葛藤を書き綴っている。

【感想】
物語ではなく日記なので、ネタバレってこともあまりないでしょうから色々書いてしまいますね。
裏表紙のあらすじにも既に書かれているんですけれど、Bが重病になってしまうのです。

それでもまだ、変なキャラを作る余裕あるんですよ。
耽美で大げさで笑える半分以上嘘っていう幻想怪奇小風エッセイを書けていて。
この芸風、とても好きですよ。

自分の住んできた建物にいちいち名前を付けているようです、黒鳥館、流薔園、月蝕領など。
大まかに言えば、「今度、月蝕起きるのが丁度オレの誕生日だから、その日、月蝕領の主人になるわ!」で事足りることを、長々と書いています。文体も特徴的なので引用しますね。

【その日、おそらく私の生誕したと同じ時間に、月はこの醜い地球の影に徐々に涵され、ついに窮まって暗緑色に輝き出すそのひととき、私はあらゆる手段・あらゆる奸智を弄してでも月蝕領主にならねばならぬことを知ったのである。】

ウザ美麗で良いですね。

現・領主の柿沼氏は、元サーカス団長で、ライオンに右肋骨を二本食いちぎられたというプロフィールを持ち、「月の光で皮膚が焼けるんですよ」と主張する男です。
Aは、すぐに「サーカス団長なればこその美しく凄まじい月光浴だった」と理解します。
その後の、価値観は綺麗だと思いました。

【夜に生き、荒野に生きるこことの意味。
 もともと虎にしろ縞馬にしろ、本当は月の光の中を跳ぶ時だけ虎であり縞馬なのではないか。闇の中に溶けて名づけがたい何者かが、その一瞬に限って名前を与えられ、またすぐ無明の闇に帰ってゆくというのが、それらの生物の正しい在り様なのだから。】

Aは、純粋な探偵小説が書けなくなった訳を次のように説明しています。

【そうだ、私はこの月蝕領の存在に魅かれすぎ、ほとんどそれに同化したがっているといったら、少しは近い説明になるだろうか。】

「そうだ」の時点で、「今思いついた」感が半端なくてしかも意味不明。

そして、Aは、領主・所長である柿沼氏の殺害を決意します。(ここまでほぼ全部嘘。実在の過去作品や作家に関する考察は素だと思われる。)

お約束なのですが、所長の返り討ちに遭います。もう、ワイン出された時点で嫌な予感しかしませんでしたもの。

【所長はなぜか急に冷ややかな眼になっていた。急速な悪寒が私を襲った。
 ・・・・・・・・・・・・・・
「痺れ薬をたくさん仕込んでおきましたから、まあそこで涎れでも垂らしていて下さい」】

そしてAが受ける二つの刑は、「露台に繋がれ全裸で月光浴」と「最後の小説を期限までに書くこと」です。
間に合わなければ「お望み通り月蝕の日に処刑してあげます」とのことでした。
所長はAに変装して原稿を出版社に持っていくと言います。その姿は、どう見ても、A本人でした。そして、書かされているのが、この「殺人者の憩いの家」です、という話。

多分、ウィリアム・ウィルソン、吾輩は猫である(安物のワインを高級品と偽って飲まされていたのに気付かずその気になってたのを密かに笑いものにされてたあたりが似てる)、ファウスト、ミザリー(追記…失礼!ミザリーの方が、後に書かれたものでした。)等が混ざってます。他にも元ネタありそうな珍文でおもしろく読ませていただきました。

所長のセリフが身も蓋もなくて笑いました。

【「いいですか、あなたが探偵小説を書かないのは、ただ怠けているだけだと自分でも分かっているでしょう。だから、私がこうして鍛えてあげます。」】

その前の、「月蝕領と同化したいから云々」は、やっぱりデタラメなんですかね。
「幼いころから自分を、自殺、発狂いずれかで罰したかったけど、もう一つおぞましい手があったではないか、殺人だ。」みたいな事書いてましたけど、見事に全部叶ってゆくと予感させるラストでした。

この次の「ポオ断章」からは、もうすこし柔らかいエッセイになってます。
ポオとボードレールの顔、おでこの鉢が稀代の悪相で、はじめてみた少年時代に身震いした、だって、女好きで浮気者、酒乱、DV男の父親にそっくりなんだもの。という内容はエディプスコンプレックスっぽくて興味深いですね。
結局、Aは、作家達の虜になっています。しかし、父は自分にあのおでこを遺してくれなかったから、彼らの衣鉢を継ぐことはできなかった残念、というオチ。
額の鉢張りと、衣鉢(僧侶の纏う服と鉢、転じて、師弟の奥義伝承の意)が掛かってるんでしょうか。

Aは、本を出しても表立った批評を受けた事がなかったのですが、ある時、若者からの読者カードが殺到するというブレイクを経験します。この時A氏の取った行動が好きです。

【私はあらぬ方向に逃げ出すということしかできなかった。何とかして期待を持たれぬよう、できるだけ興味を持たれぬようというのは僭越すぎるいい方だろうが、そうでもしなければ恥ずかしくていたたまれなかったのである。】

同体験をしたことがなくても想像がつく心境で、可愛いです。実際その立場に置かれたらたまったもんじゃないでしょうけど。素直に喜べる人は、そのままでいてほしいです。

「翼のあるサンダル―あるいは蟾蜍(せんじょ)」は、SF日記状態でした。
要約すると、

玄関前で老人が足踏みを続けてたんだけども、まるで神聖な祭壇に続く見えない階段を上ろうとしているようだった。ひょっとして、この時刻この場所に出現するはずだった階段が、私が居合わせたせいで秩序が崩れ消失しちゃったんじゃないの!?もうちょい時間ずらしたら、老人が空に昇ってく所見られたかもしれないのに。
その後、再会した老人はこう言う、「あんたは儂を二か月に見かけたというが、ここにくるのは十年ぶりじゃし、階段を上ろうとしてたんじゃなくて、地(つち)の中に沈もうとしてたのに。」
「それではまた十年後に…」と云い彼は立ち去った。

というものです。
多分、オレん家の玄関前で老人が足踏みしてるのを見たよ、って所までが実話だと思うんですよ。そこから膨らませてこんな話になってしまったのでは。

「LABATTE」では、テレビ、時事、家族、作中キャラクターの名づけについて、など随筆が続いた後、53本目の「分身」で初めて、Bが登場します。

【分身。
明らかなドッペルゲンゲルの存在など、まず大方は信じないだろうが、私にはそれがいた。いて、くれた。少なくともこの三十二年間はそうだった。】

25歳と26歳で出会い、二人は当時で57~58という所です。

【要するに私は、あと六週で終るこの連載のどんづまりになって、他ならぬ分身の死を克明に記すよう、天帝から命じられたのである。】

【分身、と呼ぶのはもうよそう。田中貞夫。呼び名はB。】

以下、長文に付き、格納。

Bのキャラが優秀すぎます。実在を疑うレベルに。

【コバルト60の照射の痕が気がかりで聞くと「何だかマジックでいたずらされたみたい」と電話の向こうで笑っていた。
 ああまだ
 電話の向こうには君がいる!】

【手術の前々日、笑いながらこういった。
 「ではちょっと黄泉の国へいってきます」
 そして前から念を押していたことを、もう一度つけ加えた。
 「みっともないから(何があっても)騒ぐんじゃないよ」
  さらにその前日、松本禎三氏が見舞ったときは、帰りのエレベーターまで送ってきてこういったという。
 「もうこれで私のことはお忘れください。」
 あまりに出来過ぎたこれらの挨拶は、私の最後の念力など届きようもないところから放たれて心の臓を射止めるかのようだったが、それでも、前夜の最後の電話で、
 「まだ死ぬつもりないから」
 と明言したのだけが頼みの綱だった。】

ちなみに手術は成功してBは帰ってきます。
私と同じく、当時の読者も「Bなんてものはいないんじゃないか?」と考えています。
つまり、「Aこと中井自身が癌になったのではないか?」という問い合わせが読者や周囲からあったのですね。
それまでの作風もあって、突然「私の分身が」と言い出しても、「まだご冗談を。自分のことでしょ?」と思われ、心配されたようなのです。
しかし、Bは実在しました。

「流薔園変幻」と「月蝕領崩壊」は、完全に日記です。とても普通の文体ですが、後にAが「気付かずに自分の犯行記録をせっせとつけていた」と自己嫌悪に陥る原因でもあります。
ここから本文では「オレ」だった箇所、それまで「私」としていたような箇所をほぼ全部「A」に替えてあります。
ミスか意図的にか、いくつかは、「オレ」のままです。

軽井沢の別荘で、Bや友人、助手(運転手)と、山菜を取り、花を摘み、料理を楽しみ、酒を呑んで、星を見、ゴルフと麻雀をする。遊び暮らしつつ執筆をする毎日が書かれています。
A、B、C(姉)が全員病気なわりに、楽しげでアホな文章が多く見られます。

該当箇所発見できませんでしたが、「生きたエビを二匹鞄に入れてたら車にぶつかって轢かれあえなく事故死」「井(いの)ちゃんと温泉に行った。苔で滑る」みたいな間抜けなものです。
「殺人者の憩いの家」みたいな、まどろっこしい装飾ゼロの、シンプルな文体です。これもまた好きです。

Bの発する言葉は、Aがどんなに技巧を凝らしたものよりインパクトのある気がします。

【B、夜中に必ず起きる。ドーシテときくと、宇宙人が呼んでるから起きた、という。星よりも寂しき言葉、をいうと思った。】

(↓Bがソファで頭から薄い布団をかぶって寝ていた)
【起きて「折角いい気持ちでねてたのに」といわれる。「宇宙人、きた?」「きたけど、ア、寝てるのかって帰った」「ウソでしょ。追い帰したんでしょ。」何を宇宙人というのか判らず、不安。「安らかなお迎え」のことか。】

【B「空がへんだ」と降りてきていう。「土人みたいな色してる」と。】

AとBの間で交わされる会話や想いは、性別関係なく普遍的なものだと思います。

【うすら陽が射している。
 とにかくBのいる奇蹟、Bといる奇蹟に浸っている。】

Aは心臓病を患っているとのことで、「それは大変だ」と読み進めましたら、Bが患う本物の病気と違ってニセモノだと書かれており、自分が神経症であると知っていたようです。
心臓発作、狭心症、心異変、と書いていたものを途中から省略して、「心」を□(四角)で囲んだ記号であらわすようになっています。体調や心理状態の描写から言って、典型的なパニック障害の発作であるようです。
この「心」は、数年に渡って続きます。
なお、Aは、その後、皮膚病、肝臓病を患い、肋骨を折ります。周囲の人ともしばしばトラブルに。これらと「心」の主原因は、酒の呑み過ぎ(多分、アルコール依存症)です。
飲酒しなければ(特に皮膚系統の疾患は)きれいに治ってしまう、と分かっていてもやめられないのです。

AとBは、さほど似ていません。共通性を探す方が難しいくらいです。
Aが書いた小説をBが「あれ短くてつまらなかった」と言っていたりして、フィクションの好みも違うようですし、生活態度が異なり、住んでいる場所も別です。
しかし、「分身」という言葉には、「そっくり同じ」と「背中合わせの裏表」という場合、両方があると思いますので、二人は後者なのでしょう。

二番目くらいに大変な時期をすっ飛ばし、事が済んでから読ませる構成になっていたと思います。
その時期、Aは、Bの体を心配して、家事をする代わりの人探そうか?と聞いたりしています。しかし、Bは、「生きがいだから」「気が紛れる」と断っていたんですね。

そういったくだりを読まない内は、AがBによっかかり甘えきって負担をかけているように感じられました。
Aは、Bを怒らせ、酒を止められても呑み、朝からBを一人ぼっちにし、乗り気じゃないのを麻雀に誘い入れ、Bのささやかな楽しみだったブランデーを誤って飲んでしまうなどします。
買い出し、料理は概ねBがやっています。なお、Aには、歴代数人の「助手」がいます。全て青年で、料理と運転を担当しますが、それでも、この三十年以上、BがAの専属料理長なのなのです。
病人がゴルフや家事をしている、という状況なのは、Aも分かっているんですけれど、その割にはBに優しくないし、感謝が足りないようでした。
Bを失う自分が可哀そう、Bに何もしてやれない自分が恨めしい、という気持ちは強いようです。
もちろん、Bの事がとても大切だ、ということに嘘はないでしょう。

Bは、新宿で酒場を経営する渋谷在住の男なのですが、そこから何度も軽井沢に足を運んでいるのです。運ばせている、とも言えます。
Aの方からもBの店に行くのですが、つけにしてもらったり、Bに借金したりしています。

Bが別荘に来てくれた時は、嬉しくて、Bの顔ばかり見て一週間が過ぎ、まったく仕事しなかった、なんてこともあります。

このような時期を経て、Bの3度目か4度目の入院となります。
Bが元気にならないかぎり、流薔園はお終い。

Aは、流薔園時代、「ヤマネ」という小動物にメロメロになっていて、連日気にかけ、可愛いと絶賛してきたのですが、Bがもう来られない、一緒にゴルフができない、となると、全てが楽しくなくなり、ヤマネを「かわいくない」とまで言うのです。
はじまりは、Bが、カーテンについているヤマネを発見し、Aに教えたことでした。

Aは後に、映画もお花見も展覧会も音楽会も行きたくない。Bを濾さなければ、嗅覚味覚を一切失ったに等しい、とも述べています。

にも関わらず、Bの扱いが雑だったわけです。それに気づくのが、次の章「月蝕領崩壊」です。
自分で「流薔園変幻」の日記を原稿に起こしていて、「書くほどにAの思いやりのなさ、いたわりのなさ、残酷さ、骨身に沁みて分かり」「オレがBを殺した」(まだ生きてるのに過去形)、「犯人はオレだった」、「気づかずに犯行記録をせっせとつけていた」、「オレはBを虐め続けた」、「オレがBの持つ勁く生きる力を奪った」、「オレはBを手元に閉じこめたいが為にBを病気にしたコレクターだ」、「33年と半年、Bを利用してただけじゃないか」「Bをガンにしてまで引き寄せた」 というように罪悪感をつのらせます。(これらの、引用は正確ではありません。少し端折ってます。)

別に、AのせいでBが病気になったわけでも悪化したわけでもないでしょうに。

なお、Bの死を予感し覚悟しながら過ごしている内、身内、友人知人の有名人がバタバタと亡くなっていきます。
Aが3日前に会った時元気だった人が、路上で斃れたり。
Aは、自分が日記をつけたり、電話(作中では「テワ」という表記)で人に話す事が悪く作用するんじゃないか?とも思い始めます。
明るい展望を語れば、がっかりする結果になる。最悪の事態を考えたり日記に書くと実現してしまう。
神様、オレがああいう風に考えたことはなかったことにしますから、現実の方を修正してくれませんか、とも、どこかに書いてありました。

【せめてこのノートもう使わぬことだ。Bの生命を削っている。】

月蝕領は、黒鳥館や流薔園よりも狭く暗い場所ということですけれど、多分、ずっと別に暮らしていた二人が、Aの家で同居している事を指しています。(読み直して違ったら訂正します。)
しかし、それはわずかの間で、Bは再入院をします。同居のきっかけは、Bの退院でした。
その日は、姉の命日だったのですが、舞い上がったAは、その事をすっかり忘れていました。

Bの体にはコブができ「傾いた人」になりました。頬も膨らみ、大変痛々しい姿です。
その状態でも、買い物に行き、Aに料理を作るのです。
Aには祈ることと、撫でることしかできません。

【「オレの作り出したこの酷さ」
 「オレの悪行の深さ」 】

顎を取らねばならぬと判明したあたり、Aは、この手術は是か非か考えます。
Bは、畸形になっておいしいものが食べられなくなってまで生きたくないと言っていた。このままほっとくと苦しみぬいて死んでしまう。手術して成功する。失敗する。さてBだけ入院させてAだけぬくぬく一人で生きるか?など。
肝心の、7つ目の選択肢は省略されているんですけども、Aはソレだよ、と考えていたようです。
翌日、Bに話した所、泣かせてしまいました。
数日後の

【(以下のことだけは書くまいと思ったが、やはり書き残す)
 昨日いろいろ話すうち、B、A公には生きていて欲しい、という。だってAが死んだら誰もBのこと思い出してくれないだろうから、と。】

と合わせて考えると、Aも死ぬつもりだと打ち明けたんでしょうね。
自分に死刑を宣告した、ともあったはずです。

Bがどんなにすばらしい人間でも、こうして克明に記述することができる文才と知名度のあるAがいなければ、一般の人ですからね。(雑誌編集や出版の仕事もしていたことがあるけど)

無自覚だった自分の罪(?)に気付いた直後の描写が印象的です。とくに(  )内。
【なぜこうまでAはひどく、Bは無限に優しいのか(これだけは知っていた。)】

病床にあっても、Bの優しさは底なしです。
まず、前提として、以下の状況があります。

Aは、Bの為に何度も断酒を試みたり、神様への誓いをしたり(これは、後ほど読み返すとあまりに白々しいとのことで、カットしてある)、Bの為にも小説をかかなくては、そうしたら、治るかも。とか藁にもすがる思いなのですが、しかし何という文豪らしいダメ人間ぶり。
かなり切羽詰った状況でも、結局泥酔してしまい、知らぬうちに肋骨を折っていたり、Bが苦しんでいる時に徹夜麻雀をしたりしているのです。
オレが死ねば、B助かるんじゃないか、とか、しょっちゅう自殺願望が膨らみます。
Bは、顔の大半がやられていることと、痛み止めの麻薬を打たれることもあって、上手く喋れなくなることしばしば、情緒不安定になって弱音を吐き、あるいはイライラするようにもなっていきます。
Aは、Bよまだ死ぬな!と思っているのは、実は、自分がうまく(後追いで)死ねない恐怖じゃないの?とも考えます。そういうエゴイスティックな所は、人間誰しもあるでしょう。Aの場合は、その前の流薔園日記から度々垣間見えてましたけどね。
Aは、病院によく通うようになりますが、それはBの見舞いではなく、自分の検査の為です。気管支や肝臓を悪くしているのです。

では、これまでを踏まえて、引用をお読みください。

【薬待つ間、Bのところへ。大したことなさそうだというに、B、白い両手を合わせて拝んでくれる。そう、初診のことも覚えてい(八二年一月)、やはり肝臓だという。自分でもわすれてることを―Aの百層倍、BはAのことを考えてくれてる。】

【そしてA、肋骨があまりに痛むので救急で診てもらい、レントゲンを撮る。おどろいたことに一本骨折していた。(中略)
何かしきりと話かけるもいっさい判らない。でも脇腹のことになって、どこにぶつけたか判らぬ、「落ちたのかも」というと「落ちる人だから」と笑う。(前にも羽根木で縁から庭に落ち、Bに助け起こされたことあり。)】
↑流薔園にその記述あります。朝4時に酔っぱらって落ちたんです。

【一昨日、自分を指して「大丈夫」といい、Aをさして「心配だ」という意味のことをいった。
 コトバが通じないのをじれったがる。】

【(イタイもミタイも聞こえた。きき直すと)Aの胸のことで、イタクナイノカと訊いているのだった。その優しさを食物として三十四年―。】

瀕死のBが、命に別状のないAを気にかけ、労わって回復を祈っているのです。なんという聖人ぶり。

こういった箇所を読んでいると、Aが言うように、「オレはBを虐め続けた」ようには思えませんね。
搾取でもなく。
想いは決してAからBへの一方通行ではないようで、お互いが必要だったのでしょう。
Aの世話を焼いてるからこそ、宣告より長生きできたのではないでしょうか。
Bが、一人でいたとして、カーテンのヤマネに気付いたとしても、「…なんかいるな。」それで終わっていたかもしれません。
Aがいるから教えてあげよう、と思えたわけです。
また、珍しい花を摘んでくるのも(Aと一緒に図鑑で調べたらありふれた花であることが判明したこともある。それでも、美しかった。)、おいしい料理を作るのも、Aに新鮮なものを見せたい、Aを喜ばせたいという一心からで、Bもまた、Aを濾さないと世界は一切無味無臭だったのでしょう。

最期に近づくBは、モルヒネの大量投与によって錯乱するのですが、彼の発する言葉や行為を見ても、Aは「汚い」って思わなかったんでしょうか。
もし、その感情が過ったとしても罪ではないと思います。「正視に耐えない」とはありましたけども。

Bのおだやかな仏相と、美しい瞳に驚嘆したとあります。
「絶対ナイショの話」とある部分は、ほんと、伏せといてほしかったよ!というものでした。
その美しい瞳が翌日どうなったか、書かれています。例えにしてももうちょい他になかったの。
ここには書きませんけども。笑いながらツッコミを入れるでもしないと、トラウマになりそうな表現です。

追記部分、Bの死後の方が、Aは安定しているようにお見受けします。
憑き物が落ちたというか、罪悪感や自殺衝動に苛まれていません。
テレビのニュースに意見したり、ファンレターに「知るか」と悪態ついたり、花も一応美しいとか言って、案外普通に暮らしています。
それでも、遺品の眼鏡や時計を見ると、Bの苦しみが蘇りつらいわけですが、同時に安らかな死に顔と清らかな瞳も思い出され死の偉大さに心打たれるとありました。
様々な心配、不安、恐怖から解放されている感がありますね。Bのお蔭です。
なお、その後、行こうとしたデパートが全部休みで仕方なく行った東急で、Bの為に水晶仏代わりの立像を買うんですけども、後に、その作者がBの店で何度か会った綿貫氏だったと知るのです。
あらためて「Bの力の凄さ」を実感するA。

ちなみに、Bは手術中に亡くなりました。Aは、Bに「愚かにも」手術の承諾をさせた後、自分の名前を呼ぶように頼んでそうしてもらいました。手術が成功すればもう声が出ないからです。
今度は「オレがBを殺した」とは後悔していません。(「愚か」程度で済んでる)
手術同意と説得は、今までの生活より、よっぽどBが亡くなった直接の原因なのですが、それでも、手術しなければ、Bがもっと苦しみ抜いていたことは明らかでしたから、間違っていたとは考えにくいのですね。

三十四年間、BはAのいる「非現実」にいたのですが、亡くなったことで漸く「現実」の田中家に帰って行ったのではないか?オレが「非現実」で包み切れなかったゆえに。いう旨述べています。
かなり前の方でも、「Aの幻想世界はそこまで弱かったのか?」みたいな自問がありましたから、祈りや物語、空想の力である程度、「現実」に対抗しうると信じたかったんでしょうね。
一方、Bの生前に描かれた日記で、オレはなんにもできねぇくせに、B!B!ってキチガイの振りして白々しく泣いてみせる非人間、みたいな自嘲もしてました。

ちなみにAは、死ぬと決めていた日に酒を呑み、その日が過ぎたことを口実にまた呑んでいます。
結局、後追いは、しませんでした。

【一と月を隔てた、ということは、もはや無限を約束されたと同じ事だろう。】

どういう理屈か謎ですが、その後も生きて、この「月蝕領崩壊」にまとめ出版してくれて良かったです。
Aは仏具と沢山の花を買います。

なお、このB死後から一ヶ月間、ざっと読んだ感じ、一度も「心」を起こしていません。
Bを失う確かな気配とそのストレスで、発作を起こしやすくなっていたんでしょうか。

最初のほぼ全部嘘エッセイの中で、サーカス団長と荒野の話がでてきますよね。
日記の中にも同じモチーフが出てきます。

【灯は消され、インチキサーカス小屋は畳まれ、あとは前どおりの荒野に戻ること。(Bが死んだら、もうなおさらそれしか見えないだろう。)ソレをなんとかするためには、A生きたまま蒸発する以外にない。たとえば虚無僧、尺八の吹けない―。】

耽美怪奇ものや、探偵小説は、あえて作ってる文体であり、作品外で、別荘に住んだり、毎年お茶会的な会合を開いているのも、「キャラ付け」、「非現実ごっこ遊び」の一環なんでしょうね。「インチキサーカス小屋」には、そのニュアンスを感じます。
「荒野」は、「あるがままの現実」でしょうか。

これまでの分だと、Aがトンデモないダメ人間で、Bは大人っぽい保護者、という風に見えるかもしれませんが、実際にはそうでもないんです。

Aは、どんなに「心」や自分の病気がひどくなっても、Bが悲惨な状態になっても、仕事をこなし続けていました。
映画コラムの連載用に劇場へ足を運びますし、新しい仕事依頼が来ても断らずに引き受けます。
自分は小説離れしてしまったのか?書けない、などと言いつつ、なぜ、仕事を増やすのか。
それは、入院しているBへの手土産に「話題」を持っていきたいからです。
Bの入院治療費は、Aが支払っているようでした。

Bは、ドラえもんが好きです。60手前の男が、アニメを楽しみにして病室のテレビでも欠かさず見ているのです。
月蝕領時代だと思いますけど、ベッドの後ろ半分を「ドラえもんの席」と呼び、そこは、「座っちゃダメ」なんだと言います。
弱気になった頃のBは「ドラえもん、何もしてくれないんだもの」と嘆いていました。
宇宙人発言といい、Bは本気で「何でも叶えてくれる誰か」が来るのを待っていたのかもしれません。
Aの解釈では、「B自身がドラえもんだが、のび太の面倒を見切れなくなって、自分のドラえもんが欲しくなったんじゃないか」という事でした。
つまり、Aがのび太ですね。
Bはいつだったか、「A公、ドラえもんになってよ」って言ってた気もしますが、無理なようです。
伴侶の死後になって、初めて洗濯機を一人で使うぐらいですから、万能には程遠いので。

Bは、痛みどめの影響もあるでしょうけど、語彙や言い回しが妙に幼いんですよ。「だっこ」とか。

AとBに血縁関係はありません。
Aは、見舞いに行く時「田中です」と名乗ります。
するとそれを聞いた看護師が「そっくりですね」と言うんです。つまり、兄弟か親類だと思われているんですね。
しかし、Bが衰弱していくと、Aは、「今入院されてるのって、あなたのお父様?」と訊かれてしまうのでした。
歳が1つしか違わないのに。これにひどくショックを受けたAは、それをBに話せませんでした。

「父」絡みのエピソードでもう一つ。
幼いAを震撼させた凶悪な父は、晩年落ち着いて好々爺になっていたらしいです。弟夫婦が看取ったので、Aはその頃の父を知りません。
が、58歳くらいのAに対し、弟が「親父に似てきた」と、言うのです。 
となると、Aの父とBが似ている、ということもあり得るんですね。

(そもそも酒乱になってる時点で、父と同じ道歩んでますねA。これ、よくある現象らしいです。)

流薔園のあたりは、言うほど「分身」っぽくない、と思っていたAとBですが、通して読むと、魂が分かちがたく繋がっている補完関係にあるようで、納得できました。

こんなに長文になったのは、本文が850ページあるせいです。

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/07/17(火) 00:52:52|
  2. 読書感想文(小説)

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