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アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」感想 羽田詩津子・訳

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
(2003/12)
アガサ クリスティー

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【あらすじ】
医者のジェームス・シェパードは、歳の離れたうわさ好きの姉キャロラインと暮らしていた。
ある日シェパード家の隣に越してきた外国人が、突然塀ごしにかぼちゃを投げつけてきた。その風変りな隣人こそ、名探偵エルキュール・ポアロだったのだ。
ある日、シェパードが、深夜に電話を受け駆けつけると、村の大地主ロジャー・アクロイドが死んでいた。
ロジャーの義妹セシルの娘フローラ・アクロイドは、ポアロに推理を依頼する。

【途中まで、ネタバレなし感想】
以前、通りすがりのミステリファンから「アクロイド殺しは読みました?まだならぜひ。あれは、一回読んだら絶対に忘れられないトリックですから」と言われていたので気になっていた本です。
<「ミステリが読みたい!2010年版」が選ぶ海外オールタイム・ベスト・ランキングforビギナーズ>の第7位で、帯には、「このトリック、許されるのか?空前の議論を巻き起こした問題作。」とあります。

個人的には、ものすごく許される、これは読者に対してとてもフェアです!と思いました。推理の為の材料はすべて書かれており、また、解決編の前に自力解決可能なように作られていましたから。
私はいつも、探偵が犯人を指名するまで、誰の仕業か見当もつかないのですが、今回は、名指しの3章前に真犯人が分かりましたから、ちゃんとできてたんですよ。それでいて、巧妙に隠されている。

村の名士が殺され、親族、その婚約者、すべてが怪しい容疑者だらけのお話。屋敷には沢山の使用人が。
実に古典ミステリらしく読み応えがあります。

各人、少しずつ嘘をついています。それぞれが後ろ暗かったり不名誉だったりする隠し事をしているのです。
それは、アクロイド氏の殺人事件と関係ないものですから、それを明かした方が容疑を免れるのです。
それでも人間、言いたくないことってありますものね。
ポアロはそれを穿り返します。しかし、なにも皆に恥をかかせて貶めるためではありませんし、結果としては、好転することが多かったように感じますよ。それが罪であっても、一人で抱え込むよりすっきりします。人間関係も整理される感じがしました。

物語はシェパード視点で進行します。
これは、探偵ものだったら良くある構図ですね。
作中でも、シェパード自ら、「ポアロがホームズで、私がワトソン」と述べているほどです。自覚的にやってたんですね。
ポアロは、シェパードを含む周囲から、とても滑稽に見えるようなんですよ。エラそうに胸を張る仕草とか、見ていて笑いをこらえるのが大変みたいです。

↓イメージ図

( ー`дー´)キリッ「私の灰色の脳細胞がね」

(( ´∀))((´∀`))((∀` ))「ぷーくすくす」「ハライテー」「バロスwwww」

シェパードのお姉さんキャロラインが大変良い性格をしてまして、面白く魅力的でした。
彼女は、人の噂話が大好きで、余所の家庭の事を根掘り葉掘りきくのです。
さらには、独自の解釈と陰謀論と的外れな推理をまぶしてご近所様に吹聴するのです。
傍迷惑なのに嫌いじゃないですこういうお姉さん。
姉は、急な来客のポアロがベジタリアンだということで、調子を合わせて出任せに肉食批判をしていましたが、本当はその日、骨付き肉を食べる予定でした。そして、彼女が菜食主義者ではないことを、ポアロは簡単に見抜いていたのです。
そうとも知らずに上っ面を取り繕うキャロラインは、間が抜けていてかわいいですが、ゲストに対して礼儀を通そうとしている点で好感持てます。変に気を遣われてもポアロは心苦しいでしょうけど。

↓姉弟の会話がいちいち可愛かったです。

姉「自分の悩みを誰かに打ち明けられると、とても救われる気がするものなのよ(^O^)」
弟「自発的に話させてくれるならね。無理やり聞きだされて嬉しいかどうかは、また別の問題だよ(-_-;)」

厳格な独身女性家政婦の鉄のような自制心にヒビが入って表情が変化、その後赤面する所に萌えました。

メイドさんの描写が多いです。お屋敷だけでなく、どこの家にもメイドや家政婦がいるのです。
きっと、中流以上の家において、家事は、お母さん・女主人・女性の仕事ではなく、メイドさんを雇うのが普通なんですね。
メイドのエプロンと訓練された使用人の職業意識が、事件解決への鍵の一つになっています。

「最近のメイドはお仕着せの帽子とエプロンを付けたがらないものが多い」という話があるので、ちょっとだけ職業婦人の意識が変わってきたそういう時期だったのでしょうか。

「近頃の若い女の子の読む小説がひどくって」、みたいなセリフもあったはずです。これは今でもそうだし、ずっと昔から言われてることなんでしょうね。

ポアロは、実況見分や、誰かへの質問をする時に、わざとダミーの目的や意図を見せて本当の狙いから意識を逸らすように誘導するんですよ。
その手腕が非常に名探偵っぽくてよかったです。

当時、西洋で麻雀が流行っていたのでしょうか?
ポアロ抜きで麻雀をしている場面があります
生まれて初めて、手元に配られた時点で役が完成している天和(テンホー=Heavenly Hand)で上がったシェパードがテンション上がりすぎて、ポアロとシェパードしか知らなかったイニシャル入り指輪の話をしてしまうのが笑えました。
あれは、誰が誰に送った指輪なんだ!?と一同大盛り上がり。
シェパードは「あれ、言わない方がよかったかなぁ…」と次の日に漸く気づくのでした。
この辺、麻雀ギャグ小説でした。

それにしても、ポアロとシェパードの出会いが衝撃的で笑いましたよ。
ポアロの変人キャラが一発で印象付けられました。ポアロの投げたカボチャは、シェパードをかすって地面にグシャーーーですからね。直撃してたら危なかったですよ。
しかしこの人、ただのカボチャ投げ男じゃないんですよ。頭の良さがずば抜けてます。

事件当日の怪しい訪問者、最有力犯人候補者は事件当日から失踪中、アクロイド殺害の動機を持つ者は沢山。
この状態で、ポアロは、真犯人を探り当てるのです。
その犯行動機とは。

コミカルかつ緻密、複線も自然で面白いお話でした。

【以下、ネタバレあり感想】








なるほど、事件そのもののトリックが物議をかもしたのではなく、書き手が犯人であったことが、論争になったのですね。

これは、「信頼できない語り手」という手法に分類されるようです。

「アクロイド殺し」は、一人称小説ではなく、登場人物による手記でした。
今までその二つをちゃんと区別して読んだことなかったですが、きっと一人称小説はモノローグ、主観で成り立ちそれを実際何かに記述しているわけではないし、主人公が誰かに読ませる事を想定していないんですよね。
つまり、そこに書かれているのはまぎれもない本心なのです。(作話上、演出上、あえて書かれてない部分もあったりするみたい。後から、あの時こうだったんだと、明かされるとか、最後まで伏せるとか。)

一方、手記は、作中作であり、通常は、その旨前置で明記されます。しかし、本作にはそれがなく、突然始まっています。手記は、それを他人に見せるか、発表するかは問わず、物語の登場人物が、何かを書き記したものなのです(秘密の日記、書簡、事件簿、業務記録もこれに含まれると思う)。それは、完全な独白にはなりませんから、嘘も書けますし、都合の悪い所は削除できるのです。

あとがき解説を読むと、この小説全体がシェパードの手記と最初から見抜けた人は少ないのではないか、と書かれていました。
が、私、この本読みながらネタバレしない程度に実況Tweetしてまして、冒頭から「シェパード(医者・書き手)」と記述していましたよ。
他にいくつかの探偵ものを読んでいたので、探偵の助手キャラは、作家か、そうでなくても、探偵の活躍を記録していて、本にすることもある、という固定概念があったのです。
ですから、シェパードも、「書いている」と思っていました。
御屋敷の見取り図も添付されてますし。

ただ、まさか、リアルタイム記述してるとは思ってませんでした。事件が全部終わってから回想しているとばかり。
物語の終盤で、書き溜めたものをポアロの要求で提示します。それは、私達読者がそれまで読んできたものと同一の文章です。
ポアロは自分の事を悪く書かれる事に慣れているようです。
そこで、姉のキャロラインは「私のことも気を遣って書いてくれてるわよね?」みたいに言うのが可愛く、また( ゚д゚)ぽかん として、(まったく気を使ってなかった…)と思うシェパードもかわいらしかったです。

アーシュラが、旧家出身だけど、手っ取り早くつける女性用の仕事は厭だった、また、お嬢様メイドと呼ばれるのもいやで本物の雑用メイドになりたかった、というのは良い心意気ですね。
地位を棄ててでも、一から本気で自立したいようなのです。形だけのお仕事じゃなくて、おそらく階級は低いだろう、でも役立つ雑用を真剣に。

ポアロはシェパードの文章を読んで、正確に事実を書いているが、自分自身の事はつつましやか、みたいに評します。
それもそのはず、シェパードが犯人なのですから、自分の犯行を記述するはずがないのです。
嘘は書いていません。しかし、真実を全部は書いていなかったのです。
シェパードが電話を受けたのは本当でした。海を渡る患者に頼んで掛けさせたのです。しかし、その内容は、アクロイドの死を知らせるものではありませんでした。
あの日、電話でそう言われた、という証言は、シェパードしかしていなかったのです。
殺した後もアクロイド氏が生きていると周囲に思い込ませる為に利用したのが録音再生機ディクタフォンでした。
なるほど、シェパードは、ラジオや機械いじりが趣味でしたね。
この界隈でこのトリックを使えるのはディクタフォン会社の人以外ではシェパードだけでしょうね。
アクロイド氏から修理の為に預かったんでしたっけ。
当時最新鋭の科学を物語に取り入れたのでしょうか。
ということは、現在ならば、スマホを使ったトリックのミステリをバンバン作るべきかもしれませんね。
シェパードは、何かしら口実を付けて、ディクタフォンを回収しにいかなければなりませんでした、それが電話です。

ポアロがキャロラインに来た患者を訪ねたのは、そういった工作係を探すためだったのですね。
ところが、当日、家政婦のミス・ラッセルが来ていたので、すっかりそちらに注目してしまったのです。
ラッセルは薬物について質問してきました。
まるで、アクロイド殺しに毒殺が関係あるんじゃないか、と勘違いさせるように書かれていましたが、実際には、未婚の母として、息子の麻薬中毒をなんとかしたい、という思いからの質問だったようです。
彼女に子供がいるのは意外でした。息子の苗字は、生まれた州からとってケントです。

この手記、お姉さんのとの会話部分がすごく生き生きしているのは、本当に姉を愛していて、気を使わなくて済む、唯一素を見せられる間柄だからなんだろうな、と思えます。
一方で、冒頭から、フェラーズ夫人の死を姉に知らせてはいけない、とピリピリしてもいます。
お話の中では、姉に言ったら噂が広まっちゃうから阻止しないと、とか言い訳していますが、本当は、自分がフェラーズ夫人を脅迫し死に追いやった張本人だと知られたくなかったんですね。

シェパードがアクロイド殺しに至った経緯や動機は、犯人名指しのいくつか前の章で、ポアロが言い当てています。主語はぼかしてますけれど。

普通、容疑者全員が集まって探偵がいたら皆の前で名指しですよね。
でも、ポアロはそれをしませんでした。
それはシェパードの姉に配慮した結果かもしれません。

行方不明だった最重要容疑者ラルフ・ペイトンは、シェパードによって警察から隠されていました。
精神障害者の為の療養所に入れていたのです。
ポワロが、身内に精神疾患者がいるとキャロラインに嘘をついたのは、こういった施設が近くにないか探るためだったのです。
友人だからかくまった的な雰囲気でいますけれど、本当は、全ての証拠がラルフ犯人説を肯定するように仕組んだ上で、彼を隠し、事件の攪乱、迷宮入りを狙っていたのだと思います。
時が経って犯人不明のまま風化してくれればシェパードも一安心ですから。
しかし、運悪く、名探偵ポアロがカボチャ育てにきちゃってたのです。

ポアロはピエロを演じつつかなり冷酷な性格ですね。
シェパードを自殺に追い込んでいるようにしか聞こえません。
要約すると「君のお姉さんが知ったらさぞショックだろうね、あ、明日ラグラン警部にすべて話しますから、あなたには睡眠薬を大量に飲むとか別の道もありますけど?」と唆すのです。ついでに、「手記は完成させつつ、ラルフの容疑も晴らさないとね」って。
脅迫による自殺を招いていますから、これって自殺教唆にあたりますよね。向こうの当時の法律は知りませんが。
しかし、このやり方でも、姉弟の関係性を考えた場合は、精一杯の温情なんですね。

なお、ポワロだって事件の真相を知ってシェパードに消される恐れがありましたが、それはできないよ、と釘を刺して帰っていきました。

シェパードは、あんな近所の面白お喋りおばさんだろう姉を、作中で、かなり優秀だとか褒めまくっているんです。どんなに悪態ついても、軽く扱っても、お姉さんにだけは落ちぶれた自分のせいで傷ついて欲しくないんですね。

最終章は、やさぐれた彼本来の文体になってます。書き殴り文章にして遺書ですね。
ポアロの失敗記録として出版するつもりで書いてたのにって。腕が痛い、というのが「実際、書いてます」感を高めます。
姉は私を愛してる、とありましたが、シェパードもお姉さんが大好きですものね。そして、そんな姉が恐ろしい。いつ、自分の愚行に気付いてしまうのか、勘の鋭いお姉さんには分かってしまうかもしれない。
今ここで死ねば、ポアロは、ラグラン警部とこのことを内密に済ませてくれて、姉には伝わらないだろう、と彼は命を絶ちます。
「ポアロは信用できる」、これは本心かもしれませんね。
カボチャ栽培は、シェパードにとって本当に不運でしたね。
天和じゃないけれど、配られた牌にポアロがいただけで、この結末は決まっていた、という感じがします。
天和の英名は、Heavenly Hand(ヘヴンリー・ハンド)だそうで、天の手。これは、運命だったんでしょう。

結局、シェパードのこの手記は出版されてしまったんですかね。
最終頁で、「封筒に入れてポアロに送る」と書かれていましたけど。もし出版していたら、姉のキャロラインに真実が伝わってしまうから、それはしなかったのかもしれません。
どうせ姉に知れるのに、シェパードに対し、わざわざ自殺する動機と時間を与えたとしたら、鬼畜過ぎるからです。

周囲の人達は、シェパード死亡の原因をどう考えるのでしょうか。「この中に犯人がいる」とポアロが宣言した集会。そこに出席し、密かに一人だけ残された人が翌日には死んでいる。それらしい理由を付けなければ、自分が犯人だと言っているようなものだと思うんですが。
事件の真相に迫りすぎて消された被害者だとか、自分の担当する患者を2人も救えなかったことに責任を感じた悲劇の医者だとかそういう風に解釈してくれますかね。
単なる睡眠薬の過剰摂取事故だと、受け取ってもらえるでしょうか。
だって、姉キャロラインは冒頭、フェラーズ夫人の死を、「つい薬を飲み過ぎただけ」とは考えなかったんですよ。「良心の呵責」により「覚悟の上飲んだに決まってる」と言い切りました。
キャロラインは、結論やそれに至る過程を間違うこともありますが、実に鋭い女性です。
もし、「そうかシェパードが犯人だったのだわ。だから自殺してしまった。」と姉に思われたら意味がありません。

シェパードは、自分が死に追いやったフェラーズ夫人と同じ、ヴェロナールで死亡しました。(こういう手記を書いといて、未遂に終わったとか、やっぱり薬飲まなかった、とかも有り得ますけど。)

ちなみに、探偵の助手で、一見プレイヤーキャラに見える人物が犯人だった、というゲームを子供の頃に経験しているので、こういったトリックには、耐性があります。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/03/20(火) 01:13:54|
  2. 読書感想文(小説)

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