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西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』感想

この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ)
(2008/12/11)
西原 理恵子

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【あらすじ】
漫画家西原理恵子による、「お金」にまつわる半生を振り返った、ノンフィクション。
6才まで住んだ漁師町は、皆が貧乏だったから、誰も自分が貧乏だと気付かなかった。お金の事で卑屈になることも、悩む事もなかった。お金は魚の匂いがした。
実の父親はアル中で、西原が3歳の時ドブにハマって死んだ。
新しいお父さんと共に、工業地区に移り住む。そこでは、どこのお母さんもイライラして怒っていた。生活のつらさにより理由もなくピリピリしているのだ。
新しいお父さんは、バクチ打ちだった。
お金がないと、生活のあらゆる場面で衝突が起こるようになる。
貧乏は、病気だ。どうあがいても治らない、不治の病だ。

ネタバレあり感想】
「人は生まれる場所を選べない。では、生まれた環境を乗り越える事はできるのか。」というのが、全体のテーマであるようです。

文体は柔らかく、母親が目の前の子供に向かって「おはなし」するような語り口調でした。

幼少期の西原さんは、新しい父親と母親の喧嘩を仲裁すべく、また、場を和ませるべく、愛玩犬のごとく「かわいい私」を演じ、「可愛がられ役」に徹していました。喧嘩が起こると率先して、父親の膝に乗ってみせるなどしていたのです。
余裕がなく大人げない大人たちの間で、与えられているらしい最善の役割を理解し、その期待に沿うようにやってみせる。それを、小学生低学年には確立していたのですね。

サイバラさんは、上手く親の喧嘩を仲裁できない時に、空想の世界に逃避しました。
それは、絵を描く事と映画を見る事です。
もともと、映画はただの逃避先に過ぎず、ご都合主義のハッピーエンドに辟易していたのですが、小四の時、オカマのリョウくんに見せてもらった「イ/ージー・/ラ/イダー」と「真/夜/中/のカ/ー/ボーイ」をきっかけに、映画が大好きになりました。
「真夜中の~」は、公開当時X指定(成人指定)だったくらい、性描写や倫理的法律的宗教的にアウトな描写が多い映画です。しかも、分かりやすい山場やアクション、誰もが理解できる爽快なラスト等、一切ありません。
そんなお話に、10歳かそこらの女の子が、リアリティを持って感激したいうのが驚きです。
当時、勉強も運動もダメで上手く喋れなかった西原さんと、オカマを理由にいじめられていたリョウくんには、居場所のない無い主人公達に、共感したのでした。

その時、「ただのつくりごと」が持つ力を知り、「誰にでも心にしっくりくる世界がある。なければ自分で作ればいい。」という価値観を持ち始めます。その頃の西原さんは、まだ、画家や漫画家になろうとはっきり決めていたわけではなかったのですが、創作の動機として、とても素晴らしい理念だと思います。

金がないことが、ここまで悲惨なものだったとは…。家も子供も放ったらかしだから、汚くてボロボロ。これは、町全体の問題です。
子供達の不良化エスカレーター。窃盗・シンナー・乱交・堕胎費カンパ…洒落にならない事態が日常茶飯事なのです。
そう成らざるを得ないのが、貧困という病気の根の深さを感じさせます。
西原さんは、そこら辺回避してます。

親から子へと続く、「貧しさ」と「さびしさ」の連鎖。
誰にでも体を許してしまう女の子は、自分に価値があるなんて思えないから、ちょっと優しくされただけですぐ寝てしまう。
この章のサブタイトルになっている「何にもなくても、認められたかった。何にもなくても、好きになってほしかった。」まさに、そんな気持ちだったんですかね、その少女達も。
そうやって18歳位で母親になった女の子達は、あっという間に、いつも怒っていて変なパーマをかけた自分の母親そっくりになってしまうわけです。
生活と金の遣り繰りで精一杯だから、子供に愛情を示している余裕なんてありません。その子らもまた、自己評価が低く、不良化して、早婚して…、という負のループに陥ってしまうんですね。

そこからの脱出は極めて困難です。

ヤンキー仲間が沢山居て、不特定多数と男女の関係を持って、物理的に他者と近づいても、心のさびしさはなくならないんですね。「ぼっち」よりも孤独なのかもしれません。

西原さんが東京の美術大学を受験するはずだった日、義父が首吊り自殺します。バクチで作った借金で首が回らなくなったので。西原さんは受験どころではありません。
ヘビィすぎる人生ですね。何人分の不幸を集めたんだと言うくらい。

予備校、そして美大入学。西原さんは、ありとあらゆる意味で、自分が他人に負けていることを知ります。画力、美貌、センスその他。
しかし、最下位だからとへこたれませんでした。別にトップを取りたいわけではないのだから、最下位なりの戦い方をしてやる、と決めたのです。
その時、こんな心構えがあったようですが、どれも普遍性ありますね。

①自分の得意な事と、限界を知る
②やりたい事、やれる事の着地点を探す
③最初から大きなハードルを設定しない

西原さんの提言する【「どうしたら夢がかなうか?」って考えると全部を諦めてしまいそうになるけど、そうじゃなくって「どうしたらそれで稼げるか?」って考えてみてごらん?そうすると、必ず、次の一手が見えてくるものなんだよ。】という考え方は、人生の分かれ道や行き止まりで、次の意思決定する時に、大変分かりやすい指標ですね。

元々センスのある人達は、大きな賞を取って黙っていても仕事が舞い込んできます。その人達にとって、絵は「商品」ではなくて「作品」なので、仕事も選り好みします。「ゲージュツ」っぽい高尚なものじゃないとやりません。
いつも芸術論を戦わせているようなプライドの高い子達が絶対に売り込みにいかない出版社、それが「エロ本」。
最下位である西原さんにとっては、それこそが狙い目だったのです。
やがて、エロ雑誌方面で仕事が貰えるようになってきます。

目標収入は月30万円。実際絵で稼げるのは月5万円。
その差を埋めるべく、西原さんは、「商品の差別化」を図ります。まるで、ビジネス書に書かれた経営学みたいですね。
実際、何をしたかと言うと、エロ雑誌に載る小話のカットに、小話へのツッコミ文字をびっしりと入れて、「他の人とはひと味違いますよアピール」をしたんですね。これが、ライターに好評で。
ゲージュツ方面の才能の無さをサービス精神でカバーして、お金を稼いでいる内、別の才能、個性を獲得していきました。

この「カットにツッコミ文字びっしり」というスタイルは、その後のイラストや漫画の仕事にも受け継がれているようです。

辛い過去を、「あそこに戻ってたまるか!」「絶対引き返さない」という前向きな力に変えました。

西原さんが映画を大好きになった時に思った「どこかに、自分にしっくりくる世界がきっとある。もし、ないとしたら、自分でつくっちゃえばいい。」というのは、そのままイコール「働く」って事みたいです。

こんな人生を歩んだなら、お金を大事に大事に遣いそうなものですよね。
ところが、西原さん、その後麻雀にハマって、トータル5千万円持ってかれるんです。えええええええ。
麻雀エッセイの取材がきっかけなんですが、自腹で賭けて、大負けしたほうが、「オイシイ」と思っちゃうんですね。
芸人の発想です。
西原さんは、義父があんな死にかたをしたにも関わらず、「なぜ自分もギャンブルにのめり込んでしまったのか」分かっていません。
そして、何が人を人でなくしたか、ギャンブルの何が父を追いやったか、知りたかったのかもしれない、という仮説を述べています。

西原さんは、義父を優しい人だと思っています。ギャンブルに負けた後に家で暴れるのは、きっと本当の義父らしさじゃない、ギャンブルが彼を狂わせたんだ、と。
ギャンブル依存症(診断名:病的賭博)は、精神疾患だということなので、その解釈で合ってるんでしょう。
自分でもギャンブルをやってみて、「これは病気なんだ」と分かったら、ちょっとだけ義父を許せるようになりました。

西原さん、別のお仕事でもFXに投資して1千万円溶かしています。金の吸い込まれる速度は、ギャンブルを遥かに上回りました。
その後、夫の戦場カメラマン鴨志田さんと、生死の狭間で生きる人やアジアの貧しい子供達を見て、ギャンブル熱が引いたと言いますが、そこまでしないと辞められないものなんですか。西原さんの場合、ギャンブルの興奮作用で歯止めが利かなくなったわけでも、稼ぎ以上につぎ込んで借金したわけでもなかったので、「依存症」までは行ってないでしょうに、そこまで強固なものなんですね。賭博の魔力って。

結婚相手の鴨志田さんもまた、アル中の父親になじられたつらい幼少期を越えて大人になったわけですが、結婚後、本人もアル中になってしまいました。
そして、憎んでいた父親と同じように、家庭内で暴言を繰り返すようになったのです。
西原さんも、かつての母親と同じように、夫の暴言を受ける日々。
子供にこれ以上怒鳴り合う光景を見せ続ければ記憶に残ってしまい、負のループは断ち切れない、と離婚します。
その後、鴨志田さんは、アル中を病気として治療し、家に戻ってきます。籍は入れない事実婚だったようです。
以下、要約「それから、鴨ちゃんが末期ガンで亡くなるまでの半年間を、当たり前に安心して食卓を囲める暖かい家族として過ごせた、だから、私たち、生まれた環境を、負のループを、脱出できたんじゃない?病院で夫を看取れたのも、子供たちにお父さんの良い記憶だけを残せたのも、私に仕事があってお金を持っていたから。(夫の収入にのみ依存していると、離婚も難しいし、医療費もかかるし。ということだと思う。)働く事は、家族の笑顔がある、幸せな我が家へと続く家路だ。」という感じで締められます。

じんわりハッピーエンドのようでもありますが、大人になってからの職業選択、ギャンブルをするか否か、誰と結婚するかは、自分の意思で決められるのにも関わらず、両親の負の部分をそっくり繰り返す大人になってしまった部分に、絶望的なものを感じました。
「人は、本当に生まれた環境をを乗り越えられるのか」という問いの答えは、西原ジュニアの成長にかかっているわけですが、そうなると、今度はお子さん達に「こうあるべき」「こうなってはいけない」というプレッシャーがのしかかるし、当人がその期待を察知した場合、西原さんが「必要以上に愛らしい子供という役割をこなしていた」のと同じになってしまいそうで、心配です。
金と仕事と家庭についての見方が、少し変わるような本でした。

テーマ:本の紹介 - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/06/25(土) 23:03:05|
  2. 読書感想文(小説)

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