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泉 流星『僕の妻はエイリアン「高機能自閉症」との不思議な結婚生活』

僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫)僕の妻はエイリアン―「高機能自閉症」との不思議な結婚生活 (新潮文庫)
(2008/06/30)
泉 流星

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【あらすじ】
妻は、生まれ持った脳の機能が健常者とは異なるアスペルガー症候群。
知的障害はなく、言語も達者だが、物事の見方、感じ方、感情表出の仕方などに自閉症独特の障害を持っている。
夫が、そんな妻との結婚生活を綴ったノンフィクションエッセイ。

【途中までネタバレなし感想】
フランクに語りかけてくるような口調で書かれています。
文体としては、岡田/斗/司/夫さんのダイエット関連の文章に近いものがあります。
具体例は挙げられず、あくまでもイメージなのですが「アメリカ人男性の書いたコラムを日本語訳して、言い回しを若干硬くした感じ」です。
「硬い」と言っても、以前読んだ社会派ノンフィクションの類よりは、ずいぶん柔らかいです。

夫妻の名前は伏せられており、「夫」、「妻」と表記されています。
会話文で互いの名前を呼ぶ時等に用いられます。
「妻」の一人称は、通常「私」のようですが、甘えている時には、「妻」というのが主語になります。自分の名前呼びなのでしょう。

アスペルガー症候群(高機能自閉症)を扱っていますが、健常者同士のコミュニケーションにも応用できそうな事が沢山書いてあります。

自閉症の主な特徴は、社会に適応することが困難なこと、他人とのコミュニケーションに支障があること、特定の物事に強く執着し一定の習慣にこだわること、の3つだと書かれています。

以前、高機能ではない自閉症者の「社会適応プログラム」について、ドキュメンタリービデオを見たことがあります。
本作の「妻」は、人並み以上に言葉を操れますが、ドキュメンタリーに登場した男性とよく似た行動を取っていました。

「妻」は、なまじ知能に遅れがなく、言葉が話せるばかりに、ただ単に性格の悪い人、相手を馬鹿にした態度の人、雰囲気の読めない人だと思われたりします。しかし、「妻」は、悪意や無神経からそんな言動をしているのではありません。

身振り手振り声色などによる会話を「非言語コミュニケーション」と呼びますが、「妻」はその辺が欠落しています。
他人の感情や、皮肉の裏に込められた真意、人と人の関係性や距離感、凍りついた気まずい空気などが、全くわかりません。
表情が読み取れない「妻」は、自分の気持ちもうまく表せません。
怒ってるつもりがなくても、顔はムスっとし、言葉はぶっきらぼーなので、長年連れ添った夫にすら怒っているいるように見えるのです。

アスペルガー症候群の特徴は、まえがきで、「一つや二つは誰にでも心当たりがあるような事。」とされています。
空気が読めなかったり、怒っていないのに「怒ってる?」と聞かれたり、予定が狂ってイライラしたりすることなどは、大抵の人が経験しているでしょう。
しかし、「妻」の行動は、それらが全部重なり、その頻度と反復性が異常に高いのです。

他意はない「妻」と言葉の裏を読む「夫」では、しばしば行き違いが発生します。
「自分にできる仕事がない」と言う「妻」に「夫」は「近所のスーパーかコンビニでパートでもしたら?」と言います。
「妻」は、即座に「自分にはスーパーのレジなんか出来ない」と答えるのですが、それに夫が腹を立てます。

以下、引用
【僕は、ムカっときた。レジ係のどこが悪いんだよ!そういう誰にでもできる、時給の安いつまらない仕事なんか、自分にはふさわしくないからできないって言うのか?大卒で留学帰りでちょっと英語ができるからって、何ゴーマンなこと言ってるんだよ!僕は今度こそ妻の態度に頭に来た。たちまち口ゲンカになった。】

最初は、「夫、健常者だけど、ちょっと悪く取り過ぎ、深読みし過ぎでは?」と思いましたが、多分「妻」の口ぶりがそういう風だったんでしょうね。「レジなんか」の所など、いつものごとく、見下したように聞こえる口調で。
「夫」は「妻」の言葉を上記のように解釈したのですが、実際は違いました。
「妻」は、以前の職場でも度重なる失敗をし、周囲に迷惑をかけたので、「レジ係りなんていう仕事をする能力はないのでできない」というそのままの意味で言っていたのです。
「何よ!店員の仕事なんか簡単だと思って、馬鹿にしてんのはそっちでしょうが!何が『誰にできるような仕事』よ!」
表向き職業に貴賎はない、ということになっていますが、本音では、自分達技術者や他の仕事より、コンビニやスーパーの店員を下に見ている。社会の中で生きてきた夫は、そう言った「常識」「暗黙の了解」に凝り固まっていたんですね。
アスペルガーの妻と暮らすことで、自分でも知らぬ間に抱えていた差別意識などが、浮き彫りになったのではないでしょうか。
社会性のない「妻」には、人間を職業や収入や地位で判断するという発想がないのです。
どの仕事もつまらなくないしどうでもよくなんかないのです。

「妻」がアスペルガーと診断されるまでに、結婚から8年近くの月日が流れています。
現状を打破したのは、「妻」自身の探究心と行動力でした。

診断が下っても「夫」は、半信半疑です。単に、わがままで自己中心的で他人の気持ちに配慮しない性格の人が、社会に適応するための努力を怠った言い訳であって、障害や症候群なんかじゃないのではと。
この本を読んだ私が周囲にこの話をしたところ、やはり「夫」と同じような反応でした。
「なんでもかんでも、病気だ障害だって名前つけるけどさー、それは違うよね。」という呆れた感じで。

「妻」は掃除機の音や店内放送のBGMが苦手なのだけど、自閉症傾向のある人は、特定の光や音に極端に敏感で、入ってくる情報を振り払おうとしてもできないことがある、というような部分を読んで、「え、私もそうなんだけどひょっとして…。他の特徴も当てはまるし…。」と、ネット上で簡単なアスペルガー症候群診断をやってみました。結果、全然、当てはまりませんでした。

診断を受けた後の「妻」は、前よりも戦っている敵が見えている分、対処ができるようになりました。
生活の中であれこれ工夫して、社会に適応するため勉強します。所謂「コミュ障」ではない健常者が、意識せず行なっている事を。

料理が上手くて、「夫」の仕事や趣味、専門分野に興味を持ち、理解を示してくれる「妻」なんて、良い嫁じゃないですか。
ただ、その有り余る知識をうまく使って人と話すことができないというのがネックなのですが。
「妻」は、自分の考えを話す時に、「夫」の慣れ親しんだ技術用語やスポーツ用語に置き換えるなどしています。これは、「妻」なりに意思疎通を円滑にするための努力なのです。

「夫」は、「妻」が最初に精神科受診を希望した時、に「不健康だ」「薬に頼るな」という反応をしています。
これも、社会性があるからこその、一般常識と言いますか、偏見ですね。世間体というのもあるでしょう。

「妻」はやがて、ほとんど自宅に引き篭ったまま、「夫」にも信じられないような人脈を築きます。
自分には何が出来て何が出来ないか、そこを見極めた結果の粘り勝ちでした。
その辺、サクセスストーリーとしても読めそうです。

【以下、ネタバレあり感想】







結婚後、引越しで慣れない土地に来た事と、故郷が阪神大震災で壊滅したことが引き金となり、「妻」は、情緒不安定になります。
健常者にも「引越しうつ」というのがあるくらいですから、もともと「変化」が極端に苦手なアスペルガーの人にとっては、あまりに大きなストレスですね。
「妻」は、アルコール中毒になり、ウツの薬ももらうようになり、ある日、急性肝炎で危篤状態に。
それを期に、「妻」は、積極的に自身の問題と向き合うようになり、アル中の方はあっけなく解決。
専門医の知識と助言、診断と処方というのは、適切に行えばかなりの効果を発揮するものなのですね。
「妻」の場合は、アル中のタイプの中でも、不安や不眠をごまかすための飲酒だったため、その元さえ緩和させれば、酒を断つ事は簡単だったのです。
そして、「妻」はある疑問にぶつかります。
「自分はなぜ耐え難いほどの不安や緊張を抱えているのか?」
「妻」は図書館に通い、発達障害の一つである高機能自閉症を知りました。
さらに、ネットを介して情報を集め、専門の病院で、「自閉症スペクトラム障害(広汎性自閉症)」と診断されたのでした。

「妻」は、翻訳の内職をするようになり、「夫」が尊敬する有名なモトクロス関係者の取材で通訳をすることさえありました。
これは、健常者でもなかなか達成できないような偉業です。

「妻」は、診断を受けた事で、以前より穏やかに暮らせるようになりましたが、問題も沢山残っています。
「夫」しょっちゅうケンカしてしまう事や、「妻(私)は、自分で頑張ったから色々できるようになったんだよね?すごいよね?」という、「夫」に対する「褒めて攻撃」(←何度褒めても、また褒めて欲しがる。もともと、確認行動がしつこい。夫、うんざりぐったり。)、「旅行先での頑張り過ぎで最後には険悪になってしまう」のが分かっててもまた繰り返してしまう事、ネット以外では社会と関わりをほとんど持てていない事、など。

重度自閉症者向けの作業所、そこで働くにはあまりにハンディキャップがない「妻」。しかし、社会には適応できない。
そういった、高機能自閉症者に対応したサポートが、まだまだ整っていないというのが現状のようです。

まさか、実話ベースの日常ノンフィクションで、叙述トリックをかまされるとは思ってませんでした。
「夫」目線の文章ですが、実は、アスペルガー症候群の当事者である「妻」が執筆していたのです。

さすが高機能。文章の組立てその他に全く問題ありません。単語のチョイスも間違っていませんし、論理的に展開される意見には説得力がありますし。

本文を読む前に、折り返しの著者プロフィールを見ていたので、「あれ?夫の方も言語学を学び、社会への適応が苦手な人なの?奥さんとは、大学が一緒だったとか?」と、ぼんやり疑問を抱いていたのですが、著者が「妻」である事には気づきませんでした。

他人の目線で、自分を含む人々を描くという行為は、健常者でも大変難しいことです。特に、性別が違う場合は。
他人の気持ちを察し、想像する、ということは、自閉症者が一番苦手な事でしょうに、よく書きましたね。
あとがきを見ると、内容は、逐一「夫」にチェックしてもらい、「夫」の感覚とずれていれば、そこを訂正し再チェック、ということを繰り返したそうですから、この本に書かれている内容は、「夫」から見ても真実に限りなく近いもの、ということになるでしょうね。

もしかしたら、夫が当時「うんざりしていた、呆れていた、疲れきっていた、疑っていた」という事に、妻がきちんと気づけなかったのかもしれません。
この本を書く事で、夫婦の相互理解が深まったのではないでしょうか。

「夫」の添削が入りその視点が一致しているとは言え、本書には、「妻」が自分なりに個性を発揮し、工夫し、頑張った事への労い、「妻」は言語能力が非常に高く、料理上手で笑うとかわいい事、などが書かれています。
「夫」が書いた文章なら、「内心、妻のことそう思ってたんだ」と素直に受け取れますが、「妻」が自分でそう書いていたという所に日本人離れしたものを感じました。

海外だと、自分の長所や実績をアピールするのは当然なのかもしれませんが、日本では、謙虚な姿勢を求められる事が多いですよね。
この本には、著者=「妻」による「褒めて攻撃」の一環、という部分があるのかもしれません。
でも、苦手を克服しようと努力した、そして、困難な作業を経て本を完成させた、という意味では、本当に賞賛に値しますね。
読者に対し、自閉症への理解を求めるのにも有効でしょうし。

アスペルガーの良くない点についても、十分に述べられています。
妻は、今までいかに夫や周囲を冷や冷やさせたか、不愉快にさせたか、困らせたか、この本を書いたならとっくにご存知のはずです。
例え、実感が沸かなくても、それらの情報をフィードバックさせることで、少しでも生きやすいよう行動を修正できれば良いですね。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/06/17(金) 21:53:17|
  2. 読書感想文(小説)

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