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貴志祐介「悪の経典」感想

悪の教典 上悪の教典 上
(2010/07/29)
貴志 祐介

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悪の教典 下悪の教典 下
(2010/07/29)
貴志 祐介

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【あらすじ】
高校教師の蓮実聖司は、勉強の教え方がうまく、ユーモアもあり、甘いマスクをしたイケメンなので、生徒に人気がある。特に女子は彼を「ハスミン」と呼び、親衛隊(S.S)まである。
そんな蓮実は、教師、生徒、保護者の起こす様々な問題を鮮やかに解決していく。
一見、人間的にも教師としても優れているかに見える蓮実だったが、感受性の強い少女・片桐怜花は、彼に違和感と恐れを抱いている。
蓮実には、生まれつき、「他者への共感能力」が完全に欠落しているのである。
上・下巻通して、なんだかんだあって、たくさん人と生き物が死ぬ。

【途中まで、ネタバレなし感想】
二つのミステリ系ランキングで1位をとった作品ですが、一般的に「ミステリ」と言われてイメージするような、「事件が起こる、犯人がいる、被害者がいる、探偵役が犯人を暴く」というスタイルとは少し異なります。
確かに、犯人も被害者も探偵役もいるんですけど、9割以上ロクデモナイ奴です。善良かつ一般的な人は殆どクローズアップされません。皆、脛に傷持つものか、現行でクズばかりです。

ジャンルとしては、ミステリで合ってるんでしょうが、もう少し細かく分類すると、教育現場に対する問題提起+サイコ・ホラー+サスペンス+学園パニックものと言った雰囲気です。

蓮実の問題解決方法は、お?結構いいじゃん、というものから、それは駄目でしょ!というものまで様々ですが、一つ一つの問題は、おそらく日本中の高校でも日常的に起こっているものでしょう。
モンスターペアレント、イジメ、授業妨害、体罰、ハレンチ教師、無気力覇気なし教師、など。

教育心理学や心理療法で用いられそうな心理テストが色々出てきます。私も学校で受けたり自己分析させられたりしたことがありますが、それが実際教育現場どのように利用されているかはわかりませんでした。
この本に書いてあることも、真に受けすぎてはいけないでしょうね。診断結果の見方自体は、きっと統計的に正しいのでしょうが、蓮実は、そのデータの使用方法がかなり独特ですから。

しかし、「これなんてエロゲ?」というくらい、教師達が生徒に手を出しすぎです。性的に。

登場する女子に「BL」の概念があるんです。でも、特別オタクでも腐女子でもないようで、「ボーイズラブ」という言葉は、一般的な女子にも浸透しているのでしょうか?

猟奇表現や動物虐待、精神疾患とそれに対処するお薬の名前とか出てくるので、そういうのがNGだという人は、読むのを避けておいた方が無難かもしれません。
ただ、あまりに人が沢山死ぬもんですから、読んでて残酷だなぁと思う感覚すら麻痺してきますけど。これが、共感性を欠いた状態なんでしょうか。

蓮実と並んで主人公扱いなのは、そんなに出番多いわけではないですが、片桐怜花でしょう。
この本に出てくる様々な犯罪や陵辱、グロテスク描写より、怜花視点での暗闇を数秒間歩く場面が一番こわかったです。
怜花がつるんでる男友達は、カンニングの主犯だったり大麻を吸ってたりするような輩です。
怜花は、感受性が強く繊細な割りに、倫理や規則・法律にはそこまで厳しくないようです。多分、自分の主観的感情と価値観、直感の締める部分が大きいのでしょう。

上巻ラストの校長演説。まさに、心の底から湧き上がる本音中の本音、魂の叫びでしたね。
逆説的に勇気付けられる内容でしたが、同時に、悪趣味過ぎるジョークとして笑えました。

別の「塾や学校が舞台のミステリ・ホラー系漫画、ラノベ、ゲーム」の時も思いましたが、こんな物騒な学校通いたくないです。とはいえ、なんとなく不自然な事件が起きている、という程度では、早々転校を決断できるものでもないですし、真実に気づいたごく一部の生徒以外には、日常風景なんでしょうね。

【以下、ネタバレあり感想】








下巻の最後に書いてある上巻紹介には、「性善説に基づくシステム―学校。そこにサイコパスが紛れ込んだ時、悲劇は起こった。」とあります。
サイコパス」についてのwikipediaを参照したところ、なるほど、蓮実そのものですね。
関連作品として、本書が挙げられていました。

最初の方、次々と教師が登場するため、ミステリというよりは教育現場物語なのかな?という印象でしたが、徐々に暴走していきました。

蓮実は、裏がありそうだなぁとは思っていたんですよ。最初の空を飛ぶ夢からして、平たい紙人形みたいな生徒をコルクを装填したライフルで射的するという内容で物騒だし。
上巻途中までの蓮実は、戦略的、かつ、社会的に、邪魔な生徒や先生を排除する、というやり方だったので、「生徒を射撃の的にする」という夢も、もっとじわじわ、穏便かつ卑劣な方法で退場させてくのかと思ってましたが、ずばりそのもの銃殺だったとは。
モンスターペアレントの家に放火して殺す、釣井先生を縊死に見せかけて殺す、圭介をハンダゴテ刺して殺しタイムカプセルの所に埋める、など、かなり直接的に人を殺すようになっていきます。
しかも、これが、初犯ではなかったのですね。子供の頃から、自分が罪や責任を逃れる逃げ道をつけつつ、邪魔者を大怪我させたり社会的に抹殺したり、リアルに殺したりしてきたのです。
蓮実は、両親をも手にかけました。

フギン(思考)とムニン(記憶)のうち、フギン(思考)だけ処刑に成功しています。
これは、何を意味しているのか。
人間には、(障害や疾患でも無ければ)誰しも、思考と記憶の両方が備わっています。
蓮実は、どちらも過剰にありつつ、共感性がない、という状態だと思います。この「思考」だけを失ったことで、抑制されていた「記憶」が蘇るきっかけになったのでしょうか?色々と、昔のことを回想しがちになりました。

度々、ムニン(記憶)に見張られていると感じるのは、ムニンが「良心」や「過去」(特に、人々の優しさや良かった部分、自分を愛してくれた、信用してくれた思い出など)を表していて、蓮実を「咎めている」「苛んでいる」という描写なのでしょうか。
本来、蓮実には全く無いはずの、「後悔」「罪悪感」。それがムニンの視線を受ける描写で表現されてるのかと思いました。

蓮実が手にかけたもの殺すのに躊躇し、未遂に終わったのは、作中では二人ですね。
憂実と美彌。
憂実は、昔、蓮実が「感情」や「人間らしい反応」の模倣をより完璧にする際に、「お手本」にした少女です。
容姿はすぐれておらず、学習障害がありますが、他人に対する共感能力に長けています。
蓮実のまだ不完全だった「演技」「模倣」を唯一見抜いた少女でもあります。
憂実が、蓮実になら殺されてもいいと、言ったのは、「職場でレイプされて自殺したい。でも、できるなら、せめて好きな男の子に殺して欲しい。」という想いがあったのでしょうが、もうひとつ、蓮実の「他者のことをなんとも思わず殺せる本性」に気づいていたから、というのもありそうです。
蓮実は、憂実を殺せませんでした。
蓮実は、沢山の女性をモノにし、性行為に及んだり利用したりしてきました。そこには、愛情はなかったようです。
彼が女性に抱いている気持ちとはどういうものか。「自らの手際の良さに自己満足するための道具」「計画通り簡単に落ちてしまうことへの嘲り」「支配欲と性欲のはけ口」「ゲームの景品」そういった感じでしょう。
しかし、憂実と美彌にだけは、本気になってしまった部分があるのかもしれませんね。
性的、肉体的な愛情じゃなくて、もっと心の部分で、自分に縋ってくれる、弱く愚かな者に対する憐憫といいますか。
慈悲に似たプラトニックな恋愛感情があったのかもしれません。

美術教師の久米は、教え子の中からゲイの素質を持っている、あるいは、同性愛のサインが出されている子供を各種心理テストから割り出した上で、前島君と関係を持っていました。
しかし、一方的な強制ではなく、相思相愛だったようです。
同性愛は、認められている国も増えているとはいえ、学校の教師ともなれば、「弱み」です。
それを握って金を出させるというのは、恐喝なのですが、一方で、美術教師の親が金持ちというのもあり、立場上、同性愛者で未成年と淫行しているというのは、知れ渡ると一発アウトなのです。
前島くんは、死の直前に「大量殺人犯は、久米先生ではない。」という真実を知る事ができました。久米先生を疑ったり、そんなはずない!と思いながら死ぬよりマシでしたが、どちらにしろかわいそうです。
また、久米先生は、前島くんの死を知り、絶望しながらの最期となりました。
この二人は、相当深く愛し合っていたんですね。

蓮実は、様々な問題を解決するために、元より悪い状況を生み出すことがあります。本末転倒なのですが、数人犠牲になることで周囲が「あの件はもう過ぎた」と思うように仕向けています。さらに、自分にとって邪魔な者を消したり、甘い汁を吸ったりします。
ふつう、自分の欲望に忠実で他人を蔑ろにする者は、すぐに嫌われますし、それが刑法に引っかかるものなら罪に問われたりします。
しかし、蓮実は、そういった社会的制裁も回避する仕掛けをしてあり、かつ、人々に好かれ、信用させる術を知っているのです。

蓮実の【人心掌握術】【洞察力】【コミュニケーション能力】【問題解決能力】【行動力】【異性を惹き付ける魅力】を良い方につかえば、最高の教師にもなれたでしょうから、もったいないです。
前任の高校でも死者を出していて、その前にも、彼の周りで不審死が続いているのですから、要注意人物だということに気づいていた人もいるんですよね。
最後に蓮実を逮捕した下鶴刑事など。(実際逮捕したのは、事件担当者の増渕刑事かも)
他にも、作中、蓮実の犯行を見抜いた人物が何人かいましたが、暴く前に蓮実に殺されました。
蓮実の真実に近づきすぎたために、「探偵役」候補が闇に葬られたわけです。

「虫」(バグ)ってなんだろうか、と思っていましたが、学校中の盗聴器のことだったみたいですね。
正確には、電波を飛ばすタイプの盗聴器じゃなくて、録音機、みたいなものでしたっけ。
携帯での集団カンニングを妨害電波で学校を覆って携帯を圏外にする、というのは荒業ですし、刑法ギリギリなようですが、そもそも、試験中には携帯は不必要ですから、カンニングする生徒側、挑戦者達も悪いんですよね。

蓮実に殺された一人、釣井先生もまた人を殺した経験があり、その後の行動も含めどちらかと言えば悪い人、なのですが、妻に浮気された上屈辱を味あわされた、という点ではかわいそうです。
せっかく妻を殺し、さらに、その愛人だった校長に埋めさせ、今の安定した教職の地位を確立したとは言え、それ以来生き地獄のような幻覚に悩まされているというのは、悲惨です。
そして、共犯である校長もまた修羅の道を歩んでいたのですね。
自分で、愛する女の死体を埋めた事、いつ、それが明るみになり、死体遺棄実行犯として逮捕されるか、また、不倫姦通が知れ渡ってしまうか、ずっと怯え続けていたのです。釣井の妻の死と共に、釣井と校長の一部、いや、かなり大半は死んだも同然になってしまいました。
釣井が自殺に見せかけて殺された後の、校長の大演説からは、「心の中がどんなに地獄でも、死にたいと思っても、生き続けていれば、必ず解放されるのだ!!だから、その日を信じて、生きろ!」という力強いメッセージが伝わってきましたね。校長自ら身を持って体験し、会得した人生の教訓ですから、説得力抜群です。
と言っても、下巻で、釣井宅の床下から女の死体が発見されニュースになったことで、校長の心が一気に崩壊してしまうわけですが。やっぱり、罪は罪。どこかでしっぺ返しをくらうぞ、ということなんでしょうね。
しかも地獄を抜けたという喜び最高潮からの転落ですから、その絶望は計り知れません。壮絶なぬか喜びでしたね。精神病院にいるということは、まだ生きていますから、回復の見込みもなくはないですけど。
通常生きていて後ろ暗いこと、辛い事、と言っても、校長や釣井ほどヤバイということは殆どないでしょうから、「それぞれが抱える苦しみや悩みは、いずれ思わぬ形で解決する事もある、だから、くよくよ心配しないで、強く生きろ!」という意味では、校長の演説は間違っていなかったと思います。

最後らへんは、殺人鬼による虐殺パニックものとなっていますが、それでも蓮実は、自分が罪を逃れる道を用意しています。元々は、クラス全員殺そうとは思っていませんでしたが、蓮実にしては珍しくミスがあり、予定外の殺人をしてしまいました。
死体を隠すなら死体の中だ、ということで、クラスの全員が、美術の教師(ゲイ)に殺された、というシナリオを演じることにしたのです。
勿論、実際に生徒達を追い詰め、命を奪っていくのは、蓮実本人です。
それほど、無差別殺人もの、銃乱射もののの小説や映画は見てないのですが、どれも、殺人鬼の動機や主観が分かりにくく、移入しにくいものだったと思います。
どちらかといえば、被害者たちの日常が壊される様や、逃げ惑いサバイバルする人間に焦点を当て、悪役はもうわけわかんない恐怖の対象。意味不明だけど突然暴走した皆殺し装置、みたいな感じで描かれたりします。(本書でも、それまで名前しか出てなかったような、クラスメイト一人一人の主観描写が細かくなっています。)

未知の凶悪犯、というのも面白いのですが、このお話では殺人鬼=蓮実目線の思惑、みたいなものが随所に見られるのが特徴です。
犯人は、「正体不明の怪しい人」ではなく、読者がその過去や内面までも把握している主人公蓮実である、とはっきり分かっているので、はなから犯人当て、という要素はありません。
注目すべきは、彼がどのように犯行を完遂し、しかもそれを隠しおおせるか、という所なのです。
蓮実は、「学校内に殺人鬼がいる」と生徒に信じ込ませ、「蓮実先生も殺人鬼から逃げる被害者の一人である」という体(てい)で、生徒の味方を装っていました。
中には、「ハスミンが来てくれた!もう平気だよ!」と安心しきった所で殺された子も。
屋上の鍵は、結局どうやっても開かないようになっていたのですね。それを必死であけようと努力していた事も全て無駄でした。蓮実の手の中というわけです。
そういう生徒達を見て、本当に心が痛まなかったのでしょうか?蓮実は。

蓮実は、途中から、相棒である銃が喋っているように聞こえます。また、そこにはいないはずの、しかも死んだカラスまで廊下を飛んでいるように見えるし、過去に死んだ少女・憂実の声もします。憂実は、殺戮を止める様にいいます。蓮実の中では、今でも憂実こそが、良心の欠片であり、凶行を引きとめようとするストッパーなんでしょうね。
しかし、それはすぐに打ち消されてしまいます。
今まで、蓮実の幻覚幻聴らしき描写はなかった(はずな)ので、本当に少し精神異常を起こし始めてしまったのでしょうか。
無駄に人を殺して死体の処理に困り、大量殺人を始めたり、その過程で、発砲時耳栓を忘れて難聴になるなど、蓮実らしからぬボロが出ています。失敗する、ということは、人間らしさ、ということでもあると思うのですが、それと反比例するように、非人間的な殺戮をしていくのです。

蓼沼は、元々暴力的な問題児でしたが、蓮実が学校裏サイトで蓼沼をを中傷、いじめを誘発し、さらに、クラスの皆が書いたという嘘の紙束を見せました。わざとらしく落とした一枚は「蓼沼が嫌い。死んで欲しい。」みたいな罵詈雑言で溢れ、それは蓼沼の目にも入りました。それがきっかけで、蓼沼は教室で暴走するわけですが、蓮実に危害を加えたということで退学にされました。
この前あたりまでは、また、蓮実は時々やりすぎだけど凄腕の良い教師かも、と錯覚していたのですが、問題生徒を排除するために率先して陰湿ないじめをしたなんて、ああ、もうこいつだめだ、とても恐ろしい悪魔だ、と思うようになりました。
で、その蓼沼くんが、蓮実殺人鬼モードの学校に現われたので、彼が蓮実の化けの皮を剥がせれば、報復を果たした、ということで少しだけハッピーエンドっぽくなったでしょうが、蓼沼くんも消されました。
蓼沼くんは、校内に入らず、敷地内から脱出して、警察呼んだ方が助かる事ができたし、事態の悪化を少しでも食い止められたかもしれませんね。蓮実は現行犯逮捕で。

弓道の翔くん、ヒーロー願望があったのですね。世の中には「皆がピンチになったときに、自分の力で悪を打ち倒しヒーローになりたい」ということを日々夢想している人がリアルにいるようです。「もし、テロリストが学校に来た時に、自分だけ屋上にいて、そこから作戦を立ててなんとか逃げ切って…」とか。
脳の気持ちよくなる空想パターンの一つなんでしょうか。特に、思春期の男の子がやりそうです。

死亡フラグ、という概念は、ネットを扱う人や若者を中心に広まってますよね。
作中のキャラクターにも、「パニックものや戦争もの、ミステリものの映画や漫画の、そのセリフを言ったりそういう行動を取ったりした人は、死ぬ。」というイメージが定着してますね。
だから、自分達を小説のキャラクターと自覚しているというメタ・フィクションではありませんが、死亡フラグセリフを言ったあとに、フラグ回避の為セリフを変えてみたりしています。

「殺人物語大道歌」こと「モリタート」は、蓮実の口笛で、癖です。
詞が残酷なことを知らずに聞けば、全然危険そうな曲ではないようです。私は未聴です。
映像化やドラマCD化などされたら耳につきそうで怖いですね。
キャラクターにテーマソングがある、つい出てしまう鼻歌がある、という設定や、物語の中で重要な位置を占める曲、歌、童謡というのは良くあります。
そういったものは、映画でもアニメでも割とメジャーな手法っぽく、作中同じ曲が繰り返し流れます。そして、最終的にはそれが伏線になっていて大感動を引き起こすこともしばしばです。
しかし、短いスパンのメロディを何度もリフレインされると不安になってしまう、それが耳についてしばらく離れなくなってしまう、という方は、私以外にも結構いるのではないでしょうか?

作中に、古典文学や詩を引用するのもフィクション、特に小説の常套手段ですよね。うまくやると、どことなく気品や重厚感や名作感がでることも。
古典を下敷きに、テーマを際立たせることも、アンチテーゼを示すこともできますしね。

蓮実は、教師という職業に合わせたキャラ立てとなっています。
殺人時も性行為時も英語教師という振る舞いをするのです。
そういうエロ漫画読んだ事ありますよ。性行為の全てを勉強や教師の職務に置き換える漫画。
蓮実も作者も、様々な事柄を教育論に引っ掛けて描くのは、本気半分冗談半分という気分なんですかね。
蓮実は、教職についてから、まだそれほど年数経っていませんけど、それ以前は、どういうキャラ設定で生きてたんですかね。
誰からも好かれる好青年を演じながら、裏で自分の利益になる工作をしている、という程度でしょうか。

蓮実が犯人だという決定的な物的証拠は、AEDに残された録音でした。
これは、蓮実が生徒を殺す場面とセリフがはっきり入っており、言い逃れ不可能です。
蓮実には、自分以外の他者を救う為に捨て身でがんばる、無意味かもしれなくても蘇生を試みる、なんて気持ち分からないんでしょうね。
共感性を持たぬ殺人鬼が、共感性と友情溢れる子供に負けてしまったのです。「今回の件」では。
蓮実は、それから生徒達が悪魔だとか、神の声が、とか、妄想を伴う精神疾患者を装いはじめました。
逮捕されたらその件は「これで終わり」、早くも、裁判で死刑を免れ、あわよくば脱獄、みたいな事を狙っている模様です。

一命を取り留めた美彌は、蓮実について語ろうとしません。彼女は、蓮実を軽蔑し目が覚めたのでしょうか。それとも、今でも蓮実のことを愛しているから、蓮実に不利な証言の一切を拒み、蓮実を守ろうとしているのでしょうか。猫のジャスミンは無事なようです。

怜花達が、避難用袋に、自分ではない者、あるいは、死体を流すんだろうな、というのは予想つきました。
蓮実が撃ったのは、既に死んでいる生徒だったのです。その生徒は、二回殺されたことになります。
仲間の死体を利用して生き延びたという事実には変わりないので、怜花は重い気持ちです。
それでも、その仲間の死体が被弾した時に痛みを感じたということですから、彼女は生者だけではなく、死者にさえ感情移入できる、優しい子なんですね。
蓮実は、様々な教育的知識を変な方向に有効利用していたわけですが、最後に生き残った怜花達も、モンティ・ホール問題を応用したというのは、面白いですね。
社会に出ても役に立ちそうもないような勉強ですが、いざという時自分の身を守るのにも使えるものですね。

蓮実は、完全に頭が正常に働いていて、素面の状態で大量殺人していたわけではないとは思うのですよ。
幻覚・幻聴が出ていることや、いつもより詰めが甘い所、事前準備も計画もなしに、ぶっつけ本番で沢山の生徒を殺さなければならないこと。
これは、彼に興奮状態をもたらすと同時に、さすがにスリリングで緊張するでしょうし、うっかりミスをするなど精度を欠いていたのです。AEDに搭載されている録音機能のことをすっぽり失念するなど、普段の蓮実ならやらないと思うんですよ。そういった証拠も丁寧に消してたはずです。

クラス皆殺し中の蓮実は、幻覚の中で自分を引き止める声も聞いていたのですから、彼は、共感性を模倣するうちに、ほんのわずか、心の奥底に、本物の共感性が宿ってしまったのかもしれません。
それが、彼の殺しの腕を、鈍らせてしまったのではないでしょうか。
あと、「神や悪魔がどうの」という妄想が、演技ではなく、一時的に本当に感じたとか。

今回は、助かった怜花ですが、彼女は、いつか社会に戻ってくるだろう蓮実にはやくも恐怖感を抱いています。
また、ずっと蓮実を疑い続けにも関わらず凶行を止められなかった、下鶴刑事もこの先地獄の毎日となります。あの時、電話をかけなおしていれば…、前任高校の連続不審死事件で、ちゃんと蓮実を逮捕できていたら、と。ずっと後悔と自責の念に囚われるのでしょう。
蓮実のせいで、周辺の人々は、著しく心に傷を負ってしまったのです。

テーマ:ブックレビュー - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/04/28(木) 00:48:03|
  2. 読書感想文(小説)

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