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伊藤計劃「ハーモニー」

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ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)
(2010/12/08)
伊藤 計劃

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【あらすじ】
21世紀後半、<大災禍>(ザ・メイルストロム)が起り、世界中に核弾頭が落ちた。放射能により癌患者が増え、未知のウィルスも溢れ出した。
世界は、政府を単位とする資本主義的消費社会から、生府(ヴァイガメント)を単位とし、構成員の健康と命を第一に考える医療福祉社会に生まれ変わった。
人々は、体に医療的監視システムWatchMeをインストールし、恒常性を保っている。
生府の配布するコードは、個人用医療薬精製システム(メディケア)にダウンロードされ、それは、病原体を滅する医療分子(メディルモ)を合成する。
その為、人々は、病気(遺伝的で避けられないものを除く)を未然に防がれ、頭痛や風邪も経験することはない。
優しさと相互理解に包まれ、醜悪なものは取り除かれた世界。「あなたは、社会の一員として欠かせない人間なのです。」という「人的リソース意識」。公共物としての大事な命。
既にデッドメディアとなっている(紙の)「本」を読む変わり者の少女ミァハは、そんな自由、博愛、平等の行き届いたこの世界を嫌悪していた。
ミァハは、友人少女のキアンとトァンに、拒食による自殺を持ちかける。
これは、生府の財産、インフラである体を傷つけることによる、生府への攻撃である。
大人になればWatchMeを体にいれなければならない。そうなると、栄養不足は健康コンサルタントのサーバに通達され、救急車を呼ばれるだろう。
自殺するには、少女である今しかない。

【途中まで、ネタバレなし感想】
著者インタビューを含むあとがき解説によると、当初、キャラクターの性別を決めないで書かれたのだと言います。
女性にしたのは大正解だと思います。
WatchMeを体に入れるのは、大人になってからです。成長中は恒常性がないので、現状を維持する為の監視をしても意味がないからです。
そのことについて、冒頭
ハーモニー引用1
と、書かれています。

まだ、WatchMeがなんだかよくわかっていなかったので、男性器の隠語か!?などと恥ずかしい勘違いをいたしました。
もしくは、【堕天ワード】、【censored】、【禁則事項】、【らりるれろ】みたいな自主規制や、口にしてはいけない言葉なのかと。

男性だって、子供と大人の体つきは全然違いますが、女性は、胸が膨らむのでその変化が一目瞭然です。
さらに、他者、異物に入り込まれる感も、女性の方が表現上適しているものと思われます。(作者の過去2作でも、人々の体にはナノコンピューターが入ってたけども、キャラクターを男性から少女に代えただけでこのいかがわしさ。)

自殺するに当たり、拒食による餓死を選ぶ、そして、それをカリスマ的な少女に影響されて決行してしまうというあたり、男の子より女の子の方がしっくりきます。(キャラの性別決めてからこの死に方にしたのかもしれませんが)拒食症は、女性の方が多いですからね。その人達は、別に死ぬ為に食べないわけじゃないですけど。

ミァハは、体を医療的な「言葉」に置き換えてしまうWatchMeを入れられたくありません。生府の一員として取り込まれてしまうからです。
「わたしはおとなにならないって世界に宣言してあげようよ。(このからだは)は、ぜんぶわたし自身のものなんだって、静かにどなってやろうよ」と言いつつ、別の箇所で述べている「自分達の体は生府の財産でインフラだ」という発想、「それを単に傷つけるのではなく健康を嘲笑うやり方をしようよ」「奴らから体を取り戻してやる」という考え方からしてもう、自分が生府の末端、大きな全体の中の一部だと認めている証拠ですよね。
自意識、「わたし」、主観、魂、こういうものについての考えすぎは禁物ですが、少しでもそういった意味での「たった一人のわたし」という感覚があれば、自分を傷つけたり滅したりすることで、セカイに攻撃しようとは考えないと思うんですよ。
「ハーモニー」内で普及している、「公共物としての私」(パブリック・ボディおよび人的リソース意識)という仕組み・義務をすでに負っているんですね。別にWatchMeを体に入れていなくても。

主人公トァンと変わり者少女ミァハは偶然出会ったわけですが、ミァハがトァンを友達、というより革命的な自殺の同志に選んだのは、トァンが元々持っている死への衝動を察知してたからなんですかね。
トァンは、ミァハに出会う前に過食障害でセンターに運ばれています。その時死ぬつもりなどなかったわけですが、すでに未分化の死への衝動を持っていたのだろうと、トァンは、後に考えています。

「人的リソース意識」を持っていれば、自分の体も他人の命も、生府の大事な資源として傷つけることはできません。子供同士でもそれは徹底されているため、いじめは存在しないのです。

「いじめ」という言葉も現象もデッドメディアである「本」でも読み込まなきゃ、一般人は知る由もありません。
また、「デブ」という言葉は、肥った人の人格を著しく傷つけるものとして、自然と使われなくなり、その後、WatchMeの普及で肥満そのものもなくなりました。皆、標準体型を維持しているのです。
中指を立てるしぐさもなくなり、それを意味する「Fuck」という英単語すらすでに消滅しています。
「煙草」「酒」は、体を傷つける物質で健康に良くないから社会から締め出されています。
戦場での取引でのみ、ギリギリ手に入るというもののようです。これらを摂取することはささやかな自傷であります。
煙草を吸うために戦場に行く28歳女性、というのが面白いです。
「カフェイン」規制派もいて、そろそろコーヒーなどの嗜好品も追い出されつつあります。カフェインが様々な身体的、精神的不具合を引き出すことがあるのは、現代でも知られていますからね。規制派には、いくつもの科学的な根拠があり、また、やたら決め付け、断言を行うものだから、凡庸で曖昧な理論では太刀打ちできないのです。

いじめや売春のない社会なんて素晴らしいものなわけですが、「いじめ」「売春」という単語と概念そのものがなくなっていて、考えることもそれについて話す事も非常に難しくなっているというのは、人類として退化のようにも思えます。
ミァハのように昔の事を沢山勉強している人には意味が分かっていますが、他人と話す時は、その意味を別の長い言葉で説明しなくてはなりません。
トァンは、ミァハから話を聞いてもなお、「いじめ」というものがどんな状況なのか具体的にイメージできないのです。(15歳時点で)

本の裏表紙に「ユートピアの臨界点」と書かれています。確かに、楽園ではあるんですよ。
皆が健康で互いを思いやり、長生きできる世界ですし、心的外傷に触れそうなフィクションや画像はあらかじめ警告してくれますから、うっかりダメージを負う心配もありません。

でも、この極端に人間が管理されている全体主義的社会、言語とともに概念がガンガン削除されている世界って、典型的な(?)ディストピアですよね。
ディストピア作品で語彙を減らしていく場合、体制に反対しようと考えることすら出来なくするため(政府に逆らうための言葉自体がないので発言も実行もできない)、という意図があったりするみたいですが、ハーモニーの場合は別に人民を騙して黙らせ統制するという明確な目的はなく、とにかく半世紀前の<大災禍>(ザ・メイルストロム)と病気蔓延がトラウマ過ぎて、その反動で極端な健康福祉社会になっただけで、結果、言葉が自然消滅してしまったのです。

まだディストピアものは少ししか読んでませんが、この「ハーモニー」世界の住民は、他作品に比べて自由と人権を与えられている方だと思います。
とは言え、個人情報の保護はなされていません。すべての人間は、名前、年齢、職業、社会的評価(ソーシャル・アセスメント=SA 料理屋の☆みたいなの)、健康保全状況のタグを公開しながら過ごしているんですよ。
拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ)を通せば、皆の背負う「看板」が見えます。(今でいう名刺を常にオープンにしている状態)
ですから、「プライベート」という言葉は、性的なものに関する部分だけを表しており、人前ではおおっぴらにいえない卑猥な言葉という認識になっているのです。
まだ、性の部分が秘密であるという点では、他のディストピアよりはマシかもしれません。それすら管理されてる作品もありますからね。
この、ぬるま湯に浸かりきった優しい世界、しかも粛清や罰で押さえつけるといういかにもな恐怖政治も行われていない、というのがまた、完全否定はできないけど、どこかがおかしい楽園って感じで絶妙ですよね。

この時代に作られるフィクションは面白くないでしょうね。暴力表現が禁止なくらいだし、きっと犯罪も性も描けません。
フィクションの作者も、日常で葛藤や不快感、強い怒りなどを感じる機会が少ないでしょうから、作中の心理描写もかなり薄くなりそうです。
大昔に存在した映画は、全書籍図書館(ボルヘス)に保管されてはいますが、それを閲覧するためには「心的外傷性視覚情報取扱資格」が必要です。一般人には見られないのです。

ジョージ・オーウェル「1984年」に登場する、「二分間憎悪」という架空の行事、これを引用するどころか実践しちゃってるので、いよいよディストピアです。
「1984年」では、政府の敵(とされているけど実在しない可能性もある)ゴールドスタインとその一派が映し出されたテレスクリーン(双方向テレビ)に向かって激しい怒りを憎しみを爆発させるという日課ですが、「ハーモニー」では、こってりと脂の乗った、不健康な食べ物の映像を嫌悪するというイベントです。
そうすることで、あんなもの食べちゃ駄目だ!という気持ちを新たにするのです。

作中、公共性とリソース意識を持つことを、命を人質に【誓わされている】。というようなことを書いてあります。
規制が穏やかなようで、実は、相当きつい拘束がなされているんですね。
「自分と皆を大切にする」という約束事は、断ろうにも断れない全人類への強制なのです。(それが悪い事とは言い切れないのがずるい)
主人公達がそれに反発するやり方が自殺だったのもうなずけます。
自分の命と体が自分だけのもので、無意味なものだと証明したいという。
上でも書きましたけど、その時点でリソース意識に囚われていることになりますけどね。

キアンが、苦痛を感じた事で、自分が神経系を有する生き物なんだと気づいて怖くなるというシーンがあります。
病気がほぼ駆逐されている世界では、苦しみや痛みを感じることは滅多にありません。
そこで、主人公たちは出会ったのです。
【痛みをちょうだい】
どうも「ハーモニー」世界の住人は、人間が生物の一種だと言う感覚が薄いようなのです。現在でも、知性と文明を持った人間は、動物とは違うって感覚がありますけど。

煙草と酒が、生きがいや楽しみの人だって大勢いるでしょう。
体によくない嗜好品、心によくない創作物、下品な娯楽、それらがない世界でずっと長く生きていて、果たして幸せと言えるか。…というような事を描き出すお話かと思ったら(十分すごいけど)、それどころじゃない展開をして驚きました。

著者が、前々作「虐殺器官」で提唱していた事が、より具体的になっています。そのものずばりはっきり述べている箇所がありました。これは、後で、ネタバレゾーンに書きます。
で、さらに、そこを超えてしまったのが物語後半なのでしょう。

本文中、気づいただけでも、様々なパロディネタがありました。
例えば、

【「ただの人間には興味ないの」
 とあっさり言い放つ。まるで、宇宙人や超能力者でも持ってこなければ話にならん、と求婚者に理不尽を告げるかぐや姫のよう。】

これは、ライトノベル「涼宮ハルヒの憂鬱」において、ハルヒが高校入学してすぐの自己紹介で言ったセリフ

【「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら 、あたしのところに来なさい。以上。」】

を意識してますよね。中学時代のハルヒは、男子に告白されたらとりあえず付き合って、その人が面白くなかったら速攻で別れて来ました。その様子も、かぐや姫のようです。そんな無理難題(ハルヒの退屈を解消するには、よっぽどオカルトやSFみたいなことがないと駄目)答えられるわけない、という。 ただの人間…。

「ハーモニー」に話を戻すと、

【さすがにここまで言われては、好き好き大好き超愛してる裏返しのワガママだとか】

は、舞城王太郎さんの「好き好き大好き超愛してる」から取られてそうですし。(作中キャラの病状が計劃氏とにており、テーマにも共通性がある。)

【わたしたちの前でそっと指を開き、わたしたちにとってたったひとつの冴えたやりかたを提示してみせる。】

「たったひとつの冴えたやりかた」は、有名SF小説の邦題ですね。(要素や状況は複数一致するが、全体の印象は全く違う。)

こんな調子で、既存作品のセリフやタイトルを、ごく自然に文章に取り込んでいるんです。
こういうのは、パクリとは言わないですね。むしろバレろ、分かった人だけニヤリとしろ、というもので。
著者的には、病床で書いていた作品ですから、少しでも自分の愛した文学やフィクションを自作品に詰め込み遺したかったのではないでしょうか。
【追記】気付いた分の「元ネタ」を全部読みました。どれも、「ハーモニー」本編や著者自身と結びついており、洒落にならないくらい真剣だったようです。ふざけ半分のお遊びやパロディではないんですね。でも、ユーモアの一種ではあると思います。【追記おわり】

巻末インタビューに、設定などのロジックを考えるのは好きだが、エモーショナルな肉付けが苦手。だから、今病院にいて治療を受けているというこの状況からスタートし、なぜこういう医療体制になっているんだろうと考える。そこから生まれた切実なロジックをキャラクターが喋る事で、切実なエモーショナルが生まれるのではないか、とありましたが、もう、切実過ぎて、読み終わってからも度々深淵に引きずりこまれそうになりました。
「心的外傷的図書」もいいところでした。
「ハーモニー」の世界なら、本作「ハーモニー」を読めなかっただろうと思うと、まだ幾分規制のゆるい世界でよかったです。

「ハーモニー」の医療福祉社会に近いものを史実上実際に目指し、政府が煙草・アルコール対策室を設け、障害者に対する差別的な言葉を是正したのが、ナチス・ドイツだそうです。

【以下、ネタバレあり感想】






キャラクター名がとても変わっていて、「どう発音したらいいの!?」というのが第一印象でした。
日本人なのに風変わりなカタカナ名前なのは、「これは未来の物語である。」というのを表していると思っていたんですよ。名前の流行は、時代とともに変化します。現実にも、江戸時代と平成では、かなり違います。そこで、未来に相応しい、今までにない名前を創作したのかと。
実際には、違いました。元ネタがあったんですね。
それは、ケルト神話です。
ネットの「神様コレクション@wiki」によると、ミァハは、「医療の神」で、ヌァザは、「幸福をもたらすもの」、キアンは、ミァハと同じ父(医術、生命の神)を持つ兄弟、そして主人公のトァンの説明文は、「アイルランドに最初に入来したパーソロン族の生き残り。何度も生まれ変わりながら神の時代を見聞きし、後世に伝えたとされる。」となっていました。
物語内での位置づけとほぼ一致してますね。別にヌァザとキアンは姉妹じゃないですけど、運命を分かつ的な意味で。
「ハーモニー」では、女子高生だった、ミァハとキアン、神話では、男性でした。多分、トァンも男性名なんでしょう。

(ちなみに、江戸時代中期の心理学者に「手島 堵庵(てじま とあん)」なる人物がいますが、これは本名ではなく、筆名かと思われます。意外と、江戸時代にもマッチする響きと、字面の名前なんですね。)

こういう拡張現実の進み、ネット回線的なもので人類が繋がった世界といえば、やがて脳や心だけありゃ体はいらん、体はデッドメディアだって展開になっておかしくないのですが、まさか心や意識と呼ばれるものをデッドメディアにするとは、逆転の発想すぎて驚きました。

完全調和(ハーモニクス、ハーモニー・プログラム)の正体が分かった瞬間、それだけはやめて!!勘弁して下さい!!となりました。ちょうど、作中の「老人」たちと同じです。私は幼少期より「老人」だったのです。
衝撃を受けつつ、「でも、結局は、トァンが計画を止めるんでしょ?」と楽観視してました。
ハーモニクスの首謀者ミァハさえ亡き者にしてしまえば解決なのだと、思い違いをしていました。
ハーモニー・プログラムを作動させるのは、ミァハじゃないんですもんね。ミァハは発動せざるを得ない状況を作り出しただけで。

【これが人類の意識最後の日。
 これが全世界数十億人の「わたし」が消滅した日。
 本テクストは、それについて当事者であった人間の主観で綴られた物語だ。】

ここを読んだ時、信じられなくて、一瞬思考が停止しました。
本当にやってしまったんですか、嘘でしょ、と。
計劃さん半端ないですね。舐めてました。
まさか、この文章全体もトァンの一人称のようで、そうじゃなかったとは。
この小説は、トァンが自意識を持っているうちに書き残した文章ではなく、恐らく、ハーモニクス後に、トァンの主観データから自動生成された文なのでしょう。
途中のタグは、「わたし」が消失した後の人類が、テキストを読んだ場合に感情を発生させるよう組み込まれているのですが、それはロボットがプログラムの指示通りに、笑顔や泣き顔を作っているのと同じ状態らしく、それになんの意味があるというのですか!

一人称小説の場合、語り手と受け手を設定するだけでも、創意工夫のしがいがあるんですね。

リアル世界での、機械や人工知能は、「わたし」という魂が入っていないのにちゃんと動いています。
人間は、個々が「わたし」を持っているとは言え、自分以外のすべての人間は「わたし」そのものではないので、本当に他人にも「わたし」があるかは確かめ切れないのです。
オンラインゲームやSNSで交流している相手を生身の人間だと思っていたけど、実は全員botだった、みたいな状態もありえなくはないです。リアルがそれではあまりに寂しすぎるので、「きみはひとりじゃない」を信じようと思います。

まさかの「わたし」消失ですよ。全世界的に何十億人も。WatchMeにつながれていない子供はまだセーフなんですかね?それも、大人になると同時に消失ですか。
ハーモニー・プログラム後の世界では、個人の感情で鈍った誤判断も起らないでしょうし、穏やかな社会は滞りなく続くでしょう。そこには、戦争も諍いも自殺もありません。
人類は、不都合の多い動物的な部分を切り離し、社会的存在へと完全シフトすることに成功しました。
みんな幸福です。
ですが、それを見聞きし考え感じる主体は、存在しません。
他人しかいない死者の国というか亡霊の住む世界というか…。
「天国」とは、死んだ先にあるものではなくて、死者が遺していくこの世界のことを言うのかもしれません。

過去のSFアニメ、小説、漫画作品にも、人間が進化して、もう人間でもなんでもなくなっちゃう話っていくつかあるんですけど、共通点としては、個の境がなくなるってことなんですよ。溶け合う、一つになる、全体になる。そこには苦痛も悲しみもないけど、わたしも他人もない、という。
この系統は、どちらかといえば、体を脱ぎ捨てるパターンがメジャーのようです。
その点、「ハーモニー」では、体だけが残りました。人類は、それぞれ別の肉体を持つ上、魂も混ざり合っていません。そもそも魂が不要なので。これは、新しい。

SFは、科学描写を推し進めた結果、宗教の領域に踏み込みまくっているものが多いですね。
恐らく、このハーモニクス状態にすごく安らぎを覚える人もいると思うんですよ。
大好きな人とも溶け合って、大きな生命体の一部になる。それなら死ぬのも怖くない、と。
少なくとも、デスノートを使った者の末路に比べたら随分ましですよ。まぁ、傍から見た印象が違うというだけで、「わたし」本人の主観から言ったら似たようなものでしょうが、それでも、安心して日々を送れるということは、とても大事なことです。宗教の役割もそういった部分が大きいでしょうし。

拒食自死失敗後のトァンが、その後<亡き>ミァハのドッペルゲンガーとなっていきました。
一人の少女が、別のカリスマ少女への同化を起こす、と言う所が、また、男子より女子の方が似合う要素に思えます。
全同時自殺者中ただ一人遺言を遺したのが、キアンでした。
【「ごめんね、ミァハ。」】
これは、拒食による自死に失敗した直後のトァンの言葉でもあります。
ここで、トァン、キアン、ミァハの三人に同調が起っているのが興味深いです。これも一種のハーモニーと呼べるのでしょうか。
キアンは、死の間際、突然ミァハへの罪悪感や悔恨の念を浮かべたと見えますが、それはWatchMeを通してミァハの存在を側に感じたからとかそういう事と考えてよろしいですかね。他の自殺者が一人も遺言を残していない所から推測すると。

WatchMeを創り出したトァンの父・霧慧ヌァザの所属する秘密結社<次世代ヒト行動特性記述ワーキンググループ>は、<生府上層部の老人達>に牛耳られています。
ヌァザの研究では、人間の脳にある報酬系エージェントに働きかける事で、「意思」の操作が可能であると実証されています。
老人達は、理性を失った人々による<大災禍>(ザ・メイルストロム)の再来を恐れており、再び人類が混沌の渦に堕ちる危機が生じたなら、社会を制御するための安全装置が必要なのだと考えます。
その研究の過程で、ヌァザは、ミァハらどん底まで落ちて世界に絶望した子供達を集め、治療実験を行います。
そこで生まれた技術は、「ハーモニー・プログラム」と名づけられました。
「ハーモニー・プログラム」とは、(特に衰弱を手段とするをするような)自死を望む子供達に、調和した意識を与えようとするものです。
報酬が調和すれば、人間は自明な存在となり、自明な行動を取るようになるのです。
自殺をすることはなくなります。
しかし、「ハーモニー」には思わぬ副作用が出たのです。
それが「意識の消滅」でした。
完全に調和の取れた人間は、意志を決定する必要も、その意識も持つ必要もなくなるのです。

ミァハは、意識消失中(その間普通に喋り、生活していた)を振り返って、【ぼんやりとした幸福な世界に包まれて、恍惚だけを経験した】と述べています、それが本当ならそれほど恐れるべきものでもなく、むしろ望みうる限り最高の天国状態かもしれませんが、その感想は、ミァハが「戻って」きたからこそ言えたことで、「老人達」にとっては、「自我の喪失」は「死」と同義だったため、プログラムの実装には反発します。
結局、あらかじめWatchMeを通じて世界中の人に無断で「ハーモニー・プログラム」をインストールしておいて、実際にカオスの危機が訪れた時に「老人達」が起動させるという折衷案になりました。

同時多発自殺と「宣言」によって、世界は永続性を失い、混乱に向かい始めました。
これが引き金となって、「わたし」のいる世界は終わりました。
老人達が、ついにハーモニー・プログラムを使用し、意識を手放す事を決定したのです。
WatchMeの「Me」がなくなってしまいましたね。

ハーモニー引用2

以下、著者のデビュー作「虐殺器官」と類似した部分について引用します。「虐殺器官」未読の方にはネタバレかもしれません。事の顛末は伏せますが色文字にしておくので読み飛ばしてください。

【「皆が皆、虐殺するための器官を生得的に持っているかのように精力的な虐殺ぶりだったよ」】
【「フィクションには、本には、言葉には、人を殺すことのできる力が宿っているんだよ、凄いと思わない」】

「ハーモニー」では、「人を殺す言葉」が直接的に描写されています。
それは、「宣言」です。
簡単にまとめると、「新しい世界を作るための人を選びます。誰か一人以上を殺してください。他人などどうでもいい、一番自分の命が大事だということを証明してください。それが出来ない人には、自分の命を奪うように仕向けます。」という旨の通達です。
「虐殺器官」における「虐殺の文法」とは、もっと人知れず広められ、脳の一領域にマスキングをかける言葉と、それが引き起こす社会情勢の変化を含めた、プロセス全体のテンプレートを指していたと思うのですが、「ハーモニー」では、「殺(や)らなきゃ殺(や)られるよ!さぁ殺し合って!」というどストレートな脅迫の形を取っています。
この「宣言」の前、全世界でキアンを含む6582人が同時に自殺を図っています。
それは、ミァハが、死への欲動(タナトス)に対して高い価値評価を生成するソースコードを書き、WatchMeを通して人々に送りつけたことで、引き起こされました。
同時自殺については、もう「虐殺器官」のような「ことば」にすら寄っていません。医療分子による極めて物質的な働きかけにより、ほぼ自動的になされたものなのです。

そもそも<大災禍>(ザ・メイルストロム)の発端は、虐殺器官と考えてよろしいでしょうか。
それは、本作の「意思決定が、人類の混乱と自滅に繋がるのなら、それらを無くしてしまえば良い」という理論と矛盾しておらず、むしろ大前提になっているわけですから、筋道が通っていています。


自殺は、人間が、高度な意思を持って行わなければ実現されないことなんですね。
ミァハは、12歳の時、隣の男の子が自殺をしたことに心を痛めました。男の子が「居場所をなくするような世界」を憎み絶望したのです。彼女は、自殺未遂、自傷行為を繰り返します。
しかし、15歳の拒食自死未遂以降、トァンの父ヌァザと過ごすうちに考えが変わります。
人間は、意識であることの限界を突破できると知ったからです。
ミァハは、世界と他人が憎いから「わたし」を消したいのではなく、むしろ「わたし」を消す事で愛する世界を守りたかったのです。
そうすれば、もう、自殺する人はいなくなりますから。

トァンが過食に走り出した理由もまた、「この世界に居場所のなさを感じたから」のようですが、そのきっかけは、実に普遍的かつ個人的な出来事です。
WatchMeを開発し世界を良くしたはずの偉大なお父さんが、生府の倫理セッションにおいて、カフェイン撲滅派のご婦人に言いくるめられている惨めな姿を見てしまったのです。
このことは、トァンに大変なショックと精神的嘔吐感を与えました。
その時、「お父さんがこんな扱いを受けるこの世界なんて嫌だ」という不快感が生じたのでしょうが、それ以前に、トァンを苦しめただろう要素があります。
それは、「いつも力強くて誇らしいお父さん」の永続性が保てなくなったということです。「老人達」といいトァンといい、この諸行無常が人を不安にさせるのかもしれません。
傍から見れば父が他人に言い負かされた事位ちっぽけなことですが、子供にとってはそれまでの安定した、これが正しいと信じ込んでいた世界が破壊されたも同然なのです。
現実にも、子供は多かれ少なかれ「親の威厳が失墜する瞬間を目の当たりにする」という経験をしていると思いますが、「ハーモニー」の世界では、その時、生じる違和感が比べ物にならないくらい大きいのでしょう。

近親交配による劣性遺伝で「生まれつき自我のない民族」が生まれました。
その一員であったミァハが、はじめて擬似的な自意識を獲得したのは、幼児性愛の男達に残酷な性的陵辱を受け続ける最中(さなか)でした。
「おっぱいが大きくなっているうちはWatchMeはわたしのからだに入れない」のに、男性器は無理やり入れられたというのは皮肉な話です。受け入れ可能な大人の体になるのを待たずして。
痛みに満ちた「チェチェンで過ごした日々」と、痛みのない「博愛と慈悲に満ちた日本」は、真逆のもののように思えます。
しかし、ミァハにとっては、どちらも地獄でした。
「わたし」が痛みの中で生まれたのなら、その痛みを取り去った世界に「わたし」はいらない。という構図はイメージしやすくて良いです。
…間とって、「適度に」「ほどほどに」じゃ駄目かね?とは思いましたが、それだと「カフェイン撲滅おばさん」すら論破できないこの世界に、「適度に」の居場所はないんでしょうね。

「調和の取れた楽園」の行き着くところまで行ってしまったものが、ラストで描かれたハーモニー・プログラム後の世界なのでしょう。裏表紙に書かれた、「ユートピアの臨界点」とは的確な表現ですね。
「新しい世界」について、ハッピーエンドと取るか、バッドエンドと取るかは、意見が分かれる所でしょう。

キリスト教には詳しくないのですが、どうやら終末というのが訪れると、人間が天界に行くんじゃなくて、天界の方から下りて来るようなのですよ。そして、世界が天界そのものになる。(ギャグ漫画で読んだ知識ですみません。間違ってたら、あとで訂正します。)
これは「ハーモニー」のラストとかなり近い雰囲気ですね。実際、「ハーモニー」でも、「天使」「ハレルヤ」などのモロなワードが出てきますし。

【人間は進歩すればするほど、死人に近づいてゆくの。
 と言うより、限りなく死人に近づいてゆくこと事を進化と呼ぶのよ。】

かつては、人間が自力で行っていた作業の殆どは、外部化、自動化されています。
動物を狩って、野菜を作って、それを料理して、食べて、後片付けをすること。
「ハーモニー」の世界では、さらに多くのもの、健康なども外注されています。
感情が昂り過ぎればWatchMeが警告してくれ、万が一心の傷つくことがあっても、カウンセラーと薬がフラットな状態に保ってくれるのです。
人類は、すでに、多くの機能を外に委ねている。その人工的な部分は、社会的に「うまくいっている」。都合が悪いのは、残った生身の、動物的な部分だった。不完全な「意思」だった。それを極限まで削除することが進化である…とするならば、やはりハーモニクス理論にたどり着いてしまうんでしょうね。

毎度、人類究極進化ものを読むにつけ、なんて面白いんだ!理論のモデルとして美しい!!説得力がある!!反論の余地がないからこれは人類という種にとっては正しいことなのだろう!!と思うのですが、本を離れた一個人としての意見は、毎回こうなります。

こんなのが進化なら進化したくねぇーーーーーーーー!!!!不完全でも間違いだらけでいい!!頼むから、「わたし」でいさせてくださいお願いします!!

【以下、タグ部分に画像を使用している理由について】
ハーモニーツイート1
ハーモニーツイート2

ハーモニーツイート3

どうやら、今使用しているブログのテンプレでカバーしきれないタグは、WEB上では非表示になってしまうようなのです。WatchMe.jpg

ハーモニーツイート4

そこで、タグの「<」「>」を別の文字に置き換えました。
ハーモニー本文通りjpg

これで、だいたい原文通り表示できたと満足していましたが、記事アップから丸一日ほど経つと…

ハーモニーツイート5


ハーモニーツイート6

時間が経つと、タグ表記が勝手に単純化され、WEB上で非表示になってしまうようなので、結局画像にしました。
ツイート上では「虐殺器官」となっていますが、「ハーモニー」の間違いでした。

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  1. 2011/02/15(火) 00:32:43|
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