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ダン・シモンズ「ハイペリオン」 酒井昭伸・訳

ハイペリオン (海外SFノヴェルズ)ハイペリオン (海外SFノヴェルズ)
(1994/12)
ダン シモンズ

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【あらすじ】
28世紀、人類は沢山の惑星を転位網<ウェブ>で結び、その間を行き来していた。
地球はすでに滅亡し、<オールドアース>と呼ばれている。
辺境の惑星ハイペリオンには、遺跡<時間の墓標>があり、怪物シュライクが住んでいる。
連邦は、宇宙の蛮族アウスターがハイペリオン侵攻を完了する前に、<時間の墓標>の謎を解き明かそうとする。
巡礼者として、7人が選出される。
彼らの抱えるエピソードが、旅の中で明らかになっていく。

【途中まで、ネタバレなし感想】
物語は、この本では完結せず、続刊の「ハイペリオンの没落」へと続きます。

長門さん、こんなエログロな本読んでたのか! 
「長門さん」というのは、ライトノベル、および、そのアニメ化作品「涼宮ハルヒの憂鬱」に登場する無口な文学少女「長門有希」のことです。
彼女は人間ではなく宇宙人、厳密には、全宇宙の情報の海から誕生した実体を持たない生命体「情報統合思念体」の作り出した「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」です。

ハルヒの作中で、長門さんは主人公のキョンにこの本「ハイペリオン」を貸すんですよ。
その中には、「午後七時。光陽園駅前公園にて待つ。」という栞が挟んであります。

というわけで、私もハイペリオンを読んでみましたが、長門さんの栞入ってなかったです。

ハイペリオンは、冒頭、専門用語が多くて読むのに苦戦しましたが、物語の中、巡礼に向かう宇宙船内で、個々人による語りが始まる頃には、大分楽になりました。

全編通してかなり宗教の事に触れています。
現世界に実在する主要な宗教から、架空のものまで様々です。
作者オリジナルの宗教に関しては、独創性がぶっ飛んでいて面白いです。
科学と宗教は対立項ですらないのかもしれません。

宇宙船やAI、アンドロイド、科学兵器の多数登場するドSFでありながら、書かれている内容は、神と愛と言語、という古典的かつ普遍的な事柄についてであるようです。

「ハイペリオン」も「ハイペリオンの没落」も、18世紀~19世紀の詩人ジョン・キーツによる未完の哲学抒情詩のタイトルだそうです。
ダン・シモンズの本作においても、地名や思想、人格、詩など様々な方向に、キーツが関わってきます。
なお、私は元ネタ未読なので小ネタがあったとしても分かりません。

各章ごとに、視点や物語の雰囲気が異なります。ハイペリオンとシュライクを題材とした短編アンソロジーとしても読めます。

詩人の章では、創作というものについて考えさせられました。
以下、いくつか引用と私見。

【しかし、待てよ。グレンデルの物語をするにはまだ早いか。役者が舞台にあがっておらん。話の前後するプロット、連続性のない展開というやつにも愛好者はいるが、小生にその趣味はないし、つまるところ、わが友らよ、羊皮紙の上で永遠に勝ったり負けたりをつづけたりするのは、キャラクターのほうだ。たとえばだよ、現実の人間には手のとどかぬ場所で―いまこの瞬間も―筏に乗り、棹をあやつって河をくだるハックリベリー・フィンとジムは、もう記憶にないほどむかしに靴を買った靴屋の店員よりも、ずっとたしかな存在ではないかと、ひそかにそんな思いをいだいたことはないかな、諸君?いずれにせよ、このやくたいもない物語を語るのであれば、まずは登場人物を見知りおきねがわばならん。】

印象に残ってないリアルの人間よりも、フィクションの中のキャラクターの方が確かな存在に感じる、という考えは面白いです。

【初期の小生の詩たるや、じつにひどいしろものだった。たいていの三流詩人がそうであるように、小生もその事実に気づかず、創作という行為そのものによって、小生が生みだしていたなんの価値もない愚作群にもなんらかの価値が付与されているなどと、傲慢にも思い込んでいたものだ。】
【公表という過酷な踏み絵を踏むまでの、おのれの詩人や作家としての才能に対する思い込みは、自分は死なないという若者の思い込みに似て、ナイーブで無害であり……やがてかならず訪れる幻滅もまた、同質の苦痛に満ちている。】

発表するまでは、根拠なき自信があったのに…というのは、あるあるwwwですね。

その後、詩人は脳に損傷を受けて語彙が以下の単語しかなくなります。

【ファック、くそ、しっこ、ま●こ、忌々しい(ガッデム)、マザーファッカー、ケツの穴(アスホール)、しーしー、うんち】

パンクすぎますwwwwwよりにもよって、何故その9個wwwオール隠語、スラング、罵倒語でお送りしておりますハイペリオン。
その後、詩人の言葉は徐々に回復してきます。

詩人と担当編集者のやりとりからは、商業主義と芸術の関係について書かれているようです。
詩人最大のヒット作は、編集者により、哲学的な部分、詩人の先達への賛美、実験的な箇所、母の描写などが削除されています。
その後も、詩人が、孤独感、疎外感、不安、人類に対する皮肉をこめた作品は、編集者に却下されています。
編集者は言います。
【だから、他人の不安を読まされるために、お金をはらう人間なんていないということよ。】

その後、詩人は、ヒット作の続編を嫌々書きます。パート10くらいまで。
これらのエピソードは、一見、詩人が虐げられ、金の為に芸術が捻じ曲げられているように見えます。
しかし、この編集者が完全な悪役とは言い切れないと思います。
というのも、おそらく、この詩人の本当にやりたかった部分は、大多数の読者にとって蛇足で、作家の自己満足に過ぎないのだろうと推測されるからです。だから、編集者がバッサリ切って正解だったのではないでしょうか。
詩人が不本意に書かされた作品の方が、心底書きたいと願って作った作品より面白いという可能性は十分にあります。

ですが、この詩人が編集者に切られたような部分は、ハイペリオンという作品中に散りばめられていて、それが大変面白いんですよ。
ダン・シモンズ自体が、この詩人のリベンジをしているような、挑戦的な意図を感じます。
作中詩人同様、シモンズもあちこち編集段階で削除されてムカついていたのかもしれません。
「見てみろ!哲学や詩や実験的題材を織り込んで好きに書いたって面白いし商業的にヒットする小説にできるんだよ!!」という宣言でしょうか。

そうこうしているうちに、詩人から【詩想】が消えます。

【いいかんげんな小説を書きとばしてきたせいで、気づかないうちに詩想が逃げてしまったんだろう、と諸君は思うかもしれんがね。それはちがう。ものを書かない人間、創作意欲につき動かされた経験のない人間は、詩想を文才や綺想だと思い勝ちだが、言葉とともに生きるわれらにとって、詩想とは、言葉という柔らかい粘土そのものとおなじくらいリアルで必要不可欠のものなんだ。詩想あればこそ、ちゃんとした塑像もできあがる。文章を書くことは―本物の文章を書くことは―神々のもとへFATライン(超高速通信網)を通じさせる行為に等しい。本物の詩人には、かつて説明できたためしがないんだよ―自信の精神がペンや思考プロセッサーとおなじ道具と化し、何処からか流れこんでくる啓示を書きつづるとき昂揚感をな。】

全員がそうだというわけではないでしょうが、神からの啓示があり、それを書く道具と化すのが詩人ということですかね。
現在でも、「アイディアが降ってきた」「ネタが降りてくるのを待っている」という表現はよく聞きますから、「創作とは、どこかに既にあるものが頭の中に降りてきて、それをを形にする行為である」というイメージは割と一般的なんでしょうね。
果たして詩人は【詩想】を取り戻せるのか。↓ネタバレに続く

兵士の章は、戦場ものとなっています。
ネットワークの提供する仮想空間で出会う恋人のお話です。
シミュレーション内の軍事演習で何度も会う女性に、外では会えないのです。
「俺の嫁が仮想現実から出てこない」状態です。
彼女は実在しないのか、兵士の妄想の産物なのか。↓ネタバレに続く

AI群【テクノコア】は序盤から登場していますが、詳しく書かれているのは探偵の章です。
ハードウェアは実体として宇宙のどこかにあるようですが、伝達される情報の源は、全ての開拓星及び、連邦の敵であるアウスターその他です。
人間の遺伝子からかたどった【サイブリッド】は、アンドロイドよりも人間に近い存在で、自我はAIです。本体は【テクノコア】のどこかに浮かんでいます。
通常【サイブリッド】は、【テクノコア】にアクセスし情報を引き出せますが、【テクノコア】にも派閥があって、意図的にブロックされる情報もあります。

涼宮ハルヒでいうと、【テクノコア】≒【情報統合思念体】、【サイブリッド】≒【対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース】ですね。
AI群【テクノコア】には、急進派、穏健派、究極派などがありますが、これも【情報統合思念体】と似ています。

シュライク教の「アンドロイドは 原罪を犯していないので、霊的に人間よりも上等」っていう教義は面白いですね。
「原罪」がよく分からないので、ネットで調べましたが、解釈は多岐に渡るみたいです。

【以下、ネタバレあり感想】

ビクラ族の聖十字架教面白いですね。
最初、地球の十字教と同じだと思ってたんですけど、全然違うかなり奇妙な宗教でした。
祭壇の十字架は、人類がオールドアースを出る前から立っていたようです。
ビクラ族達は、性別不明、必ず60人+10人を保つという不思議な生態をしており、ポール・デュレ神父の日記でも、教育、生殖可能年齢、社会性、その他様々な意味で、70人を保ち続ける生殖は不可能なんじゃないか?と考察されていました。
実は、ビクラ族には性別がなかったのです。
そして彼らの内、1人死んだら1人生まれるというシステムは、聖十字架と深く関わっていました。
ビクラ族の生殖形式は、分裂ではありあません。
死んだ人の体(胸の十字架を除く)は、一旦急速に解体され、次に、元の人と似てるような違うような姿で再生するのでした。分解・再生も聖十字架の力によるものっぽいです。
聖十字架が体から取れなくなるという設定はものすごいですね。
十字架が自分のDNAでできていて、そこから触手状の線虫が全身の神経に達しているという。
もはや科学的なのかオカルトなのか、分からないです。

第二章の兵士の話ですが、大変エログロでした。
仮想空間の恋人ミステリー=モニータは実在したのですが、彼女は時空を遡った存在らしく、兵士にとって過去の事でも、モニータにとっては未来の事だったのです。
モニータの正体は、【苦痛の神】シュライク(の一部?)でした。(※続刊を見たところ、モニータ=シュライクではなかったようです。間違いました。)
モニータは、兵士カッサードとの情事中にトゲトゲの姿に変化、カッサードを殺そうとしました。
カッサードは、死体の沢山転がる中でセクロスすると興奮する人らしく、さらに、変形モニータに殺されそうになった後も性的に萌えていました。
ドSなのかドMなのか分かりません。
彼は、基本的にはマジョリティの異性愛者だと思うんですけど、そういった正常性癖の極地を見た想いです。

シュライクの殺人については、第3章でも書かれており、こちらもセクロス中のカップルが惨殺されています。
私は見てませんが、「性的絶頂時に殺してくれ」というテーマの映画や小説があったかと思いますので、シュライクに殺されたい人がいるのも頷けます。

しょちゅうキリスト教のモチーフが出てきますね。
第一章でポール・デュレが磔にされていたことや、第三章で悲劇の王が原稿を燃やそうとしてシュライクに襲われた時の炎上する聖母マリア像など。
船の名前などもキリスト教由来のものと思われます。

作者は、言語というものを重要視しているようです。
詩人の話でもそうですが、娘が若返っていく奇病にかかった件でも、言葉が失われていくことについて触れています。
また、「初めに言葉ありき」という聖書の一説は、度々引用されてます。
母校の言語学教授は、「最近発見された言語学上の法則が、聖書に書かれていることと一致していたんだよ!」という講義をされてました。教授は熱心なクリスチャンでした。
キリスト教と言語、というものはかなり深い関わりがあるようです。

詩人の消えた【詩想】は、シュライクによって取り戻されました。
苦痛の神によってもたらされる血により、創作能力が復活するというのは興味深いです。

AI群【テクノコア】は、神を創ろうとしています。

創作、言語、シュライク、神、愛、死、これらが繋がり合ってそうなんですが、どういう相関図になるのか明確にイメージできません。

日本ネタがありました。富士で写真のようなものを撮影している日本人など。
また、兵士カッサードは、「ニュー武士道はホモの規律」と嘲笑します。
しかし、内心は、職務の根幹に、義務と自尊心と信義を置くサムライ階級に共感してもいたようです。
ツンデレですね。

テラフォーミング(地球化)の進んだ沢山の開拓星ですが、そこに住む彼らはどうやって民族や国籍のアイデンティティを保っているのでしょうか。すでに土地を離れてしまっているのに。

本文のあちらこちらで、現代社会(作品発表当時)に対する風刺が利いています。
ファーストフードの不健康さや、娘の奇病に悩む悲劇の父親を晒し者にするマスコミの厭らしさなど。

巡礼に向かう7人は、いずれもハイペリオンに深い因縁のある人達でした。
全ての鍵は、シュライクにあるようです。

この後、7人の巡礼者がどうなっていくのか、遺跡【時間の墓標】の謎は解けるのか、それは続刊で。

テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/22(水) 12:03:44|
  2. 読書感想文(小説)

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