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川上未映子「乳と卵(ちちとらん)」感想

乳と卵(らん) (文春文庫)乳と卵(らん) (文春文庫)
(2010/09/03)
川上 未映子

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【あらすじ】
主人公の姉巻子は、豊胸手術をしたがっている。強く豊胸に執着している。
巻子の娘緑子は、言葉を発さない。初潮前で第二次性徴に興味を持ち調べているが、生理になることや子供を産むことを嫌悪している。
そんな巻子と緑子が、大阪から、主人公の住む東京にやってきた。
第138回芥川賞受賞作。

【途中まで、ネタバレなし感想】
文体がすごく変わっていて特徴があり面白かったです。
読点「、」が連続しており、ですます超もだである調もごちゃまぜな上、方言も混じっており、さらに体言止も唐突に使われます。
会話文のかぎカッコでは改行しません。会話文にかぎカッコがついていないこともあります。
全体的に、段落、改行が少なくずらずらと書かれています。
口述のようなあいまいさや取り止めのなさを含む、生生しい文章でした。

本文は、主人公視点の語りと、緑子の手記によって成り立っています。

化粧や豊胸は、結局男性視点を通過した考えなのじゃないか、という史上何度も繰り返されただろう一般論的なものもしっかり描いてあって、言われて見ればそうかもな、などと納得しかけましたが、銭湯で他の女性の胸を観察をしたり、自分の乳のみっともなさについて嘆いている巻子を見ていると、これはもう、男とか女とか、他者に媚びるとかそういう次元じゃなくて、自己の内面の何者かに関わるぞ!という気分になってきました。

緑子が、なんで生理がきて子供が産めるようになると嬉しいってことにされてるの、ほんまにそれ自分で考えてそう思うに至ってるんですか。本で読むか聞かされるかしてそう思わされてるだけちゃうの。みたいに思うんですけど、しばらく忘れていた感覚です。
まだ子供なのに、子供を作るための細胞が自分の体内にある。しかも意思とは関係なく勝手に、というのは不気味ですよね。
私も小学校ではじめて性教育を受けた時にそう思いました。

緑子が子供を産みたくないのには、働いて苦労している母親を見てきたからというのが大きいです。

巻子の言い草だと、まるで、子供を産んだから、自分の乳がしぼんで小さくなってしまった、と言っているように聴こえます。
これは、緑子も敏感に察知していました。
自分の母親が、子供に乳を飲ませてなくなった胸をシリコンかなにかで膨らまそうと躍起になっているなんて、自己否定されたみたいなもんですもんね。

緑子は、なんだかんだで母を軽蔑してはいないようで、それがかわいいです。
むしろ、自分が働いて楽させてあげたいと思っていますし、豊胸受けた人が自殺率高いと知って、母に教えたら気が変わるだろうか、とか思っています。
そんな優しい緑子は、生物学的社会的な性への疑問や、母の豊胸問題があって、なんかもう、みんななんで生きてるの、生まれなきゃいいじゃん、生まれても子供作らなきゃいいじゃん、大きくなりたくない、という考えの袋小路に陥っています。

胸が膨らむのが嫌な女の子っていのもいるでしょうね。なにこれいらないきもちわるい。という。
逆に無邪気に喜んでいる女子の幸せな事よ。素直でよろしい、君達はそのまま育ちなさい、という気持ちになってきました。

せきどめシロップって、麻薬とかの代わりに飲むってアレですか?

ニュートラルな態度で、姉と姪と会話している主人公ですが、彼女自身は高齢独身で子なしです。
生理は来ます。今月も受精できなかったので。
姉親子ほど問題を抱えていないと言いますか、本人は気にしてないようですが、主人公も主人公なりに、女性という体、性と密接に関わりながら暮らしているのです。
緑子の恐れている大人の体にはなっていますが、お母さんにはなっていません。しかも、自分でそういう道を選択しているわけでもなく、勝手にそうなっているのです。

【以下、ネタバレあり感想】

喋らなかった緑子が感情をあらわに声を出し、親子で卵まみれになるというのは、インパクトあるシーンですね。
タイトルどおり、まさに「乳と卵」。
「卵」は、卵子のことだと思われますけど。
最後、ぐちゃぐちゃになった卵は、無声卵なんですよね。それが、食べられることもひよこになることもなく、ただ割られ垂れ流される様は、まさに生理です。
割れ卵は、傍観者っぽい主人公(夏子?)を象徴している気がします。毎月卵子を無駄にしている。
多分、姉親子が大阪にいたままでは、このような和解、と言うか、内心をぶちまけることはなかったんでしょうね。
二人とも主人公の側にいたからこそ、というのがありそうです。

巻子は、「母」になる前の一人の女性である自分を取り戻したかったのでしょうか。
それとも、自分の胸の色や形がどうにも気に食わないという一心で豊胸したかったのでしょうか。
体に勝手にくっついていて離れない胸。しかも、自己美意識的に醜い。それを綺麗にしたいことに対して理由などないのかもしれません。

巻子は、物語の終盤で「絶対ものごとにはほんまのことがあるのやってみんな思うでしょ、でも緑子な、ほんまのことなんてな、ないこともあるねん」と言います。
つまり、巻子の豊胸したいという気を起こした動機には、娘の緑子は一切無関係の可能性があるんですね。
巻子は、子供産んだことを悔やんでいるとか全く思ってないのに、緑子が、得られた情報を統合した結果、「お母さんは、私なんて生まなきゃよかった」と思うに至ってしまった、そういうこともあると思います。
緑子の抱えていたものは、「ほんまのこと」なんてないのに、深読みしてそれが「ほんまのこと」だと思い込んでしまったが故の苦しみだったのかもしれません。

表題作以外の「あなたたちの恋愛は瀕死」。これも、主人公が非モテというか、男のパートナーがいない感じの作品です。
気軽に出会ってすぐセクロスするというのを体感してみたくてトライしたら無様な結果に、というお話です。
仮に成功していたとして、それが、恋愛と呼べるものなのか謎です。
へーい、あんはん、は本当にやったんですねw妄想シミュレーションかと思ってましたよ。そりゃそうなりますわな、という展開でした。まさか、殴られるまで行くとは思いませんでしたが、
ティッシュ配りの男は、鬱屈したものを抱えていて、でもそれは底辺めいたプライドでもあり、なんだかんだで急に現れたキモい女を殴ったら、暴力の興奮に目覚めてしまいました。サディズムなのか破壊衝動なのか判断できません。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/09/24(金) 21:58:38|
  2. 読書感想文(小説)

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