野良箱

同人漫画サークル

遠藤周作「海と毒薬」

海と毒薬 (講談社文庫)海と毒薬 (講談社文庫)
(1971/06/21)
遠藤 周作

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【あらすじ】
戦時中、とある病院で、アメリカ兵捕虜を生体解剖して殺すという事件が起こった。
非人道的な行為に至るまでの、各人の立場と心の動きはどういったものだったのか。

【途中までネタバレなし感想】
導入部は、肺病患者の視点で描かれているので、物語に入りやすかったです。
勝呂医師の怪しい容貌、勝呂に治療を受けることの不安などが描かれており、その患者と一緒に、「この勝呂という医者は何者なんだ?」と興味を持つことができました。

そこから、時間は戻って本題です。

生体解剖をするきっかけは、病院内の権力争いか何かだったようですが、参加した医者や看護士は、それぞれ別の動機を抱えていました。手術に立ち会う動機すらなかったような人もいます。

心理描写がすさまじかったです。はじめて受け持った患者を亡くし何もかもがどうにもよくなった男。子供を死産し夫と別れ、幸せな西洋女に嫉妬する女。数々の罪を犯してきたのに、社会的罰の脅威が消えると不安も良心の呵責もなくなってしまう男。
ぴったりと「この人は私と同じだ。」もしくは、「似てる。この気持ち分かる。」という人はいなかったのですが、その気持ちを大変リアリティを持って感じることができました。
論理的、感情的に、登場人物の内心が書かれているのですが、もし自分がこの立場でこの状況になったら、そう考えるのかもしれないな、と。

生体解剖のシーンは、一旦すっとばされますが、もう一度丹念に描かれます。
グロテスクですが、目を背けるほどではありません。

もっとこう、人間の命を使った実験をするからには、不謹慎な高揚感とか色々あると思ったんですが、予想外な雰囲気になりましたね。

【以下、ネタバレあり感想】

戸田の考え方や思い出エピソードが面白かったですね。元優等生です。盗みを働いたけれど、バレなかったからセーフな人です。
彼は、実験に参加することで、自分にも良心はあるのか、そういったことを知りたかったんでしょうね。
結果、彼は、反省することも罪の意識を抱くこともありませんでした。
他の皆も実験に無感動だったのだろうか、みたいに書いてあったのですか、そういう状況で感動するってのもおかしな話です。
罪と罰と良心の関係性が興味深いですね。戸田には、特に信仰がないみたいです。
無神論者の持つ良心とは、どこから来るものなのか考えさせられます。
少年戸田が、大人に褒められるために書いた作文を読んだ先生が、黒板に「良心的」と書いたのが皮肉です。

勝呂は、終始傍観者でした。何もしていません。それでいて、捕虜に対しては加害者側の人間です。
何もしなかったとは言え、実験を断れたのにそうしなかったということは、彼の意思による選択にも見えます。
はじめての患者を死なせてしまった(手術死ではなく自然死なので、勝呂は何も悪くない)ことで投げやりになったのか、それとも、どこかで自分を罰したかったから罪を犯したのか。

看護士上田ノブには、女性特有のネチネチした妬みや憎しみや挫折感や劣等感や優越感を感じました。
ヒルダさん、そんなにまわりの患者や看護士に迷惑かけてますかね。人の命第一で献身的にバリバリ働いているようなんですけど。上田フィルターかけて見たら、女神ぶってる嫌ーな奴なんですかね。
私も、捕虜の金色の毛の描写の時ヒルダさんを思い出しましたが、上田も連想してたんですね。
あの女より、私の方があいつの旦那のことを知っている!と上田は内心見下しているわけですが、だからどうした、という部分もありますね。
ただ、彼女の中では大変大きなことなんです。
ひたすら、「あの女はあの男に惚れている」だの、なんでもかんでも男女間の愛憎に絡めて考える辺りが、この人のパーソナリティなんでしょうね。人生には大事なことでしょうが、一方、世界が狭いなという印象も受けます。
子供が丈夫に産めず、出戻りであるってことで、人間ここまで性格歪むんでしょうか。
もっと医療に情熱を燃やすとか、死産した子供の代わりに病気の子供を助けるとかしたらよかったんでしょうけど。

普段の、人を救うための手術より、確実に人を殺すための実験の方が、気が抜けて緊張感がないんですね。
意外ですが、言われてみれば納得です。
「この人を死なせちゃ駄目だ!!」っていう緊迫感が最初からないわけですからね。

確かに、生体解剖実験よりも、その前の田部夫人手術の方が怖かったですし、夫人が死んだ時は、あーーーーーーー、ってなりました。

勝呂にとってのおばはんは、ある種神様みたいなものだったのかもしれない、とはどういうことでしょうか。
神が死んだら、殺人実験に対する抵抗感もなくなってしまった、つまり、神がいるから良心がある、っていう例えなんですかね。

「病気で死なんやつは、毎晩、空襲で死ぬ。」戦時中ならではの価値観ですね。日々、患者を死なせる罪の意識を軽くするための言い訳のようでもあります。

ラスト、勝呂は、闇の中に白く光る海を見ています。
作中、そんなに海も毒薬も出てこないのに、なぜ、このようなタイトルなのでしょうか。
海の中に毒薬を数滴垂らしても、すぐに薄まります。しかし、それは、どこまでも広がっていくのでしょう。
毒薬=罪 の象徴なんですかね。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/08/31(火) 23:47:21|
  2. 読書感想文(小説)

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