野良箱

同人漫画サークル

アルフレッド・テニスン=著 原田宗典=訳「イノック・アーデン」

イノック・アーデンイノック・アーデン
(2006/10)
アルフレッド テニスン

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【あらすじ】
海辺の町に三人の幼馴染がいた。
かわいい女の子アニー・リー。粉屋の息子、フィリップ・レイ。海で死んだ船乗りの息子、イノック・アーデン。
二人の男の子は、アニーを取り合っていたが、幼いアニーは、両方のお嫁さんになると言っていた。
大きく育ったアニーは、船乗りのイノックと結婚する。
ある日、イノックは怪我をしてしまい、妻子を養えなくなる。
そこで、遠い支那の国まで稼ぎに出かけたイノックだが、そのまま行方不明になってしまう。
粉屋のフィリップは、アニーを援助し、子供達を学校に行かせることにした。

【途中まで、ネタバレなし感想】
原文が詩であるらしく、細かく改行してあり、全体の文字数が少ないので、短時間で読めます。
それでいて、ものすごい名作感、伝説感があり、おすすめです。
おもしろかったです。

神話ってまともに読んだことないんですけど、この本には、そういった伝承に出てきそうなお話が書かれています。

イノック・アーデンが良い漢すぎます。

そして、アニーのもう一人の幼馴染男性フィリップ・レイが、これまた欠点がないんじゃないかというくらいの優しく知的な人でして。

でも、その二人に愛されるアニーが心底幸せだと言い切れない感じがします。どちらかが、すごく嫌な奴だったらまだよかったんですけどね。

ラスト付近のセリフがとてつもない愛情の大きさを感じさせます。

【以下、ネタバレあり感想】

アニーは、フィリップと再婚しても、まだイノックが生きているのではないかと気にかけていたのですね。

実は生きていたイノック。彼は、そんなアニーを安心させるため、「イノックは、妻と子を愛しながら死んでいった」ことを証明し伝えてもらおうと、酒場の未亡人ミリアム・レーンに全てを打ち明け死んだのです。

妻のアニーに会いたいけれど、そうすればアニーを一生苦しめてしまう、と最後まで会わずに死んだイノックの決心の固さが半端ないです。

最後、故郷の港町で盛大な葬式が開かれたってことは、アニーにも、イノックが最近生きて帰ってきてこの島で死んだ、ということ事体は、知れてしまったのでしょうか。
ミリアムは聖書に誓ったことというのは、イノックが【生きているうちに】、イノックの生還を家族や町の皆に触れ回らない、ということだと思うので。

ミリアムが、イノックが死んだということを証言する以上、航海中に海で死んだってことにはできませんよね。
もし本当なら、「なぜ、酒屋のミリアムがそれを知ってる?」ってことになりますからね。

現在の風貌が変わったイノックが、元のイノックと同一人物であるという証拠が、生まれてすぐ天に召された3人目の子供の髪の毛でした。
その子が先に逝って待ってると思うからこそ、イノックはより安心して死んでゆけたのでしょう。

イノックは言い、考えます。
「自分が死んで、神様に召されてから、知らせてやることにしよう。」
「私が死んだその時にこそ、私が最後まで彼女を愛していたことを知ってもらえる…」

なんという、漢の壮絶な愛…!

しかし、こんな事をされたアニーからしてみたらどうでしょうか。
イノックの決心と、それを貫き通し、死んだという事実が、重くのしかかり、余計、一生心を捕われそうな気がします。
アニーは、イノックが、旅先で死んだことが確定的であれば、フィリップと再婚したことや、元旦那イノックの生存を信じきれなかったことを肯定できるわけです。
しかし、今回のイノックの死は、中国や貿易船における遭難、事故死の類ではありません。
彼は、一年前故郷に帰ってきたのに、あえて家族とは顔を会わせず、半ば自分の死を待ち望みながら罪人のように過ごしていたのです。
アニーは、その事柄の内どこまでを知らされるのかは分かりませんが、責任を感じてしまいそうです。

お喋り好きのミリアム婆は、まるで共犯者のようです。
「前の亭主が生きていないか心配していないか」と問うたイノックに対して、ミリアム婆さんの言った「そりゃあ心配してるともさ。可哀相にねぇ…思い悩んでいるみたいだよ。もしお前さん(←イノック本人だと気づいていない)がイノックの死ぬところを見届けたと話してやれるなら、あの人はどんなにか慰められることだろうにねえ」。このセリフが、イノックの偉大で悲惨な人生の締めくくり方をほぼ決定したのですから。

イノックは、【自分が死んで、その事をアニーが知る】=【アニーの幸せは守られる】と思い込んでしまった節があります。

10P目、結婚前の若いイノックとアニーのラブラブぶりに、呻いて身を隠すフィリップの描写に

「独りフィリップはただただじっと痛みを堪え忍びやがてようやく立ち上がり家路についたのでした
 ―その胸の奥底に終生癒えることのない飢えを抱えたままで。」

とあるので、フィリップは、どこまでも、「俺はイノックに勝てなかった」、という気持ちを持っていたのかもしれませんね。
フィリップは、アニーにプロポーズした際、「イノックほど愛されなくたって構いません」と言っています。すごくいい男なのに、永遠の二番手から脱却できなかったようです。

イノックは、フィリップとアニーの現在の幸せを壊さないようにと行動したのですが、結果としては、フィリップ、アニー、双方の心に打撃を与えていそうです。

この物語を現代風にアレンジしたら、幼馴染三角関係NTRものの恋愛シミュレーションゲームもしくはエロゲに出来るんじゃないか、という考えが頭を過ぎりましたが、プレイヤーがよっぽどのマゾい人じゃないと萌えるのは無理だ、と思い直しました。

イノックが島の外で死んだ体にできる方法を考えてみました。
それは、ミリアムが「とある異国からウチの酒場に来た人が、イノックという男が死んだという話をして、形見である所の子供の髪の毛を見せてくれたんだよ。その人は、イノックからこの町が故郷であることを聞いていたので、知らせに来たんだってさ。ねぇ、みんなでイノックの亡骸を引き取って葬式をしないかい?」と言うことです。
ああ、そしたら、「なぜ、遺体も新しいくらい最近まで生きていたというのに戻ってきて顔を見せてくれなかった?連絡の一つも寄越さなかった?」ってなりますし、やっぱり、大体の真実はアニーに伝わったと考えた方が自然なんですかね。

残酷な人生を生きたイノックですが、最終的に、彼の魂は救われたのかもしれません。
一方、アニーとフィリップの心には消えないわだかまりが…。

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/07/30(金) 19:16:52|
  2. 読書感想文(小説)

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