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映画「ブレードランナー」感想

ブレードランナー クロニクル [DVD]ブレードランナー クロニクル [DVD]
(2010/04/21)
ハリソン・フォードルトガー・ハウアー

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【あらすじ】
人類の多くが宇宙に移住している時代、宇宙では、人造人間「レプリカント」が奴隷として働いていた。
6人の最新レプリカントが、人間を殺し脱走、地球にやってきた。
レプリカントを処刑する職業「ブレードランナー」であるデッカードは、脱走レプリカントを狩る。

【途中まで、ネタバレなし感想】
原作小説 フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」とは、設定が同じだけで、ストーリーはかなり別物なようです。
映画版の方が、テーマやストーリーが分かりやすく、アクション・ハードボイルド要素など、エンターテイメント性が増していて、見やすかったと思います。
とは言え、原作には、原作の良さがあります。

人間とレプリカントを見分けるには、感情・共感性の有無を判断する、フォークト・カンプフ検査なるものが必要です。この時代、本物の動物は貴重なので、動物愛護の精神が行き過ぎているくらい進んでいます。なので、動物虐待を連想させる質問を投げかけると、人間ならば感情が大きく動くのです。
ただ、最新型ともなると、見分けるのは困難なようです。

創造主に歯向かう人造人間、というモチーフはそう珍しくはないと思うのですが、その動機が面白かったです。

私が見たのは、公開当時のオリジナル版です。
今見ても、映像が全然古臭くないです。さすがに「2019年にこんなに未来っぽくはならないよ」とは思いますが、かっこ良くてリアリティもある、日本のSFアニメやゲームに通じるようなビジュアルデザインになっています。(ブレードランナーの方が先だと思われる)

アジア、特に日本ネタが多いです。
ビル全体を使った広告で、芸者が「強力わかもと」のCMをしていたり、日本的音楽が流れたり、日本語を話すキャラクターがうどんの屋台をやっていたり、箸を使ったり。
漢字の多い背景は、チャイナタウンという設定だったと思います。

ガヤ声(モブ・群集)に「誰か変なもの残してったで」という日本語が聞こえました。少なくとも2回。他に、「なんだこりゃ」というセリフも聞こえました。
4カ国語くらい入り混じっている設定らしいので、音声素材として使いまわしているんでしょうね。

折り紙も日本の文化でしょう。

レプリカントは、偽の記憶を植えつけられています。さらに、自分の子供時代が写っているというものやその他沢山の写真を持っています。
実際には、寿命が4年です。感情が芽生えると人間に反抗したりするからそうなっているみたいです。それと、遺伝工学的に突然変異が起こりづらい寿命設定でもあるらしいです。

偽の記憶を本物と信じ、さらに、存在しない母や、思い出、写真を大事にしている所が切ないです。
自分がレプリカントだと気づいていない者もいるようです。

人間に対して、敵のようなポジションとして登場するレプリカントですが、そちらにも同情してしまいます。

SFと言っても、科学的な武器による戦闘だとか、宇宙船による戦争だとかそういうものは出てきません。
物語は全て、地球上で展開されます。

人間もレプリカントも、役者さんが、皆良い顔をしていました。
服装やメイクのデザインも面白かったと思います。

レプリカントを設計したタイレル博士の秘書レーチェルと、主人公デッカードのロマンスもあります。

【以下、ネタバレあり感想】

レプリカントが脱走して地球にやってきたのは、タイレル博士に会って寿命を延ばしてもらう為だったようです。
それと、奴隷生活に納得いかないし、人間への恨みをつのらせたというのもあるでしょう。

レーチェルは、レプリカントということで確定なんですか?
寿命が長いレプリカントということは、一番新しい型なんですかね。
それとも、タイレル博士の姪本人で、人間だとか?

公開当時にいくつか設定のミスがあったせいで色々おかしなことになり、それがファンの間で物議を呼んだそうです。
というのも、脱走したレプリカントの数と、登場したレプリカントの数が合わない、一人足りない、というのです。
さらに、物語の舞台を2020年の予定から2019年に変更したため、レプリカントのリーダー・ロイの寿命が3年ということになってしまうのです。
何ゆえ、そんな初歩的な過ちに誰も気づかなかったんだ、という話ですが、見ていて私も気づきませんでした。
レプリカントの数が合わないことも手伝って、主人公のデッカードも実はレプリカントである説、というのが盛り上がったそうです。
製作者側には、それを認める人と否定する人がいるらしく、デッカードが人間なのか、レプリカントなのか、決着がついていません。

原作でも、主人公が「自分はレプリカントなんじゃないか?」と疑問を持ち、自ら検査を受けるシーンがあったような、なかったような。

レーチェルがピアノを弾くシーンがよかったです。
楽器を演奏するというのは、とても人間らしい行為です。
ふつうの服装で、髪を下ろしたレーチェルがかわいかったです。いつも肩パットも魅力的ですけど。

ロイは、高所にぶら下がるデッカードをいたぶりながら「怖いか、恐怖の連続だろう、これが奴隷の生活だ」と言いました。
仲間のレプリカントを殺された怒り、プラス、レプリカントを非人道的に扱っている人間への憎しみ、が感じられる場面です。

最新型になるに従い、レプリカントは、感情面でも人間と変わらなくなっているみたいです。下手すると、人間を越えている可能性も。
ロイが、仲間の死を悼んだり、女性型レプリカントを愛する気持ちは、人工的なものではなかったと思います。
また、死を恐れる気持ちも。

「人間超え」をイメージさせる分かりやすいシーンがチェスですね。
創造主のタイレル博士にレプリカントのロイが勝ってました。
博士は、最後の一手もJF・セバスチャンによるものだと思っているので、負けに気づいていないんですけど。

ロイがデッカードを殺さず助けた理由については、ナレーションを素直にとって良いのではないでしょうか。
「人間だろうとレプリカントだろうと全ての命は尊いと気づいたから」という。
これが、この作品のテーマでもあると思います。
それと、「どこから来て どこに行くのか あとどれくらい生きていられるのか」という人生の根本的な疑問についても、セリフではっきりと言わせてました。(これもナレーションだったかも)

上記、二つのメインテーマを考えると、デッカードが人間でもレプリカントでも同じことになります。
「どちらの立場でもありえる主人公」というのは、作品を一層深いものにするでしょう。

ロイが死ぬ前、手に乗せていた鳩のような鳥は、人口の電気鳥でしょうか、それとも本物の生きた鳥でしょうか。
これも、どちらでも構わないんでしょうね。

JF・セバスチャンの造った「友達」は、どうやって撮影したのでしょう。子供に着ぐるみ着せたとか?

ロイ・バッティは、ルトガー・ハウアーという俳優さんが演じていたのですね。
いい具合に悪役っぽい顔つきでありながら、悲哀や優しさ、怒り、絶望など、様々なものがにじみ出ていて、ハマリ役だったと思います。

テーマ:特撮・SF・ファンタジー映画 - ジャンル:映画

  1. 2010/05/16(日) 06:03:59|
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