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映画「真夜中のカウボーイ(真夜中のカーボーイ)」感想

真夜中のカウボーイ [DVD]真夜中のカウボーイ [DVD]
(2007/01/26)
ダスティン・ホフマンジョン・ボイド

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【あらすじ】
ジョーは、色々とトラウマのあるらしい地元テキサスからニューヨークに出て、体一つで稼ごうとする。女性相手の男娼、ジゴロになる気なのである。彼は、いつもカウボーイの服装をしてラジオを聞いている。
ジョーは、ラッツォ(ネズ公)という脚の悪いホームレスの男に売春を斡旋してもらうが、相手は男な上に宗教どっぷりだったので逃げた。ラッツォに騙された!と怒るがなんだかんだでラッツォと同居生活を送ることになる。
ラッツォは、ジョーの仕事がうまくいくようサポートする。

【途中まで、ネタバレなし感想】
ホモ・セクシャルと熟女と狂信者だけで9割構成されているような映画でした。
公開当時は成人指定だったというだけあり、全編ちょくちょく性描写がありますので、家族や友達と一緒に見ると気まずいかもしれません。

突然過去シーンが挿入されるので、最初なんだか分からなかったのですが、ジョーのトラウマは、幼少期に自身の祖母に性的虐待をされていた、美人の彼女を集団Go!KANされた上精神病院送りにされて、自身もレイポされた、父親か牧師みたいな熱心すぎるキリスト教徒に(恐らく洗礼だろうけど)川に沈められた、などがあるようでした。

おばあちゃんにいたずらされていた割に年上の女性に対する嫌悪はなく、どちらかというと熟女好きに見えました。
おばさんばかり狙うのは、金持ちそうだからだとは思うんですけど、てっきり自分のばあちゃんで目覚めて熟女マニアになったのかと。

主人公のジョーは、カウボーイの衣装を着ていることで、より、「田舎から出てきたてのオノボリさん」という雰囲気が強くなっていました。今時、大きな街で、そんな格好している人なんて他にいないのです。

自称「リコ」のラッツォが怪しくてかわいかったです。背が低いのは、役者さんが本当にそうなんですかね。キャラクターに合ってました。
決して性格は良くない、むしろ悪いのですが、魅力的ですね。
車に轢かれそうになったのは自分が悪いのに、運転手に罵声を浴びせて車のフロントをバンバン叩いたり、何かにつけて「俺は脚が悪いんだぞ!」と強調したり、デモ活動している人をヤジったり。
ラッツォは、詐欺師的な位置で結構稼いでるのかと思っていましたが、実際は廃墟に住みつく無職で金がありません。
その上、病気でいつも咳き込んでいます。
ラッツォが孤独だったのは、その奇妙な容貌やハンディキャップによるところが大きいようです。人格歪んでますし。

ジョーもずっと孤独だったようです。
ラッツォの紹介で相手させられそうになったキリスト大好き過ぎおじさんにも看破されてました、孤独だと。
おじさんは、誰にでもそう言っているのかもしれませんが、ジョーにとっては図星だったのだと思います。

ジョーは、心の傷を与えてきた対象に拒否感と愛着両方を持っているようです。
キリスト教についてはどう思っているんでしょうか。全面的に嫌悪と恐怖だけってこともなさそうなんですけど。
最初、ニューヨークに向かうバスの中で聞いていたラジオから、かなり狂信的な番組が流れてたんですけど、その時、ジョーはどういう顔して聞いてましたっけ。

【以下、ネタバレあり感想】

二人の孤独な男に友情が芽生える物語なのですが、ラッツォの病状が悪化していくんですよ。その心身共に弱りっていく様やみっともなさに萌えました。不謹慎で申し訳ないですが、フィクションに対する萌えということでお許し下さい。
また、やたら甲斐甲斐しく世話を焼くジョーにも萌えました。
これまで、そんな風に人に優しくしたり、優しくされたりしたことはないんでしょうね。
二人は、孤独ではないその他大勢の周りの人とは、打ち解けることができなかったのでしょう。
あ、でもジョーには恋人がいましたね。あの娘とはどうやって仲良くなれたのでしょうか。
異性と、恋愛や男女の関係になるのはできるけれど、同性と友達になることはできないタイプなのでしょうか。

ジョーは、フロリダ行きのバスに乗るため、ゲイのおじさん殺してしまったんですかね。
刑法的倫理的にアウトですが、死に掛けた友達の願いをかなえるためだけに人を殺したという点で、想いの強さは伝わってきました。

ジョーは、最初から男相手の男娼になったらすごく稼げそうだったんだけどそうはしませんでした。

他のサイトさんで見たんですけど、「Y」で終わる言葉の中に「COW BOY」が最後まで出てこなかったんですね、気づきませんでした。
でも、ゲイ(GAY)とかホモ(FAY でしたっけ)は出てくるのです。
その夜のおばさん相手に男性機能が働かなかったのは、病気のラッツォが心配だからかと思ってましたが、本当にホモに目覚めたから説もあるようです。

仮にそうだとして、相手が男なら誰でもいいのか、それともラッツォ限定で好きになっちゃったのか。
見た所、ラッツォに対しては本当に友情しか感じてなさそうなんですよ。性的恋愛的感情はゼロ、な気がします。
か弱き惨めなものへの母性本能に似た「情」みたいなものはありそうですけど。
「介護の中で芽生える無償の愛」的な何かを感じました。

ジョーとラッツォのコンビに対する萌えは、ガチゲイ描写がないことで更に倍率ドンでした。
スキンシップも、階段から落ちたラッツォの血を(?)ジョーが自分の服で拭き取る、など、必然性のある最低限の接触となってましたし。それでいて、とても印象的な場面で、確か、予告編にも入ってました。

さきほどの末尾が「Y」の話に戻りますが、あの夜の女性が「あなた、本当はゲイなんじゃないの?」と暗に煽ることで、ジョーにそんなことない!と奮起させる為に言ったのが半分、ジョーに気づきを与えるために言ったのが半分だったんじゃないかと思います。

ラジオはやカウボーイの衣装は何を象徴しているか。他サイトさんによると、「画一化された無個性」説が提唱されてました。ドラッグパーティーを含め、無個性人間を大量生産する工場だと。
私の見た印象としましては、カウボーイ衣装は「それまでのジョーが自分はこうだと思っていたジョー像」、ラジオは「人生を共にし安心を与えてくれる大事なパートナーだと思い込んでいたもの」と言う感じです。
ラジオは、ジョーの中では相当大切なものなのに、生きていく為、そしてラッツォの為に売るんですよ。それがたった5ドルにしかならないというのも皮肉です。
売ると言えば、ジョーは血も売ってましたね。文字どおり、ラッツォの薬の為に骨身を削っている状態です。ジョーの中でラッツォは血液にも値する大きな存在になっていたのですね。
カウボーイ衣装は、どんなに馬鹿にされても、「カウボーイはホモだ」と言われても着続けていたのに、ラスト付近で脱いでゴミ箱に捨てます。
丁度その後くらいに、「フロリダについたら働く」と宣言します。
ラッツォとの出会いで、ジョーは変わり、新しく生まれ変わったのです。(実際にどうなるかは知らないけど心境としては)
なので、衣装を捨てるのも、古い偽りの自分を脱ぎ捨てたというメタファーかと思います。

ラッツォが、フロリダ・マイアミビーチに着く前に死ぬんだろうなというのは予想できてましたが、実際なってみるとやるせないですね。
友達の着せてくれたヤシの実柄のアロハシャツが死に装束になりました。
別のフィクションで、どこかに向かうバスがくるのを待っている間にバス停で凍死 というのを見たときも思ったのですが、こういうのは最も幸せな死に方の一つなのではないでしょうか。
目的地に着いてしまえば、そこには現実が待っています。
ジョーだって、希望に胸を膨らませてテキサスからニューヨークに着たのに、全く上手くいきませんでした。
ラッツォが妄想したマイアミ・ビーチ。その中で彼は、健康な脚で海辺を駆け回っていました。
そもそも、脚の悪いラッツォには絶対に実現しない事ですし、その上、美女に囲まれるドリーミーな状態にもなれないでしょう。
だから、目的地を夢想しながらたどり着かないで死ぬというのは、悲しいかな、ラッツォにとってベストエンディングなんです。

ジョーはこのあと強盗傷害致死や強盗殺人の罪で逮捕されるのでしょうか。
友を得て失った彼は、成長したはずなんですが、それがどこまで生かされるのか。

ラッツォ本人が希望していた「リコ」という呼び名、最初にそれを要求されたジョーがベットで「リコリコリコ」とふざけたように連呼するんですよ。「はいはいわかりましたそーですか」的に。
でも、そこには微笑ましい愛情がこもっているように聞こえました。
ラスト、死んだラッツォに呼びかけた時も「リコ、リコ?」でしたっけ。

テーマ:★おすすめ映画★ - ジャンル:映画

  1. 2010/05/08(土) 10:51:16|
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