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同人漫画サークル

穂村弘「本当はちがうんだ日記」感想

本当はちがうんだ日記 (集英社文庫)本当はちがうんだ日記 (集英社文庫)
(2008/09/19)
穂村 弘

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【概要・あらすじ】
歌人、穂村弘によるエッセイ。
あだ名のなかった少年時代。
エスプレッソは「素敵な人が飲む素敵な飲み物」だから好きだけど、苦くて飲めない。体調のいい時は無理して飲むが美味しくない。
硝子に包まれていたような硝子人間時代には感動しなかった書物に、最近感動するようになった。
「キムタク着用」「レア物」という宣伝文句についての考察。
「近くにいても声が遠くから聞こえてくるみたい」と言われるほど存在感が薄い。
そんな、「素敵側の世界」に行きたいと願いつつもうまくいかない人生についてユーモアを多分に交えつつ書いている本。

【ネタバレあり感想】
穂村さんという方は全然存じなくて、本業の歌集の方も未見です。ごめんなさい。
この本は、おもしろかったです。

一つのタイトル、テーマにつき、4ページ弱の文章量です。
どこから読んでも大丈夫です。
話の持って行き方やオチのつけかたが上手で、短時間で読めました。
肩肘張らず気軽に読める本なので、内容の重い小説の合間などに挟むと良いと思います。

著者は、とにかく「素敵側」に行きたくて、自己啓発本を沢山読んだり、素敵な人と自分の違いについて知人に聞いてみたり、10年ほどジムに通ってみたりするものの、素敵側にいけないのです。
ジムでは新入りもどんどん打ち解けて仲間になっていくのに、自分だけは輪に入れず、しかも密かに「修行僧」というあだ名まで付けられていたという。
いい具合に駄目ですが、修行僧の如くトレーニングを続けられているのだから、本当に心底駄目というわけでもありません。
真の駄目人間なら、そもそもジムにいかないし、通い始めてもすぐにやめてしまうと思うので。
変な所で一生懸命で、長いことあがいている人、ということで、ある種魅力的なのではないでしょうか。

実際、歴代ガールフレンド、彼女がエッセイにちょくちょく出てきます。
私は、「おい!彼女がいるなんて!車でいちゃつくなんて!全然駄目じゃないじゃないか!あんた、完全に素敵側の人間だよ!!」と思ったのですが、それは、本人も周囲から指摘されているそうです。「でも、ほむらくんは結構女の子に好かれるからいいじゃん、とか慰められる。うじうじしててかわいいとか云われて。」と。
しかし、著者は否定します。
「かっこよくなくてもエレガントでなくても、異性に好かれることはできる。」
「かっこわるい人間がかっこよくなることの困難に比べれば、かっこわるいまま異性に好かれることの方ががずっと簡単だ。」
な、なんだってーーーーーー!!
この主張には目から鱗が落ちました。
彼女が度々できるような人=リア充=素敵側の人間
だとばかり思っていました。
素敵側の人間になるのは、異性に好かれるより困難な道なのですね…。
「誰も見ていない時にもうつくしい人」に著者は憧れています。
そこまでいくと、もう他人との関係性など関係なく、単体で、絶対的に素敵な人、ということなんでしょうね。

「みえないスタンプ」という項目では、「正」にも「負」にもスタンプがあって、ある程度貯まると突然体重が減ったり、突然恋人が叫んでキレたりするのでは、という内容が語られています。
そういうのはありそうですね。積み重なったポイントが、閾値を越えると沸騰する感じで。

「僕にはあだ名がないんだ」って何かの漫画のセリフでありましたよね。
これ、想像以上につらいんですかね。「あだ名という力に守られていない」という状況は丸腰で世界に放り出されている感じなんでしょうか。

「いろいろなものをこわがる大人になった」という言葉どおり、このエッセイ、結構「こわい」という単語が出てきます。
普段、ラジオや文章で、他人が怖がっている話と見聞きすると、最初は「そんなのなにが怖いんだか」と思っているのに、のちのち影響を受けて自分もこわい気がしてくる「恐怖が伝染」現象があるんですけど、この本の「こわい」はなんだか安心して読めました。

マネキンが着ている服が素敵に見えて、マネキンに気づかなかった振りをしつつマネキンと同じ服を買い、着てみたら全然素敵じゃなかった、というエピソードは共感できました。
素直に、あのマネキンの服下さいって言えないのは何なのでしょうかね。

スーツに巨大なスキー手袋をするというコーノさん、決定的に何かが狂っている感が良いですね。別に誰に対して悪いことしているわけでもないのに。この位の、日常の中のささやかな狂気というのは大好物です。

人によって金銭感覚、ものの価値観が大きくことなるという話で、離婚した知人が「元妻にマンションをあげて家賃を払うことになった」と笑顔で言った、5000万払って満面の笑みを浮かべるとか、修行を積んだ高僧でも難しいだろう、人間の意識をそこまで高めてしまう結婚ってこわい、っていうまとめ方が面白かったです。

何度か結婚こわいとうネタがあり、また、40過ぎて独身彼女なし、というようなフレーズもよく出てきたのですが、突然「妻」が登場するエッセイがあったりして「え?え?」ってなったのですが、ネットで検索した所、最近結婚されたんですね。

著者は、沢山本を読まれていて、いくつかの詩歌や文章を引用しています。
それに添えられたプチ解釈がいい感じでした。

店のカウンター席にいる「常連」が恐ろしい、「一家言ある人」がこわい、というのは少しわかります。
「一家言」は、「その人独自の主張ということなんです」けど、特にそれらが見られるのは、頑固なラーメン屋やその他の飲食店です。張り紙で食べる順番を指定してあったり、書いてないけど暗黙の了解が存在したりするというものです。

「オリーブ」という雑誌の見出しすごいですね。
・昨日までの恋 1万メートル上空を通過中

著者は、少女漫画や少女向け雑誌を愛好していたようです。
男性誌だと、雑誌の中の世界と自分の現実との落差を感じてしまうので、そちらを見ていました。
少女の視点を借りることで、夢と未来への憧れを持てたというのです。

著者は本についてイメージする時、「電車の中で本を読む女性の顔に微笑みが浮かんでいる」という光景が浮かぶそうです。これは、ユングでいう原型で、人類共通の深い夢のパターンなのだろうと、色んな人に話していたのですが、ある日、「『本』のイメージに必ず『女』がセットで付いてくるというのは、真の本好きとは言えませんね。女好きです」と指摘されるのです。見も蓋もない、それでいてなんと鋭い意見。
しかし考えようによっては、異性に対するくらいの愛情や恋心、ロマンチシズムを本へ抱いていると取れなくもないです。本について想いを馳せる時、『女』が連動しているわけですから。

「可愛い子は、鏡じゃなくて本を見ていることが多い」という昔の人の文章に、著者は理想とファンタジーを感じつつ、実際本ばかり見ていたらひとはきれいから遠ざかるのではないか、とも書きます。一方、オシャレにしか興味のないコスメマニアの女子高生が綺麗でも夢がない、とも。なんだか分かりますね。そこらへんの感覚を突き詰めていくと「萌え」に繋がりそうな気がします。

本の形をしていて、装丁とタイトルとデザインが好きだけど、未来永劫読まない本、についての文章が興味深かったです。
表紙絵だけが画集に載っていても、タイトルが書かれていないとなんか違う、カバーだけ取ってみてもやっぱり違う、中身とカバーは一致していなければならない、というこだわりはどういう心境なのでしょうか。そこまでやって、中身読んでないわけですし。
本といものの持つ、物質性やそこからにじみ出る精神性を愛しているのでしょうか。

著者の知り合い女性のエピソード、元彼が部屋に侵入して、金魚の餌を足していた、というのがとても微妙な不気味さでよかったです。

心の中では、ある一定の場所で時代が止まってしまうものについて。著者の場合、夢の中の電話はいつもダイヤル式であること、新しい球団名になじめないこと、自動改札切符がしっくりこないこと、などがあります。
新しいものが「入ってこない」というのは、誰にでもあると思います。ジャンルによって止まる時期が違うようですが。
音楽なんて、そういうのが顕著でしょうね。
カラオケで歌う曲が、10年前で止まっている、とかよくあると思います。

住んでいる場所を「板橋区 でもあと20メートルで豊島区なの」という女性の見得、が可愛かったです。
彼女の中では、なぜか豊島区の方が序列が高いようです。
そこで完全な嘘をつくでもなく、やけに細かい見得を張るのが面白いです。

「レア物を身に着けてもレアな自分にはなれないんだよね」と言う著者に対し、電話の向こうの女性が言った「四十歳過ぎて『キムタク着用』とか『レア物』とか言ってる時点で駄目なのでは」が面白かったです。

あとがきその他で、「40歳過ぎてるから、もう今が『将来』なんだよ」というのがあって、現在=将来になる日が来る、いや、既に来ているのかもしれない、なんて考えたことなかったと、ハっとしました。

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/05/07(金) 23:47:42|
  2. 読書感想文(小説)

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