野良箱

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イプセン「人形の家」矢崎源九郎・訳 感想

人形の家―三幕 (新潮文庫)人形の家―三幕 (新潮文庫)
(1989/08)
イプセン

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【あらすじ】
弁護士ヘルメルの妻ノラは、夫から「リスさん」「ヒバリさん」と呼ばれ愛されていた。
クリスマス間近、ヘルメルは、銀行の頭取になった。
ノラの友人で未亡人のクリスチーネが職探しをしていたので、ノラが夫に紹介して銀行に仕事の口を作ってもらった。
クリスチーネは、クログスタッドの後釜に決定したのだ。
職を追われそうになったクログスタッドは、ノラの秘密を暴露すると脅す。

【途中まで、ネタバレなし感想】
裏表紙のあらすじは、物語の結末まで書かれているので、ネタバレ注意です。

戯曲なので、

名前 セリフ
名前 セリフ
(ト書き)
名前 セリフ

というような脚本形式で書かれています。

この物語は、社会劇、近代劇の基礎だと言われていて、発表当時、婦人解放運動と関連付けて語られることが多かったそうです。

作中、お金ばかり使う鳥を「のらくら鳥」と言うというような事を書いてありましたが、ググってもそんな言葉出ませんでした。一般的ではないようです。
「のらくら」(怠けて遊んでる人)という言葉、と「ノラ」というキャラクター名、また、彼女が作中で小鳥扱いされていることを掛けた邦訳なのかもしれません。

ほぼ全編、お金の話をしています。
貨幣には「俗っぽいもの」という印象がありますが、ここまでくると、むしろ「聖なるもの」カテゴリーに入るんじゃないかと思えてきます。
地位、労働、時間、物質、プライド…等、様々なものの価値を統一された基準で数値化しているというのは、実はすごいことなんじゃないかと。
もちろん、金額が全てのものさしとして正確なわけでは全くありませんが。

第1幕の終わり付近、畳み掛けるような夫ヘルメルの台詞がすごく面白かったです。
その全てが妻ノラに突き刺さるわけです。ヘルメルは自覚なく言ってますが。

【以下、ネタバレあり感想】

途中までの流れとタイトルから想像したラストは次のようなものでした。

ランク医師の遺言でノラは金を手に入れ借金返済をする。ノラの秘密は守られ、今まで通りの生活を送る。しかし、何も知らない夫の前で小鳥さんな自分を演じ続けるのは心苦しく、一生ニセモノの幸せを抱え、この家で人形のように暮らすのだった。終わり。

全然違いました。

ノラの罪は全て夫にバレ、カッとなった夫はノラを激しくののしるのでした。
しかし、証書が戻ってきたので、汚名が世間に知れることはなくなり、夫はノラを許しました。
それでもノラは家を出て行くのです。自分でもっと世界を見て、本当の人生を歩むために。

ヘルメルは、借金や偽署というものをとても嫌悪していました。その事を妻ノラに話したこともあります。
しかし、ノラは、まさにそれらやらかしていたのです。
そういう悪事を働く輩は、子供達を悪くするし、家庭に毒を流す、という考えに、ノラは恐怖します。
それまで、悪いことをしたとは思っていなかったのです。夫や父の為にやったことなら、法律違反していても善行だと信じてたのでしょう。ラスト付近でも、まだ、こんな法律の方がおかしいと思っています。

ノラは、法律と自分どっちが正しいか判断するためにも、社会に出るのです。

ヘルメルが、偽署行為の発覚した妻をそれでも手元に置いておこうとするのは、「そんな罪をもまとめて妻を愛してやる寛大なこの俺!」みたいに自分に酔っている部分もある気がします。

父の人形で、夫の人形でもあったノラ。
ストレスにならない程度に歌ったり踊ったりしながら、家事は女中にさせ、子育ては乳母に任せ、何不自由なく暮らせるなら最高に楽だと思うのですが、ノラはその生活を捨てました。

彼女は、この後社会に出てどう変わるのでしょう。
働いて自活して好きなことも見つけ幸せにはなったけれど、一周して、「やっぱりあの人形の家での生活が良かった。」と後悔することになるかもしれません。が、それもまた一興。

ノラは、自分が何もできない女であることを、「あなた方」の責任だと言います。
「あなた方」というのは、父と夫の事だと思いますが、時代柄そういった男性が普通なので、「社会全体」を指しているのかもしれません。
しかし、リンネ夫人のように外で働く職業婦人もいるのですから、ノラが何もできないのはノラ自身のせいではないでしょうか。
それに気づこうともしないのは、確かに「あなた方」に受けた教育の賜物なのかもしれません。

ノラの言う「奇跡」というのは、夫が自分の罪をかぶってくれることだったようです。
彼女は、「何十万という女性が夫の為に名誉を犠牲にした」という意の事を言いますが、本当に夫の罪や不名誉を被った女性なんて数えるほどしかいなさそうです。
その言葉を広い意味で取ると、「本来自分が働いて得られたであろう地位や名誉を、家庭に入ることで放棄せざるを得ない女性達は犠牲者なのだ」ってことかもしれませんが。

このような漠然とした理由で捨てられた子供達は、どのように自分の心を納得させるのでしょうか。
母を恨むのか、「自分は悪い子だ」と思い込むのか。

開放されて自由になると、その分、苦労や心配ごとも増えるわけですが、ノラはその覚悟ができているんでしょうか。
不自由なカゴの中の小鳥は、外敵に襲われるとも、食いっぱぐれることもないのです。

テーマ:読書メモ - ジャンル:本・雑誌

  1. 2010/04/29(木) 19:08:13|
  2. 読書感想文(小説)

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