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同人漫画サークル

村上春樹「1Q84 book3 10月-12月」イチキューハチヨン3 感想

1Q84 BOOK 31Q84 BOOK 3
(2010/04/16)
村上春樹

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book1とbook2の感想はこちらです。

以下、book1とbook2が手元にないので、かなりうろ覚えで感想を書きます。
また、book3は続編という性質上、前回までのネタバレを含みます。

【あらすじ】
牛河編、青豆編、天吾編からなる。
牛河は、教団リーダーが殺された件を受け、容疑者と、指示を出しているかもしれない老婦人の調査をする。
青豆は、某所に潜伏しながら穏やかな日々を送りつつ、公園のすべり台を監視する。
天吾は、塾講師の仕事をやすみ、離れた町で昏睡状態の父親に本を読み聞かせている。

【途中まで、ネタバレあまりなし感想】
あらすじを読んでも分かりますとおり、青豆は死んでいません。拳銃自殺を思いとどまったのです。
口に銃をつっこんで撃つとか、性と死のメタファーっぽいですよね。実際、その死に方したミュージシャンとかいますけど。

牛河編というのは、book3からですね。
うしかわ って読むんですかね。彼が前巻までにどんな役割をしていたのか良く覚えていません。天吾に近づいて調査していた人ですね。新日本学術芸術振興会理事を名乗って。

比較的長い一文をほぼ丸々繰り返す言い回しが何度か出てきました。意外とくどくないし面白い味わいがあるものですね。反復法というやつに近いのでしょうか。

青豆編と天吾編は、途中まで、本を読む、家事をする、というような行為をしていて落ち着いた静かな時間が流れていました。

天吾、自分を麻薬に誘うような看護士に、自然な好意持っていられるってどういうことなの…。悪事に引き釣り込もうすんなよ!こいつヤダ!とは全く思わないのですね。法律的に悪とされていることは知っているけど、本心は別にそう思っていない感がありました。

ふかえりってマザじゃなくてドウタじゃないか?説ってネットでも見たことあります。

作中、さまざまな小説や心理学、音楽が引用されていますが、分かったのは「ソーニャに出会わなかったラスコーリニコフみたいなものだ」だけです。
「罪と罰」ですね。 →罪と罰感想はこちら

この本、というか3冊通して面白かったです。
ただし、反社会的な要素が多いので、健全な少年の育成的なサムシングからするとアレです。多分、高校生くらいが読んでも大丈夫だと思いますけど。

【以下、ネタバレあり感想】

前巻までで、この1Q84という世界は、青豆と天吾が都合よく再会できるように作られているのではないか?と思っていたのですが、そんなに的外れでもなかったようです。

殺されるなどして「損なわれた人達」っていうのは、役目を終えて物語から退場していく人のように感じます。青豆と天吾の橋渡しをしたから終了、という。

自分以外がペラペラの書割り紙人間なんじゃないか?っていうのを具現化したのが映画「トゥルーマン・ショー」だと思うんですけど、この物語でもそういった考えに言及した部分があったと思います。

青豆と天吾だけが「本物」で、残りが全部「作り物」だったというなら、まさに二人の為の世界だったと言えるんですけど、今回新たに加わった牛河編が気になります。
彼には、過去があり、感情があり、能動的に、自我を持って行動しています。彼は、ペラペラ人間ではないような気がします。2つの月に気づきましたし。

それだけに拷問の末殺害されたのは、正しく不快でした。くるしいの嫌ぁー。が、先ほど感想書くため「海の底」の辺り読み返したら案外平気でむしろ安心できました。
あたりまえですが自分が牛河ではないこと、彼だって小説の登場人物で粘土かなんかだと思い込むことに成功し、必要以上にキャラクターに同期しないようにできたのかもしれません。初見時、完全牛河目線だったので。

死んだ牛河の口からでてきたリトルピープル。彼らの作った空気さなぎってなんでしょうか。
ラスト、青豆と天吾のたどり着いた世界が、その空気さなぎの中ってこともありえなくはないです。

前回も書きましたが、例えこの世界が虚構でも(事実、村上春樹という人が書いた虚構)、青豆と天吾が信じあえば、それは針で刺せば血が出る本当の世界になるのだ、という感じだと思います。
別のフィクションでも、同じことが言えると思います。登場人物に本気で魂が宿る瞬間があるのかもしれません。

天吾の父親は、眠りながらもNHKの金を集めてたんですかね。いやらしくて脅迫的な、でもどこか真理をつく集金ぶりです。
父親が死後の準備を全部自分でしていたことも、死に装束にNHKの制服を選んだことも、なんだか悲しくいじらしく切ないものでした。それが彼の人生のほぼ全てだったのです。それは、小さい事んだか偉大な事なんだか分かりません。
一番得意だったことがそれだったという。
人間、これくらい、自分はコレになって、コレのまま死ぬわ、っていうのがあるのは、世間の評価はどうあれ幸せなことなのかもしれません。

青豆と天吾の再会は、これ以外にない、という形で行われたと思います。すべり台の上で無言で手を握り合うという。
小学校時代の教室の再現でありつつ、二人とも大きく成長しています。

天吾の書いた小説を持っていったのが謎です。
両手を空けてきて欲しいというのは、手を握るためというのは分かるのですが。

死んでしまいましたが、牛河がいなかったらこの結果にはならなかったので、彼には感謝です。
牛河はふかえりに惹かれたようです。

青豆と天吾の子供は、雷の日ふかえりのオハライ行為を通して受胎されたようです。
寝てる人が集金に行くのが1Q84の世界なので、十分起こりうることです。
青豆が、この小さいものは、天吾くんの子供で、雷の日に授かった。と思いはじめた瞬間に、ああ、あの時のふかえりの…とピンときました。

ふかえりは17歳で未成年です。こいよ、アグネス・チャン。

天吾の性欲が起きる時と起きない時について、具体的に違いを考えたら何か読み取れるかもしれません。
ふかえりの裸を思い出しても、看護士の隣で寝ても起きませんでしたね。
他人の陰毛の感触について描写してあるというのはなんなのでしょうか。すでにエロくもなんともないですが、自分以外の、滅多に触れるもんじゃない部分のことが書いてあるというのは、何か意味があるのでは?と深読みしたくなります。

1Q84の世界観、大変面白かったです。

世界の入り口、非常階段を逆に登りましたね。
人間が生まれてきた時の逆を通ればあの世なんじゃないか、だから胎内回帰願望があり、自分と子宮を繋ごうとする行為が性欲に結びつくのだ、という考え方のモデルがあるようですが、それを連想しました。

ラスト、月が1つの世界。エッソ看板の虎が左側、右側どちらを向いているかなんて、book1で描写されてましたっけ?もしそうなら、ここが元の世界か確認できるんですけどね。
例え、第3の世界でも、青豆と天吾、そしてその子が一緒にいるならなんとでもなりそうです。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/04/19(月) 00:21:14|
  2. 読書感想文(小説)

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