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同人漫画サークル

ジャン=リュック・ゴダール「気狂いピエロ」(きちがいぴえろ)感想

気狂いピエロ [DVD]気狂いピエロ [DVD]
(2002/09/27)
ジャン・ポール・ベルモンドジャン・リュック・ゴダール

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【あらすじ】
妻のいる男フェルディナンは、退屈していてどこかに行きたかった。(っぽい)
ある日、パーティでマリアンヌという女性と再会し、夜が明けたら見知らぬ男が死んでいた。
マリアンヌは兄の居る南仏に行くというので、フェルディナンも付いていった。

【途中までネタバレなし感想】
死体を見つけてからのカメラワークが面白かったです。長まわしだったような。

小説でいう「地」の部分と言いますか、本来なら音として発声するものではない文章が、ナレーションとして流れている箇所がいくつもありました。
フェルディナンとマリアンヌの声が交互に同時に聞こえてくる様は、朗読劇のようです。
時間がすっとんでいる部分も、その手法であらすじのように説明されていました。

予告だと何度も「冒険映画」と出ます。
たしかに、ロードームービーのように旅はしますし、殺人や強盗まがいの暴力、ギャング的な人に追われる描写など、形式としては冒険映画には該当しそうなのですが。でもなんか違う感じもします。
「冒険映画」を踏まえつつ茶化してるような。

メタ・フィクション的手法とでもいうのでしょうか。
フェルディナン「彼女はいつもこうだ」
マリアンヌ「誰に言ってるの?」
フェルディナン「観客さ」
など、「自分達は映画の中の存在」というのを分かっているような描写がありました。
突然、役者数人が自分のプロフィールを語るドキュメンタリーのような映像が始まります。
その中で一人が「僕は今、エキストラとして映画に出演している」と言うのですが、これも「今みなさまがご覧になってるこの映画は作り物ですよ。この人達が演じているのです。」という実験的おふざけメッセージを感じさせました。

これらの演出に何か意味はあるのか。ないのか。
見た印象としては「意味はないが面白いからやった」感がありました。

音楽の入り方や音量、突然の消音など、音の演出がめちゃくちゃで印象的でした。

文字のみが画面に映し出されることが頻繁にありました。
手描きの日記のほか、イメージ的に挿入されるテロップみたいなものもあります。
「人生」とか「ハリウッド」とか。
日記の中で、「本や絵は見る側が解釈する」みたいな文があったのですが、この映画はまさにその手合いで、相当ナンセンスです。
「この映画を読み解いて人に解説できるならしてみろ!深読みできたらするがいい!」という内容でした。

断片的な場面場面、セリフなどは妙に頭に残り、笑えるくらい変な部分も沢山ありました。
フェルディナンがカフェかバーみたいな所で一人の男に声を掛けられます。
男「君は○年前にうちに泊まって、その時○○フラン貸したね。うちの嫁と寝ただろう。」
フェルディナン「ああ」
男「じゃあな」 退場
っていう。
えええええええ。そのことについてリアクションはないのか。
そんな説明ゼリフを言うためだけに登場したのか。なんなんだ、と言う感じが面白かったです。

それと、フェルディナンが、「音楽が聞こえ続ける」と騒ぐ男の話を聞く部分もカオスでした。
男は、延々音楽との出会い、いまうんざりしていることなどを語り、「俺は変なのか!?変だったらはっきり言ってくれ!」と言います。フェルディナンは、「変だ」と一言。
このくだりなんだったのでしょう。
主人公フェルディナンの妻への愛が、結婚してしばらく経った今、すっかり冷めてしまったことと重ねてあるのでしょうか。

アメリカを馬鹿にしているのか、何度もベトナム戦争ネタが出てきました。
観光客相手に小芝居をしているシーンで、とりあえず知っている英単語を言っとけな感じがギャグでした。
「観光客は現代の奴隷だ」 深いのかそうでないのか分からない一文です。

海や山、川などの色合いと構図が綺麗でした。
引きの画が多めで、人物がめっちゃ小っちゃく映ってるシーンがいくつもありました。
林の中を歩いている時、カメラ位置が上過ぎませんでしたか。
歩く人物の頭がかろうじて映っているという、ギリギリな視点です。

マリアンヌは、フェルディナンのことを「ピエロ」と呼びます。
その度にフェルディナンは、「フェルディナンだ」と訂正します。
このやり取りは何度も繰り返されました。
フェルディナンは、道化と呼ばれるほどお調子者ではないし、挙動もおかしくないのに何故「ピエロ」と呼ばれるのでしょうか。

コラージュ的に、絵画や漫画の画像が挿入され、また、いくつもの小説や作家を引用していました。

走る車がカラフルな街灯に照らされるシーンは、スタジオに車を停めて、色の付いたライトをくるくる回して当てて撮ったのだろうと想像されたのですが、その嘘臭さがよかったです。逆におしゃれでした。チープかっこいい。

急にミュージカル調になるのですが、どこからか沢山の人が出てきて踊り、彼らの退場を待たずに場面がぶった切られて次に行ったりします。「え、さっきの何?」「今、ミュージカルになる必然性あったか?」状態でシュールでした。

【以下、ネタバレあり感想】
※物語の結末に言及していますので、未見の方は閲覧注意です。

刺さっている鋏を動かすシーンは、ぎゃああああ痛そうと思いましたが、当の本人は死んでいるので痛くはないのでした。

最初の死体はマリアンヌが殺した男なんでしょうか。彼を殺すことでギャングの金を手に入れて、それが追われる原因だったということでよろしいですか。

で、該当シーンを見逃したのですが、マリアンヌは密輸団(ギャング?)と通じていて、それでフェルディナンが絶望したそうです。
フェルディナンが「マリアンヌ!」と叫びながら銃を発砲してたのは見てたのですが、腹を撃たれたマリアンヌを見ても、なぜかフェルディナンが撃った弾が当たったのだと分かりませんでした。ギャングに撃たれたものと。
私の頭が働いていなかったようです。
それと、フェルディナンがマリアンヌを殺す理由が分かっていなかったため、変な勘違いをしたのだと思われます。
抱えられたマリアンヌがぐったりしているのでもう死んでいるように見えましたが、まだ息はありました。彼女は水を欲しがっていました。

マリアンヌ亡き後、フェルディナンは顔を青いペンキ(?)で塗り、奇声を発し、顔にダイナマイトを巻きました。
ネットで、「火をつけたのは煙草を吸う為」と見かけたのですが、本当にそうなのでしょうか。
マッチを5本くらいまとめて火を付けてました。
最後は、「こんなことで死ぬなんて」と火を消そうとしましたが間に合わず爆死しました。
これは、限りなく自殺に近い事故、と言った所でしょうか。

なぜダイナマイトを顔に巻いたボンバーヘッドマンになってしまったのでしょうか。本気で死ぬ気はないけれど、ちょっと死ぬ真似をしたら本当に死んでしまった、そんな幕切れでした。

「生活ではなく人生を書きたい」みたいなセリフがありましたから、この映画も人生そのものを描き出しているのかもしれませんし、単に、監督が撮りたい場面を撮っただけなのかもしれません。

マリアンヌは、最初からずっと闇街道の人間だったみたいですが、フェルディナンは一般人でした。
なのに、フェルディナンがピエロと呼ばれ、最後には本当に狂人みたいになってしまったのです。

予告でも使われていたマリアンヌによるフェルディナン評(だったと思う…)「普通で異常」「現実的で超現実的」以下続く、相反する二つの単語シリーズっていうのはこういうことなんでしょうか。
どんな人でも、何かのきっかけで気狂いピエロになってしまうかもよ、という。

この映画自体、「真面目でふざけてる」「知的で馬鹿」「ダサくてカッコイイ」って感じでした。
  1. 2010/03/24(水) 14:24:34|
  2. 映画感想

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