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映画「アヒルと鴨のコインロッカー」感想

アヒルと鴨のコインロッカー [DVD]アヒルと鴨のコインロッカー [DVD]
(2008/01/25)
濱田岳瑛太

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【あらすじ】
大学入学のため引っ越してきたばかりの椎名は、河崎という男に誘われて本屋を襲撃することになる。
河崎は、隣の隣の部屋に住んでいるブータン人ドルジのために、広辞苑を盗むのだという。
椎名は、本屋裏口でモデルガンを構え、ボブ・ディランを一回歌うごとにドアを蹴る様に命じられる。

【途中まで、ネタバレなし感想】
原作既読です。

原作小説の感想はこちら

話の組立ても映像上の演出もとてもよかったです。

この話には、椎名が引っ越して来てからの現代パートと、河崎、ブータン人のドルジ、ドルジの恋人琴美の物語である過去パートがあります。
見てても混乱しないつくりになっておりよかったです。

ブータン人独特の死生観、風習がよく出てきて、全体に流れていました。

動物虐待と外国人差別という要素もあります。が、別に説教くさくありません。
麗子さんじゃありませんが、「助けられる人は助けたい」という心境になるのも分かるエピソードでした。
自分は外国人差別なんてしてないぞ!というつもりでしたが、意外とそうじゃないかも…と思わされました。
椎名は、比較的外国人に理解があるように描かれていましたが、それでも、バス停で困り、周りの乗客や運転手に疎まれている外国人の為に、具体的には何もできませんでした。

ガイジン という言葉を蔑称ととる外国人が多いというのはよく聞きます。日本人からすると、単なる省略語だと思うのですが。
それについて外国人達がコメントしたとある本をちょろっと読んだ所、「ガイジン」という言葉そのものを「ソトノヒト」という意味に取りひっかかっているというより、「ガイジン」という言葉が使われるシチュエーションがいちいち差別的なんだといいます。
たとえば、「このアパート外人さんお断りだよ」など。
他の国から来た人に対して、わざわざ「あなた外国の方なんですね」って言うこと自体が感覚的に分からないっぽいです。

この映画に登場するほとんどの人は、ドルジやその他の外国人を「外人」と呼びます。思いっきり悪いニュアンスで言ってます。
全く必要ではないシーンで、警察が「あなた外国の人?」みたいにニヤついて聞くシーンがあります。
その時点ではそんなことは本当にどうでもよいことなのに聞きます。
悪意があろうとなからろうと、感じ悪いです。特に言われた本人やその身近な人には嫌な問いかもしれません。

先入観ってすごいものですね。
原作を読んでいる為、色々と本当の所を知っていたはずなのに、それでもおかしな感覚に陥りました。

原作を読んだ時点では、ペットショップの店長麗子さんを、漫画やライトノベルっぽいキャラクターだと感じていたのですが、映画で見たら、そういった印象はありませんでした。
いくつかエピソードを削っているせいでしょうか。それとも、3次元だから?
麗子さん役の大塚寧々さんが美人すぎます。

椎名が本屋襲撃の片棒担いでる時、後ろから話しかけられて「はぁ!?」みたいな変な声出したのが面白かったです。

今原作が手元にないので詳しい比較はできません。

【以下、ネタバレあり感想】

この映画を見た最大の理由は、過去の河崎と現在の河崎は別人で、本当は今河崎と名乗っている男がドルジ、という叙述トリックをどう映像化しているのか知りたかったからです。

大変うまく、自然に、分かりやすくやってましたね。

私の想像では、過去河崎と現在河崎は同じ役者さんがやって、事実が判明するシーン「隣の隣」でカメラが戻ってきた瞬間に、河崎の姿が過去編でいうドルジの役者さんに代わるっていう演出になるかなと思っていたのです。

が、全然違いました。

白黒画面は、「過去」であることを表しているのだと考えていました。昔からある手法ですし。
ところがこの映画における白黒画面は、「過去」ではなく「椎名の想像した偽の過去」だったのです。
椎名は、隣の隣に住む男(本当は山形出身)をずっとブータン人のドルジだと思い込んでいたため、河崎や麗子さんから過去話を聞いても、脳内再生される映像に出てくる男は、その山形男バージョンだったのです。
また、河崎の過去を想像する時も、当然目の前で河崎と名乗っている男(瑛太)の姿で考えます。

本物の過去シーンは、全て本来の姿、役者で取り直されたカラーの動画となっています。

来日してからのドルジ(瑛太)がどんどん垢抜けていくわけですが、これ、実際のブータン人が見たら不快じゃないですかね?大丈夫ですか?
単に日本になじんできたという描写だととってもらえると良いのですが。
もしかしたら、外国の方から見たら、来日当初のドルジの方がオシャレに見えたりするのかもしれません。

たしか、原作だと、ブータン人のドルジがひきこもっているって話だけ聞いて、実際に物語のはじめにその部屋の住人とは顔を合わせなかった気がするのですが、この映画では、椎名が挨拶回りをしたり、道ですれ違ったりした時に声をかけています。
私は、彼がドルジじゃないと知っているはずなのに、なぜか、この人はアジアのどこかの国の人だな、と思ってしまいました。役者さんの名前見たら日本の方でしたね。
最初はすごく外国人っぽい顔立ちに見えましたし、その態度も日本語があまり分からないような無愛想な人に見えてしまいました。
でも、ラスト付近で、山形出身と分かるととたんに親しみやすい日本人に感じられました。
私も、心のどこかで外国人を怖い、不審だ、と思っているのかもしれません。

アヒルと鴨という言葉が繰り返し出てくるのは、日本人と外国人は外見も内面も似ているのに、区別されて違うものということにされている現状を表しているのでしょうか。

「神様(神の声を持つボブ・ディランby河崎)を閉じ込めて、この罪を見なかったことにしてもらおう」という発想が面白いです。
ペット殺しの人たちは、分かりやすく悪いやつで、罪人です。
ドルジが彼らに石をぶつけたことも、本当はよくないことですが、罪としてはかなりポジティブで致し方ないものに感じられてしまいます。
しかし、復讐のためにペット殺しの生き残りを生かさず殺さず鳥葬的な殺し方をすることはかなりな罪です。
結果としては未遂に終わりましたが。

ラスト、犬を助けようと交通量の多い道路に飛び出すドルジ。
原作ではそのシーンは死に行く琴美の見たイメージでした。小説が手元にありませんが、その中でドルジは死んでいたと思います。
ブータン的に言って、彼の前世で何か悪いことでもしていたのでしょうか。
それとも、鳥葬未遂の罪について自首しなかったことの、因果応報という扱いなのでしょうか。

遺族による復讐を描いた「私刑」もののお話って、大抵遺族に感情移入させるように作ってあって、読者や視聴者も、あんな悪い犯人は、そのくらいひどい殺され方してあたりまえだろ!という気にさせられるのですが、結果的には復讐者がしっぺ返しを食らって死んだりするという印象があります。しかも、復讐はギリギリで果たされない。
人を呪わば穴二つということでしょうか。
あまり、仇討ちを肯定し過ぎてもまずいんでしょうね。

罪をなかったことにするのは難しいです。

最初の本屋襲撃を、後の方で全容が分かるように別角度から撮ったものも繋げて流したのが面白かったです。
椎名視点で描かれた裏口の描写ですが、本当はもっと前からカメラが長回ししてあった、という感じですね。
実際に同じシーンを何度も取り直したのかもしれませんが。

椎名がダンボールいじりながら「風に吹かれて」を歌っていたシーンも、その前のドルジのカットから繋げてみると、おおっ、このタイミングでその歌が聞こえてきたら、本屋襲撃にも誘いたくなるよな!ってなります。

琴美さん、急発進する車の前に立ちはだかったら、そりゃはねられるよ…。
正義感の強い子でしたね。

椎名、もしドルジが日本人を装わなかったら、本屋襲撃には参加しなかったでしょうね。
部屋に上がるのも口を聞くのもためらったと思います。
差別してないようでも、どこかでしてる、というのがリアルです。

最初から、現在河崎の正体がドルジだと知っていて見たのですが、本当に初期からそれを臭わす複線がたくさんあったのだと改めて気づかされました。(小説初見時、全く気づかず)
広辞苑じゃなくて広辞林を持ってきたこと、「河崎」に本棚の本タイトルを読むよう指示したら本ごとなくなっていたこと、ブータンについて詳しいこと。
マーロウと恋人の話は、本物の河崎が生きていたころにボイスレコーダーに吹き込んでくれたものでした。それを聞いて、ドルジは日本語を学習したのです。

エンディングテロップの役名が面白かったです。「免許のない男」とか。
彼と関西弁の人と椎名は、バス停で隣り合ったことでそのまま友達になったようです。

タイトルの中のコインロッカーというのは、ドルジと椎名が神様を閉じ込めた場所です。
タイトルだけ読むと、一つのコインロッカーの中にアヒルと鴨が同居しているという図がイメージされます。
似たもの同士なのに別々にされた鳥達が神様と一緒に詰まってるって感じですね。
コインロッカーというのは色々と解釈できると思います。
一つのアパートであるとか、一つの国であるとか。

テーマ:映画 - ジャンル:映画

  1. 2010/02/07(日) 02:08:56|
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