野良箱

同人漫画サークル

【ゲーム感想】「Papers,Please(ペーパーズ・プリーズ)」

GLORY TO ARSTOTZKA

【あらすじ】
舞台は、1982年、架空の共産国Arstozka(アルストツカ)。
主人公は、勤労抽選で入国管理官となり、連日列を成す入国希望者の書類をチェックすることになる。
入国可の緑、不可の赤。二種類のスタンプを押し続け、自身の家族を含めた人々の運命を、そして国の行く末すらも左右してゆく。

【途中までネタバレなし感想】
steamで購入し、日本語版でプレイしました。
http://store.steampowered.com/app/239030/

アルストツカは、旧ソ連と、東西ドイツ時代のベルリンに近いイメージでしょうか。

提出された書類が、規定の項目を満たしているかという間違い探しです。
チェックの済んだ書類から脇にどけていく、できるだけ綺麗にスタンプを押そうと試みる、嫌な入国希望者へは、パスポートを投げつけるように返す、など、シナリオには全く関係のない箇所で、性格の出るゲームです。

小さな職場で、世界を転がしているようなスリルが楽しい作品でした。
事務作業が、人の生き死にや外交に関わってきます。
前日の判断が、翌日、新聞記事の内容を変えてしまうのです。
窓口を訪れるのは、旅行者だけではありません。スパイ、密売人、亡命者、マスコミ、警備員、指名手配犯、情報省職員などさまざまです。
それがアクセントになっていて、単純な作業を面白くしてくれます。

プレイヤーにとっての世界は、あくまでも、入国管理室という狭い部屋、狭いテーブルの上だけです。
にもかかわらず、その外に広がる架空の国際情勢が伝わってくるので、「またコレチア人か!」という、作中キャラクターの偏見や不満までをも、自ら抱くに至りました。
コレチアとアルストツカは、最近まで戦争していたのですが、その情報のみで不信感を持ったのではありません。日々の積み重ねによるものなのです。

どの操作でも、目の前にある紙の書類を扱っているように感じました。効果音の種類とタイミングがしっくりきます。
机の上、というスペース内なら配置が自由である、というのが魅力を生んでいるのでしょう。
ルールブックの他、パスポートや許可証、その他書類で机が埋まってしまいます。どのように重ね配置すれば、ミスが少なく見やすいか、工夫せざるを得ません。

他のプレイヤーは、現実にカンニングペーパーを作り、極力、画面内のルールブックを使わずに審査していたようです。
私は、「名前」「パスポートナンバー」「発行都市」を機械頼りでチェックしていたため、常にルールブックと照合していました。
一文字だけ微妙に違うのを見落としたら悔しいからです。

賄賂、偽造、密売、不正入国。こんなのは良くないことと決まっているのに、プレイをしてみれば、事情に応じて仕方ないものにも感じられました。
エンディングは細かい分岐を含めて20あり、11個までは見ました。
同じストーリーでも、厳格、温情などプレイ方針で印象が異なりますし、エンディングも変わります。
「書類に不備があるなら拒否をする」のは、仕事として当然です。しかし、「追い返せば家族が二国に引き裂かれてしまう」などの事情が絡みます。
プレイヤーとして、さまざまな選択を迫られました。

どんな楽しみ方をしようと、入国管理の仕事が杜撰でミスが多ければ、クリアには至れずゲームオーバーになってしまいます。
基本は、素早く正確な仕事であり、収入である、というつらい現実が痛感されます。

全く自分とは異なる時代、境遇の主人公なのに、不思議と感情移入できます。
突然、「あなたには妻子がいます」と表示されるだけではここまでの没入感はないでしょう。
また、過剰なシナリオやムービーがあっても同様に、「主人公というキャラクターの家族」、という風に一歩引いて見たはずです。

アルストツカは、共産主義国なのに、給料は歩合制です。さらに、暖房費と食費、家賃も自腹で、日々の稼ぎから捻出しなくてはなりません。
寒さや飢えで病気になる家族。薬代も足りない。そんな中でも、誕生日プレゼントは買ってあげたい。
最低限のシステムメッセージとイベントを通して、家族を大事にするよう、皆で生き残りたいと願うよう、さりげなく誘導されていたのだと思います。
家族を持っていることによる責任と負荷、その労に対するささやかだけど大きな報酬。ますます仕事に身が入り、父としての誇りを保とうとする気持ちがわいてきました。

美麗なグラフィックも豪華な声優陣もありませんが、だからこそ楽しめるタイプのゲームでした。
世界観とシステム、絵柄、ストーリーがかみ合っていれば、ここまで面白くなるのですね。

ゲーム実況は、公式で許可されているとのことで、見やすいプレイ動画を紹介させていただきます。
[Papers,Please] 入国審査しましょう1,2日目 [結月ゆかり実況] (8:21)
編集が丁寧で、ゲームの面白さが良く伝わりますし、ゆかりさんがかわいいです。
日本語版が出る前なので、英語版を字幕翻訳しながらプレイされてます。シリーズで26本動画があります。

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2015/12/28(月) 10:25:29|
  2. ゲーム

【カラーイラスト】ニコラ・ループレヒト

 灯油ニコラ
 
1年間良い子にしているとお菓子をくれるが、悪い子にはストーブ用の灯油しかくれない。

テーマ:創作・オリジナル - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2015/12/24(木) 06:48:22|
  2. カラーイラスト

【小説感想】神林長平「いま集合的無意識を、」

【あらすじ】
SF短編6篇。
「ぼくの、マシン」…戦闘妖精・雪風シリーズのスピンオフ。深井零が子供の頃、パーソナルコンピュータの時代は終わろうとしていた。零は、自分だけの機械を欲しがる。

―だれが、なにをやらせたのか、わからない。わけのわからない仕事にぼくのマシンがつかわれるのはいやだ。


「切り落とし」…奇妙にディスプレイされたバラバラ死体が発見される。謀殺課の刑事に、容疑者として疑われると自覚したDJ(ダイレクト・ジャックイン・システム)探偵は、仮想空間で取り調べをシミュレートする。

世間が現実と認めたことは、自分がそうではないと思ったところで、そうなる。自分のほうが仮想にされてしまうようなものだ。


「ウィスカー」…子供の頃は誰でも心が透視できる精神感応という能力を持っている。ぼくは、ママや友達に嫌われている。ママの化粧台の引き出しから見つけた生物ウィスカーは、ぼくを慰めてくれる。

常識ではこれが猫であるはずがない。でも、やがて猫になる、そうぼくは確信した。そのときウィスカーはぼくのもとから去っていくだろう。猫は気ままな生き物だから。


「自・我・像」…老人のドゥウェル氏は、近頃自分に反対してくる心の声が聞こえてくるので、話しかけてみる。九歳の孫娘がメイド服で現れるが、それは九歳の少女ではなく孫娘に化けたメイドだったので、この女に食われる。と思った。それに驚いたのがドゥウェル氏の操作をしている部下の上司だ。

『蚕が桑の葉っぱを端から食べていくさまにたとえて、他人や他国の財産や領土を端っこからじわじわ奪い取り侵略していくこと』
とドゥウェル氏は言って、その自分の言葉に驚く。自分の意志で発したものではないからだ。


「かくも無数の悲鳴」…拳銃一丁で宇宙を渡り歩き、遙か昔、異星人に侵略されて滅んだ人類の故郷<地球>にやってきたおれは、気色悪いゴキブリの集合体に負けそうになったが馬頭人が助けてくれた。おれは、量子的なゲームのプレイヤーですらなく、賭けの対象である駒なのだという。

「スコッチを、ダブルで」とおれは言った。
『ゴールだ』と馬頭人のバーテンが答えた。『上がり、だ』


「いま集合的無意識を、」…311地震を期にインターネットコミュニケーションサイト「さえずり」をやるようになったSF作家。ある日、自身の書き込みに対して、返答が現れ、そして衝撃的な文字列が表示された。

「ぼくは伊藤計劃だ」
その名はぼくにとっておそろしくリアルなものだ。虚構ではない、現実そのもの、だ。


【途中までネタバレなし感想】
全体的には表題通り、集合無意識的な、特にネット上で交じり合う人間の心について書かれていました。
でも、一方で、他人などいなくて、ひたすら自分だけの心の動きを書いているようにも錯覚します。

複数の話で、自問自答の要素があります。相手がそう思っているのだと結局自分が思っているだけだ、と気づきかけているものの、一方で、そんなこと自分は考えない、と違和感もあるのです。
しかし、知らないもう一人の内なる自分が、いないとも限らないのですね。

本書には、<わたし>という意識こそ、意識が生んだ最強のフィクションである、という意見が出てきます。
さらに、フィクションを映すスクリーンとしての意識野が体外に出ているのがインターネットだというのはイメージしやすいです。

「ウィスカー」のように、複数視点で書かれた物語では、いかに<わたし>という物語が危ういかよく分かりました。
本人の考えでは、大変筋が通っており、そうとしか思えないのに、他から見れば、まったくの的外れなのです。
では、誰かが間違えた考えを持っているということが真実であれば、周囲は、間違えまで含めて見抜かなければ真実にたどり着いたとはいえなくなります。
真実とは、自他虚実を貫いてうねる帯のようなものなのかもしれません。
「いま集合的無意識を、」では、リアルサイドの「知識」とそれを解釈するフィクションサイドの「意識」をバランスよく不可分に持っているのが人間だとして、伊藤計劃の小説ではそれを単独で存在させるSF的発想を見せたのだといいます。しかし、著者の分身と思しきキャラクターは、フィクションの力を失う人類の未来に警鐘を鳴らしています。<わたし>というフィクションが生み出す文学や漫画などの創作が滅ぶだけでなく、想像力が欠如により、知識としては分かっているはずの、危険予測がきなくなるのです。
わが身に置き換えて考える。つまり共感性の源でもあるんでしょうね。それならば、古典SFでも、人間とそうでないものを分けるものとされています。

量子力学を扱った「かくも無数の悲鳴」には、観測者がいなくても量子の属性は存在するとする<深在性>があるかないか、という問いが出てきます。また、その両者が同時に成り立つ多次元宇宙論も描かれています。
二重スリット実験で、二つのスリットを同時に通る光子の視点で書かれた文章は初めて見たので大変面白かったです。
両目の間に人差し指を立て、二つのスリットが重なる視覚像の時に飛び込む。体感として理解できました。
光子には自我はないものなのでしょうし、ましてや体や<見える>という状態がないので同じやり方できませんけれど、もし、一人ひとりの人間の意識が、分裂する世界を渡り歩いているのだとしたら、通り抜ける瞬間はこんな感じなのかもしれません。主観的には一つのゲートをくぐっているし、通り抜けてからの自己はその前と変わらないただ一人だと信じている。

二重スリット実験とは、ひとつの電子(または光や原子などとにかく物質)を一個ずつ飛ばし、二つのスリットのどちらかを通らねばならない状態を作り、その先に衝立(写真乾板)を置いてできた像を観測するものです。その時、一個の電子が、なぜか両方のスリットを通った時のような振る舞いをします。しかし、センサーでは、片方のスリットしか通っていないのです。結果をもっともまともに説明できるのは、「電子その他の物質は、観測される前は波だが、観測された後は粒子になる。」というものです。連続で一個ずつの物質を飛ばせば、スクリーンにたくさんの点を作って、結局、電子が波状であると仮定した場合と同じように跡を作ります。粒状の物質がどこに行き着きどこで観測されるかという、<可能性>の確率が波状なのだそうです。
私は以前、この実験について、「測機器から撮影や記録をするためのなんらかの波が出て電子にぶつかり結果を変えてしまっているのか?」と想像していたのですが、スリットを通る時点でセンサーにぶつかっていたら、スリットと衝立の間で何かがぶつかった時と同じような結果にはならないんですよね。
哲学や量子力学では、「見ていない間がどうであるかなんて分からない、その<可能性>がそのまま存在している」というスタンスみたいです。まだ科学オカルトを疑っていますが、数学としては正しいようです。
本書では、量子を、現実的な物質と同じ振る舞いをするとみなす仮定を提示しています。

量子論の「かくも無数の悲鳴」とネットや伊藤計劃について論じた「いま集合的無意識を、」は、別作品であり、全くつながりはなさそうですが、実体として確認しようとした時点でもうフィクションである<わたし>という意識が、その本体、とも言うべきものそのものとは違っていること。それがオンラインに投射されることのイメージと似ています。また、インターネットという集合的な意識野で暴走する<わたし>は、一個の人間で言えば統合失調状態である、という例えと、二つのスリットで分裂しているという点が近いです。

観測と実体ということで言えば、かなり矮小化した想像ですけれど、管理人がサーバ料金を払い忘れて「404 NOT FOUND」になっている、誰からもアクセスできないホームページは、<ある>と言えるのか、ということを考えました。
デバイスという窓を通さないと見えないインターネットのページは、空間的には存在していないようにも思えます。座標を持っていません。数字やデータ、としてはどこかのサーバにあるんでしょうけども。人間から認識しやすい形になっているサイトと、そのソースは別物ですしね。しかも、分かりにくい情報の羅列のほうが、たぶん、本体です。真実のあるがままの世界と、見えている、人間が認識する世界の関係性も同じようなものかもしれません。心は、本当に一人の人間の体の中に入っているのか。ぜんぜん別にあるのか。こういう発想が進むと、この本にも多く見られた、「誰かによって考えられている<わたし>」「きみの一部であるぼく」「この現実は仮想空間かもしれない」という妄想世界になるんでしょう。赤の王様、胡蝶の夢、マジカント、といった創作物やその他メタフィクションの類でも見かけるモチーフです。

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2015/12/19(土) 07:12:58|
  2. 読書感想文(小説)

109万ヒットありがとうございました

109記念絵3

形から入ったもののしっくり来ていない設定。

テーマ:自作イラスト - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2015/12/13(日) 23:44:09|
  2. カラーイラスト

【小説感想】ジョン・ディクスン・カー「帽子収集狂事件」

【あらすじ】
ロンドンで、帽子を盗んでは無関係の場所に引っ掛ける連続犯マッド・ハッターが話題になっていた。
ある日、ロンドン塔の逆賊門で死体が発見される。頭には、サイズの合わないシルクハットが被されていた。
元政治家のサー・ウィリアム・ビットンは、自身の帽子と、エドガー・アラン・ポーの未発表生原稿を盗まれていた。
創元推理文庫。三角和代 訳。

【途中までネタバレなし感想】
キャラクターが多い上、名前の呼び方が一定ではないので覚えにくいです。
ビットン家だけでたくさんいますし。
カバー折り返しの人物紹介を何度も確認しました。

フェル博士シリーズ長編第2作ですが、これ以外読んでいないので、アメリカ人青年ランポール君が何者なのか分からないまま読んでいました。1作目に出てくるみたいです。

エラリーやアガサの代表作と同年代のミステリなのに、最近書かれた小説と勘違いしてました。
なぜ新しい作品と判断したのか。殺人が密室よりもずっと開けた場所で発覚したせいかもしれません。
それと、引用されている本が最近の作品でも元ネタにされすぎるせいか、時代性を見失いました。

トリックとしては、現代の刑事ものでも鉄板だろうに、なぜかその可能性を考えませんでした。
被害者は、フィリップ・ドリスコルというフリーの記者で、サー・ウィリアム・ビットンの甥です。
サー・ウィリアムは、皆から恐れられる老人で、元愛国的軍拡主義者、かつ、古物収集家でもあります。
甥には厳しいようで、かなり評価の甘いことが、後から読み返すとよくわかりました。

途中までぼんやり読んでいたせいで、フィリップとドリスコルが単独で表示されると同じ人と認識できませんでした。

犯人、マッド・ハッターの正体、ポー原稿の行方、それらを知ってから二度目を読むと面白いです。
物の価値は評する者によって大きく違う、というのがこの上なく表現されており、冗談としても突飛な、ましてや、真相としては信じてもらえないような事実が待っていました。

もっともらしい状況が重なり、犯人候補が絞られたように見えたり、ある意図が表現されていると感じるのに、偶然だった。だから、本当の所が盲点になった、というポイントが複数ありました。

殺人そのものとは無関係だったキャラクター達が、それぞれの行動を取らなかったら、フィリップ・ドリスコルの死には繋がらなかったかもしれません。

既存のミステリに対する言及があるため、フェル博士は、ホームズやデュパンとは違う世界にいることになります。
作中に医者のワトスンが登場します。皆から、ホームズ口調で話しかけられたりすることが大嫌いです。名前と職業がフィクションとかぶってしまったゆえにうっとおしいジョークを言われる人生になってしまったワトスン。

フェル博士は、あまりスマートな紳士ではなく、少し滑稽な振る舞いをしているみたいです。

「もしもーし!」博士はどうやら女性むけの優しい口調を意図しているらしかった。実際は水をがぶ飲みしているように聞こえたが。


【以下、ネタバレあり感想】
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テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/12/12(土) 12:21:42|
  2. 読書感想文(小説)

2015年/同人イベントで発行したペーパー集

※2015/12/7 1枚追加。 
J庭ペーパー

北ティア2ペーパー440

カオス201507ペーパー440

15夏ティアペーパー

2015秋ティアペーパー440

※イベント欠席の為、未発行。
未発表北ティア3ペーパー

NEW!
カオフェス19ペーパー440

以上で、今年のイベントは全て終了しました。お越しくださった方々ありがとうございました。

テーマ:自作イラスト(二次創作) - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2015/12/07(月) 23:00:52|
  2. 白黒イラスト

【猫写真】いつものクッション

剣道キック

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