野良箱

同人漫画サークル

青山祐企写真集「SCHOOLGIRL COMPLEX(スクールガールコンプレックス)」

スクールガール・コンプレックス SCHOOLGIRL COMPLEXスクールガール・コンプレックス SCHOOLGIRL COMPLEX
(2010/07/08)
青山 裕企

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制服や学校指定水着や体操服を着た女の子ばかりを集めたコンセプト写真集です。
顔がはっきり見える写真はありません。
際どい角度の写真が多いのですが、まさにチラリズムという感じで、下着は写ってません。(ただし、透けブラあり)
上半身より下半身、脚の写真が多めの印象です。

靴下だけでも、紺ハイソックス、白ハイソックス、黒タイツ(デニール低めなので黒ストッキングかも?)、オーバーニーソックス、ルーズソックスとバラエティに富んでいます。
ルーズは、現在全盛ではないと思うのですが、著者や読者にとっては、リアルタイムのブームだったのかもしれません。

スカートの下の短パンチラ見せは、どの年代の人に一番グっとくるものなのでしょうか。

制服は、セーラー服、シャツ、ネクタイ、リボン、紐タイ、ベスト、カーディガンとこれまた色々です。色合いや生地の厚さから言って、オール夏服でしょうか。

1ページにつき、一枚の写真があり、その下には英語のタイトルがついています。
そんな中繰り返し出てくる「Pack-Age」「Schoolgirl Scanner」。
「Pack-Age」は、女の子が半透明のビニール袋に入っている写真です。
「Schoolgirl Scanner」は、女の子が不透明な磨りガラスの向こうにいる写真で、体の一部をガラスに押し付けている場合もあります。そこだけ比較的くっきりと見えます。

てっきり、著者は女の子を袋詰めにするフェチか何かと思っていましたが、あとがきを読んで納得しました。
袋や磨りガラスは、思春期の「ぼくと女の子の間に存在するオブラートのような皮膜」を表しているようなのです。

著者の中には、制服の「洗練された記号性」に注目する、結婚もしてすっかり大人な「僕」と、DTで未知の少女に触れたくても触れられずに悶々としていた「ぼく」が同居していて、それが、この写真集になっているとのことです。

「Package」(パッケージ、包装)ではなく「Pack-Age」なのは、少女をその年齢でパックする(包む)というイメージなんですかね。
写真に撮れば、少女はいつまでもその年齢で止まりますし保存可能です。

がっつり媚び媚びセクシー方面ではなく、良い感じの本でした。
グラビアアイドルの写真よりもはるかに露出が少ないはずなのに逆に変態度が高くも感じます。

接写しすぎて、一瞬これは少女のどの部位なのか分からないと戸惑った写真もあります。ものすごく卑猥なものに見えて、これ、いいの?発行して大丈夫?と思った後で、「ああ、なんだ肘か。」みたいな。

わざとかどうか分かりませんが、ほくろの写りこんだ作品が多いです。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2010/12/31(金) 14:36:27|
  2. 雑記

三浦靖冬「えんじがかり」

えんじがかり (チャンピオンREDコミックス)えんじがかり (チャンピオンREDコミックス)
(2010/12/20)
三浦 靖冬

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【あらすじ】
「ねこみみろぼっと」の「えんじ」は、元々遠い国のロボットだけの学校に通っていたが、人間の学校に転校してきた。
兄と二人暮しの少年小玉藍(アイコダマ)は、「えんじ」と生活を共にし、人間界の常識やコミュニケーションを学ばせる「えんじがかり」に選ばれた。

【感想】
4年分の連載が単行本になりました。
物語は、まだ続いています。
連載でちょくちょく読んでましたが、まとめて読むのも良いものです。

作者初の一般向けオリジナル商業漫画です。
同人でも商業でも成年向けがメインの方なのですが、こういう全年齢漫画の方が、かえって萌え度は高いように感じます。

とはいえ、少女のtikubiや、執拗に書き込まれたパンツの皺や、牛乳まみれな様、スク水姿などから、色々とガチロリの香りがしますので、たとえ二次元でも幼女でセクシャルなものを連想させる絵はどうだろう、見たくないという方にはお勧めできません。

発育不全気味なえんじと、同級生たちのやりとりや、えんじの見せる戸惑い、成長、嫉妬、憧れなどがかわいらしいです。
一方で、えんじがとても大人っぽく感じられる描写もあります。

ほのぼの、心温まる、時々笑えて少し切ない、そんなストーリーもキャラクターも魅力的ですが、一番の見所は、ノスタルジックな背景描写ではないでしょうか。

スクリーントーンは少なめで、ベタや斜線、カケアミで細かく描き込まれています。もう、絵を見ているだけでも満足という出来映えです。
著者が子供時代に過ごした団地の街、という原風景がそのまま描かれているそうです。

えんじの同級生女子がかわいいです。
「いくま」(伊玖間)ちゃんは、身長が172センチある女の子です。女子からは、モデルみたいと羨ましがられていますが、男子には電柱と言われています。

トーン髪ショートカットピン留め少女の「ちなこ」ちゃんは、確実に「ウザカワ」の系譜上にいますので、ウザカワ好きの人は必見です。

ロリに定評のある作者さんだと思いますが、熟女の豊満さ、ふくよかさの表現も素晴らしいです。
これは、エロスというよりは、「お母さん」という部分を表しているのだと思います。

えんじがネコ(ミミ)型ロボットであり、尻尾を引っ張ると電源切れる所、居候宅のアイコダマが眼鏡少年である所などは、ドラえもんオマージュのように感じます。
えんじがドラえもんだとすると、アイコダマはのび太にあたるわけですが、アイコダマは、のび太とは違い、大変デキる少年です。
サッカーが好きだったり女の子を意識してしまう所などはとても男の子らしいのですが、毎日家事全般をこなす所やその物分りのよさ、優しさは、クラスの女子も「彼氏というよりお母さん 恋愛対象じゃない」と言ってしまうほどのものです。
そんなアイコダマは母を亡くしています。
えんじも「ほんとうのおかあさん」というものがよく分からないようです。

まだまだ謎の多い物語ですが、母なき子ども達のお話としても読めるのかもしれません。

えんじはロボットなので、作った博士みたいな人が「お母さん」に当たるのでしょうか。
「ロボットにも関わらず近視に作られているあたりにこだわりを感じるけどそれが逆にこわいよ(汗)」というような内容のセリフがギャグテイストに出てきますが、「お母さん」は、どういうつもりでこんな少女ロボを作ったのでしょうか。
例え、「お母さん」の萌えと欲望を満たすためだけに、えんじを「ネコミミ、しっぽ、眼鏡型」に作ったのだとしても、えんじはえんじで毎日ちゃんと生きているので、作られた目的や理由は、えんじ本人にはそれほど関係ないのかもしれません。

ひょっとして、著者の三浦靖冬=えんじのお母さんなのですか。

掲載誌の「チャンピオンREDいちご」は、成人指定でない割りに過激な性描写があるという事で、コミック規制問題が持ち上がるたびに、槍玉に挙げられます。
規制派ではなく反対派が「いちごをなんとかしろ」「ああいう自主規制の出来てない雑誌があるせいで表現規制論者に餌を与えている」と言うのです。

私としては、いちごが18禁雑誌になっても構わないのですが、気がかりなのは、えんじがかりも18禁な展開になってしまうのではないかということです。
この作者さんの成年向け単行本も持ってまして、そちらも素敵なのですが、できればえんじがかりはこのままの路線で行ってもらえるとありがたいです。ほのぼの萌えという観点で。

【ファンアート】
えんじがかり 二次創作イラスト

えんじがかり 5月に描いた絵

テーマ:漫画 - ジャンル:アニメ・コミック

  1. 2010/12/31(金) 13:41:32|
  2. 読書感想文(漫画)

伊集院光「のはなしさん」

のはなしさんのはなしさん
(2010/10/08)
伊集院 光

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伊集院光さんが、メールマガジンに書いたコラム集の第3弾です。
テーマ一つにつき、3~5Pという分量で、タイトルの50音順に並んでいます。
どこから読んでも大丈夫な内容です。
既刊の「いち」「に」を読んでいなくても読めると思います。

ものの考え方とその語り口が大変ユニークです。

途中、声出して笑いました。
「沼田君のあだ名」の章とか。
なお、その中の「ダロ」と「オフコース」のネーミングは秀逸すぎると思います。

「覗き見」趣味について。これは、以前TVで話そうとして気持ちが悪いとストップされたものです。
伊集院さんの言う「覗き見」とは、捨ててあるものなどから前の持ち主を想像するという行為です。
漫画本に書かれた名前の筆跡や、中古ゲームに入っているセーブデータなどから妄想を膨らませます。
これは、今でいう「痕跡本愛好家」に近いものがありますね。
痕跡本とは、らくがきやアンダーライン、書き込み、挟まったメモ、切り取られた跡などのある古本のことで、愛好家は、それらの痕跡から、前所有者の人となりを想像し楽しむそうです。

小学生、中学生時代、それから落語家弟子入り、タレント業といろんな時期について書かれていて、どれも面白いです。
行けなかった遠足の地が自分の中でエルドラドみたいになっていたという話や、後輩芸人が金を出し合ってバットを買ってくれた事、ホワイトデーというシステムを勘違いしていた件、記憶の脚色はあるでしょうが、それにしても実に鮮やかに生き生きと書かれています。
それでいて、イイハナシになり過ぎないような笑えるオチもあったりします。

全体的には、子供の頃から、学力や運動能力、画力といった才能を磨く事よりも、とにかく笑いを取る方向を目指していたようです。
年齢別に、肥満児のぶつかりやすい障害とその攻略法が書いてありますが、そこでも伊集院さんは「おもしろキャラクターの確立」を選択していました。

文章に愛妻家である様子がにじみ出ており、巻末のvery special thanks には、奥さんの名前があります。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/22(水) 17:50:10|
  2. 読書感想文(小説)

ダン・シモンズ「ハイペリオン」 酒井昭伸・訳

ハイペリオン (海外SFノヴェルズ)ハイペリオン (海外SFノヴェルズ)
(1994/12)
ダン シモンズ

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【あらすじ】
28世紀、人類は沢山の惑星を転位網<ウェブ>で結び、その間を行き来していた。
地球はすでに滅亡し、<オールドアース>と呼ばれている。
辺境の惑星ハイペリオンには、遺跡<時間の墓標>があり、怪物シュライクが住んでいる。
連邦は、宇宙の蛮族アウスターがハイペリオン侵攻を完了する前に、<時間の墓標>の謎を解き明かそうとする。
巡礼者として、7人が選出される。
彼らの抱えるエピソードが、旅の中で明らかになっていく。

【途中まで、ネタバレなし感想】
物語は、この本では完結せず、続刊の「ハイペリオンの没落」へと続きます。

長門さん、こんなエログロな本読んでたのか! 
「長門さん」というのは、ライトノベル、および、そのアニメ化作品「涼宮ハルヒの憂鬱」に登場する無口な文学少女「長門有希」のことです。
彼女は人間ではなく宇宙人、厳密には、全宇宙の情報の海から誕生した実体を持たない生命体「情報統合思念体」の作り出した「対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース」です。

ハルヒの作中で、長門さんは主人公のキョンにこの本「ハイペリオン」を貸すんですよ。
その中には、「午後七時。光陽園駅前公園にて待つ。」という栞が挟んであります。

というわけで、私もハイペリオンを読んでみましたが、長門さんの栞入ってなかったです。

ハイペリオンは、冒頭、専門用語が多くて読むのに苦戦しましたが、物語の中、巡礼に向かう宇宙船内で、個々人による語りが始まる頃には、大分楽になりました。

全編通してかなり宗教の事に触れています。
現世界に実在する主要な宗教から、架空のものまで様々です。
作者オリジナルの宗教に関しては、独創性がぶっ飛んでいて面白いです。
科学と宗教は対立項ですらないのかもしれません。

宇宙船やAI、アンドロイド、科学兵器の多数登場するドSFでありながら、書かれている内容は、神と愛と言語、という古典的かつ普遍的な事柄についてであるようです。

「ハイペリオン」も「ハイペリオンの没落」も、18世紀~19世紀の詩人ジョン・キーツによる未完の哲学抒情詩のタイトルだそうです。
ダン・シモンズの本作においても、地名や思想、人格、詩など様々な方向に、キーツが関わってきます。
なお、私は元ネタ未読なので小ネタがあったとしても分かりません。

各章ごとに、視点や物語の雰囲気が異なります。ハイペリオンとシュライクを題材とした短編アンソロジーとしても読めます。

詩人の章では、創作というものについて考えさせられました。
以下、いくつか引用と私見。

【しかし、待てよ。グレンデルの物語をするにはまだ早いか。役者が舞台にあがっておらん。話の前後するプロット、連続性のない展開というやつにも愛好者はいるが、小生にその趣味はないし、つまるところ、わが友らよ、羊皮紙の上で永遠に勝ったり負けたりをつづけたりするのは、キャラクターのほうだ。たとえばだよ、現実の人間には手のとどかぬ場所で―いまこの瞬間も―筏に乗り、棹をあやつって河をくだるハックリベリー・フィンとジムは、もう記憶にないほどむかしに靴を買った靴屋の店員よりも、ずっとたしかな存在ではないかと、ひそかにそんな思いをいだいたことはないかな、諸君?いずれにせよ、このやくたいもない物語を語るのであれば、まずは登場人物を見知りおきねがわばならん。】

印象に残ってないリアルの人間よりも、フィクションの中のキャラクターの方が確かな存在に感じる、という考えは面白いです。

【初期の小生の詩たるや、じつにひどいしろものだった。たいていの三流詩人がそうであるように、小生もその事実に気づかず、創作という行為そのものによって、小生が生みだしていたなんの価値もない愚作群にもなんらかの価値が付与されているなどと、傲慢にも思い込んでいたものだ。】
【公表という過酷な踏み絵を踏むまでの、おのれの詩人や作家としての才能に対する思い込みは、自分は死なないという若者の思い込みに似て、ナイーブで無害であり……やがてかならず訪れる幻滅もまた、同質の苦痛に満ちている。】

発表するまでは、根拠なき自信があったのに…というのは、あるあるwwwですね。

その後、詩人は脳に損傷を受けて語彙が以下の単語しかなくなります。

【ファック、くそ、しっこ、ま●こ、忌々しい(ガッデム)、マザーファッカー、ケツの穴(アスホール)、しーしー、うんち】

パンクすぎますwwwwwよりにもよって、何故その9個wwwオール隠語、スラング、罵倒語でお送りしておりますハイペリオン。
その後、詩人の言葉は徐々に回復してきます。

詩人と担当編集者のやりとりからは、商業主義と芸術の関係について書かれているようです。
詩人最大のヒット作は、編集者により、哲学的な部分、詩人の先達への賛美、実験的な箇所、母の描写などが削除されています。
その後も、詩人が、孤独感、疎外感、不安、人類に対する皮肉をこめた作品は、編集者に却下されています。
編集者は言います。
【だから、他人の不安を読まされるために、お金をはらう人間なんていないということよ。】

その後、詩人は、ヒット作の続編を嫌々書きます。パート10くらいまで。
これらのエピソードは、一見、詩人が虐げられ、金の為に芸術が捻じ曲げられているように見えます。
しかし、この編集者が完全な悪役とは言い切れないと思います。
というのも、おそらく、この詩人の本当にやりたかった部分は、大多数の読者にとって蛇足で、作家の自己満足に過ぎないのだろうと推測されるからです。だから、編集者がバッサリ切って正解だったのではないでしょうか。
詩人が不本意に書かされた作品の方が、心底書きたいと願って作った作品より面白いという可能性は十分にあります。

ですが、この詩人が編集者に切られたような部分は、ハイペリオンという作品中に散りばめられていて、それが大変面白いんですよ。
ダン・シモンズ自体が、この詩人のリベンジをしているような、挑戦的な意図を感じます。
作中詩人同様、シモンズもあちこち編集段階で削除されてムカついていたのかもしれません。
「見てみろ!哲学や詩や実験的題材を織り込んで好きに書いたって面白いし商業的にヒットする小説にできるんだよ!!」という宣言でしょうか。

そうこうしているうちに、詩人から【詩想】が消えます。

【いいかんげんな小説を書きとばしてきたせいで、気づかないうちに詩想が逃げてしまったんだろう、と諸君は思うかもしれんがね。それはちがう。ものを書かない人間、創作意欲につき動かされた経験のない人間は、詩想を文才や綺想だと思い勝ちだが、言葉とともに生きるわれらにとって、詩想とは、言葉という柔らかい粘土そのものとおなじくらいリアルで必要不可欠のものなんだ。詩想あればこそ、ちゃんとした塑像もできあがる。文章を書くことは―本物の文章を書くことは―神々のもとへFATライン(超高速通信網)を通じさせる行為に等しい。本物の詩人には、かつて説明できたためしがないんだよ―自信の精神がペンや思考プロセッサーとおなじ道具と化し、何処からか流れこんでくる啓示を書きつづるとき昂揚感をな。】

全員がそうだというわけではないでしょうが、神からの啓示があり、それを書く道具と化すのが詩人ということですかね。
現在でも、「アイディアが降ってきた」「ネタが降りてくるのを待っている」という表現はよく聞きますから、「創作とは、どこかに既にあるものが頭の中に降りてきて、それをを形にする行為である」というイメージは割と一般的なんでしょうね。
果たして詩人は【詩想】を取り戻せるのか。↓ネタバレに続く

兵士の章は、戦場ものとなっています。
ネットワークの提供する仮想空間で出会う恋人のお話です。
シミュレーション内の軍事演習で何度も会う女性に、外では会えないのです。
「俺の嫁が仮想現実から出てこない」状態です。
彼女は実在しないのか、兵士の妄想の産物なのか。↓ネタバレに続く

AI群【テクノコア】は序盤から登場していますが、詳しく書かれているのは探偵の章です。
ハードウェアは実体として宇宙のどこかにあるようですが、伝達される情報の源は、全ての開拓星及び、連邦の敵であるアウスターその他です。
人間の遺伝子からかたどった【サイブリッド】は、アンドロイドよりも人間に近い存在で、自我はAIです。本体は【テクノコア】のどこかに浮かんでいます。
通常【サイブリッド】は、【テクノコア】にアクセスし情報を引き出せますが、【テクノコア】にも派閥があって、意図的にブロックされる情報もあります。

涼宮ハルヒでいうと、【テクノコア】≒【情報統合思念体】、【サイブリッド】≒【対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース】ですね。
AI群【テクノコア】には、急進派、穏健派、究極派などがありますが、これも【情報統合思念体】と似ています。

シュライク教の「アンドロイドは 原罪を犯していないので、霊的に人間よりも上等」っていう教義は面白いですね。
「原罪」がよく分からないので、ネットで調べましたが、解釈は多岐に渡るみたいです。

【以下、ネタバレあり感想】
【“ダン・シモンズ「ハイペリオン」 酒井昭伸・訳”の続きを読む】

テーマ:書評 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/22(水) 12:03:44|
  2. 読書感想文(小説)

セイバイン・ベアリング=グールド「人狼伝説」

人狼伝説―変身と人食いの迷信について人狼伝説―変身と人食いの迷信について
(2009/06)
セイバイン ベアリング=グールド

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1865年にイギリスで出版された、人狼研究本です。
少なくとも19世紀時点では、リアルタイムで人狼迷信があったようです。

人狼は、人間が狼に変身するものを言いますが、おおまかには2種類あるそうです。
人間の体そのものが狼に変化するもの と 人間の魂だけが狼に乗り移り、その間人間の体は硬直しているもの。

世界各国の神話や民話の中の人狼についての記述が引用してあります。
そういった信仰、伝説は、「事実」という核の周りに形を成したものだ、と著者は、断言しています。
その「事実」とは、「狂気に取り付かれた人間が自分を獣だと思い込んで野獣のように行動した」ということです。

体は人間のままなのに、本人が「自分は狼だ」と妄信し、人を襲い食べる。裁判にかけられても、「自分はその時狼だった」と主張するのです。
彼ら「狂人」は処刑されています。

特にキリスト教圏では、狼憑きと悪魔は結びつけて考えられているようです。
狼憑きは、「狼になっている間、悪魔の手下として行動した」「悪魔から貰った軟膏を塗って変身した」などと証言しています。
また、自称「狼状態」で子供を殺して食べた人は、死刑を減刑された結果、「精神病院に監禁して神の知恵を学ぶ」の刑に処されました。
他の狼憑きにも同様に、「キリスト教の教義を学ぶの刑」を受けた人がいます。
ドイツのある地方では、「人狼に洗礼名で3回呼びかけると人間に戻る」と言われています。

裁判にかけられた狼憑きの人が、「自分は、両親と同様信心深い」と言っていたり、司教の息子が狼の皮を所持し時々人狼になっていると言っていたりします。
つまり、悪魔に対抗してキリスト教を教えれば浄化(?)できる、っていうのもこれまた迷信の上塗りなんだろうなと思えてきます。
狼憑き達は、元からキリスト教の知識があるからこそ、悪魔という概念もあるのではないでしょうか。
彼らが、ガチの精神疾患者なのか、正気で行った殺人の言い訳に悪魔を使ってるのかわかりませんが、根底には既に持っている宗教知識が影響してそうです。
軟膏で変身したと複数の人が言っているのは、当時、「妖術師は軟膏で変身する」と知られていたからでしょう。

なお、狼憑きであるかの判断に、本人が本当に信じているかどうかは関係ないとする意見もあるそうです。

「狼の皮を被る」というのは、北欧神話あたりにもあるそうです。狼や熊の皮を着て我を忘れて戦う者として登場します。
その神話より前のことだと思うのですが、古代、獣の皮を着た無法者が人々を襲い強奪や殺人をしたそうなので、狼の皮を被った人に対する恐怖があったらしいです。

非キリスト教圏でも人狼伝説は広く見られるので、それぞれに何か元になる実話があったのかも知れません。

この本は、途中から実際行われた残忍な犯行についての記述がメインになります。
しかも、食人を伴わない殺人についてもページを割いており、もはや人狼関係ないwとも思いましたが、この本の冒頭から掲げられている、「人間にもとから潜む残虐性」についての例だと思えば、ありなのかもしれません。

前書きでは、「先天的に血を渇望しているある種の人間はいるんだけども、普段は抑圧されている。それが、幻覚症状とともに発露された場合、殺人・人食事件が引き起こされ、人狼伝説に繋がるんだろう」(要約)としています。
そのすぐ後に、「幻覚とも食人とも関係なく生まれつきの残忍性を満足させる為だけに人を殺した人間の話をしよう」と書かれていました。ジル・ド・レのことですね。

ド・レ元帥の紹介だけで、全16章中3章も使っています。「人狼研究には興味ないが、ジル・ド・レに関する記述には興味がある」という人にもお勧めの本です。

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2010/12/21(火) 15:46:57|
  2. 読書感想文(小説)

ボードレール「悪の華」安藤元雄 訳

悪の華 (集英社文庫)悪の華 (集英社文庫)
(1991/04/17)
ボードレール

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以前読んだ、「ボードレール詩集」と恐らく重複していますが、訳者が違うので印象が大分異なりました。

解説によると、初版は風俗壊乱の罪で罰金刑になったそうです。
近代詩の祖ということで、近年発表されている詩と、それほどかけ離れてはいません。

特に日本のV系バンドの歌詞や、ネットに載っている闇詩(暗黒系ポエム)にその流れが引き継がれているように思われます。
実際、闇詩リンク集から飛んでランキング上位のサイトを色々読んできましたが、ボードレールの時代から変わらぬモチーフが扱われていました。

「悪の華」では、醜いもの恐ろしいものが沢山描かれていますが、その中でも最も邪悪で下劣だとしているのは「倦怠」であるようです。
この単語は、何度も登場します。

美しいもの、美しい人についても描かれていますが、割と残酷描写とセットになっている事が多いようです。
「美への讃歌」という詩で「美」は以下のように扱われています。
【おお「美」よ?君のまなざしは、地獄のものか神のものか、善行と犯罪とを区別もなしにそそぎかける】
【死者たちを踏み越えながら、「美」よ、君は彼らを気にも留めない。
 君の数ある宝石のうち「恐怖」もなかなか魅力的だし、
 また、「殺人」も君の好きな飾りの一つ】

つまり、美を聖俗、善悪にまたがるものとして扱っているのです。

死体や蛆虫、悪徳、悪魔についても、同様に、両義的に捉えている様に見受けられます。

「腐った死骸」という大変パンキッシュな題の詩があり、その中身も文字通り、恋人とともに見た死体のことが書かれています。
死体描写は、わざと読者を不快にさせようとしてないか?というレベルに克明です。恋人が気絶しそうになったとまで書いてあります。
が、これも、ただ醜い汚いものとして描いているわけではなく、その中に美しさを見出し、さらには、恋人と自分の愛を謳っているのです。
簡単に書くと、「キミ(恋人)もやがてその汚物(死骸)と同じになるよ!優美の女王よ!キミが死んだあと咲き誇る花の下でカビる時、(この後どう簡略化したらいいか分からないので原文ママ→)おお、恋人よ!こう言ってやるといいのだ くちづけであなたをむさぼる蛆虫に、崩れ果てたわが恋の その形体と精髄とは みごとこの僕がしるしとどめたと!」
です。

ボードレールは悪魔崇拝、怪奇趣味と見られることがあるそうです。
悪魔、サタンについては、完全に崇拝って感じではないですね。
人間を悪い道にそそのかしたり、糸を引いたりするものとして書いてあったりもしますし。
身の回りに纏わり付く悪魔、時に「わが芸術への愛」を知ってか美しい女の姿で現れるその悪魔を吸い込んだ状態は、汚らわしい媚薬を飲まされる、あるいは、永遠の罪深い欲望で満たされる感があるのですが、その後、神の目から遠く引き離された場所で「倦怠」の荒野に置き去りにされるのです。

悪魔に同情したり、共感している部分はありそうです。
サタンを、最も美しい天使から一転、不当に貶められた者として、また、同じように楽園から追い出された者達の養父として、人間の苦しみを癒し、餞民にも楽園を見せる存在として、描いています。
ボードレールも、自分を「楽園の外」サイドの人間だと認識しているのかもしれません。
「おおサタンよ わが長き悲惨を憐れみ給え!」と繰り返しています。

では、天使についてはどう描いているでしょう。
著者は、人間の経験する様々な苦しみについて、天使に「ご存知ですか?」と問いかけます。憎しみや屈辱についてかなり具体的に書いてありますが、最後には「しかし私が願うのは、天使よ、あなたの祈りだけです。ただ幸福と 喜びと 光とにみちた天使よ!」と締めています。
天使を絶賛しているようで、「あなたは何もご存知でない」という皮肉を感じます。
しかし、『天使様はただ「美しく」「ほがらか」で「すこやか」にしていて下さればそれでよい』という願望も全くの嘘ではないのかもしれません。

猫についての詩がいくつかあります。
エロティックな程の描写で猫への愛を綴ってます。

詩集全体としては、グロテスク又はセクシャルな文言や過激な主張が沢山あり、そりゃ当時の検閲にひっかかるわな、というものでした。
詩の描き出す内容としては、一つのものに、相反する感情や意味を同時に持たせるといったアンビバレントの魅力が随所に見られました。

以下、悪の華(1861年版)最後の詩から抜粋です。
【おまえの毒をそそぎこんで 私たちを元気づけてくれ!
 私たちは、それほどまでにこの火で脳を灼かれているから、
 深遠の奥に飛びこみたいのだ、「地獄」でも「天国」でも
 どっちでもいい、
 「未知なるもの」の奥にあらたな何かを見つけたいのだ!】

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2010/12/16(木) 03:12:01|
  2. 読書感想文(小説)

酒井順子「制服概論」

制服概論 (文春文庫)制服概論 (文春文庫)
(2009/01/09)
酒井 順子

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制服好きの著者が、制服の魅力について語った本です。
酒井さんが、自分で思う「制服愛好者になった理由」は、大まかには「まえがき」で述べられています。
1.制服を着て過ごしたことがないから
2.二つ以上同じものが存在する時に萌えを感じる性質だから
3.拘束と束縛に身を委ねる快楽があるから

「まえがき」以降は、様々な制服(学生服、職業服、運動服、儀式礼服)についてその特徴の説明、印象と、著者のときめくポイント、あるいは逆にあまり好きではない着こなし例、などが書かれています。

通して読むと、著者的には、「強制的に着せられている」「着る必然性がある」「自由を奪われている」「肉体や煩悩その他を封印している」などの窮屈感、ストイックに耐える凛々しい様、「学校を卒業したらもう着てはいけない」「期間限定」の刹那感、が萌えポイントが高いようです。

この本では、制服そのものだけではなく、身につける人の肉体や精神面にも言及していました。
文脈から切り離して要約すると著者の主張とずれるかもしれませんが――レースクイーンの「人」でありながら「物」でもある部分、短ランにデブは禁物、作業服には専門技術と体力が含まれている、軍服の下には鍛えられた肉体、など。

軍人の「上から与えられた任務を遂行するのみです」発言に「自分の意思を持つことが大切」と教育されてきた著者は、少し驚きつつも、「従いたい欲求」があるため、羨ましくもあったそうです。
これと、群舞に関する記述、
「エゴと自意識と責任とを捨て、完全に自分が一コマとして埋もれる快感、集団に任せきる快感、つまりは「一部になる気持ちよさ」をそこでは感じることができるのです」
と、最後の方のまとめ
「制服が好き、という嗜好はおそらく『何かに属しているのが好き』『群れるのが好き』という意識の現われなのだと思います」
をあわせると、人類補完計画的なイメージなんですけど。忘我。

別に全ての制服好きがこういう理由と感覚で制服好きなわけじゃないんだろうなとは思います。

著者の酒井さんは、本物の、所属母体から支給され規則で決められて制服にはときめくようですが、コスプレや応援団、軍服マニアなどが自主的に着ている制服には萌えないようです。

そこに付与された意味や属性、イメージがない、ただ制服を着ただけの人には興味なし、ということでしょうか。たしかに、粋じゃない感はありますね。

制服好きだと宣言しづらい現状について、「下手に「制服が好き」という発言をすると、頭が悪くて個性的ではない体制に流されるままのことなかれ主義者で進歩のない人だと思われるのではないか、という心配もあることと思います。」と書かれています。

私服化=先進とは限らないですよね。
昭和に制服を廃止し、私服化した高校が、最近になって、新たに制服を導入したというニュースもありましたし、時代によって制服の位置づけも変化しているのでしょう。

で、巻末解説が、嶽本野ばらさんなんですけど、この本にこの人選で合ってたんですかね?w
激昂されてるんですけどw彼の様に、身につける洋服がアイデンティティと深く結びついている人には強制拘束される魅力も制服のよさもてんで理解できないようです。一応最後、褒めてはいますが、かなり逆説的にです。
その中の一文―「偏向した美意識」―これは、持っていた方が物書きとしては武器になるかと思います。

嶽本さんの指摘では「この人が制服を好きなのは、制服を着る者の人格をまるで認めていないからこそなのだと。」「著者にとっては容器が大事なのであり、その中身への興味はない。」とあります。

画家、中村宏さんの絵だと、セーラー服少女が多いようですが、中には、少女の形を成していないものもあります。それでもセーラー服を着ているのでちゃんと少女なのだと分かります。
服装のフェチになるっていうことは、そういうものなのかもしれませんね。

タイトルが「制服概論」なのに、制服を着ている個々の人格について論じては焦点ずれますから、この本はこれで良いのだと思います。

解説を読んでいると、嶽本さん本人が、制服愛好者からの被萌えレベルが高い存在に思えてきました。
彼は、中学、高校と学ランで、苦痛のあまり学ランを憎悪し、けれども、学ランに手を加え立ち向かおうとすることは学ランに拘っていることになるので、結局、普通の学ランを普通に着こなすことで、制服に対してシカトをきめていたのです。
学ランをすごく嫌々着せられた上、拒絶のメッセージとして基本通り着こなす少年。

この本で述べられている「制服好き」は、大抵、制服を見るのも、着るのも好きな人の事です。
世の中には見る専門の人も多いでしょうね。

テーマ:読書感想 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2010/12/14(火) 18:45:03|
  2. 読書感想文(小説)

小島てるみ「ヘルマフロディテの体温」

ヘルマフロディテの体温ヘルマフロディテの体温
(2008/04/03)
小島 てるみ

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【あらすじ】
主人公シルビオの母は、ナポリに行き行方不明に。三年後、男になって帰ってきた。それは、シルビオが13歳の時だった。
ナポリの方言では、女装者やトランスセクシャルで女になった元男を「フェミニエロ」と呼ぶ。
20歳になったシルビオは、隠れて女装をしており、そんな自分が、ナポリの町が嫌いだった。
ある日女装して外出中に男に襲われかけたシルビオは、医学部の担当教授ゼータに救われた。
ゼータは、真性の半陰陽(ヘルマフロディテ)を公言しており、性転換手術の権威だった。
弱みを握られたシルビオは、教授の弟子として、さまざまなナゾに対する答えを探ることになる。
まずは、最初の<フェミニエロ>を見つけ出すのが課題となった。
ナゾを解きながら、シルビオは、自分がなぜ女装をするのかという問題と向き合っていく。

【途中まで、ネタバレなし感想】
山本タカトさんの耽美な表紙絵に惹かれて読みました。

中身も耽美で、かつエログロでした。
愛と死は結びつけたほうが、愛も高まるし、死へのおそれもなくなるのでしょう。

シルビオの物語の中に、シルビオが創作した短編小説が挿入される形になっています。
シルビオは、自分が調べたことをベースにお話を作ります。

教授から「私は新しい<物語>に飢えている。欲しいのは真実ではなく、真実だと感じさせてくれる途方もないおとぎばなしだ。」と言われているのです。
宗教や哲学や一部の心理学などは、「真実だと感じさせてくれるおとぎばなし」という感じがしますね。

神話や祭りの起源、カストーラの作り方自体が既にグロテスク風味なのですが、それをシルビオがお話にすると、さらに流血沙汰になります。

それとエロティックの部分は、女性目線の官能小説といった雰囲気です。
受けが両性なのでBLとは違います。

なお、タイトルのヘルマフロディテというのは、両性具有者を表しており、その語源は、ギリシャ神話に登場するヘルメスとアフロディテの息子です。彼は泉の精と一体になり、両方の性を獲得しました。

人はなぜ女装をするのか。その理由は様々なんですね。
男の気持ちのまま女装する人もいれば、そうでない人も。
それと、女装時と通常時の自分が半々で共存し、一人の自分を構成しているというパターンも。
その中の、女装しないと自分という物語の半分しか知らないようなものだ、というような考えは、シルビア、こと主人公のシルビオのものです。この時点でのシルビオは、女装理由を完全には突き止めていません。

【以下、ネタバレあり感想】
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テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/12/02(木) 19:58:42|
  2. 読書感想文(小説)

映画「レスラー」感想

レスラー スペシャル・エディション [DVD]レスラー スペシャル・エディション [DVD]
(2010/01/15)
ミッキー・ローク、マリサ・トメイ 他

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【あらすじ】
1980年代に人気レスラー「“ザ・ラム”」として活躍したランディは、20年後、スーパーでアルバイトしながら細々とプロレスをしていた。
年老いたランディだったが、ライバルレスラー「ジ・アヤトラー」との20周年記念試合が決定したことで、これは返り咲くチャンスと奮闘する。
しかし、心臓発作を起こしてしまう。
ドクターストップをかけられたランディは、長年ないがしろにしてた娘ステファニーとの復縁を志し、また、懇意にしている熟女ストリッパー・キャシディとより親しくなろうとデートに誘う。

【途中までネタバレなし感想】
これは、孤独な男の戦いの話ですよ。
しかも、孤独なのは作中本人も言ってますが、自業自得です。
でも、それゆえにまたレスラーであることの必然性や、レスラーでしかいられない感がでてきます。

ストリッパーもレスラーもステージの上で裸になる職業ですので、あえて共通性を持たせた設定だと思われます。
ですから、キャシディがお店の「中」と「外」の世界をはっきり分けて考えている所が、そのままランディにとってのリングとその外の世界、ということにも繋がってくるのでしょう。

序盤のランディのプロレスシーンは、かなり痛々しいです。ぎゃー。
そんな武器ありですか。反則じゃないんですか。大怪我じゃないですかあれ。ぎゃー。

作中、磔のキリストと、傷だらけのレスラーのイメージを重ねてある部分があります。
ランディの場合は、髪型も似てますし。
自分の体を張って、血を流しながら観客を楽しませるレスラー。
うちの教授の持論「ヒーローは、生贄に似た犠牲者の影」という定義がしっくりくる描写でした。
ランディのニックネーム「ラム」は、「生贄の羊」という連想からネーミングされてそうです。

隠し刃で自ら傷つけて大げさに見せるシーンや、敵レスラーと事前に試合の流れを打ち合わせする場面がありますので、プロレスのそういう面は受け入れられないという人にはお勧めできない映画です。

この映画、プロレスの観客が暖かいです。多分、そういった工作とかも分かった上であえて盛り上げてくれます。
ランディは、最盛期に比べて格段に動きが悪いでしょうに、それでも皆ランディが技をかければ声援を送り、悪役がランディに攻撃すればブーイングするのです。
客も一体となってステージを作り上げています。

リング外での敵レスラー達は、みな優しい紳士です。
あらすじだけ聞いた時点では、本気でランディをないがしろにしたりディスったりする若いレスラーがいると思ってたんですよ。「じじいは引っ込んでろ」みたいにいうキャラクターが。
ところが、どのレスラーも、ランディを尊敬し敬意を示していました。内心がどうかは知りませんが、少なくとも表面上は、人生の先輩に失礼のないようにしていました。

アルバイトをするランディの姿は、なんともいじらしく、すこし可哀相に見えました。
別にスーパーの惣菜係事体が侮蔑すべき職業ではないと思いますし、日常見かけても別になんとも思いませんが、ランディは、脱色した長髪でいかにもレスラーですから、20年前の華やかな世界とのギャップがありすぎです。

ランディは、長年筋肉増強剤などを多用してきたようです。それが祟って心臓病に。
一種の職業病なのでしょうか。特にアメリカンプロレスだと。
金髪も地毛じゃないんですね。
レスラーらしくあるために、脱色する訳ですが、最初は美容院(安そう?)でやっていたのが、途中からは自宅でブリーチしてました。
また、日焼けサロンにも通えなくなったのか、日焼けスプレーなるものを肌に吹きかけてました。

衰えつつ微妙に筋肉がついているという、なんとも絶妙な老レスラー体型でした。

老眼鏡や補聴器に、不謹慎にも萌えかかりましたが、それが一層、「おじいちゃん、もうプロレスなんて無理よ!」感をかもし出してました。

試合前にホームセンターで凶器(叩かれても痛くない)を選別しているシーンがかわいかったです。
しかし、そのお買い物も、アルバイトもそうなのですが、ランディは調子に乗りすぎて、周りの一般人を引かせてしまう部分があるようです。

ランディが過去の栄光にいつまでも浸り、1980年代から脱することができないという描写は度々ありました。
たとえば、80年代の音楽を絶賛し90年代以降をコケにする場面、近所の子供と自身がキャラクターとして登場する古いプロレスゲームをやって子供が呆れる場面、新しい映画をまるで知らない所、など。

別に過去に大きな栄光がない人でも、音楽や映画の趣味が数年前で止まってしまうということはよくあると思いますが、ランディの場合ことごとく80年代でストップしているのです。

二人のヒロイン、娘のステファニーと、ストリッパー(彼女未満)のキャシディは、それぞれタイプは違いますがとても美人です。
ステファニーが父親を嫌うのも無理ないわーというランディ父さんであります。

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2010/12/02(木) 17:04:22|
  2. 雑記

映画「Dr.パルナサスの鏡」感想

Dr.パルナサスの鏡 [DVD]Dr.パルナサスの鏡 [DVD]
(2010/07/02)
ヒース・レジャー、コリン・ファレル 他

商品詳細を見る

【あらすじ】
博士とその娘のヴァレンティナ、若者アントン、小さいおじさんパーシーの4人は、鏡を使った移動式見世物小屋をしていた。
鏡の中には広大な世界が広がっており、その様相は、くぐった本人の欲望やイマジネーションにより、異なったものとなる。
一座は、ある日、首吊り状態の青年トニーを助け仲間に加える。
トニーは愛想よく沢山の客を連れてくる。

【途中まで、ネタバレなし感想】
博士は、悪魔と契約して不死の身です。
死を与えてもらう代償にとある物を差し出すか、悪魔より先に五人集めないと駄目です。
自分では理解してませんでしたが、他サイトを参照にした所、見世物の客に悪魔側につくか博士側につくかを選ばせてるようです。言われてみればそんなシーンがありました。鏡の中で2択。

せっかく永遠の命があるのに、ものすごい苦労してでも死を与えてもらいたくなるものなのですね。
フィクションでもそういう考えのキャラクターがいると、少し安心します。

トニーを演じているのがヒース・レジャーです。撮影中に亡くなったそうで、鏡の中のトニーは、ジョニー・デップ、ジュード・ロウ、コリン・ファレルが演じています。
代役でもありますが、他のキャラクターでも鏡の中では望む容姿になれるという設定があるので自然です。

私、ヒース・レジャーの出ている映画は2本しか見たことなくて、しかも内1本は濃いメイクをしてる役だったので、よくお顔を存じてませんでした。
なので、鏡の外の時点で何度かジョニー・デップにすりかわってるように見えたのですが、そんなことなかったです。
要するにヒースとジョニーの見分けがついてなかったのです。

トニーの正体や、博士と悪魔の駆け引き(腐れ縁っぷり)がストーリーの軸だと思われます。

鏡の中の世界は、ファンタジックで映像が夢、というか悪夢っぽかったです。
縮尺大きいお母さんとか。ロシアの故郷像がひと括りな感じとか。

ジュード演じているあたりの空まで届く梯子が壊れる描写は、「蜘蛛の糸」(元ネタは民話集短編の「カルマ」とかいう話らしい)のようでした。
「蜘蛛の糸」と違うのは、裂けた梯子で竹馬するということですが。

ヒースも代役の面々も、いい具合にM字ハゲ気味のよい額をしていました。
髭と髪型とメイク(目の下のラインを強調)が同じなら、大体同じ人に見えますね。コリンはちょっと毛色の違う顔でしたが、トニーのある一面をクローズアップしたキャラクターなのでそれでOKでしょう。

かっこいいトニーに対して当て馬のような存在のアントンですが、アントンの女装すごく似合ってました。
空回りしたり、客引きが強引だったりもするけど(俺だってやればできるんだ感)、いい奴です。

【以下、ネタバレあり感想】
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テーマ:映画感想 - ジャンル:映画

  1. 2010/12/02(木) 16:12:01|
  2. 映画感想

映画「プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂」感想

プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂 [DVD]プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂 [DVD]
(2010/09/22)
ジェイク・ギレンホール、ベン・キングズレー 他

商品詳細を見る

【あらすじ】
貧しい子供ダスタンは、ある日市場を訪れた王に見初められ養子に迎えられる。
王家の血縁者ではないが、ダスタンはペルシャの王子となる。
青年となったダスタン王子と兄王子二人は、「聖都アラムートが、武器を密造し敵国に売っている」という情報を得、アラムートを征服する。
ダスタンは、戦闘中に騎士が落とした短剣を入手する。
その柄には砂が入っており、ボタンを押せば時間が1分巻き戻るのだった。

国王は戦勝祝いとして差し出されたマントを身に着けるが、そのマントには毒が塗られており国王は死んでしまう。
父である国王を殺害したという濡れ衣を着せられたダスタン王子は、アラムートの姫と共に追われる身となる。

【途中まで、ネタバレなし感想】
エンターテイメントの王道な場面が沢山入っていて、アクションも見ごたえがあります。

ヒロインのアラムート国王女、タミーナ姫が、もう強気とかそういうレベルじゃなくて笑えたし怖いしかわいかったです。
見逃していたので、再見したのですが、時を操る短剣は、元々タミーナ姫の物なんですね。とても神聖なものだし、扱い方を間違えると恐ろしいことになってしまいます。
タミーナ姫は、短剣を安全な場所に移送する為騎士に預けたわけですが、その騎士がダスタン王子に倒されてしまったわけです。そして短剣は王子の手に渡ってしまいました。

そりゃ、姫からしたら自国に攻め込まれた上に短剣まで奪われたわけだから、あそこまで怒るしつっけんどんにもなります。それに切りつけてくるし、色仕掛けも使うし、骨でぶん殴ってくるわけです。
骨殴りのシーンは、可笑しかったです。なんて乱暴なお姫様だwと。

ダスタン王子とタミーナ姫は、とても険悪なままそれでも行動を共にします。
物語中盤あたりまでに何度かお互い「プリンス」「プリンセス」と呼びますが、どれも皮肉で嫌味なニュアンスが込められていました。

服装や背景、セット(CGもあり?)、装飾などの色合い、質感が丁度よく見やすかったです。
主人公のダスタン王子だけ、他の兵士達より露出度の高い格好で防御率低そうでしたが、見栄えがよくかっこよかったです。

登場する男性キャラクターは、全員髭で長髪、もしくはスキンヘッドでした。当時のペルシャ周辺ではそのスタイルが一般的だったのでしょうか。

王を殺した真犯人は誰か、その動機は何か、時を操る短剣は誰の手に渡りどう使われるのか、といったミステリーとしても興味を引かれました。

時間の戻る描写が独特で面白かったです。
現在の自分が幽体離脱したようになり、やがて、1分前の自分の体に同化するというエフェクトでした。

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2010/12/01(水) 06:04:44|
  2. 映画感想

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