野良箱

同人漫画サークル

竹本健治「匣の中の失楽」感想

【あらすじ】
探偵小説愛好家である大学生や高校生の集まる同好会で、ナイルズ、こと双子の片割れ片城成(なる)が、自分たちをモデルにした実名小説「いかにして密室はつくられたか」を書くと宣言する。
物語で最初の犠牲者になると名指しされた曳間了(ひくまりょう)が、現実にも屍体で発見された。一同は、全員が探偵であり全員が容疑者でもある中、犯人を推理することになる。

【途中までネタバレなし感想】
投げっぱなしで終わると予感していたので、解決編と、補足、あるいは真相の示唆ともとれるようなエピローグがあってすっきりしました。

作中のナイルズが、小説を書いており、それを、同好会のファミリーも読み、批評し、引用します。二重スリット実験やだまし絵のモチーフを用いた、「一方が本物である時、他方が偽物であり、同時に本物たりえないが、その両方が本物である可能性を持つ」という状況を作り出しているため、SFの手法に近いようでした。

登場人物が既視感(デジャヴ)を覚える場面が多いのですが、読者に対しても、それを起こさせる工夫が随所にみられました。
既出のワードや情景を、少しおいて繰り返し再出現させているのです。
たとえば、「海の底」は誰の記憶だったか?とページを遡って読み返すなどしました。「マリンスノー」も同様。
具体的な特定の「海の底」エピソードは一人のものですが、似たような話は、他のキャラクターも心に抱いていたようです。
既視感の正体は、何から何まで同じ光景を見聞きした、というわけではなく、どこか数点でも合致してたら、「これを知っていた」、と錯覚することらしい、と作中にもあるので、まさにそれです。
「水中から見た空」を思わせる目をした人形を気に入っている人物も複数いるわけですし。

なお、登場人物は、すべて人形(劇)モチーフの命名らしいです。一人だけ、創造主・操作側っぽい名前なのですが、さらに元ネタから言うと、魅了される、という意味で人形に操られていると言えなくもないです。

「光の玉」について。光子は干渉し合う波の性質も持つが、観測された時に常に一つの粒子である、という説明と、その少し後にでてくるエピソード、雛子が幼少期に光の玉を掴まえようとした事、これらは、なぜかリンクさせず、作為も感じずに読んでいました。しかし、そのさらに後、街灯に照らされた雨降る道に、幾重もの波紋ができ干渉し合い光と闇が踊る情景描写で、これらは連続したモチーフか、と気づいたのです。物語全体を表す光景でもありますが、特に、雛子と布瀬には、ファミリーとは別の接続を見せているように感じます。
というのも、二人は幼馴染で、雛子が光の玉を掴まえようとしていた頃(…から2~3年後かもしれない)、布瀬少年は、彼女にとって特別な存在だったのです。成長し、二人で、「死角の問題」VS「擬態の問題」で話し合っている様子は、二者択一、まさに、光子を掴まえた方が、今のところの正解、という感じがするのです。

上記のように、直接の推理や事件とは関係のない、印象、記号、構図が全体に張り巡らせてあり、かっちり作りこまれているので、作者さんは正気であり、読者にどう見せるかしっかり分かっている方だと安心して読めました。
それらをすべてそぎ落としても、プロットだけで成り立っていそうですが、文学的趣がなくなるため、とてもよいフレーバーだったと思います。表には現れない内面の独白は、その言い回しまで含めて重要であるため、会話劇だけを映像化・舞台化しても足りなくなりそうで、文字しかない媒体ならではの良さがありました。

「総ての解決は、裏切られ、覆されるためにのみ生産されているようでもあった。」

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2016/07/31(日) 03:04:17|
  2. 読書感想文(小説)

【小説感想】神林長平「いま集合的無意識を、」

【あらすじ】
SF短編6篇。
「ぼくの、マシン」…戦闘妖精・雪風シリーズのスピンオフ。深井零が子供の頃、パーソナルコンピュータの時代は終わろうとしていた。零は、自分だけの機械を欲しがる。

―だれが、なにをやらせたのか、わからない。わけのわからない仕事にぼくのマシンがつかわれるのはいやだ。


「切り落とし」…奇妙にディスプレイされたバラバラ死体が発見される。謀殺課の刑事に、容疑者として疑われると自覚したDJ(ダイレクト・ジャックイン・システム)探偵は、仮想空間で取り調べをシミュレートする。

世間が現実と認めたことは、自分がそうではないと思ったところで、そうなる。自分のほうが仮想にされてしまうようなものだ。


「ウィスカー」…子供の頃は誰でも心が透視できる精神感応という能力を持っている。ぼくは、ママや友達に嫌われている。ママの化粧台の引き出しから見つけた生物ウィスカーは、ぼくを慰めてくれる。

常識ではこれが猫であるはずがない。でも、やがて猫になる、そうぼくは確信した。そのときウィスカーはぼくのもとから去っていくだろう。猫は気ままな生き物だから。


「自・我・像」…老人のドゥウェル氏は、近頃自分に反対してくる心の声が聞こえてくるので、話しかけてみる。九歳の孫娘がメイド服で現れるが、それは九歳の少女ではなく孫娘に化けたメイドだったので、この女に食われる。と思った。それに驚いたのがドゥウェル氏の操作をしている部下の上司だ。

『蚕が桑の葉っぱを端から食べていくさまにたとえて、他人や他国の財産や領土を端っこからじわじわ奪い取り侵略していくこと』
とドゥウェル氏は言って、その自分の言葉に驚く。自分の意志で発したものではないからだ。


「かくも無数の悲鳴」…拳銃一丁で宇宙を渡り歩き、遙か昔、異星人に侵略されて滅んだ人類の故郷<地球>にやってきたおれは、気色悪いゴキブリの集合体に負けそうになったが馬頭人が助けてくれた。おれは、量子的なゲームのプレイヤーですらなく、賭けの対象である駒なのだという。

「スコッチを、ダブルで」とおれは言った。
『ゴールだ』と馬頭人のバーテンが答えた。『上がり、だ』


「いま集合的無意識を、」…311地震を期にインターネットコミュニケーションサイト「さえずり」をやるようになったSF作家。ある日、自身の書き込みに対して、返答が現れ、そして衝撃的な文字列が表示された。

「ぼくは伊藤計劃だ」
その名はぼくにとっておそろしくリアルなものだ。虚構ではない、現実そのもの、だ。


【途中までネタバレなし感想】
全体的には表題通り、集合無意識的な、特にネット上で交じり合う人間の心について書かれていました。
でも、一方で、他人などいなくて、ひたすら自分だけの心の動きを書いているようにも錯覚します。

複数の話で、自問自答の要素があります。相手がそう思っているのだと結局自分が思っているだけだ、と気づきかけているものの、一方で、そんなこと自分は考えない、と違和感もあるのです。
しかし、知らないもう一人の内なる自分が、いないとも限らないのですね。

本書には、<わたし>という意識こそ、意識が生んだ最強のフィクションである、という意見が出てきます。
さらに、フィクションを映すスクリーンとしての意識野が体外に出ているのがインターネットだというのはイメージしやすいです。

「ウィスカー」のように、複数視点で書かれた物語では、いかに<わたし>という物語が危ういかよく分かりました。
本人の考えでは、大変筋が通っており、そうとしか思えないのに、他から見れば、まったくの的外れなのです。
では、誰かが間違えた考えを持っているということが真実であれば、周囲は、間違えまで含めて見抜かなければ真実にたどり着いたとはいえなくなります。
真実とは、自他虚実を貫いてうねる帯のようなものなのかもしれません。
「いま集合的無意識を、」では、リアルサイドの「知識」とそれを解釈するフィクションサイドの「意識」をバランスよく不可分に持っているのが人間だとして、伊藤計劃の小説ではそれを単独で存在させるSF的発想を見せたのだといいます。しかし、著者の分身と思しきキャラクターは、フィクションの力を失う人類の未来に警鐘を鳴らしています。<わたし>というフィクションが生み出す文学や漫画などの創作が滅ぶだけでなく、想像力が欠如により、知識としては分かっているはずの、危険予測がきなくなるのです。
わが身に置き換えて考える。つまり共感性の源でもあるんでしょうね。それならば、古典SFでも、人間とそうでないものを分けるものとされています。

量子力学を扱った「かくも無数の悲鳴」には、観測者がいなくても量子の属性は存在するとする<深在性>があるかないか、という問いが出てきます。また、その両者が同時に成り立つ多次元宇宙論も描かれています。
二重スリット実験で、二つのスリットを同時に通る光子の視点で書かれた文章は初めて見たので大変面白かったです。
両目の間に人差し指を立て、二つのスリットが重なる視覚像の時に飛び込む。体感として理解できました。
光子には自我はないものなのでしょうし、ましてや体や<見える>という状態がないので同じやり方できませんけれど、もし、一人ひとりの人間の意識が、分裂する世界を渡り歩いているのだとしたら、通り抜ける瞬間はこんな感じなのかもしれません。主観的には一つのゲートをくぐっているし、通り抜けてからの自己はその前と変わらないただ一人だと信じている。

二重スリット実験とは、ひとつの電子(または光や原子などとにかく物質)を一個ずつ飛ばし、二つのスリットのどちらかを通らねばならない状態を作り、その先に衝立(写真乾板)を置いてできた像を観測するものです。その時、一個の電子が、なぜか両方のスリットを通った時のような振る舞いをします。しかし、センサーでは、片方のスリットしか通っていないのです。結果をもっともまともに説明できるのは、「電子その他の物質は、観測される前は波だが、観測された後は粒子になる。」というものです。連続で一個ずつの物質を飛ばせば、スクリーンにたくさんの点を作って、結局、電子が波状であると仮定した場合と同じように跡を作ります。粒状の物質がどこに行き着きどこで観測されるかという、<可能性>の確率が波状なのだそうです。
私は以前、この実験について、「測機器から撮影や記録をするためのなんらかの波が出て電子にぶつかり結果を変えてしまっているのか?」と想像していたのですが、スリットを通る時点でセンサーにぶつかっていたら、スリットと衝立の間で何かがぶつかった時と同じような結果にはならないんですよね。
哲学や量子力学では、「見ていない間がどうであるかなんて分からない、その<可能性>がそのまま存在している」というスタンスみたいです。まだ科学オカルトを疑っていますが、数学としては正しいようです。
本書では、量子を、現実的な物質と同じ振る舞いをするとみなす仮定を提示しています。

量子論の「かくも無数の悲鳴」とネットや伊藤計劃について論じた「いま集合的無意識を、」は、別作品であり、全くつながりはなさそうですが、実体として確認しようとした時点でもうフィクションである<わたし>という意識が、その本体、とも言うべきものそのものとは違っていること。それがオンラインに投射されることのイメージと似ています。また、インターネットという集合的な意識野で暴走する<わたし>は、一個の人間で言えば統合失調状態である、という例えと、二つのスリットで分裂しているという点が近いです。

観測と実体ということで言えば、かなり矮小化した想像ですけれど、管理人がサーバ料金を払い忘れて「404 NOT FOUND」になっている、誰からもアクセスできないホームページは、<ある>と言えるのか、ということを考えました。
デバイスという窓を通さないと見えないインターネットのページは、空間的には存在していないようにも思えます。座標を持っていません。数字やデータ、としてはどこかのサーバにあるんでしょうけども。人間から認識しやすい形になっているサイトと、そのソースは別物ですしね。しかも、分かりにくい情報の羅列のほうが、たぶん、本体です。真実のあるがままの世界と、見えている、人間が認識する世界の関係性も同じようなものかもしれません。心は、本当に一人の人間の体の中に入っているのか。ぜんぜん別にあるのか。こういう発想が進むと、この本にも多く見られた、「誰かによって考えられている<わたし>」「きみの一部であるぼく」「この現実は仮想空間かもしれない」という妄想世界になるんでしょう。赤の王様、胡蝶の夢、マジカント、といった創作物やその他メタフィクションの類でも見かけるモチーフです。

【以下、ネタバレあり感想】
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  1. 2015/12/19(土) 07:12:58|
  2. 読書感想文(小説)

【小説感想】ジョン・ディクスン・カー「帽子収集狂事件」

【あらすじ】
ロンドンで、帽子を盗んでは無関係の場所に引っ掛ける連続犯マッド・ハッターが話題になっていた。
ある日、ロンドン塔の逆賊門で死体が発見される。頭には、サイズの合わないシルクハットが被されていた。
元政治家のサー・ウィリアム・ビットンは、自身の帽子と、エドガー・アラン・ポーの未発表生原稿を盗まれていた。
創元推理文庫。三角和代 訳。

【途中までネタバレなし感想】
キャラクターが多い上、名前の呼び方が一定ではないので覚えにくいです。
ビットン家だけでたくさんいますし。
カバー折り返しの人物紹介を何度も確認しました。

フェル博士シリーズ長編第2作ですが、これ以外読んでいないので、アメリカ人青年ランポール君が何者なのか分からないまま読んでいました。1作目に出てくるみたいです。

エラリーやアガサの代表作と同年代のミステリなのに、最近書かれた小説と勘違いしてました。
なぜ新しい作品と判断したのか。殺人が密室よりもずっと開けた場所で発覚したせいかもしれません。
それと、引用されている本が最近の作品でも元ネタにされすぎるせいか、時代性を見失いました。

トリックとしては、現代の刑事ものでも鉄板だろうに、なぜかその可能性を考えませんでした。
被害者は、フィリップ・ドリスコルというフリーの記者で、サー・ウィリアム・ビットンの甥です。
サー・ウィリアムは、皆から恐れられる老人で、元愛国的軍拡主義者、かつ、古物収集家でもあります。
甥には厳しいようで、かなり評価の甘いことが、後から読み返すとよくわかりました。

途中までぼんやり読んでいたせいで、フィリップとドリスコルが単独で表示されると同じ人と認識できませんでした。

犯人、マッド・ハッターの正体、ポー原稿の行方、それらを知ってから二度目を読むと面白いです。
物の価値は評する者によって大きく違う、というのがこの上なく表現されており、冗談としても突飛な、ましてや、真相としては信じてもらえないような事実が待っていました。

もっともらしい状況が重なり、犯人候補が絞られたように見えたり、ある意図が表現されていると感じるのに、偶然だった。だから、本当の所が盲点になった、というポイントが複数ありました。

殺人そのものとは無関係だったキャラクター達が、それぞれの行動を取らなかったら、フィリップ・ドリスコルの死には繋がらなかったかもしれません。

既存のミステリに対する言及があるため、フェル博士は、ホームズやデュパンとは違う世界にいることになります。
作中に医者のワトスンが登場します。皆から、ホームズ口調で話しかけられたりすることが大嫌いです。名前と職業がフィクションとかぶってしまったゆえにうっとおしいジョークを言われる人生になってしまったワトスン。

フェル博士は、あまりスマートな紳士ではなく、少し滑稽な振る舞いをしているみたいです。

「もしもーし!」博士はどうやら女性むけの優しい口調を意図しているらしかった。実際は水をがぶ飲みしているように聞こえたが。


【以下、ネタバレあり感想】
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テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/12/12(土) 12:21:42|
  2. 読書感想文(小説)

モーリー·グリーン「海賊と商人の地中海 マルタ騎士団とギリシア商人の近世海洋史」

地中海海賊

リアルタイムで問題の起きている地域や勢力を扱っているため、検索避けのため/(スラッシュ)を多用しています。
急いでいる方は、

このような形式で書かれた引用の部分

だけ読めば、概要が分かるかと思います。

【概要】 
16世紀~17世紀の地中海では、自称/十/字/軍のカ/ト/リッ/ク私掠(しりゃく)団マ/ル/タ騎士団が、イ/ス/ラ/ー/ムやユ/ダ/ヤの船を襲撃し、積み荷を略奪、乗組員へ拷問し、身ぐるみを剥いで奴隷として売り飛ばしていた。当時、国家を持たなかったギリシア人の中には、イス//ラー/ム国たるオスマ/ン/ト/ル/コ帝国の臣民でありつつキ/リ/ス/ト/教/東/方/正/教/会教徒である者もいた。
海事裁判所、ロー/マ/教/皇、国家間通商協約….。新大陸争奪の時代から取り残されこれまで注目されてこなかった当時の地中海で、宗教対立とビジネスは、いかに結びついたのか。秋山晋吾 訳。  

【感想】
歴史本ですが、蔦屋書店では、「旅行」の棚にありました。

原題は、Cath/olic Pirates and Greek Marchants:A Maritime History of the Miditerraneanです。
カ/トリ/ック海/賊という言葉は、聖俗混ざっていて変に力強いですね。

この本は、既存の研究内容、定説に触れ、かつ、ある視点の欠けていることを指摘する書き方が多いので、予備知識のない私には、かなり難しかったのですが、同時に基本を押さえられそうでもありました。

ヴェネツィアとオスマン/ト/ル/コ帝国で通商協約を結んでいたため、地中海は、いかなる宗教、宗派、職業、国家の臣民でも大きな障害なく交易ができたようです。

ギリシア人の主な出身地の一つであったクレタ島は、ある時はヴェネチア領であり、またある時はオ/スマン/ト/ルコ帝国領でした。
ギリシア人は、両国にそれぞれ臣民として存在し、また行き来をする、独特な存在です。

境界を往来する曖昧な概念として論じられるギリシア人、一方、あまり説明のない、ユ/ダ/ヤ人。
後者は、専門の考察本を読まないと形が掴めなさそうです。

本書で論じられるより以前、ヴェネツィアの南にあるアンコーナの教皇は、ユ/ダ/ヤ人も含めた全ての自由な通行を保証していましたが、教皇が変わった途端に方向転換、ユ/ダ/ヤ人を火刑にしました。こういった不安定はどうして起こるのでしょうか。教皇一人の主義なのか、もっと大きな枠組みの力なのか。なお、数代後の教皇は、また、自由往来の許可をしました。

マ/ル/タ/騎士団の船は、海賊船(パイレート)ではなく私掠船(しりゃくせん・コルソ・コーサー)として扱われていました。
海賊は、法や国家の外で、自分達のために略奪をする者ですが、私掠は、戦時中、国家に許可を受けて戦闘に参加した船乗りが敵船を襲撃する行為だったようです。
しかし、別に地中海は戦争中ではありませんし、騎士団が、どこかの国家に許可証を発行してもらったわけでもありません。

もともと、聖/ヨ/ハ/ネ/騎士団はロードス島を拠点にしていたのですが、追い出され、マルタ島にて再起を図ります。資源に乏しいこの島の主産業は、伝統的に海賊行為でした。

騎士団の行為は、暴力的で残酷なものでしたが、本人達は、それを「イ/ス/ラ/ー/ム/教との永遠戦争における十/字/軍としての高貴な私掠行為」と自認しています。

一見、ヴェネツィアサイドに見える騎士団ですが、ヴェネツィアを敵視しています。なぜなら、他の国よりも、イ/ス/ラ/ー/ム/国であるオス/マン/トル/コ帝国との貿易を密にしているからです。

騎士団のマルタ船が、ヴェネツィア船であるトルニエッロ号を襲撃した際、商品を強奪しながらも、船長に(商品を失い荷主から貰い損ねる)運賃を支払っています。
この行為は、十四世紀の海事慣習法「バルセロナ法典」(コンソラート・デル・マーレ)に基づいています。

友好国の船に積まれた敵国の商品を奪った者は、その船が得たはずの運賃を支払う義務がある。

船の所属国と、積荷の所持国は分けて考えるしきたりが以前からあったのですね。
そのような法が出来るほど、微妙な事例が溢れていたということになりそうです。
しかし、バルセロナ法典の該当項目は、戦時中の決まりだったのです。
ここでまた、マルタ騎士団の永遠戦争中である十/字/軍意識が効いて来ます。
とはいえ、トルニエッロ号襲撃事件から10年後には、ヴェネチアの丸型帆船を、船ごと奪っていることが記録に残っています。
これは、バルセロナ法典からすら逸脱していました。にもかかわらず、積荷の内、キリ/スト教徒の所有物だった戦利品には運賃を支払っているから、海の法に適っているのだと主張。

国際的には非戦時中につき、法令自体が生きる状況でもないにもかかわらず、我々は法令順守しております、という態度をとりながら、しまいにはその法令外の行動をしているのに暴力行為を正当化しゴリ押す所が、単純な海賊よりやっかいですね。
本来なら、「海賊行為だから全部無効、強奪したものを返しなさい」と命令できる所、より細かいレベルで、法令に合致しているかチェックさせられるような、論点ずらしや詭弁が得意そうです。
そもそも、キ/リ/ス/ト教の船を襲ってはいけないが、ユ/ダ/ヤとイ/ス/ラ/ー/ムの船は襲って良いという偏った理論が前提にあることを忘れそうになります。

騎士団にとって、ギリシア人は敵だったのか味方だったのか。どうやら、オス/マ/ント/ル/コ臣民のギリシア人は、ト/ル/コ人とみなされていたようです。宗教と国家、どちらが優先されるのかは複雑そうでした。

ギシリア人は、キ/リ/ス/ト教徒ではありますが、カ/ト/リ/ッ/クではなく東/方/正/教/会/です。
でも、真の/カ/ト/リッ/ク/を自称してみたりします。カ/ト/リ/ッ/ク側も、自分達と同じもののラテン典礼としてギリシア人を扱ったことがあります。
国籍だけでなく宗派も迷子で、このあたりは何度読んでも理解できません。彼ら自身、その曖昧性を利用していたといいます。
賢いですね。立場をガチガチに決めてしまうと、ある側面で大変な損失を被りそうですから。

マ/ル/タ騎士団は、ギ/リシア人をト/ル/コ人だと思っている。オス/マ/ン/ト/ルコ帝国は、イ/ス/ラ/ー/ムの国だ。だから船は襲われる。しかし、ギリシア人は、キ/リ/ス/ト教徒である。
ややこしいです。
オスマ/ン/ト/ル/コ/帝国の東/方/正/教/徒コミュニティに属するギ/リ/シ/ア/人は、マルタ船の私掠で受けた被害の補償を求め、フランスなどのカ/ト/リ/ッ/ク/系キ/リ/ス/ト国領事館や教/皇に出向いて書類を書いてもらいました。
ここで強調するのは、自分達がオ/ス/マ/ン/ト/ル/コ臣民であることではなく、キ/リ/ス/ト/教徒であることです。
奪われた商品を取り戻したい、という当たり前な訴えをするために、自身の帰依する宗教を名言する必要があるというのが、根本からのずれを感じさせて面白いです。それが最善最短ルートである場合、誰でもそうするんでしょうね。ここで、キ/リ/ス/ト教徒以外だったら、ますますカ/ト/リ/ッ/ク機関を利用するのが不可能になりますし。

永久戦争というレトリックを用いたのはマ/ル/タ騎/士団/だけではありませんでした。それは、トスカーナの海洋勢力を復活させようというメディチ家直属、聖/ス/テ/ー/フ/ァ/ノ/騎/士/団です。マ/ル/タ騎士団を参考に作られたようですが、こちらも強力な私掠団になったようです。
(メディチ家は、同時に直属の海軍も作りました。軍事勢力所持の目的がマル/タとは異なっているためか、ユ/ダ/ヤに寛容でした。また、ギ/リシ/ア人をカ/ト/リ/ックの異端審問から守るなど、マ/ル/タよりも広く、自由に人を集めていたようです。)
そんな聖/ス/テ/ー/フ/ァ/ノ騎士団ですが、教/皇が許可を与え、厳粛な儀式ではじまったのに、やっていることは海賊です。キ/リ/ス/ト教や聖/書では、有効とされているのでしょうか。
各宗教の教義というのも、それにのっとっていれば誰に対してでも、どの時代においても、正しいというわけでは、決してないという点で、バルセロナ法典に近いものがあります。君らの教えではそうかもしれないけどウチじゃ違う、という状況が多発する上、教義自体をいくらでも解釈変更できそうですし。
便利ですね永久戦争。戦争状態にしておく利点があるのです。特に経済面で。

商人たちが申立てを行ったマルタの海事裁判所(トリブナーレ)は、ある国家の裁判所ではなかった。あるいは、普通の国家の裁判所ではなかった。この法廷は、教/皇に直属する国際的な軍事/修/道/会、聖/ヨ/ハ/ネ/騎/士/団が設置したものだった。

自分達で私掠をし、自分達で裁く。

マルタ島に人を集めるのは、経済のためではなく、イ/ス/ラ/ー/ムとの戦争のため、というのが建前でしたが、実際には、ヨーロッパ全域からの支援を途切れさせないためでした。また、食糧供給を完全に島外に依存していたため、食糧難の危機だったそうです。
人間、金がないのと食えないのは死にますから、シビアな理由です。

マルタ島で私掠を行うのは、騎士団だけではありません。騎士団の目を盗んで私掠を行う者もいますが、基本として、マルタの船は、私掠業務を始める前に海事裁判所で許可を受けています。そして、裁判所総長は、登録船から私掠利益10%の関税を徴収しているのです。
国家じゃないのに税まで取る騎士団。政治をしています。でもそうしないと島の暮らしが成り立たないのだとしたら、法整備やその運営などよくがんばったということなのかもしれません。
「修/道/会/組織に管理された秩序ある海賊」というのは、「生臭坊主」の対義語にして、同義語、みたいに感じられます。

「異教徒の船であっても、その船が総長や他のキ/リ/ス/ト教君主が発行した真正の通行証を携えていれば」襲撃しないこと(中略)が定められている。

異教徒でも、キ/リ/ス/ト教発行の通行証をもらえることあるのですね。ただし、オ/ス/マ/ント/ルコ帝国のスルタンが発行した通行証では襲撃を逃れられなかったそうです。帝国自体がイ/ス/ラ/ー/ムと見なされており。

裁判所には、ギリ/シ/ア人がよく申立てに現れますが、ユ/ダ/ヤ人とイ/ス/ラ/ー/ム教徒は来ません。マルタの海事法上、最初から襲撃強奪されても何一つ文句の言えない人であるからなのでしょう。キ/リ/ス/ト教からの一方的な合法なのです。

東/方/正/教会には、高位聖職者まで含めて、隠れカ/ト/リ/ックがいました。本当は、ローマに忠誠を誓っていたのだといいます。ポーランドで、東西教会の合同に成功したことを念頭に置き、カ/ト/リ/ッ/ク側から改宗を秘密にするよう要請していました。なんという駆け引き。
カト/リックに同化させることも、分化することもできる存在、東/方/正/教/会。状況や政治によって立場の変わるギリシア人にそっくりです。

東/方/正/教/会の聖/職/者一団が、ギリシア人の船から略奪を働くマルタ船を、現場で目撃したくだりがあります。マルタの船は、ギリシア船の乗員も積荷も全てキ/リ/スト教徒(東方正教会)のものだと分かっていながら奪ったのですが、聖/職/者達がやってきたので逃げたのです。

黒ローブを着こんだ正/教/聖職者の一団が海岸をこちらに向かって押し寄せてくる様子を見て、マル/タの私掠者たちは明らかに焦ったであろう。

「高位聖職者と修/道/士達の会衆」の名のもとに宣言し、船と商品が返還されるよう求めた。

文書の冒頭には「アレクサンドリア総主/教キル/リス」の文字が標題のように記され、高度に様式化された派手な署名が頁の末尾に付されている。この人物は、のちにイ/スタンブルに移ってオスマ/ン期で最も有名な総主教となる、キリロス・ルカリスである。

ここでは、彼がイスタンブルで世界総主教の冠を戴く四年前にすでに、カト/リッ/ク私掠の被害の問題に取り組んでいたこと、教皇/庁と教皇の東/方キ/リスト教/徒政策に対する最もてごわい敵対者の一人だったことを記すにとどめておこう。

派手な署名、ぜひ見たいです。この本においては、ロ/ー/マやカ/ト/リ/ックが最強に見え、次いで裁判所の権力といった感じでしたが、それより上位か互角の強キャラが、水戸黄門の印籠持って現れたようで面白かったです。本人達は大変でしょうが、映画にしたら画面映えしそうです。

オ/スマ/ント/ルコ帝国に置かれたフ/ランス領事は、ギリシア人が裁判で勝利するため助けを求めてやってきた時に、手数料を取っていました。フランスには、ギリ/シア/人を補助する命令は出されていなかったようで、ギ/リシア人に協力するのは、同じキ/リス/ト教徒だったからでもありませんでした。(イ/スラー/ム教徒も助けていた。)
また、奴隷買い戻しのために金銭を前貸ししていたのです。
フ/ラン/ス商人は、イ/スラ/ー/ム商人やユ/ダヤ商人に、有料で名義貸しをしていました。
どんな所にでもビジネスの種があるものですね。少しずる賢くも感じますが、それで、非キ/リス/ト教徒が地中海で貿易できたのも事実です。なんの見返りもなしに全ての商人を助ける義理はありませんからね。

キリスト教/徒であることを証明する文書なしに、キ/リ/ス/ト教徒である証拠を提出しなければならない時、以下の質問に答え宣誓しなければなりませんでした。

一、両親の身分、職業、慣習
二、出生地、キ/リス/ト教の教会の有無、教区司祭の名前
三、両親が洗礼を受けていたか、その子供たちに洗礼を受けさせたか
四、キリスト教からトルコ人の宗教への棄教は、その出身地で行われたのか
五、自分がキ/リ/スト教徒の両親から生まれたと証明できるキリ/ス/ト教徒が故郷にいるか
六、教区司祭からキ/リ/スト教の教義を授かったか

この頃、カ/トリ/ックと正教徒を判別することはできなかったそうです。
上記の質問の内、教区や司教を特定できれば宗派がわかりそうなものですが、偽証が可能でした。
記録に残っている史実にも関わらず、フィクション世界の架空ルールに見えます。

マルタ島には、ギリシア語の話せるだろう代理人がおり、ギリシア人を支援するたび、2%の手数料をもらえることになっていました。
騎士団の理論が圧倒的に有利である裁判に挑むため、ギリシア人にもマルタ在住の仲間がいたことになります。
対する裁判所は、マル/タ側の証人としてイ/ス/ラ/ーム教徒奴隷まで登場させています。本来は、訴訟の情報源としての利用が禁止されていました。

ギリシア人の中には、マ/ル/タ私掠者を積極的に偵察し、賠償裁判をローマで請け負うことで成功報酬100%を得ていたと自慢する者がいました。騎士団側からすると、ギ/リ/シ/ア人の姿は、不誠実なペテン師に映ったようです。

地中海を行き来する船には、書記が乗っており、帳簿や積載証明書がありました。
特に積荷の量を示した積載証明書は、私掠者にとって脅威だったため、なんとしてでも奪わなければならないものでした。
紙切れ一枚で立場が危うくなるのですから、限りなく騎士団寄りの組織である裁判所にも、正しく機能する部分があり、存在する意義があったようです。
なぜ裁判で証明書が力を持ったか。それは、略奪品と捕虜の分け前をもらえる支援者達(船に私掠用の艤装を施す業者など)に対し、私掠団が過少申告をして騙す詐欺が横行していると、バレてしまうからです。

騎/士団は、相手が明らかにキ/リス/ト教徒であり、積荷もまたキ/リス/ト教徒のものである時、乗組員へ無理やり、ユ/ダ/ヤ人だとか、イ/ス/ラ/ーム/教の積荷だなどと白状させようとしました。同胞討ちは許されないのなら、同胞じゃないという事にしてしまえという逆転の発想。
ギ/シリ/ア人は、なぜか、マ/ルタ騎士団たちが、バルセロナ法典に基づいた理論で動いていることを理解しており、自分達もキ/リ/スト教徒としてなんらかの地位をもらえるはずだと知っていましたし、騎士団が、私掠の分配でピン跳ねをしているため被襲撃船から積載証明書を提出されたくないことも把握した上で、本来、裁判に協力する役職でもないフランス領事などへ、的確に助けを求め、マル/タ島の裁判所までやってきました。
どうやらこれは、ギリ/シア人が地中海全域へ人脈を持ち、複数の土地や価値観についての知識が豊富であるからこそ出来たやり口だったようです。

ロー/マやヴ/ァティカ/ンを中心としたカ/ト/リ/ック世界において、イン/グラ/ンドやオランダは「異端」国家でした。そんなプ/ロ/テ/ス/タントと東/方/正/教会が手を組むのではないか、と恐れています。もう、ユ/ダ/ヤ教やイ/ス/ラ/ー/ム教関係ないです。

キ/リ/ス/ト教諸都市で交易するギ/リシ/ア商人に、以下のことが告げられるべきである。彼らは、異端の宗主教であるキリル[キリロス]を総主教の座から放逐するために行動すべきであり、西方の異端[プロ/テス/タント]を忌み嫌う人物がとってかわるよう手を尽くすべきである。さもなければ、彼ら[商人たち]の船と商品はキ/リス/ト教徒の戦士達によって破壊されるであろう。これまで彼らは安全であった。しかし、今後は[戦士たちの]捕虜となるだろう。

…すごい。まず、もう信仰心などなさそうな荒くれ海賊の、なんとしてでも絶対積荷と捕虜を奪うマンであるマ/ル/タ騎士団を、ちゃんとキ/リ/ス/ト教の戦士と認めている所が意外です。しかも、戦士の破壊行為を脅しにつかって異端に圧力をかけています。ヤクザというかマフィアというか。神様に関連した聖職者感がかなり薄いです。また、ギリシア人に対しては、君たちはどちらにつくのだ。もし異端ならつぶすぞ。と睨みを利かせつつ、我々カ/ト/リ/ックのために働くのなら、正/教/会の総主教を辞任に追い込んで、反プ/ロ/テ/ス/タントの新総主教を就つかせろよ、と尖兵としての工作まで扇動しています。
ギリ/シア商人もずいぶんカ/ト/リ/ックに買われていますね。その実力がありそうに見えるのでしょう。オ/スマン/トル/コ帝国にも所属している場合が多いわけですし。

以上、本編の感想でした。
同じ神から派生しただろう諸宗教、宗派で複雑なことになっていた地中海でしたが、唯一分かりやすくグローバルだった指標が、貨幣経済だったように思えます。民族、地域、国家、言語、宗教を横断しながら、同じ尺度で数値化された価値を共有しているのですから、宗教よりも早く世界を統一する単位に見えました。そのせいで更なる争いや格差などの問題を多数生み、形があってないようなものであるため、楽園の主には程遠いのですが。

この本を「旅行」の棚に置いている蔦屋書店が、改めて面白いです。「地中海」の部分で分類されたのでしょう。

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/11/26(木) 06:56:18|
  2. 読書感想文(小説)

「ご冗談でしょう、ファインマンさん」「困ります、ファインマンさん」感想

ファインマン書影

「ご冗談でしょう~」は、岩波現代文庫にして上下巻。「困ります~」も同文庫で一巻完結。
全て、大貫昌子さんが翻訳を担当しています。

他の邦題「ファインマンさん」シリーズは、タイトルフォーマットこそ共通ですが、ファインマン本人による作は、ここで挙げる3冊だけのようです。

ノーベル物理学賞受賞、リチャード・ファインマンによるエッセイです。
「ご冗談~」は、ある程度時系列順に並べられているため、自叙伝のように取られがちですが、本当は、もっと独立したエピソードを集めたものらしいです。

「美」や「芸術」に対する考えは度々登場します。本格的に科学方面を押さえた人でなければ説得力を持って書けないだろう内容です。

人には言わなかったが実はある理由で、僕はぜひ絵を描けるようになりたいと前から思っていたのである。言うなれば、この世界の美しさに対する感動を、何とか表現したいと思っていたのだ。(中略)この世界で外見も性質も全然異なったものが、実はその「背後」では同じ組織、同じ物理法則に支配されているのだということを考える時、人間が感じるあの気持ちも宗教感情に一脈通じるものがある。それは自然の数学的美というもの、言いかえれば内側で自然がどのように働いているかを味わうことであり、僕らが目のあたりにしている自然現象というものは、実は原子同士の複雑な内的活動の結果なのだということを悟ることでもある。


ある日面会に行くと、アーリーンは漢字の練習のまっ最中だった。そして
「あら、この書き方はちょっと間違ってるわ」
と呟いた。そこでこの「大科学者」たる僕は、よせばいいのについ口を出した。
「間違っているって、どうしてわかるんだい?字の書き方なんて、たかが人間が作りだした習慣じゃないか。自然にはどんなふうに見えるべきなんて法則はないよ。」(中略)美しい筆蹟で書くには、特別な筆のもって行き方というものがちゃんとあるのだ。決して定義することができないにもかかわらず、美にはある定まった「何か」があるのだ。定義ができないというだけで僕はこれを信じなかったわけだが、この経験のおかげで、そこには確かに「何ものか」があるということを悟ったのだった。


僕の友達に絵描きがいて(中略)一輪の花をとりあげて、「ほら見ろよ。実にきれいだろう?(中略)僕は絵描きだからこの花の美しさがわかるが、科学者の君ときた日にゃ、まず第一にこれをバラバラにしてみようとしたりするんだから、せっかくの花もてんで味気のないものになっちまうんだ」と言ったりする。(中略)彼が見ているその美しさというものは、僕を含めたあらゆる人間に通用するもののはずだし、僕にだって花の美しさはよくわかる。(中略)花の中の細胞を僕は想像できる。(中略)細胞のこみ入った活動やさまざまな過程がちゃんと存在している。(中略)科学は花の美しさにますます意味を与えこそすれ、これを半減してしまうなどとは僕にはとても信じられない。



より小さい構成単位や内部構造、目に見えない法則に対する興味が描かれています。
科学を持たない人々は、長年それを想像や手近な知識で補い体系化してきましたが、科学者も根は同じであるようです。

ファインマンは、鍵開けとパズルのマニアである上、好奇心旺盛で、おかしなイタズラをたくさんしている人でした。
謎、特に答えが必ずあるものならば、なんとしてでも解きたくなるのですね。

催眠術の実験台に自ら立候補したファインマンでしたが、なぜか術者の命令に逆らえず、火傷までしました。しかも、マッチを押し付けられているのに熱さは感じていなかったのです。
結局、そのカラクリは分からずじまいで、「催眠術にかかったらどんな気持ちになるのか」という疑問に対して、「ふしぎだった」と感じるだけでした。後の物理学賞受賞者だって、他の分野については分かるものではないのですね。ここで無理にこじつけないのが信頼できます。

ファインマンは、感覚遮断実験の被験者ともなりました。体を張る男です。
まだ自分で幻覚を見られなかった頃は、感覚遮断のためにアイソレーション・タンクを考案したジョン・リリーやその他の被験者に対し、どんなに真実らしきものを見ても、嘘だ、存在するわけではない、と釘を刺していたのですが、自分で見た「自我のあり方」妄想―僕の自我が1インチ偏っており、腰の高さまで下ろせば、それより下にある両手が両側ではなくなんと一方にあり自我は体の外に飛び出した―を、タンクから出て語ってしまったのです。45分間正気に戻ってこれなかったわけですが、1時間以内で済んでよかったですね。
ファインマンは、そのうち幻覚を見るためのタンクすらいらなくなるだろう、と考えました。
練習するに至りませんが、自室でもできそうだと。…常時この状態だと外歩かせるわけにはいかない危険度ですね。

他の章にある自身の夢観察もそうだったのですが、深みに嵌って生活が破綻する前に引き返せているので、現実に踏みとどまるバランス感覚は優れていそうです。

「僕はもう幻覚を見るためなら何でもやろうという気になってタンクに入った。」
という箇所に性格が出ています。
親鸞がどんなに五体投地を繰り返しても全然仏が見えなくて焦る場面に似ています(←フィクションだけの創作エピソードかも)。親鸞もタンク入ったら良かったのでしょうけど、手順を間違えているということで仏の道から外れそうです。

負けず嫌いであるとともに、専門分野以外でも探究心のすさまじいことが分かったのは、マヤ写本解読の件です。
グアテマラ美術館で購入した写本のコピーでは、左側に写本、右側にスペイン語の解説が印刷されていました。
ファインマンは、右側を紙で隠し、それを回答編として、左側の写本本編だけで何を書いているか当てる「ゲーム」を一人で始めたのです。
写本の内容が、地球から見た金星の会合周期と月食の周期であったことを突き止めてから、隠していたスペイン語解説を読むと、「このシンボルは神を表わす」などと、でたらめが書いてあったのです。
自力で、より正しい答えにたどり着いてしまっている所が面白いです。もしはじめから解説を鵜呑みにしていたら、マヤ人の凄さが分からない所でした。ここまで数年もかかっています。

ファインマンは、素人マヤ研究家でありながら、写本の真贋まで分かるようになり、どうせならこういう偽物を作れという原案まで出しています。

むろんこの写本もまた、何の独創性もないツギハギの偽物であることは明らかだった。
このようなニセをでっちあげる連中は、ほんとに独創的なものを作り出す勇気など持ち合わせていないのだ。何か本当に新しいものがみつかったのなら、真に異なった何ものかを含んでいるはずだ。また本当に凝った偽物なら、たとえば火星の周期のようなものを選んで、それに合う神話などをでっちあげ、これを表わす絵を描き、火星に合ったような数字もつけたす、というようなものであるべきだ。しかもしれがすぐばれてしまうようなものでなく、神秘的な「間違い」まで含む周期の倍数表などのついたものでなくては話にならない。数字だってもう少しひねったものでなくてはつまらない。そうすれば皆、「こりゃすごい!どうも火星と関係があるらしい!」などと感心することになるはずだ。しかもこの中には、理解できないような、前に人の目に触れたことのないようなものが、いくつかある方がいい。それでこそ「あっぱれな」偽物と言えるのだ。


真面目な考古学者や歴史家、科学者ならば、偽物を作ろうなんて愚かで紛らわしいことやめてくれ!検証にかかる人員の労力や費用、時間がバカにならないから!と憤慨しそうなものですが、ファインマンの場合、手の込んでいる本気の面白いニセモノをつくってみやがれ、というズレた価値観を持っています。

彼の感情は、自然や法則、美、謎解き、面白さ、で特に動きますが、自身の良心や罪悪感に関してはドライです。文章にしていないだけかもしれませんが、自分の関わった技術で人が死ぬことについて、何の手ごたえも反応もなさそうでした。

ファインマンは、ロスアラモスで原爆の研究に関わりました。原爆投下成功後、広島の被害範囲を自分のいる街に置き換え、「どうせ壊れるんだから道路や橋を作っても無駄なのに」と考えています。都市や国という単位で俯瞰し、人間の生活や精神は視界に入れていないシミュレートをしているかのようです。
職場の皆は、原爆が完成した喜びでいっぱいだったのですが、ファインマンは当時を振り返り、「考えることを止めていた」と言います。そんな中「僕らはとんでもないものを造っちまったんだ」とふさぎこんでいたのは、考えを止めなかったボブ・ウィルソンただ一人でした。
思考停止は、さまざまな感情を麻痺させるのかもしれません。しかし、そうでなければ成せない偉業もあるでしょうし、一長一短でです。

実在ということへのこだわりは大きそうです。

放射能の暖かみだ。この球こそプルトニウムだった。


これこそ人間の手で造られた新しい元素、おそらく地球の誕生直後のほんの短期間を除いては、今まで地球に存在したことのない元素なのだ。それがここにこうして隔離され、放射能を放ちながらその特性をちゃんと持って存在しているのだ。しかも僕たちがこの手で造りだしたのである。だからこそ測り知れない価値があるのだ。



最初の妻アーリーンの死後、「アーリーンの体にどのような生理的変化が起きていたのかという考えでいっぱいだった」旨述べている所は、マッドです。愛する妻をまず、物質としてとらえてます。
初めて悲しみにつつまれたのは、それから数ヵ月後、デパートのショーウィンドウを見て「アーリーンに似合いそうな服だ」と思った時です。
なお、アーリーンの重病が分かった時の苦悩などは、ちゃんと人間らしいです。

原爆に関する資料は、機密度が高いわけですが、どのように扱ったのか、という事が書かれています。
移動時は筒にして背中にくくりつける、キャビネットに南京錠のみでしかも鍵のかかったままで簡単に取り出せる、サンタフェへのスパイがいたのに誰も気付かなかった、大戦後に厳重警備の図書館に保管されるもすでに機密解除部員がコピーを持ち出し自らのオフィスに置いている、など、いまいち、厳しいのかそうでないのか分からない機密管理方法です。
流出を罰する法律や規則はないのでしょうか。

広島の原爆投下直後に飛行機へ搭乗したファインマンは、トイレに鞄を持ち込むのは狭くていやだからと、隣席のご婦人に預けてしまいました。

「実はこのカバンの中には、今話題の原爆の秘密が入っているんです。僕がトイレに行ってくる間、すみませんが預かっていただけないでしょうか?」


ただのおばさんでよかったですね。何気なく乗り合わせた一般人を装ったスパイだとか、勝手に中身開けるようなずうずうしい人だったら、大変なことになっていたでしょう。
事実を素直に述べただけなのに、嘘にしか聞こえない、というタイプの機密保持方法は面白いですけどね。

「困ります、ファインマンさん」は、チャレンジャー号爆発事故の調査に多くのページを割いています。
円形ロケットの断面がどれだけ歪むかというNASAの資料を貰ったファインマンは、いいかげんさに驚きます。
たった3箇所、60度ごとの直径しか測っていなかったのです。
本書に載った図を再現するとこんな感じです。
歪み円

ボリュームがあって事故原因や国家・NASA・事故調査委員会の力関係は、あまり理解できていませんが、報告書の「付録」になった部分は主報告の数ヶ月後に出されるから誰にも読まれない、コンピュータにゴミを入れたらゴミな結果を吐き出すという概念GIGO(ガーベージ・イン、ガーベージ・アウト)、付録と盲腸は同じ英単語で表わせること、宇宙工学用語はアルファベットによる略語が膨大にあること、などが記憶に残りました。
また、どうもNASAは、大統領の演説予定がどうであろうと、技術的安全性がいかなるものであろうと、なにがなんでも飛ばすのだ、というロスアラモスの原爆開発初期に近い熱意をもっていたのではないかという印象が述べられていました。

テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/11/16(月) 17:27:37|
  2. 読書感想文(小説)

伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」

【関連記事】
伊藤計劃「メタルギアソリッド ガンズ・オブ・ザ・パトリオット」感想
伊藤計劃「虐殺器官」感想
伊藤計劃「ハーモニー」感想


【あらすじ】
フランケンシュタイン氏が最初のフランケンを生み出してから百年、死者蘇生技術は広まり、軍事や産業の分野で活用されていた。
ジョン・ワトソンは、ある日、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授の手引きでMらに面会、政府諜報機関の任務として、ロシア帝国が南進をするアフガニスタンの調査へ向かう。

【途中までネタバレなし感想】
既存のフィクションに登場するキャラクターが多数出てくるため、豪華で骨太なクロスオーバー二次創作小説という印象です。
ゲームでいうと、スマ/ブラやロボ/ット大戦のような趣があります。

文体や価値観、作風がかなり伊藤計劃らしかったので、大半を書いた様に見えましたが、実際には、第一章の前、プロローグまでだと読了後に知り驚きました。残りの全ては、円城塔氏作だったようです。

漢字にカナを振り外国語の音と意味を両方示すやりかたは以前から多用されています。
今回は、「霊素」「幽霊」を「スペクター」と表現してました。

主人公ワトソンは、探偵シャーロック・ホームズシリーズの相方、ワトソン君です。完全に同一人物とは言い切れないかもしれません。
Mは、007シリーズに登場するMI6長官の歴代名ですが、シャーロック・ホームズの兄、マイクロフト・ホームズとしても描かれています。彼は、イギリス秘密諜報部SISの前身組織で長官だったらしいです。ホームズ原作時点で。元ネタ自体がかぶってるのでまとめるのには良いですね。イニシャル同じですし。

計劃氏は、メタルギアソリッド(以下、MGS)のファンとして有名ですが、007の二次創作をやられてたことあります。しかも漫画です。絵がうまいです。
本作の、素体に擬似霊素をインストールし動かすというモチーフが同じなので、それを元に話を広げたのでしょうか。
伊藤計劃作 007まんが 「女王陛下の所有物」
上記のサイトを開いて上の段にあるファイルをクリックあるいはダウンロードすれば読めます。
なお、これは、ジェームズ・ボンドの役者が次々代わっていっても、同じキャラクターとして認識されている、というメタ・フィクション要素を、作中だけでも成立するようにしたSFとなっています。本家の007にはそんな設定ゼロなはずです。
「屍者の帝国」には「自立した物語」というワードが出てくるので、そこにも引っかかってきそうな要素です。
役者本人からしたら、自分の前後にあたるボンドを演じていないのに、自分であるはずのジェームズ・ボンドは過去にも未来にも存在し、自分と似たような性質を有し、周りからは同一人物として扱われているので。
「間諜」(スパイのこと)「幽霊」には両方「スプーク」とルビがふってあります。
今作品で諜報を扱ったのも、魂、霊魂と、スパイをかけているのでしょう。
作中では、屍者のような人間こそ諜報員の素質があるという描写があります。

屍はしばしば細かい判断ができない、という例として、日本の内乱サツマ・リベリオン、こと西南戦争での件が挙げられていました。
明治政府の屍兵団が、政府軍に偽装した反乱軍の田原坂通過を許してしまったのです。クリーチャーが旗を誤認したために起こった事件でした。
屍爆弾なんていうものもあります。歩く兵器で、人権の欠片もありません。消耗品です。言葉が話せません。弱いAIに似ているかもしれません。

屍者の傭兵や、それを操るソフトウェア(ネクロウェア)の輸出が行われています。
現実でいうと、昔のスイス傭兵や、武器・戦術を売る人に近いのでしょうか。

他のSFでも、いかに人間の労働や戦争を、ゾンビやロボットや人造人間に代理してもらうかというのがテーマになっていることが多いので、「働きたくないが人生を謳歌したい」という願望は世界共通なのかもしれません。なお、SFではそれが実現した後、大抵人類が滅亡するか、その危機に陥ります。

ナインチンゲールが屍者について提唱したフランケンシュタイン三原則は、物語内で的を射ていたことがわかります。彼女が提唱すべきだった(が違った)規則、として挙げられているものは、ロボット三原則のパロディになっています。

ロボット三原則の元ネタが出てくる小説
アイザック・アシモフ「われはロボット(Irobot)の感想 はこちら。

やはり、屍者は、非人間の奴隷労働階級としてのロボットという意味合いが強そうです。

ロボットの語源となった小説
カレル・チャペック「R・U・R(エル・ウー・エル)」の感想はこちら。
※ロボットを作るための手記が重要視されている所や、キリスト教モチーフになっている点、ロボットに見える人間、人間に見えるロボット、という点で本作とテーマが近い。機械ではなく、人造人間ともいうべき生体組織でできている。

ワトソン達が目指す「屍者の帝国」、そのトップと目されているのが、アレクセイ・カラマーゾフです。

ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」感想はこちら

「カラマーゾフの兄弟」に登場する三男アリョーシャですね。カラマーゾフは未完ですが、続編では、何らかの経緯でアリョーシャが革命家になるとされていたようです。
温和で聞き分けのよい聖職関係の彼が何をどうやったら政治や闘争に向かうのか謎でしたが、本作で、表の歴史とともに仮想穴埋めがしてあります。
次男イヴァンが面白いことになっていました。
アリョーシャの師は、秘密結社の散り散りになった資料を集めていた人であり、フランケンシュタインに協力したことになっています。

屍者蘇生技術の書かれた手記の内容とは。また、それは本当に屍者蘇生について書かれているのか。
人間と動物を隔てるものとは、受け継がれるX(菌株)とは何なのか。
このあたりは、伊藤計劃さんらしい発想です。どこまでプロットがあったのかは不明ですし、文章化しているのは円城塔氏ですが。
作者二人の関係性自体が、「屍者の帝国」本編とリンクしています。

作中、妄想だと断りつつ、パンチカードは、読む人の欲望によって、見たいように見えるものではないか?という疑惑が書かれています。
本書でも下敷きになっている聖書もその類ではないでしょうか。どうとでも読めますし、ハイライトになるイベントだけでも、どこかしらに感情移入できそうです。また、人の願望が含まれているでしょう。
形状としては、音楽や、知らない言葉、と言ったインスト、抽象画、に近いかもしれません。これだ、という意味が分からないので。

ヒロインの美女ハダリーは、「未来のイヴ」という小説に出てくる人造人間であるらしいです。(未読)
「屍者の帝国」では、人形、従僕、奴隷、のイメージを己に対して持っている上、計算機のようで、他人に対して「あなたは魂を持っているのね」と話す不思議なキャラクターです。現在の二次元漫画・アニメ・ラノベに出てくる美少女、「俺の嫁」像の一つに近そうです。
彼女は、機械製のチェシャ猫のようだと表現されていました。

チェシャ猫の元ネタ 
ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」感想はこちら

他人の魂が本当に存在するとどうやって確かめるのか、世界に自分一人かしないと主張する者が二人いたら、独我論者として成り立たない、この考えは過去作にもあったように記憶しています。
突き詰めると、自分以外の人間には魂が入っていないので物と同じように、それらしく周囲の世界を形作っているということになってしまいます。
しかし、本当に確かめようがないんですよね。だからと言って、傷つけたり殺したりして良い、なんていう発想になったらどこかに幽閉しないといけません。
「あなただけが魂を持っています」と指摘するのは、魂を持たない者にもできる、という仮定は、計劃氏っぽくもあり、円城氏らしくもあります。

あらゆる文、音声、映像によって描かれた対象、思考というのは、屍者性を持っているように思えてきました。
何かの意志は表明した、喋った瞬間以外は全て過去に過ぎ去るのが当たり前なのでしょうが、人類は記録力を手にしたため、残り変容し拡散し、誰かが閲覧した時点で、それ自体はもう何の自我も持っていない、という状態が蔓延したように思えます。
時間差でコミュニケーションをとることすら可能です。
あとは、これが人の形をして人として新たに振舞えば屍者なんだと思います。
役に立つ、仕事をする、というハードルが高いですが、教育や娯楽、ニュースの面ではすでに実用化されています。

ヴァン・ヘルシング教授の言う「病理学の伝承的側面」では、吸血鬼はコレラの擬人化である可能性、「早すぎた埋葬」はカタレプシーの誤診で実際に何件か起きただろうと推測しています。
「伝承の病理学的側面」ではないと断っているということは、伝承が病理を表しているわけでも、病理のように伝染するのではなく、正しい病理の知識が形を変えて伝承していくということを表しているのでしょうか。

「早過ぎた埋葬」は、人の噂話でもありそうですが、小説家の名前も別の場所で出てきていることですし、これが元ネタだと思われます。 

エドガー・アラン・ポー「早過ぎた埋葬」感想を含むエントリーはこちら
注※他の短編のネタバレがあります。また、文体やノリが現在と違いますが、昔の私が書いてしまったのでそのままにします。耐え切れなくなったら適時上書きします。

【以下、ネタバレあり感想】
【“伊藤計劃×円城塔「屍者の帝国」”の続きを読む】

テーマ:読書感想文 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/11/12(木) 23:01:09|
  2. 読書感想文(小説)

合山究「中国の古典 清代清言集」感想

【概要】
中国最後の王朝清代のアフォリズムを原文と日本語訳(※)の併記で編集した本。
※現代語訳、かな交じり書き下し文の二種。

【感想】
古典というわりに、日本でいう江戸時代初期~明治末期に該当する、思いのほか新しい小品群でした。

当時は、膨大な数の無名な作家によるアフォリズムが発生しては、後に残らず消えましたが、わざわざ収集していた人がいたお陰で、その一部を今日でも読むことができるようです。

アフォリズムというのは、警句、名言、金言、格言、風刺の類である短文のことを指します。

人との付き合い方や哲学、心得、といったいかにも役に立ちそうな作品の中に混じった、以下の文がもっともインパクトありました。

誰かのあげている凧の糸が切れるのを見ている。なんと愉快なことではないか。

教訓は感じられないし、意味が分からないけど、勢いと、臨場感、鮮やかさがあります。
不亦快哉(また快ならずや。→なんと愉快なことではないか。)が末尾につくシリーズがたくさんあります。
何度も黙読すると具合が悪くなりそうなのでその部分だけ読み飛ばそうと試みましたが半分くらい失敗しました。
似たような形式の作品には、「なんと哀しいことではないか。」で締められるものもあります。

蟹を煮ると、蟹が釜の中で、がさがさと音をたてる。なんと哀しいことではないか。

たしかに哀しいですが、なんでわざわざ文章にしたのか着眼点がおかしいので気に入りました。

原文に含まれる単語の訳は、一作品ごとに解説されています。
字面だけみて直訳したらまるで意味を取り違えそうなものがありました。

機械―悪だくみ。悪賢い。ペテン師。策謀家。
工夫―時間、暇。
実際―最も充実した状態。充実感のあること。
痴―とりこになる。夢中になる。
青山―墓地。
要死、快哉―若い女性がよく口にする「まあ、いやあねエ」などに近い言葉である。直訳では、「死んだら、うれしいわ」の意であるがそんな意味ではない。

漢字一文字ずつについて意味やニュアンスを知っている分、その組み合わせで日本語とは微妙にズレた訳になっていると楽しいです。
「解語花」は、言葉のしゃべれる花、美人のこと。とありましたが、娼婦、芸妓、遊女をあらわしていることが多いみたいです。
「摩登」は、モダン(modern)の音訳です。カタカナがないので外来語に漢字を当てるんですね。
こちらとよく似た派生をしている言葉としては「料理」がありました。物事をかたづける、処理する、ということを表現しています。
食事を作ることではなく、「さて、こいつをどう料理してやろうかな」という使い方だと思えばしっくりきます。

これまでの説明だと何の本だか分からないでしょうから、以下、アフォリズムらしいものを引用します。

歌は舞の声であり、舞は歌の形である。

徳を身につけるのは、いつも困窮の中においてであり、身をほろぼすのは、しばしば志を遂げたことによる。

有形の落し穴は獣を捕えるだけであるが、無形の落し穴は人を害(そこな)うのに十分である。

英雄物語は一服の興奮剤であり、聖賢の箴言は貴重な処方箋である。

董偶は、弟子たちが勉強する時間のないのに大変悩んでいるのを見て、次のようにいった。「三つの余りを利用しなさい。冬は一年の余りです。雨の日は晴れた日の余りです。夜は昼の余りです。」と。

他、美人を題材にした作品が多かったです。ラッキースケベで腿や裸を偶然のぞいてしまったというものから、自然に例えた詩的なものまでさまざまです。

時代や国、文化背景が違っても、人々の考えることはそう変わらないということが分かりました。

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/11/01(日) 22:25:54|
  2. 読書感想文(小説)

かわいいSCP紹介

「SCP Foundation」とは、異常な効果・能力を持つ、物・生物・現象などを、安全に、確保・収容・保護することを目的とした架空の団体「SCP財団」のレポート、という体で創作された、都市伝説および現代ファンタジーのフィクション群です。
筆者は複数いますが、テンプレートと世界観を共有しており、SF・オカルト・ホラーに該当する作品が多く見られます。

SCPには、世界を終わらせるようなもの、ミーム汚染(情報感染)を引き起こすもの、残酷なものなどさまざまありますが、以下、私が好きなかわいいSCPを紹介いたします。
書き出して分かったのですが、似たような構造のものばかりになってしまいました。
それは、「機能と場所が酷く限定されており、姿を持たない、あるいは、人型ではないものと会話をする」系とでもいうべきものでした。
SCP-1171 - Humans Go Home (人間どもは去れ)
物騒なサブタイトルですが、ほのぼのしています。
異世界の生物であるSCP-1171-1が、窓の結露に手と思われる器官で文字を書くことで通信をしてくるというものです。
インタビューログを一部引用します。

██████博士:"どこにいるんだい?"

SCP-1171-1:"我ガ家ノりびんぐるーむダ.貴方ハドコニ?"

██████博士:"そことは違うリビングルーム"

██████博士:"そうだな。教えてくれ、君の見た目はどんな感じだ?"

SCP-1171-1:"ウム、平均的ナ可愛サ.七ツノ高イ蔓.茶色ノ甲羅.緑ノ生物発光.青イ目.貴方ハ?"

██████博士:"同じだ"

博士の機転で、異世界生物は、博士を自分の仲間だと思いこみます。

SCP-1171-1:"変化ハ人生ノすぱいすダトイウノガ私ノもっとーダ.体調ハ如何?肌ハ柔ラカクイイ感ジカ?中身ハ流体デ満チテルカ?"

エージェント█████:"全く持って申し分ないよ、ありがとう.もう行かないと"

SCP-1171-1:"気ヲツケテ,ジョン・ドゥ"

博士ではないエージェントとの会話です。博士に人間の友達がいたことに驚きつつも、気遣ってくれています。他の言動も愛らしいのでリンク先の日本語訳がおすすめです。
SCP-1281 - The Harbinger (さきがけ)
SCP-1281は、海王星の外側にあるカイパーベルトで発見された、涙滴型の生体機械です。
概念ではなく、実体を伴います。
13億年孤独に銀河を航行していましたが、何らかの原因で損壊し大半を休眠して過ごしました。
インタビューログでは、与えられたただひとつの使命を果たそうとする姿が健気でした。

SCP-1281:「私は、役目を果たさなければならないと言われました。私は、任務を完了しなければなりません。しかし… 私は壊れてしまいました。ずっとずっと前に… 停止しました。更なる指示を待ちます。救助を待ちます。これは、救助ですか?」

ブルーム博士:「君の任務とは何なんだ?」

SCP-1281:「それは… あなたたちは、マスターですか?」

ブルーム博士:「違う、我々は人類だ。」

SCP-1281:「私の任務!あなたたちはマスターではない、しなければ… メッセージを。メッセージを送らなければ… 私…」

SCP-1281:「聞き終わりました?」

ブルーム博士:「それが、メッセージなのか?」

SCP-1281:「はい。良いメッセージでしたか?」

肝心な所は伏せています。
この記事は、SFとしてもよくできていそうに見えます。ハービンジャー(SCP-1281)の生態や温度等について、具体的な数字が書いてあるからでしょうか。
「あなたたちは、マスターですか?」と繰り返し問いますが、これは、マスターではないことを確認することが目的であるようです。
SCP-423 - Self-Inserting Character (割り込む登場人物)
「フレッド」に近い名前で書物に紛れ込むSCPです。1m以内の書物を侵食し、文字を動かしストーリーを書き換えます。大幅な展開の変更はしないようです。
日記を介してスタッフと会話もできます。
以下、実験記録423Aより抜粋。

実験資料:ホビットの冒険、J・R・R・トールキン著

結果:一行の一員でFeredorという名前の14人目のドワーフです。物語はほとんど変わりませんが、"ラッキーナンバー"の言及がありません。Feredorは五軍合戦の生き残りとして描写されていますが、Oinは殺されています。

メモ:"SCP-423は物語で大きな役割を持っていて、物語により良い影響を与えていると観察されます。会話から推測される性格はその他ドワーフと類似しています。文章の変更点はこの本のトールキンの作風と合っています。" - E.マン博士

著者の文体を真似ることが出来ており、物語への理解力が高そうです。

実験資料:我が闘争、アドルフ・ヒトラー著(ドイツ原版)

結果:初めの数分は変化がなかったが、簡単な概要を差し込むと、Friedrichという名前の疑り深い同僚が2章から8章に登場しました。ドイツ語で現れ、大体は原文と同じ文体でしたが、多くの文法、文体の誤りがありました。日誌に戻るとSCP-423は"うー、こりゃ難しい!"と述べました。

メモ:これ以上に重要な発見はないでしょう:423は母国語を持っていて、一冊だけでドイツ語の知識を十分に得ることができます。これを利用すれば判読不能だった文章が読み取れるかもしれません。 ― ディスペア博士

不慣れな言語にもチャレンジ。
ぜひ、手持ちの本に紛れ込ませて変化を観察したいSCPでした。
SCP-132-JP
末尾にJPがついているものは、SCPの日本支部で作成されたものです。本家は英語ですが、こちらの支部では最初から日本語で書かれています。
SCP-132-JPは、「ゆゅゅゅ」という文字を生物とみなし、レポート仕立てにしたものです。
「ゆ」達は、A4用紙の中で、魚群のように振る舞い、また財団職員と染料の文字で意思疎通ができます。

.:*・゜ゅゆ およぐれんしゅう
                 ゅゅゆゆ やったね

        君たちは、自分の事をどれだけ理解しているのかね?

.:*・*・゜.:*・゜ゅゆゆ おなかすいた

              ゆ
              ゆゆゆ ぼくたちは生きてるよ それだけだよ
              ゆ
                              ゅゅ だれかとはなしてる?

                   .:*・゜ゅゆ すすめー

                   .:*・*・゜.:*・゜ゅゆゆ ごはんくれ

        このA4用紙の外のことは認識出来ているかね?
               まぜてー
              ゆゆ
            ゅゅゆゆゆ おはなしはしてるけど、ぼくたちに見えるのは
              ゆゆ  この『白い海』だけ。でもそとのことはしってる

                              ゅゅ あつまるれんしゅう

「~かね?」というのが、博士の書き入れた文字です。
「ゆ」と同染料の文字は摂食されるため、別のものを使用しています。
飼いたいかわいさですが、蛹状態から紙を突き破って個体SCP-132-JP-1が出現、無性生殖で増える、となると手に負えません。

以上、かわいいSCPでした。
引用する際に文字の配置がずれていますので、正しい並びは、リンク先をご覧ください

テーマ:ファンタジー小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/10/31(土) 09:30:39|
  2. 読書感想文(小説)

ネヴィル·シュート「渚にて 人類最後の日」感想

(ブログサービスで書影リンク機能が終了していたので、後ほど方法を考えます。)

【あらすじ】
核戦争により北半球が壊滅。アメリカの原子潜水艦<スコーピオン>は、まだ放射性降下物に汚染されていないオーストラリアに滞在する。<スコーピオン>は、シアトル近郊から届く謎のモールス信号について調査することとなる。

【途中までネタバレなし感想】
戦争や軍人を扱った作品ですが、戦闘や暴力表現はなく、終末の日常が描かれています。
生き残った全員が、大まかに余命宣告をされたような状況なのに、それほど絶望的でもなかったように感じます。

ドワイト・タワーズは、ほとんど終わった世界で、もうアメリカ自体が無いのに、それでもアメリカの軍人で艦長という役職があって、階級は大佐という不思議なことになっています。

多くのキャラクターは、「どうせ滅亡するんだから」と投げやりになることもなく、倫理に背かないよう行動してました。
もしかすると平時よりも清廉潔白であったのかもしれません。
「生活の、人類の、己の人生の、現状考え得るもっとも美しい形を、町もろとも残す」という意思がどこかしらにあるようにも見えました。
どんなラベルで保存されるか選べる状態で、もし我を通せば、己や他人の名誉、良心を穢した状態で終了になってしまう恐れがある、そんな時、どう行動するべきか。
例え正解がなくとも、最大限悔いが残らないようにするにはどうしたらよいのか。

タワーズの妻子は、「死んでいることが確定していないが、限りなく故人に近い存在」でした。
家庭は、神聖な墓とも、帰るホームともつかない、侵し難い空気になっています。
タワーズには、戦争と、そこから続く、自身の置かれた状況に現実味を持てません。だから、残してきた家族を思う方がリアルなのです。

モイラの生い立ちや心理状態が丁寧に描写されているため、彼女を特別な存在のように錯覚しますが、
【「きみと同じことを、今朝のあいだに四人の人たちに頼まれたよ。」】
【気がつくと、モイラのほかに、ニ、三人の女性たちがタラップの前に立っていた。】
という箇所で、カメラが一気に後ろへ引いて全体が見渡せた思いがしました。
モイラもまた、たくさんいる似たような人間の一人に過ぎないのですね。

モールス信号の正体を確かめに行くあたり、ワクワクしました。
「無数の猿がでたらめにタイプライターを叩いたら、なかには一匹くらい偶然シェイクスピアの戯曲を書き上げるやつがいるかもしれないだろう。」
長時間傍受して意味を成していたのは、水とコネクトの二語でした。

車好きが多いのに基本的には走行させません、燃料がないからです。
そういう所に架空大戦後の未来感が出ていました。
ガソリンを隠し持っていたり、別のもので代用したりする様子に、知的さと野性味、大人らしさと子供っぽさの、両方が滲んでいました。
ほぼ南半球しか機能していない中、製造、資源の確保、物流は、どうなっているのでしょうか。

薬局にて無料で配布されている箱は、誰が作りどのように行き渡っているのか気になります。
薬剤師は、その手順を知っていますし、最初からは本物を渡さないなど慣れているようでした。

物質の確かさ、というのを端々で意識させられました。

読み手のライフスタイルで感情移入する先が変わりそうですが、誰かしらの登場人物が、共感を持って心に刺さりそうです。

登場時間が短いのにオズボーン一家の行動が響きました。
スウェインのとった行動も象徴的でインパクトがありました。

あさっての方向だとしても、ありがちだとしても、なんらかの情熱を持ち、それをかなえようとする人間は魅力的です。
またそれがかなわない悔しさや無念に打ちのめされる様も美しいです。

体育の100メートル走で、よく、ゴールの何メートルか先を目指すつもりでゴールテープを切れ、と指導されますが、まさにそんな生き様を見せてくれました。

【以下、ネタバレあり感想】
【“ネヴィル·シュート「渚にて 人類最後の日」感想”の続きを読む】

テーマ:読書感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2015/05/27(水) 04:28:41|
  2. 読書感想文(小説)

グレッグ・イーガン・著 山岸真・訳「順列都市」感想

順列都市〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)順列都市〈上〉 (ハヤカワ文庫SF)
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【あらすじ】
人間の記憶や性格をスキャンし、<コピー>として仮想空間の中で生かし続ける技術が確立している21世紀半ば、ASEANは、台風の進路を変える≪バタフライ計画≫の為、スーパーコンピュータを買い占めだした。
その煽りを受けて、<コピー>を走らせる為の計算能力は、低下、このままでは、供給がストップされるかもしれない、<コピー>自体が非合法とされ排除される時代がくるかもしれない、隕石でハードディスクが破壊されるかもしれない、そんな不安を解消すべく、宇宙が終わっても電源が切れても永遠に生きられる方法を提案する男が現れる。

【途中まで、ネタバレなし感想】
出だしから、緊張感溢れる描写です。
仮想空間に人間のアバターや意識が移動する作品は結構ありますけど、ここまで現実感を持って、実際自分が<コピー>になった気持ちをシミュレートしているものはお目にかかったことがありませんでした。

電脳空間に入るなんて、もっと気楽に考えていましたけど、「こんな形では生きられない」と結論づけてしまうほど、強い抵抗感を伴うものなのですね。
読んでるだけで、絶望感と「終わらせていいものかすら分からない悪夢」のような息苦しさが伝わってきます。

ゆかいな漫画アイコンで書かれたパラシュートのアイコン。これは、閉所恐怖や、ここが現実ではなく、もう自分が人間ではないし、生身に戻ることもない、ということ等にパニクった<コピー>の為に存在する<脱出オプション>であり、自殺できない代わりに自分というプログラムを終了させるという救済措置なのです。

しかも、アイコンを押したら即終了ではなくて、わざわざパラシュート一式の入った箱が出てきて、自ら装着、発射レバーを引かないといけないというのが、また、なんでそんな···という悪趣味越えてギャグのような面白仕様となっております。

最初の章では、ポールという<コピー>が脱出試みるのですが、折れてしまうのですよ、レバー。これは、偶然ではなく、外側からのソフトウェア違法改竄によるものです。
彼は、消えることもできず、外のポールに従った実験をやらされます。

仮想空間の物理的、物質的な仕組み。現実にどこまで似せるか、あるいは、排泄など生理現象の機能は切るか選べるなど、異様に細かい描写が続きます。全部把握できなくても重量感があって楽しいですし、作者さんは、最新の論文などを本気で読み漁ってる方のようですから、80年~90年代までに判明していた研究結果、仮説を惜しみなくぶち込んであって、骨太です。

<コピー>は、姿形を生身の時と同じにする必要はありません。全くの別人にもなれるのです。
しかし、メインキャラ達は、外の世界にいたころと同じような姿、生活様式を維持する場合が多いようです。
わざと古傷を消さないとか。
先ほどから述べているポールは、<コピー>になってまで、菜食を続けています。
しかし、食材は、何らかの技術で合成されたイミテーションなのですから、意義を見失いかけているわけです。

街には、モブキャラが歩いています。壁すり抜けバグを起こすのが笑えました。
未来技術でもこの現象は直せてないの…。

複数視点制の三人称視点小説です。5~6年ずれていたりするので、時系列は前後します。
ポールの他、マリア、トマス、ピー、4人のパートがあります。並びはランダムでしょうか。

マリアは、オートヴァースという、3Dセルオートマトンにハマっています。
これは、小さな宇宙の模型であり、現実世界とは異なる単純な物理法則をシミュレートできるコンピュータ・モデルです。
この人工生命研究を続けている人は少数であり、時間と金の無駄とも分かっていたが、やめることはできないのです。

マクスウェルの悪魔(デーモン)、ラクダの目、などのソフトウェア名が出てきます。原文の読み方も知りたかったですね。アルファベットの綴りも。

「エデンの園配置」というのは、この作品のオリジナル用語ではなく、セル・オートマトンにおいて、「他のいかなる配置からも到達できない配置」を指すんだそうです。
その概念の後にできた「ライフゲーム」なる白黒二次元生命進化淘汰シミュレーションでも、いくつかエデンの園配置というのがあり、近年になっても、最小のものが発見されてりしているようです。
しかし、コンピュータ黎明期からあったとは驚きです、セル・オートマトン。

そのようなものをまったく存じませんでしたから、「シムアース」というゲームのイメージで読んでました。
二酸化炭素吸収率や繁殖、突然変異、温室効果、地軸、大陸移動のパラメータなど弄れますし、どこかで発生した生き物を神の手で別の場所に移動させることができる点、哺乳類や人類じゃないものが文明を持ってしまう所などが良く似ています。ただし、「シムアース」がガイア理論に従い、現在の人類に至るまでの生命進化とその終焉までの過程を模倣するのに対し、オートヴァースは、より自由で予測不可能な変化をするみたいです。
「シムアース」は、セル・オートマトンとは違うのかもしれませんが、すくなくとも、人工生命シミュレーターの一種ではあるようです。

エデンの園とかマリアとか光あれとかやたら聖書ネタが多いとお見受けしてまして、作者がクリスチャンなのか、アンチキリストなのか分からず読んでました。
SF、特に西洋の作品はキリスト教ベースが多いですね。
また、キリスト教を皮肉る、貶す、という目的の作品であっても、カウンターとして書いている限り、引っ張られ続けることになります。
ああいう作家さんというのは、生まれつき家庭も地域もキリスト教どっぷりだったのでしょうか。国教。
幼い頃からそれに違和感を感じたり、反発心、疑念を抱いてみたり。散々、文句言ってる割に、やたら染みついてて詳しいという囚われ状態なのが面白いです。
また、本人が熱心なクリスチャンである場合も、周囲から指摘されがちな批判や、自分で考えたらしい教義の欠陥を指摘し、冒涜する内容書いたりなさいますね。それでも信じてる。

「順列都市」全体を通して読んだ感じ、否定派な感じが若干強いでしょうか。
もし、実際に、神となって万物創世したとしても、それが思い通りになるとでも?という挑発。

読んでいてしんどいのは銀行員トマスの章なのですが、最も好きなテーマの一つでもあります。
なぜきついかというと、彼の見る幻覚や、自傷行為がグロいからです。ここまで来くると、終わりがあるということは、まだマシな方なのかな、と思えます。
トマスのたどり着く結末が良いし、彼が、ある過去の事象に対し、相反する感情を強く持ってる所が気に入ってます。

ピーの章は、(詳しくないけど)仏教に近いような印象があります。
輪廻転生しつつ、ケイトと一蓮托生みたいな。

<バタフライ計画>は、<コピー>とは無関係の実在国際プロジェクトということでよろしいでしょうか。
最初の印象だと、富豪の<コピー>達を口車に乗せるべく危機を煽る架空のでっちあげか、計画の為と称してコンピュータを買い占め別の目的に計算能力を割いている、だと思ってたんですが、この話の主目的には大した数のコンピュータも要らないようですし。

<コピー>となったポールが実験を繰り返される内、言い出した仮説が「塵理論」です。間隔も順番もランダムの素描、散り散りの点にされてた状態でも、それらを集めて橋を架け、私という主観的意識の上で連続させることが可能である。因果関係の出番などなく、さらには、別の代替世界(オルタナティブ・ワールド)の自分をも経て内側から統合された自己完結の一個なのだよ。 というような何かです。

<コピー>に、世界から切り離された安全な避難場所を提供すると約束する男(自称・保険勧誘員)、彼が、マリアに生命の進化可能な環境を持つオートヴァースの惑星まるごと一個、を発注した時。「オチ読めたわ!」と思いましたが、全然違いました。
それは、上巻ラストのマリアのセリフと、下巻はじめの保険勧誘員の言葉で不可能だと知ってしまいました。

惑星を作る目的…その発想はなかった。

上巻ラストの引きは、卑怯。すぐ下巻を読まざるを得ないじゃないのよ。
下巻冒頭で、上記の大半が覆されるんですが、私も騙されていたんですよ。嘘とも言い切れないし。

もう一つ、勘違い。オートヴァースの描写でペトリ皿や遺伝子がどうのとあり、それと<コピー>みたいな幽霊なんかと違ってちゃんと存在するもので、みたいな部分があったため、てっきり本当に菌類培養とか、触れる、形ある生体だと思ってたんです。読み返すと、しっかり、コンピュータ・モデル、とありました。

【以下、ネタバレあり感想】
【“グレッグ・イーガン・著 山岸真・訳「順列都市」感想”の続きを読む】

テーマ:SF小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/08/22(水) 20:13:56|
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