野良箱

同人漫画サークルです

遠藤周作「おバカさん」感想

おバカさん (角川文庫)おバカさん (角川文庫)
(1962/08)
遠藤 周作

商品詳細を見る

【あらすじ】
社会人の兄妹の元に、知らない女性名で手紙が届く。誤字脱字の多いおかしな文章である。
差出人は、間抜けなフランス人、ガストン・ボナパルトだった。
ガストンは行く先々で悪気のない珍騒動を起こし、行動を共にする兄妹も赤っ恥をかくのだった。

【途中まで、ネタバレなし感想】
10年ぶりくらいの再読です。
本を見ながらだと、「引用したい欲」が抑えられず長文になってしまうため、うろ覚えで書きます。

本文開始1~2P目のライトノベル、ギャルゲー、萌えアニメっぷりは驚愕ものですので、その辺に慣れ親しんでいるオタクの人におすすめです。
近頃は、ラノベと一般小説の間みたいな作品が多く、また、あえて古めかしくもったいぶった言い回しを使ったりしますよね。
それ、まんまです。
この小説が書かれたのは昭和ですからわざとそういう文体にしてるわけじゃありませんけど。
「今ねぇ…服を着とる、所です…」「お兄様、さっきもそうおっしゃったじゃないの」

「保名春子(瓦斯トン)=ガストン・ボナパルト」から来た手紙をきっかけに物語が動くわけですが、その前は、寝起きの悪い兄VS兄を起こしに来る妹の攻防戦が描かれています。
「子供の頃はあんなに可愛かったのに、どうしてこうなった」という恐妹家の兄が嘆く様子は、近年のラノベそのものです。「3段階の波状攻撃」という表現や、
 兄「今、一糸まとわぬストリップですがよろしいですか?」
 妹「エッチ!」というやりとりが、
「恋愛シミュレーションゲームの主人公とその妹」に完全一致。

ただし、妹も成人して働いており、新聞の経済面を見て株をやってるような子ですから、ちょっと学園やファンタジー世界を舞台にしたゲームにはしづらいかもしれませんね。
彼女は、兄とは歳が離れており、昔は「おにいちゃま!」と紅葉のような手をしてヨチヨチ後をついてきたそうです。
やはり、まだ存在していなかった「萌え」の概念を狙って書いてるとしか思えない遠藤周作。

兄は、帰宅が遅れる時、妹の機嫌を取る為の技を持っています。
それは、玄関を開けるなりバナナを手渡し「ビタミン満点、美しい、兄妹愛!」とか叫ぶというものです。
「おバカさん」というタイトルは、ガストンを指してますけど、この兄も相当なものです。

開始5P目くらいで早くも、メタ・フィクションネタをかましています。
妹は、一面も三面記事も、ましてやこの「おバカさん」のような役に立たないものなど読まない、というような自虐をしてるのです。(新聞連載小説だった)

兄は、古い外国映画「道」に出てくる、どんなに殴られようとも男についていって、最後には山に捨てられてしまう、白痴系女性の純真さこそが理想だ、と述べています。
一方、妹は、そんなの唐人の寝言だ、男に都合がよすぎる、時代遅れ、と一蹴、兄の夢を打ち砕きます。

メインキャラは、兄妹とガストンの他にもう一人います。
それは、東京星野組所属の殺し屋、「遠藤」です。

遠藤は、今まで読んだ小説キャラで一番好きです。
大学出身のインテリヤクザ、肺病発作持ち、語学堪能、お兄ちゃんっ子、など、属性過多です。

その遠藤が、上述の映画に登場する「男」、ガストンが、「知恵おくれ女」に相当してるようなのです。
映画は未見で、作中引用されていたあらすじとwikipediaで確認したものしか存じませんけど、かなり近いプロットですね。

終戦後の日本を描いているお話で、元ネタの「女」がやっていた役割を男性、しかも、大柄で馬面のアホな外国人に振るあたり、遠藤周作の謎センスが光っています。
これ、ガストンが女キャラだと魅力半減だったと思います。
遠藤や妹との関係性は、男性じゃないと成り立たなかったはずです。

ガストンが下宿先を去り、遠藤の出番が増えると、相対的に兄妹がフェードアウトしていくんですが、それでもちょくちょく出番があって、和ませてくれます。
妹は、兄や職場の男性を見て、「オトコなんてみんな馬鹿」と思っています。
しかし、実は、フランス人が我が家にくると聞いて、内心期待してたんですよ。優雅な美男子とラブロマンスがはじまるかもしれないと。
実際やってきたのは、モサイ見た目で、寿司屋で「ナプキンをしましょうね」とふんどし首に巻いちゃうような馬鹿でしたけど。がっかりクオリティ。
妹は、純情乙女心を胸いっぱいに秘めた、強気キャリアウーマンなのです。

ふんどしは、ガストンが日本にくる舟の中でもらったもので、後に、プチ活躍します。
遠藤とガストンを車に乗せた車は、検問にあい、翌日の新聞に「異国人が、警官に男子用下着を献上す」という記事が載ります。
非常に馬鹿な展開なんですが、兄妹は、気づくのです。

ガスさんは、事件に巻き込まれたんじゃないか? きっと、ふんどしで私達に何か伝えようとしているのよ!

キャラが真面目なほど、状況のシュールさが増して笑えます。

なお、ガストンは、日本語が拙いからカタコトなのであり、考えがうまく伝えられないというだけで、モノローグはクールかつクレバーだったりするのが面白いです。

ガストンの描写には、何度か「こいつアホの振りした天才なんじゃないか。実は素早く器用?人の気持ち知ってて内心ニヤついてるのでは。」と思わせる得体のしれないものがあります。
妹との萌え会話(トークテーマ:恋人はいるか)でも、一瞬赤面した妹を見るガストンが、全部わかってそうな「腹黒ちょいサド」という感じがしました。
なお、遠藤がガストンにつけた仮名が「サド」でした。

兄と遠藤は、同じ大学だった説が浮上しますが、これも妹に揶揄されます。
「お兄様ったら、探偵小説や映画なんかの、犯人とそれを追う刑事が実は幼なじみで、とかそいういうのがお好きだから、自分まで主人公になった気でいらっしゃるんじゃないの、おほほ。」
というわけで、結局真相は、分からず仕舞いでした。

【以下、ネタバレあり感想】
【“遠藤周作「おバカさん」感想”の続きを読む】

テーマ:オススメ本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/08/21(火) 23:25:04|
  2. 読書感想文(小説)

創元ライブラリ 「中井英夫全集[9]月蝕領崩壊」感想

中井英夫全集〈9〉月蝕領崩壊 (創元ライブラリ)中井英夫全集〈9〉月蝕領崩壊 (創元ライブラリ)
(2003/10)
中井 英夫

商品詳細を見る

【概要】
中井英夫の日記・エッセイ「月蝕領宣言」「LA BATTEE」「流薔園変幻」「月蝕領崩壊」を収録。
自分をA、同性の伴侶・田中貞夫をBと称し、日常のささやかな喜びや、Bの闘病にまつわる葛藤を書き綴っている。

【感想】
物語ではなく日記なので、ネタバレってこともあまりないでしょうから色々書いてしまいますね。
裏表紙のあらすじにも既に書かれているんですけれど、Bが重病になってしまうのです。

それでもまだ、変なキャラを作る余裕あるんですよ。
耽美で大げさで笑える半分以上嘘っていう幻想怪奇小風エッセイを書けていて。
この芸風、とても好きですよ。

自分の住んできた建物にいちいち名前を付けているようです、黒鳥館、流薔園、月蝕領など。
大まかに言えば、「今度、月蝕起きるのが丁度オレの誕生日だから、その日、月蝕領の主人になるわ!」で事足りることを、長々と書いています。文体も特徴的なので引用しますね。

【その日、おそらく私の生誕したと同じ時間に、月はこの醜い地球の影に徐々に涵され、ついに窮まって暗緑色に輝き出すそのひととき、私はあらゆる手段・あらゆる奸智を弄してでも月蝕領主にならねばならぬことを知ったのである。】

ウザ美麗で良いですね。

現・領主の柿沼氏は、元サーカス団長で、ライオンに右肋骨を二本食いちぎられたというプロフィールを持ち、「月の光で皮膚が焼けるんですよ」と主張する男です。
Aは、すぐに「サーカス団長なればこその美しく凄まじい月光浴だった」と理解します。
その後の、価値観は綺麗だと思いました。

【夜に生き、荒野に生きるこことの意味。
 もともと虎にしろ縞馬にしろ、本当は月の光の中を跳ぶ時だけ虎であり縞馬なのではないか。闇の中に溶けて名づけがたい何者かが、その一瞬に限って名前を与えられ、またすぐ無明の闇に帰ってゆくというのが、それらの生物の正しい在り様なのだから。】

Aは、純粋な探偵小説が書けなくなった訳を次のように説明しています。

【そうだ、私はこの月蝕領の存在に魅かれすぎ、ほとんどそれに同化したがっているといったら、少しは近い説明になるだろうか。】

「そうだ」の時点で、「今思いついた」感が半端なくてしかも意味不明。

そして、Aは、領主・所長である柿沼氏の殺害を決意します。(ここまでほぼ全部嘘。実在の過去作品や作家に関する考察は素だと思われる。)

お約束なのですが、所長の返り討ちに遭います。もう、ワイン出された時点で嫌な予感しかしませんでしたもの。

【所長はなぜか急に冷ややかな眼になっていた。急速な悪寒が私を襲った。
 ・・・・・・・・・・・・・・
「痺れ薬をたくさん仕込んでおきましたから、まあそこで涎れでも垂らしていて下さい」】

そしてAが受ける二つの刑は、「露台に繋がれ全裸で月光浴」と「最後の小説を期限までに書くこと」です。
間に合わなければ「お望み通り月蝕の日に処刑してあげます」とのことでした。
所長はAに変装して原稿を出版社に持っていくと言います。その姿は、どう見ても、A本人でした。そして、書かされているのが、この「殺人者の憩いの家」です、という話。

多分、ウィリアム・ウィルソン、吾輩は猫である(安物のワインを高級品と偽って飲まされていたのに気付かずその気になってたのを密かに笑いものにされてたあたりが似てる)、ファウスト、ミザリー(追記…失礼!ミザリーの方が、後に書かれたものでした。)等が混ざってます。他にも元ネタありそうな珍文でおもしろく読ませていただきました。

所長のセリフが身も蓋もなくて笑いました。

【「いいですか、あなたが探偵小説を書かないのは、ただ怠けているだけだと自分でも分かっているでしょう。だから、私がこうして鍛えてあげます。」】

その前の、「月蝕領と同化したいから云々」は、やっぱりデタラメなんですかね。
「幼いころから自分を、自殺、発狂いずれかで罰したかったけど、もう一つおぞましい手があったではないか、殺人だ。」みたいな事書いてましたけど、見事に全部叶ってゆくと予感させるラストでした。

この次の「ポオ断章」からは、もうすこし柔らかいエッセイになってます。
ポオとボードレールの顔、おでこの鉢が稀代の悪相で、はじめてみた少年時代に身震いした、だって、女好きで浮気者、酒乱、DV男の父親にそっくりなんだもの。という内容はエディプスコンプレックスっぽくて興味深いですね。
結局、Aは、作家達の虜になっています。しかし、父は自分にあのおでこを遺してくれなかったから、彼らの衣鉢を継ぐことはできなかった残念、というオチ。
額の鉢張りと、衣鉢(僧侶の纏う服と鉢、転じて、師弟の奥義伝承の意)が掛かってるんでしょうか。

Aは、本を出しても表立った批評を受けた事がなかったのですが、ある時、若者からの読者カードが殺到するというブレイクを経験します。この時A氏の取った行動が好きです。

【私はあらぬ方向に逃げ出すということしかできなかった。何とかして期待を持たれぬよう、できるだけ興味を持たれぬようというのは僭越すぎるいい方だろうが、そうでもしなければ恥ずかしくていたたまれなかったのである。】

同体験をしたことがなくても想像がつく心境で、可愛いです。実際その立場に置かれたらたまったもんじゃないでしょうけど。素直に喜べる人は、そのままでいてほしいです。

「翼のあるサンダル―あるいは蟾蜍(せんじょ)」は、SF日記状態でした。
要約すると、

玄関前で老人が足踏みを続けてたんだけども、まるで神聖な祭壇に続く見えない階段を上ろうとしているようだった。ひょっとして、この時刻この場所に出現するはずだった階段が、私が居合わせたせいで秩序が崩れ消失しちゃったんじゃないの!?もうちょい時間ずらしたら、老人が空に昇ってく所見られたかもしれないのに。
その後、再会した老人はこう言う、「あんたは儂を二か月に見かけたというが、ここにくるのは十年ぶりじゃし、階段を上ろうとしてたんじゃなくて、地(つち)の中に沈もうとしてたのに。」
「それではまた十年後に…」と云い彼は立ち去った。

というものです。
多分、オレん家の玄関前で老人が足踏みしてるのを見たよ、って所までが実話だと思うんですよ。そこから膨らませてこんな話になってしまったのでは。

「LABATTE」では、テレビ、時事、家族、作中キャラクターの名づけについて、など随筆が続いた後、53本目の「分身」で初めて、Bが登場します。

【分身。
明らかなドッペルゲンゲルの存在など、まず大方は信じないだろうが、私にはそれがいた。いて、くれた。少なくともこの三十二年間はそうだった。】

25歳と26歳で出会い、二人は当時で57~58という所です。

【要するに私は、あと六週で終るこの連載のどんづまりになって、他ならぬ分身の死を克明に記すよう、天帝から命じられたのである。】

【分身、と呼ぶのはもうよそう。田中貞夫。呼び名はB。】

以下、長文に付き、格納。
【“創元ライブラリ 「中井英夫全集[9]月蝕領崩壊」感想”の続きを読む】

テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/07/17(火) 00:52:52|
  2. 読書感想文(小説)

三浦しをん「舟を編む」感想

舟を編む舟を編む
(2011/09/17)
三浦 しをん

商品詳細を見る

【あらすじ】
辞書作りに人生を掛けてきた荒木は、定年退職する松本先輩の為にも、後継者となる社員を探す事にする。
チャラい男・西岡が「辞書向けの人材」として挙げたのは、同社他部署の馬締(まじめ)だった。
彼らは、言葉の海を渡る舟たる辞書「大渡海」を編み始める。

【途中まで、ネタバレなし感想】
本屋大賞1位で映画化も決まっているらしい作品です。
帯やカバー下に、漫画家、雲田はるこ先生による装画が入ってますので、キャラの公式ビジュアルは全部把握できます。

ストーリー的には、辞書作り職人達の生き様を描いた熱血人間ドラマです。
そこに、淡い恋愛要素や夫婦愛、友情、師弟関係もちょっと入っている感じで、「絵があるからライトノベル」というよりは、女性漫画家が青年誌に描く実写化しやすそうな一般小説、という印象です。

目次としてはっきり章分けされているわけではありませんが、複数視点で進行しますから、主人公交代制のオムニバス形式に近いものとなっています。
と言っても、一つの長編を時系列順に進めていますので、難しくありません。

馬締は、変な所にこだわる、キモイと言われる、本ばかり読んでいるが言語化能力が低く他人に考えを伝えるのが下手、髪がぼさぼさしている、リスみたいにせかせか動く、周囲に変わり者扱いされている、など、発達障害の大人っぽいキャラですが、それが辞書作りにとても向いているんです。人間としても、それこそが魅力だと思いますよ。
彼には、現象・言葉の分類、関連付け、整理に美を見出す性質があります。

馬締は、対人スキルが低いのですが、その辺、西岡が大得意なのです。
情報収集や他者のコントロールなど、営業能力に秀でています。
この部署に最初から馬締みたいな人しかいなかったら成り立たなかったでしょう。
各人の長所短所を補い合って一つの物事に取り組んでいくのです。

辞書の手触りにはぬめり感が必要、そんなの考えたことなかったです。
厚みを押さえつつめくりやすい、文字が映える、目に優しい色合い…。印刷や紙も重要事項なんですね。

「恋愛」「愛」の項目で延べられるのは、本当に「異性を慕う」「男女間の」じゃないと駄目?という疑問は、別に作者が腐女子だから出てきたわけでなく、現実にも気になった人いると思いますよ。それ、限定していいの?と。

見出し抜けミスが発覚し入れ直した言葉、そしてあとがきに入れられた名前。象徴的ですね。

度重なる校正、相次ぐトラブル、バイト総動員、途中で別の辞書改訂や他ジャンル百科の作成業務が入る、など、きっと出版業界あるあるなのでしょう。

さくっと短時間で読めました。
読了したら、改めて本書装丁カバーを見直すことをおすすめします。

以下、ファンアート(らくがき)
まじめ 

馬締の後ろに垂れ下がっている紐は、寝ながらにして電気の消点灯ができるようにしてあるもので、作中では「無精紐」と称されています。

【以下、ネタバレあり】
【“三浦しをん「舟を編む」感想”の続きを読む】

テーマ:小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/07/15(日) 17:39:36|
  2. 読書感想文(小説)

竹安佐和記・著 「エルシャダイ原作小説」

↓ゲームのプレイ感想は、こちらのページです。
http://norabako8.blog93.fc2.com/blog-entry-1284.html

以下、小説版についての記事となります。

エルシャダイ原作小説エルシャダイ原作小説
(2012/04/27)
竹安 佐和記

商品詳細を見る

【あらすじ】
大天使ルシフェルは神に背き堕天の道を選んだ。
天界に勝利し、理想を実現するためだ。彼は、かつて冥界の王と呼ばれたべリアルと手を組むことにした。
「話をしよう。あれは、今から三十六万…いや、一万年前だったか。」
ルシフェルは、義人イーノックとの出会い、365年の旅、タワー、堕天使、イシュタール、そして、選ばれなかった世界について語り出す。

【途中まで、ネタバレなし感想】
面白い世界観でした。ユングのアニマや、プラトン哲学※を交えつつの、キリスト教系オリジナル神話SFみたいになってます。物理法則を凌駕してそうだけど、ギリいけそうな気がする、という勢い。
※「饗宴」に着想を得たヘドウィグの曲「愛の起源」しか知りませんけど

では、この本が出る事を知り、購入前に用意、予告していた感想を書きます。

「 そ れ を ゲ ー ム で や っ て !」

この本に書かれた内容を、少し端折ったり、例の画面の端でアクションしつつ影絵や絵巻物風の独自なムービー表現でやりつつ、最後までゲームに収めてたら、もっと評価が高かったと思いますよ。
きっと、神ゲーと呼ばれ、ファミ通で40点満点出したでしょう。いや、それにしてはちょっとトンデモ臭がありますけれども、好きです。

表紙の帯に書いてあるのは、実はどれもゲームの本質と違う事なんです。期待され、話題になった、という内容ばかりで、つまり、ゲームの出来や売り上げと無関係な文句なのです。
しかし、何一つ嘘を書いていません。ここまで、ビジネスと割り切って、売れるように帯を作られるのは、クリエイターにとっても癪に障ることかもしれませんが、手に取ってもらうのが最重要だから問題ないと思います。
著者が自分で考えた可能性もありますし。

私はゲームもプレイしてクリア、操作性、世界観、デザイン、笑い、驚き、キャラクター、音楽、グラフィックの面でとてもお気に入りなのですが、設定資料集をもってしても補完しきれない謎が数多くあり、サブタイトルの「アセンション・オブ・メタトロン」要素が皆無という点で、「完成版ではないのかな」「これで終わりではなく、続きそう」と感じていました。

ストーリーと副題の謎は、原作小説で全部解決ですよ。最初からこの設定だったのか、後付なのかは存じませんが、とても納得いたしました。

ゲームプレイ中、アロマロスの階層をどう解釈していいか分からなかったのですよ。
通常、タワーの各階には堕天使の持つ願いや美意識、技術力なんかが反映されているんですけれども、アルマロスの所は、通常ステージとボス戦で、印象の全く違う作りなんです。
少しゲームのバレをすると、「水」の流れる自然派で美しいステージでして、水ネフィリムなんてものもいるから、てっきり、あれがアルマロスの子供かなぁと考えていました。(堕天使と人間の子供がネフィリム。どんどん成長して共食いをする望まれない命。)
全然違いましたし、これ、原作読まないで想像するのは無理でしたよ。
しかし、ネフィリムの変化にははっきりと法則性があることが判明し、また、アラキエルがなぜゲームに登場しなかったのか分かったことでスッキリしました。

7人いると聞かされていた堕天使ですが、ゲーム本編には4人しか出てきません。その理由と動機は、この本に書かれていました。
ゲームのエンドロールにでも、軽く経緯が分かるようにしてもらいたかったです。
(出ない3人の内1人は、姿はなくとも居所が分かるようになっていた。)
「あれは、ゲーム制作の納期やグラフィックが間に合わなかっただけであり、小説では、7人全員と闘うのかな?」と考えていましたが、そうではなく、小説とゲームは、同じ流れに統一してありました。

この本、予告動画やゲーム本編同様、天然ボケなのか狙ってやっているのか分からないツッコミ所が満載なんですよ。
なにがどうおかしいかって訊かれるとはっきり答えられないんだけど、笑っちゃう、という。
これはもう竹安さんのセンスが炸裂した結果自然に起こってしまう現象なのでしょうか。

ある程度意識して書いてそうだったのは「だが、通路はうんざりするほど長かった。本当にタワーに繋がってるのかもわかりゃしない。」という一文です。
ほ ん と に な 
プレイした人なら分かると思うんですけど、タワー入りするまでが長いのです。
「このゆるいテンポで全編行くのか?(; ・`д・´)」と軽く不安になったほどです。幸い、杞憂に終わりましたけども。
この辺は、メタセルフツッコミかなと思います。

「私にもよくわからない材質でできた足場は」というのを読んで、「これ絶対製作者である著者も分かってないよね!」と感じました。ルシフェルは、興味のないことにはとことん関心がないし、聞いても覚えてない、というようなキャラではあるんですけれども、それを置いといても、竹安さん自身、ステージの材質や動力・浮力について考えてなさそうです。私は緻密な設定を求めるタイプではないので、適当で構いません。

書き忘れましたが、プロローグから先は、ルシフェル目線の一人称小説です。
イーノックは、ゲームではダメージボイスや戦う時の掛け声、それと、二種類のセリフしか言いませんが、小説だと割と喋ります。
性格や口調が想像通りで嬉しいです。また、「ぷろぐらむ」など、聞きなれない未来の技術を発音する時ひらがな表記になるという変に細かい点で、発売前の個人的予想と一致していて、ほんと、妙にキャラが立ってるんだな、と、改めて実感しました。

ゲーム同様、イーノックが戦闘不能になると、ルシフェルが指パッチンして時間を巻き戻し再戦となります。
てっきり、アウト寸前に救ってると思ってたんですが、実際には、イーノックが完全に死ぬのを待ってから戻してたんですね。
それは、ルシフェルなりに理由あってのことでした。
イーノックは作中何度も死にますが、その描写がかなりノリノリの残酷表現になっています。
ルシフェルというより、著者がイーノックに対してドSです。何もそんなにバリエーション豊富な最期を用意しなくてもwというぐらいのB級ホラー的猟奇状態が展開されます。

通常、時間を巻き戻された人はそれに気づきませんしイーノックもそうです。
しかし、体や魂が覚えているというのか、前回危険な目にあった攻撃、タイミング、それを無意識に避けるよう学習しているのです。
ゲームプレイヤーと同じですね。何度も同じ箇所で落下し、敵にやられ、ボスに立ち向かい、それを繰り返す中で、最良の方法を見つけて進んで行ける。
世界の外にいるプレイヤーは、再スタートに気付いているし、痛くもかゆくもありませんが、イーノックはそうではありません。
前のループ残滓を引き継いでいる。これは、イーノックの特殊能力であるようで、人間なら誰でもそう、というわけではなさそうです。

「ぶひいいいいいぃぃ」という鳴き声や「きゃーーーーーー」「うおぉおおお」という叫び声などの表記がなんとも言えない味があります。笑うとこじゃないし、声優さんが演じたら多分普通ですが、ちょい面白かったです。
ナンナの萌え度が増していると同時に、どこか昭和ラブコメの匂いがする口調でした。

神が最初に造って失敗した世界ジュリア、その後作った二つの世界、セタとリュタ。この重要な概念、ゲームでありましたっけ?
イシュタールとも関わる話で、べリアルの重要度が増します。

「まだ本当の力を使えないんだね」という謎の声。その主は本作で明らかになってます。

設定資料集の最後に載っていた天界小説、あれだと、ウォッチャーが1万回近く堕天失敗した所で、堕天参加を渋っていたアロマロスを神が後押しして成功させちゃったっぽくなってましたけど(うろ覚え)、パラレルか、無かったことにして良いのですかね。
ルシフェルも神に記憶いじられてるくさいので、忘れてるだけかもですけど。
もしくは、失敗世界ジュリア時代の出来事であるとか。
私あれを読んで、神(とルシフェル)の暇つぶしにイーノックをプレイヤーキャラに設定して大捕り物させてるだけかなぁと思ってましたが、本当の目的なそんなレベルじゃなかったです。

それにしても不思議な携帯電話です。液晶画面に「神」と表示されるし電波はどこでも届く。ゲームもできてしまう。そのゲームはオフラインなのか、それとも、ソーシャルなのか気になります。オンゲーなら、どの時代と繋がっているのでしょうか。

キャラのセリフやモノローグが大幅に増えているので、ルシフェルさんの鬼畜ぶりが際立って感じられました。
なお、増量分は、ゲームやってて想像ついたものでした。喋れない設定のキャラ含め。
プレイ中は、イーノックやアルマロスへの移入没入感がとても強かったものですから、あれで良かったのかもしれません。
もしも、いちいち美麗ムービーを挟んでベラベラ喋られてたら、「この人私じゃない。」「自分ならそんな事言わないのに。」となり、他人が何かやってるのを、横から見せられるだけの傍観者にされていたかもしれません。

ルシフェルって、繋がっていない過去と未来さえ、行き来してませんか。
その間はどうなっているのでしょうか。どこかに世界変更線や時間断層がありでもしないと、80年代にデヴィッド・ボウイは出現しないと思うんですけど。
というわけで、暫定的にですが「紀元前に何がどうあろうとも、キリスト生誕以降は、今のルートにしかならないと決まっていたのだ」と思う事にします。もしくは、「世界がどうなっても80年代になれば、ボウイは絶対活躍する」。

巻末に、著者による「良く分かるエルシャダイの世界観」が手書きの文字と絵で描かれてます。
台詞も筆跡も絵柄も実にゆるく、読む者を脱力させるパワーに満ちているわけですが、この方、キャラクターデザイナーだし、表紙、口絵、挿絵、描いてる張本人のはずです。

ゲームならここでエンディング、という所で続いた!と思ったらすぐにタワーに関する重要な真実が明らかになります。この数ページでそこまで行けるなら、なんとかゲーム本編に押し込んで下さい!wと思いました。
でも、できるならばやはり、原作最終章まで詰めてもらいたいですね。
そうでないと、なにがメタトロンなのか分からないので。

同一人物による二人称の表記ゆれ「君」「キミ」は、初版だし、さほど重要ではないから別に良いです。発音や精神状態の違いを表してるのかもしれませんし。

【以下、ネタバレあり感想】
【“竹安佐和記・著 「エルシャダイ原作小説」”の続きを読む】

テーマ:考えさせられる本 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/06/10(日) 01:14:54|
  2. 読書感想文(小説)

谷崎潤一郎「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」感想

陰翳礼讃 (中公文庫)陰翳礼讃 (中公文庫)
(1995/09/18)
谷崎 潤一郎

商品詳細を見る

【あらすじ・概要】
谷崎による昭和5年から23年にかけてのエッセイ。様々な雑誌媒体に載ったもの。
表題作ほか全6章。連続性はないし、時代もバラバラ。
「陰翳礼讃」では、日本人独特の影や闇に対する美意識について考察している。
その他、私にも猫のしっぽがほしい、偽名にて三等船室で旅をするのが好きだ、日本古文には珍しい女のサディストの例を紹介しよう、厠、能、ものぐさについて…など様々な事について愉快な考え方をするおじさんの文章。
ハイカラな外来語が多く、かなり柔らかい文体。気軽に読める。

【感想】
開始からいきなり面白いです。
昭和8年の時点で、懐古・純和風趣味の人が居たのですね。西洋の文化や技術が入ってきてから大分経ってますから、わざと意識してやらないと昔ながらの日本風にならないようです。
彼らを悩ませるのは、ストーブや電気ランプ、瓦斯(ガス)、水道、電池の存在とその配置です。
和風家屋にこれらをどう合わせるかが考え所で、中には、屏風の後ろの電気コード類を這わせてみたり、押し入れにスイッチを隠したりする人もいたそうです。

それに対し谷崎さんの考えは大まかに言ってこうでした。
「我々は、とっくに電燈見慣れてるんだから、いっそシェードつけて球丸出しの方が素朴じゃないか?」
たしかに。今でこそ、裸電球って質素で昭和、というイメージがありますけれども、その時に発想できてたのは進んでますね。現代でも、お洒落なインテリアとしてあえてやってるお家や飲食店もあるでしょう。

西洋の陶器や壁や照明は、なにもかも明るくて白過ぎるのだと言います。ついでにいうと、精神的にも物理的にも暑苦しい。(帝国ホテルの間接照明はギリおkでも、夏はもうちょい暗くて良い)
日本人は、暗い所に住むことを余儀なくされたせいか、その中に美や畏れなど独特なものを見出したのではないか、闇の中でこそ魅力的に見える文化を産んだのではないか、そのような事が書いてありました。
その例として、女性のお歯黒や、能、人形文楽、床の間等が挙げられています。

日本人は、どんなに白粉を塗ったところで白人女性の白さにはなりません。しかし、闇の中でほのかな明かりに照らされ歯を黒く塗った女性は、どんなものよりも真っ白な肌に見えるのです。(あくまでも谷崎の自説だと思う)

能の舞台は、歌舞伎に比べて暗いそうなのですが、昔の生活空間や武将の時代は、本当にこの程度の明度しかなかったんじゃないかなぁ、と過去に想いを馳せやすいようです。
そんな中、若い男子役者の唇が、そこらの紅引いた女性より蠱惑的であることについて考えを巡らせる著者。少年の頬の赤さが目立って見られるのは経験上、緑系の服を着ている時で、色白の子より、肌の色が黒めである方がその傾向が強まる、という旨述べています。
その「経験」が偏ってる気もしますけど、緑と赤は補色ですから、観察眼は確かのようです。

以前から、先生の「NTRれ(寝とられ)、女性の足フェチ、ドM」などの属性は聞き及んでいたのですが、少年や武将にも色気を感じるとなれば、いよいよ性のオールラウンダーですね。
陰翳について言えば、

【歌舞伎劇の美を亡ぼすものは、無用に過剰なる照明にあると思った。】

そうです。
昔の名女形だろうと、近代照明にさらせば男性的なトゲトゲしい線が強調されてしまう、適度な暗さがそれを隠してくれてたんだろうからと。
実際には、煌々とした光の下でも、上手で美しく色気のある女形はいそうですけどね。

文楽人形には、顔と手しかありません。体は衣装に包まれ中身は心棒です。これこそが、真実の女に近いのではないか、と、さも当たり前の事であるかのように書かれる谷崎先生。
たしかに暗いと手と顔くらいしか見えず他は闇にまぎれているのですから、見えないかもしれません。だからと言って、女には胴体がない、ほどんど肉体を持たない存在、ほの白い顔さえあれば良い、というような特殊な発想と表現はなかなか出てこないですよ。
どこか猟奇的で欠損フリークス、人形愛好者の匂いがします。
ちなみに、この流れで、自分の母親について想い出して居る部分がありました。
顔と手、足以外の記憶はない、と。
何気に「足」を追加している所が、さすがだと思いました。

谷崎さんは、西洋文化を拒絶しているわけではありません。衛生面、実用性を評価しています。
トイレの場合、タンク、タイル、陶器の便器、というのが西洋的であるわけですが、一方、「風雅」、「花鳥風月」から縁が切れてしまうことを嘆いています。
ですから、自分好みの陶器を作ってそれを水洗と組み合わせたいんだけど、手間がかかりすぎるからやらなかったそうです。
要するに、西洋技術を取り入れるのは構わない、しかし、なぜ日本人の気質や生活様式に合わせて改良しないんだろう、と思っているわけです。
もし、日本が独自に発明していたら、もっと使いやすく感覚に合ったものになっていただろうか、そう考える内に、ひょっとして我々は、西洋人とは視点が違うからして、そもそもの光線や電気、原子というもののあり方や機能も、教えられてきた物とは違うのではないか?という想像に発展します。学問に詳しくないと、断ってはいますけれど、「谷崎の妄想で宇宙の法則が乱れる!」感が面白かったですし、イメージは自由ですからね。完全に間違ってるとも言い切れないものがあります。

床の間についての文章も良かったです。先人は天才だと。
飾り気のない部屋を、新鮮な壁と木材を持って一部凹ましただけで、光が影を作り、その一画だけに幽玄さ、神秘が生まれるのです。不気味なくらい静かに感ぜられ、そこらの壁に掛かってたらたいしたことない掛け軸や絵でも、特別に見えます。
寺の宝物と言われる掛け軸などは、大抵とても暗い所に掛けられているから、ほとんど見分けもつかないのに、さぞすごいのだろうと思いつつ眺めると、不鮮明さが丁度良く、立派に感ぜられる。…割りと、絵や書の作者と寺に失礼な事言ってるわけですが、「陰翳の秘密」を冗談めかしつつ本気で書いてるようで、好きです。「そう言われたら分かるわ」、という説明の上手さがあります。
床の間に光をあてたら、そこは、ただの空白になります。

「陰翳礼賛」の次章「懶惰の説」では、ものぐさ、怠け者について書いています。
ここで笑った文章は

【ジャン・ジャック・ルーソーの思想は、幾分老荘のそれに相通うところがあると云われるが、私は、実は、それこそ怠け者のためにまだ「エミール」一冊すら読んだことがないので何んとも言えない】

です。
他にも、情報源(ソース)のいい加減な箇所が多くて面白いです。

【かつて故芥川君か又聞きしたのだが】【志賀君が故芥川龍之介から聞いたと云って話された話に、】

又聞きの又聞き。もう噂レベルですよ。ただ、そこに登場するのが超有名人な所がすごいですけど。

「恋愛および色情について」という章は、予想に反して足フェチNTR方面は抑えてましたけど、SM絡みは嬉々として古文を引用していました。
女性が男の人をいたぶっている文章を長々と。

日本と西洋の女性を比較する中で、なかなかその言葉は出てこないよ、と感心したのが以下の部分です。

【結局彼女等(※日本人女性)の美しさは和服の着こなしや化粧の技巧ででっち上げたもので、弱々しい綺麗さはあるにしても、真に男子をその前に跪かせるような崇高な美の感じはない。】

咄嗟に「跪かせる」という単語の出るあたりが素敵。

その少し前に【清少納言が宮廷においてしばしば男子をヘコました話は枕草子を見ても分かるが】とありました。
「ヘコます」って今と同じ意味で使ってたんでしょうか。

画家の描く女は全部顔が一緒。髪型や服装、職業が違うだけ。理想の女を描いてる。そしてさらにそれらに共通の典型的な美人像があったのだろう。描き分け技術がなかったのではなく、個人的色彩を消すのがたしなみと信じてんじゃないか。と書かれてます。
概ね、現在のハンコ絵と揶揄され、または自称する(?)萌え絵師と似たようなものだと思ってよいのでしょうか。

どの章でも、西洋、特に白人に対する憧れと劣等感と優越感と嫌悪がないまぜになっているようで、こういうのをまさに白人コンプレックスというのでしょうね。
コンプ~は、何も、劣等感だけを指す言葉ではないので、この複雑な感情の渦巻きっぷり、どうしてもこだわっちゃって無視できない対象感が、まさにコンプレックスだなと思います。
黄色人種じゃあの白さには到底かなわない…としょげてるかと思いきや、白人は見るものであって触るものじゃないんだよ。女でもうぶ毛ぼうぼうだし、肌はぶよぶよで手ごたえないし!みたいなディスりもしてます。
肌理の細かさなら日本人の方が勝ってるよと。

西洋には、当時「色気」に該当する概念がなかったようです。一応「イット」という言葉はあるんだけど、日本のそれとは大分違うニュアンスのようです。全裸の白人女性に見慣れたら、それは人を挑発しなくなるだろう、ということでした。
明るくて健康的な素っ裸は、色気ないですもんね。「セクシー」だと置き換えできないんでしょう。

「客ぎらい」という項目では、当時60歳を過ぎていた谷崎が、猫のしっぽを生やしたいなどと世迷い事を言っています。
というのも、来客対応が面倒なので、机に向かって背を向けたまま、尻尾で相槌を打ちたいのです。

【私は恰も自分が尻尾を生やしているかの如く想像し、尻がむず痒くなるのである。そして、「はい」とか「ふん」とか云う代わりに、想像の尻尾を振り、それだけで済まして置くこともある。猫の尻尾と違って想像の尻尾は相手の人に見て貰えないのが残念であるが】

大変アホですが、知的ユーモアがある、とも感じます。自分の厳ついルックスと年齢を考慮しつつ、あえてのギャップで笑いを取ろうと言う算段でしょうか。

彼は、交際嫌いになってから、無口になったようです。
人と関わらなくなったきっかけは、田舎臭い事が嫌い→だから書生臭いことも嫌い→文学論や芸術論を戦わせる事が滅多にないし、文学者は朋党を組む必要がなく、なるべく孤立している方が良いと思っていたから、だそうです。その信念は、その後も変わりませんでした。
学生時代までは、話し上手だった、とあり、別に別に口下手で疎外されてぼっちになったのではないようです。
積極的に孤独を選んだのだ、という主張なんでしょうね。

ところが、喋る機能を使わなくなったら、本当に衰えてしまい、言葉が湧いてこなくなってしまったのでした。
だから、日常生活で何が一番つらいかって言ったら、訪客の相手だよ、ということで、先ほどの猫の尻尾欲しい、という願望に繋がるのです。
猫しっぽケモノ化志望の男性(63)。

次が、「旅についてのいろいろ」。
このあたりを含め、現代人でもあまり使わないんじゃないか、という外来語をよく使用してます。
一般に浸透していたのではなく、直接交流のあった外国人から、あるいは、海外文学やその翻訳本で学んだ言葉なのでしょうか。「サーヴィス」は良いとして、

【その家をスポイルすることはない。】

という用法はハイレベル(?)です。「スポイル」は、駄目にする、台無しにする、というような意味らしく、ならそう書いた方が早そうなものですが、谷崎的にはしっくりくる言い回しだったのでしょう。
メモっておいた、その他のカタカナ語を羅列します。

【ゴーストップの信号】【ドライヴウェー】【レフレクター】【(「哲学者の石」と書いて)フィロソフィアースストーン】【アルケミスト】【胴体のスタッフを成しているのは】【ホリー・ウッドのキネマ・スター】【甲子園のスタンド】【スポーツ】【スピードアップ】【ドーア(ドアの事)】【ビルディングの冷房装置でもヤラレる】【アット・ホーム】【ノンストップ】
中には、まだ、日本語版の語彙がなかった物もあるのかもしれません。

「スピード旅行」の逆として、できるだけ長い時間をかけて狭い範囲を旅行するのはどうだろうか、と提案してます。
小説家とバレて先生扱いされるのはキマリが悪いので偽名で旅行をしており、そういう意味においても三等船室が好きだったようです。谷崎を知らない人が、旅の良い道連れになってくれることがあるんですね。
偶然乗り合わせた他人の話を聞くのもよいもので、小説家に限らず、政治家、実業家、宗教家にもおすすめとのことです。

谷崎さんご自身は、電車でもよく眠れる派ですが、停車の度に起きてしまう人もおり、あるいは反対に、寝台列車の揺れに慣れてしまって癖がつき、自宅ベッドの下にモーターを据え付けてしまう人まで現れました。
…最後のエピソードは眉唾ものですね。情報元がぁゃιぃ著者ですから、誰かの冗談を半分真に受けて書いたか、それとも、ギャグとして書いているのか。単なる実話だったらごめんなさい。

最終章「厠についてのいろいろ」は、感想を省略いたします。
ひとつお伝えしたいのは、「ご飯を食べながら読まないように」。
先生、もう一つ、厄介な性癖持ってらっしゃる気がします。

楽しい本でした。

テーマ:こんな本を読んだ - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/06/09(土) 17:47:42|
  2. 読書感想文(小説)

カレル・チャペック作 千野栄一訳「ロボット(R.U.R)」

ロボット (岩波文庫)ロボット (岩波文庫)
(2003/03/14)
カレル・チャペック

商品詳細を見る

【あらすじ】
R.U.R社(エル・ウー・エル=ロッスムのユニバーサル・ロボット)会長の娘、ヘレナ・グローリーは、人権連盟の者として、ロボットの保護、解放を訴える為に生産工場を訪ねた。
この会社の従業員は、役員を除いて全員ロボットである。

【途中まで、ネタバレなし】
巻末解説によれば、著者がこの戯曲のプロットを思いつき、「人工労働者」の名称をどうしたらよいか、画家の兄に訊いた所「ロボット」という答えが返ってきたそうです。
新造語「ロボット」の誕生です。
出来立てのこの概念で書かれたはじめての物語でしょうに、それ以降現在に至るまでの、ロボット、人造人間、メカを扱った作品の鉄板、ベタ、雛型、テンプレ―トと言えるような命題は、非常に高いレベルで網羅されてます。

ロボットには、心があるのか?もし彼らに自我が目覚めた場合、どんな行動をとるのか。機械に人権はあるか。人間の労働をロボットに押しつけた場合、双方にどんな変化が生じるか。人間が人間を造る事は、神になり替わろうとする大それた行為であり、神への反逆ではないのか?ロボットの知力が人間を超えたらどうなるか。愛とはなにか。

「ロボット」の語源には、賦役、労働、というニュアンスがあるようで、チャペックが、「働くことはできるが考える事のできない者」の呼び名として設定したというのも頷けます。

冒頭では、機織りや計算は人間らしくない無駄なこと、喜んだり散歩をしたり楽器演奏を楽しむのが人間らしい大切なこと、という風に述べられています。
ですから、その不必要な労働を、心がない機械に任せてしまおうというのです。

しかし、いざ、労働をしなくなった人類の身には、とある変化が起きてしまいます。これは、以下のネタバレゾーンで。

生活様式の転換は、心理面にも影響を及ぼしました。建築士アルクビストは、常に不安を抱え、それを足場に上がっては、ひたすらレンガを積むことで紛らわすようになったのです。
神様、疲れを下さってありがとうございます、人間に心労と労働をお戻しください、と祈りながら。
その一連の作業を非生産的とされた彼は言います「非生産性こそ、ヘレナ夫人、人類に残された最後の可能性になりつつあるのです。」

嵐の時、病気の時、誘惑をふせぐ時、大水の時のお祈りはあるが、進化をふせぐ時の物はない。というやり取りが興味深かったです。
人間は、ある種の究極進化を遂げ、食べ物に手を伸ばすことも起き上がる必要もなくなりました、ロボットがまっすぐ口に押し込んでくれるからです。
そして、全世界はいまいましい楽園となりました。

ロボットには男性型と女性型があります。女性型ロボには、スラという男性名がつけられていたりします。しかし、ロボに性はありません(?)。
では、なぜわざわざ女の形に作ったのか、その答えはこうです。女中、売り子、タイピストなど、一般的に女性がやる仕事とされているものに、人間が見慣れていて需要があるから。

ヘレナは、せっかく女性型に作られたロボット、特に自分と同じ名前を持つヘレナが、自分の美しさも、恋も、子を抱くことも知らない、ということが哀れに思えて、ガル博士に改良をお願いします。
このことが、後々、思わぬ影響を招くのですが、役員達がロボ改良の主犯を探す場面、ガル博士がヘレナをかばっているのか、「私が独断でロボットの生理的関係素を弄ったのだ」と言い張ります。
序盤から「役員全員がヘレナを愛してる(?)」という唐突な前提があるのですが、それを抜きにしても、ガルには、「進化を追及したい、持てる技術を発揮したい、この偉業を成したのは私だ」というマッドサイエンティストめいた悪魔的発想があったのかもしれません。

表紙に書かれたロボットの記号的イラストを見ると、いかにも機械のようですが、作中では、人間とほぼ同じ体組織を持つ生身の者として描写されています。

これは、戯曲ですので、初演時の役者の写真が載せられています。ロボットキャラクター達は、服装や無表情さ、立ち居振る舞いこそロボット然としていますが、コードが露出しているとか、金属的外装に覆われているとか、そういう機械らしさは全くありません。
ですから、ヘレナは最初、ロボ女性を人間と見間違えたし、その後登場する役員の男達をロボットと勘違いしたのです。

バイオロイド、ホムンクルス、レプリカントと呼ばれるものに近い存在ですので、今日思い浮かべるロボとは大分様相が違いますね。
彼らには、心がないとされていますが、時々動作不良を起こします。
それは、けいれんしたり、狂ったような行動をしたり、歯をがちがち言わせたりするというものです。
ヘレナはすかさず「それは魂だわ!」と指摘しますが、役員は、器官の故障、製造上の欠陥を持つ不良品として粉砕機に放り込みます。
これらの描写を見るにつき、自意識というのは、不安や恐怖とほぼ同時に生まれているのかもしれない、と推測されました。

ロボットには、苦痛を感じる神経だけを与えてあります。痛みがないと、自分で作業機械に巻き込まれて怪我をしたり死んでしまったりするからです。もちろんその機能によって、ヘレナの願うような「幸福」がロボに訪れることはありません。

役員の中で、最もロボットの製造過程に疎く、また一人だけ得意料理がないなど、能力が低いように描写されてたのが、上述の建築士アルクビストです。
自ら無用な労働を求めた彼は、「壁職人」となる度に、わざわざ服を着替えていました。ヘレナは、彼の作業着姿をかわいいと言います。物語の鍵は、このアルクビストが握っています。

「ロボット」という言葉の歴史が始まってから一発目にコレって、後の作家は何を書けばいいんだ、というくらいやりつくしてます。ただし、当時はネット、電脳、ナノマシンといったサイバーな発想はあまりなかったらしいのが救いですね。IA、人工知能、は言葉こそ出ないですけど、ロボが自律行動取っている以上、盛り込んであるのでしょう。あまりに生体回路というか、多分、脳と神経そのものですからコンピュータ感ないですけど。

【以下、ネタバレあり感想】
【“カレル・チャペック作 千野栄一訳「ロボット(R.U.R)」”の続きを読む】

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/06/03(日) 10:05:49|
  2. 読書感想文(小説)

クラフト・エヴィング商會 「ないもの、あります」簡易感想

ないもの、ありますないもの、あります
(2001/12)
クラフト・エヴィング商會

商品詳細を見る

【あらすじ】
「先輩風」「針千本」「転ばぬ先の杖」など、良く聞く言葉だけど実際見たことはない、そんな商品を取り扱ったお店がある。
本書は、イラスト入りのカタログであり、商品説明や使用上の注意も書かれているので、購入の際はお気をつけて。

【感想】
今、手元に本が無いのでうろ覚え感想です。

「先輩風」は、単なる香水にしか見えません。その他の商品も、形状的にはそこらにあるものと変わりませんけど、あくまでも、「ないもの」を具現化した商品なのです。そう、言い張っています。
「先輩風」の場合は、シュッと吹かせるのに効果的な場面、多用しすぎた場合のリスクなどが書いてあったと思います。
人間は、生きていれば誰しも先輩になるのです。しかし、同時にすべての人が後輩でもあることを忘れてはいけません。

このように、商品説明を模したエッセイとなっております。
ありがちな痛い言動、人の起こす過ちなどを丁寧語で、オブラートに包みつつ辛辣に書いていて、ブラックユーモア・風刺として笑えるものとなっています。
良い濃度の毒で、まさに、慇懃無礼というはそういうことなんだろうな、という内容です。

人間関係のトラブルを避ける上で、有効な戒めになるでしょう。

他にも、絶対に使わないという事においてのみ有効な品もあったり、生きている内に中身を見てはいけないというアイテムもあったりします。

お客様へのお願いと称し、下手(したて)に出ているようで、言ってる事をフランクに翻訳すれば、「おまえの人生は思ったよりもしょぼいものだと知ってがっかりするかもなw」だったりします。
しかし、キツイ冗談の裏に、だから、後悔せぬよう精いっぱい生きろよというメッセージを感じさせるなど、ただただ人を小馬鹿にして笑いものにするのとは、一線を画していそうです。

「金字塔」は、細長い塔として書かれてましたけど、実際にはピラミッドですよね。
ここでは、「金字塔を打ち立てる」を具現化しているので、ピラミッドそのものではなく、「後世に残る偉業」を表しています。ですから、このタワー型でもいいかな、と感じました。より、「それっぽい」です。

「針千本」飲ませる、の絵には静かな狂気と迫力がありました。普通の縫い針が夥しい数並べてあるのです。平面図を真上から見ただけ。重ねて置いてある高さのある絵よりもよっぽど何らかの意図を感じます。
他の商品図ならこの枠内に収まっている、という領域をはみ出してました。
この量を…約束破りとはこんなにも責任重大なのか…!と視覚化されたインパクトありました。

「舌鼓」「相槌」あたりは、音がうるさそうなグッズです。
相槌を打つ適切なタイミングについても、指導が載ってたように記憶してます。

厚みが少なく、文字も多くはないハードカバー本で、装丁が面白いです。
帯に見えるものは、実は、表紙カバーを下から外側へ折り上げたもので、それを一般的な書籍同様、本体に折りこんであるのです。

この本の存在は、前から知っておりましたが、クラフト・エヴィング商會という著者名を見て、すっかり洋書と思い込んでました。
ですから、読み始めてすぐが「堪忍袋」の項目だったので違和感を覚えました。クラフト~は、日本人のデザイナーユニットのようです。

「存在しない物」を「在る」という前提で、しかも目録のように淡々と紹介するという手法は、ギリギリSFの範疇かなと思いました。
SFは、架空の未来技術や超科学を用いてはいるものの、物語自体は、リアル世界・歴史の縮図であることや、現代風俗を皮肉っている事が多いので。

テーマ:児童文学・童話・絵本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/06/02(土) 05:45:32|
  2. 読書感想文(小説)

アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」感想 羽田詩津子・訳

アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)アクロイド殺し (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)
(2003/12)
アガサ クリスティー

商品詳細を見る

【あらすじ】
医者のジェームス・シェパードは、歳の離れたうわさ好きの姉キャロラインと暮らしていた。
ある日シェパード家の隣に越してきた外国人が、突然塀ごしにかぼちゃを投げつけてきた。その風変りな隣人こそ、名探偵エルキュール・ポアロだったのだ。
ある日、シェパードが、深夜に電話を受け駆けつけると、村の大地主ロジャー・アクロイドが死んでいた。
ロジャーの義妹セシルの娘フローラ・アクロイドは、ポアロに推理を依頼する。

【途中まで、ネタバレなし感想】
以前、通りすがりのミステリファンから「アクロイド殺しは読みました?まだならぜひ。あれは、一回読んだら絶対に忘れられないトリックですから」と言われていたので気になっていた本です。
<「ミステリが読みたい!2010年版」が選ぶ海外オールタイム・ベスト・ランキングforビギナーズ>の第7位で、帯には、「このトリック、許されるのか?空前の議論を巻き起こした問題作。」とあります。

個人的には、ものすごく許される、これは読者に対してとてもフェアです!と思いました。推理の為の材料はすべて書かれており、また、解決編の前に自力解決可能なように作られていましたから。
私はいつも、探偵が犯人を指名するまで、誰の仕業か見当もつかないのですが、今回は、名指しの3章前に真犯人が分かりましたから、ちゃんとできてたんですよ。それでいて、巧妙に隠されている。

村の名士が殺され、親族、その婚約者、すべてが怪しい容疑者だらけのお話。屋敷には沢山の使用人が。
実に古典ミステリらしく読み応えがあります。

各人、少しずつ嘘をついています。それぞれが後ろ暗かったり不名誉だったりする隠し事をしているのです。
それは、アクロイド氏の殺人事件と関係ないものですから、それを明かした方が容疑を免れるのです。
それでも人間、言いたくないことってありますものね。
ポアロはそれを穿り返します。しかし、なにも皆に恥をかかせて貶めるためではありませんし、結果としては、好転することが多かったように感じますよ。それが罪であっても、一人で抱え込むよりすっきりします。人間関係も整理される感じがしました。

物語はシェパード視点で進行します。
これは、探偵ものだったら良くある構図ですね。
作中でも、シェパード自ら、「ポアロがホームズで、私がワトソン」と述べているほどです。自覚的にやってたんですね。
ポアロは、シェパードを含む周囲から、とても滑稽に見えるようなんですよ。エラそうに胸を張る仕草とか、見ていて笑いをこらえるのが大変みたいです。

↓イメージ図

( ー`дー´)キリッ「私の灰色の脳細胞がね」

(( ´∀))((´∀`))((∀` ))「ぷーくすくす」「ハライテー」「バロスwwww」

シェパードのお姉さんキャロラインが大変良い性格をしてまして、面白く魅力的でした。
彼女は、人の噂話が大好きで、余所の家庭の事を根掘り葉掘りきくのです。
さらには、独自の解釈と陰謀論と的外れな推理をまぶしてご近所様に吹聴するのです。
傍迷惑なのに嫌いじゃないですこういうお姉さん。
姉は、急な来客のポアロがベジタリアンだということで、調子を合わせて出任せに肉食批判をしていましたが、本当はその日、骨付き肉を食べる予定でした。そして、彼女が菜食主義者ではないことを、ポアロは簡単に見抜いていたのです。
そうとも知らずに上っ面を取り繕うキャロラインは、間が抜けていてかわいいですが、ゲストに対して礼儀を通そうとしている点で好感持てます。変に気を遣われてもポアロは心苦しいでしょうけど。

↓姉弟の会話がいちいち可愛かったです。

姉「自分の悩みを誰かに打ち明けられると、とても救われる気がするものなのよ(^O^)」
弟「自発的に話させてくれるならね。無理やり聞きだされて嬉しいかどうかは、また別の問題だよ(-_-;)」

厳格な独身女性家政婦の鉄のような自制心にヒビが入って表情が変化、その後赤面する所に萌えました。

メイドさんの描写が多いです。お屋敷だけでなく、どこの家にもメイドや家政婦がいるのです。
きっと、中流以上の家において、家事は、お母さん・女主人・女性の仕事ではなく、メイドさんを雇うのが普通なんですね。
メイドのエプロンと訓練された使用人の職業意識が、事件解決への鍵の一つになっています。

「最近のメイドはお仕着せの帽子とエプロンを付けたがらないものが多い」という話があるので、ちょっとだけ職業婦人の意識が変わってきたそういう時期だったのでしょうか。

「近頃の若い女の子の読む小説がひどくって」、みたいなセリフもあったはずです。これは今でもそうだし、ずっと昔から言われてることなんでしょうね。

ポアロは、実況見分や、誰かへの質問をする時に、わざとダミーの目的や意図を見せて本当の狙いから意識を逸らすように誘導するんですよ。
その手腕が非常に名探偵っぽくてよかったです。

当時、西洋で麻雀が流行っていたのでしょうか?
ポアロ抜きで麻雀をしている場面があります
生まれて初めて、手元に配られた時点で役が完成している天和(テンホー=Heavenly Hand)で上がったシェパードがテンション上がりすぎて、ポアロとシェパードしか知らなかったイニシャル入り指輪の話をしてしまうのが笑えました。
あれは、誰が誰に送った指輪なんだ!?と一同大盛り上がり。
シェパードは「あれ、言わない方がよかったかなぁ…」と次の日に漸く気づくのでした。
この辺、麻雀ギャグ小説でした。

それにしても、ポアロとシェパードの出会いが衝撃的で笑いましたよ。
ポアロの変人キャラが一発で印象付けられました。ポアロの投げたカボチャは、シェパードをかすって地面にグシャーーーですからね。直撃してたら危なかったですよ。
しかしこの人、ただのカボチャ投げ男じゃないんですよ。頭の良さがずば抜けてます。

事件当日の怪しい訪問者、最有力犯人候補者は事件当日から失踪中、アクロイド殺害の動機を持つ者は沢山。
この状態で、ポアロは、真犯人を探り当てるのです。
その犯行動機とは。

コミカルかつ緻密、複線も自然で面白いお話でした。

【以下、ネタバレあり感想】
【“アガサ・クリスティー「アクロイド殺し」感想 羽田詩津子・訳”の続きを読む】

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/03/20(火) 01:13:54|
  2. 読書感想文(小説)

辻村深月「ぼくのメジャースプーン」

ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)ぼくのメジャースプーン (講談社文庫)
(2009/04/15)
辻村 深月

商品詳細を見る

【あらすじ】
ぼくは、ふみちゃんと友達なのが自慢だった。ふみちゃんには、クラスで特定の友達はいないし、眼鏡と歯列矯正器具をつけていてみんなにはブスと言われている。だけど、沢山の事を知っているのだ。
ぼくには、特別な力がある。それは、「●●しろ。そうしなければ、▼▼するぞ。」という言葉で人に強い暗示を掛ける魔法の言葉をつかえる事だ。
ある日、小学校に侵入した男が事件を起こす。
その一件で、ふみちゃんは言葉を失い心を閉ざしてしまう。
その男に「力」を使おうと決めたぼくは、対決までの数日間、同じ力を持つ先生の所に通うのだった。

【途中までネタバレなし感想】
ニンテンドー3DS用ゲーム「Newラブプラス」の中に読書月間というイベントがあり、私のカノジョである凛子シナリオでは、「ぼくのメジャースプーン」が課題図書でした。プレイヤーは、ゲームとは別にリアル世界で本を買って読むことで、ゲームの中のカノジョと一緒に本を読んでいる気分を味わえるという企画です。
私が買った表紙は、ラブプラスコラボ表紙でした。そのカバーの下には、もともとの文庫用カバーがありますから、美少女の描かれた本を人前で読みたくない人にも安心の設計となっています。

以下、内容感想。

途中、ネット掲示板の描写があります。また、最初に起こる事件の内容も含め、以前読んだ他のメフィスト賞作家の作品と似たモチーフでした。
なお、別にメフィストじゃなくても、1995年以降、特に2000年代の現代日本を舞台にした小説ならば、ネタにされることの多い設定ですね。それはもう、空想やSFではなくて、単なる現実、日常なので。
しかし、そこから先の描写、展開は、完全に作者それぞれの個性となっており、このお話もすごかったです。

動物虐待要素があるので、本気で苦手な人は非常に不快でしょうし、トラウマになるかもしれませんから読まない方が吉です。
フィクションと割り切りれる人だけどうぞ。
ただそのショックを無効化するか、傷を癒すくらいの勢いもある力強い物語です。

非常に心を揺さぶられるお話でした。 
物語に引き込む力が強いので、数時間で一気読みしました。

神話的、仏教的哲学の問答が多く収録されています。
動物とペット、殺してよい生き物とそうでない生き物の区別について、復讐の是非、空しさ、被害者と加害者、「器物破損」の定義、法律や倫理の限界、いじめような罰、無力感、現実を消費することについて。
主人公の「ぼく」は、10歳の頭で一生懸命考えます。
肉食に関する会話の応酬は、ちょうど宮沢賢治「ビジテリアン大祭」で描かれていた領域と被ります。菜食主義者の祭典において、異教徒(肉食、雑食者)たちが行った客観的(かつ、嫌味で感情的)な主張、それと近いものとなっています。
引用されていた「豚のいた教室」は、同じドキュメンタリーを見てガチ凹みしてましたよ。先生は、ぼくに結末を話しませんでした。
他の、元ネタとしてあげられる書籍や番組も、ちょうど見たことあるものばかりでした。

明記されていない箇所でも、何気に仏教モチーフでてきますね。突然広がる枯れ蓮の池です。偶然かもしれませんが。
蓮の並び方が偏っているように感じる。月がCGみたいに見える。現実の物はバランスが悪いから、自由に配置できるように人間は進化しているのかもしれない、という内容が書かれていました。
これ、身に覚えがありますね。紅葉を見ていると、大抵朱色と黄色のグラデーションなのに、一本だけ葉の配置が飛び飛びでおかしく、色もR255 G000 B000 みたいな真っ赤一色塗りの木があったりするので、「あれ、下手すぎるだろ!」「もし絵でああいうの描いたら、『そんな不格好な木は自然界にないから』って修正されるよ」「やっつけのラフみたいな木」って言った事ありますもの。
目に映るものだけでなく、心や倫理や価値観、美意識も、人間にとっていい塩梅になるように研究、調節されてきてるんでしょうね。それは、正解がなく、時代や空気によって変動するのでしょう。

ぼくと先生は、お菓子を食べます。そのお菓子は、分量を間違っておりまずいことが多いようです。

タイトルのメジャースプーンというのは、料理やお菓子に使う計量スプーンの事です。
ぼくは、ふみちゃんからその形をしたスプーンを一つもらっていたのでした。
物語において、スプーンは、悪意を掬う、適切に扱う、と言った用途の比喩として登場していたようです。
さじ加減一つ。どこに基準を置いて使用するか、難しい問題です。

秋山先生は、穏やかですが、笑顔系鬼畜の匂いがしました。
かなり残忍な実験も過去に行っているのです。言葉による魔法の法則性を試していたんですね。同じ人にも言葉はきくか。その人の意志でできる以外の事は命令できるか。
ダブルバインドも有効です。「空を飛んでみろ。さもなくば、ここから飛び降りて死ね。」言われた方は、死ぬしかありません。魔女審判のようなものですね。水に沈めて死ななければ魔女だから死刑、水に沈めて死んだら人間だった。という。

とある事件の犯人は、悪意の塊なのですけれども、読んでいて恐ろしかったのはクラスメイト達、ぼくとふみちゃん以外の人間が持つ悪意です。
意地くそ悪く、人を嘲り、利用して用済みになれば捨てる、愚かなことを悪気なくやってのけたりする。でもそういう事を平気でできる人間の方が、上手いこと繋がって、幅を利かせて、要領良く進んでいける、そんなリアルさがありました。

ぼくは、犯人に魔法を使わない事も可能ですが、もし犯人に何かできるならどの言葉を使うか考えます。
秋山先生の案は、重くきついものでした。犯人に反省を促すという点では強烈でしたね。

上記を読むととても難しいお話に見えるかもしれませんが、筋はいたってシンプルです。
好きな女の子の為に、男の子ががんばる、それだけです。

読んでいてぼくに相当移入しました。ぼくが悲しい時、怒っている時、そのまま同じ気持ちになれたのです。
しかし、書かれず伏せられたぼくの想い、またぼく自身が気づいていなかった事実というのもありました。
そうして意図的にぼくと同化させられなかった部分にも、驚きと衝撃がありました。なお、それらは、まったくの初出ではなく、それまでを丁寧に読んでいれば想像できた人もいるのだと思います。

【以下、ネタバレあり感想】
【“辻村深月「ぼくのメジャースプーン」”の続きを読む】

テーマ:感想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/03/19(月) 21:01:14|
  2. 読書感想文(小説)

ボリス・ヴィアン「日々の泡(うたかたの日々)」感想

日々の泡 (新潮文庫)日々の泡 (新潮文庫)
(1998/02)
ボリス ヴィアン

商品詳細を見る

↑装丁と訳は、これと違ったかもしれないです。

【あらすじ】
裕福な青年コランは、生きる為に労働するということはしなかった。
友人と語らい美しい少女を愛で、音楽と料理を楽しみながら暮らしている。
コランは、恋人クロエと結婚をするのだが、ある日、彼女の身に異変が起こってしまう。

【途中まで、ネタバレなし感想】
本が手元にないのでうろ覚えです。引用している文章も正確ではありませんから予めご了承ください。

コランには、料理人のニコラ、技師のシック、という友人がいて、彼らにもそれぞれ恋人があります。
3組のカップルが送る日々を、SF的幻想を織り交ぜつつ、時には美しく、時には残酷に書き散らした、夢うつつのカオス物語です。

美少女と物理学と機械と料理と音楽と花と猟奇でできてる話で、プログレロックやテクノバンドの曲名・歌詞に通じるものがありました。

耽美または猟奇表現が15ページに一回は出てくる勢いなので、いわゆるエログロというものかもしれません。
痛いのも気持ち悪いのも汚いのも大の苦手ですが、引きつつ笑えもしました。

像やネズミも話す寓話的世界観なのですが、ほぼ最後までそれを分かっておらず、もっと現実に即した話と理解しようとしていました。
ですから、「薔薇色の雲が空から下りてきて恋人たちを包んだ。僕らからは周囲が見えるが、周りからはこちらが見えない。透明人間だ。」「この音楽レコードをかけたら、部屋が丸くなってしまった、こんな形の部屋に医者はたどり着けるだろうか」という描写も、何かの比喩かな?心理描写?それとも、登場人物が全員麻薬でラリって同じ幻覚みているの?と思っていました。
しかし、その後を見るにつけ、「リアルに部屋変形してたかも」と思うに至りました。

意味不明なりにインパクト溢れる要素の数々で、そのパーツだけでも十分面白かったです。

薬を作る機械が空転したのは、変造ウサギが時々鋼鉄に勝ってしまうからなんだ、と薬剤師は言う。

結婚式の楽士達は、囚人護送車で帰ってゆく。

職業的男色衆の双子、弟が兄に言い放った「あんたはきっといつか女の子と結婚しちまうんだ!」

ピアノの音符の長さとペダルの踏み方、トリルの具合によってカクテルが作られるマシーン「カクテルピアノ」。

(゚д゚)!?

ギリ…現実かなぁヘ(゚д゚)ノ ナニコレ?面白いけど…と読み進めると、睡蓮と鋼鉄の薔薇がとんでもない所に生えてきます。そこで漸く「あ、これ、ひょっとしてSF?」って気づきました。(実はそういう事例って本当にあるのかも…とも考えましたが、それはないようです。「そういうの世界のどこかにはありそう」というラインを突いてくるお話なんですよ。)

睡蓮は、ロマンと残酷と恐怖と心地よさを同時に表現してるような面白いモチーフでした。

女の子の髪の毛を(´~`)モグモグ。「君の姪みたいな”こころの妹”を希望しているんだ」とかいう謎セリフが出てくるのですが、それっきり、”こころの妹”発言しなくなりました。
「君の姪」、というのは、アリーズという美少女の事です。料理人ニコラの姪にして、技師シックの恋人。
主人公コランは、アリーズいいなぁ、と最初思っていたようですが、好きな曲と同じ名前を持つクロエと付き合い始めるのです。

親友のシックという男がハマってる哲学者ジャン=ソオル・パルトルの著書名がいちいち汚かったです。
シックはパルトルに心酔しきっており、言いたい事は全部パルトルが言ってくれるし!彼の著書は一冊残らず買いたいし、講演だって見に行くぞ、講演は録音し、自室にて別の日の講演を同時再生、その矛盾点から新たな真理を探るぜ!という勢いの人です。熱狂的なファンといいますか、狂信者です。
人間、あそこまで誰か一人を崇拝するのは良くないなぁ、自分というものがなくなるし生活も恋人も友人もえらいことになっちゃうわぁ…本人は幸せそうで何よりだけども…。というのを極端に描いた風刺的なキャラ造形なのでしょう。

双子の兄弟の職業は、結婚式に付き添いをする「男色衆(おかましゅう)」なのですが、ネット検索してもそれらしいものが出ません。
フランスには実在する風習なのか、創作なのか謎です。
兄は、女性も好きな人なのですが、弟はそれを不潔だ、変態だ、というように扱います。仕事中女性に近づき過ぎる兄の腰を力任せにつねっているのを見て、弟は男性が好きというよりお兄ちゃんを独り占めしたい人なのかなぁと感じました。それゆえに暴言を吐くし攻撃をする。

この双子、話の本筋には絡まないのに出てきました。微妙に同性愛・倒錯っぽい描写は他にもありました。
女性キャラ(?)が、16歳と18歳の少女が酔いつぶれていて帰れないからと、自分の所に泊めて、ベッドに空きに入り込んで朝まで一緒に寝ていました。
また、主人公コランが結婚するのにあたり、親友シックがネクタイ結ぶのを手伝ってくれるのですが、14回も失敗し、内3回ネクタイが裂けるのです。しまいには、シックの指がネクタイに巻き込まれた状態で力いっぱい引いてしまったので、怪我をしてしまいます。
ここの描写になぜこんなに行数を割く?というくらい精密で、少女を賛美するのと同じくらい長く克明でした。
何か、元ネタの神話や古典、聖書の記述でもあるんでしょうか?
シックとコランのその後を暗示してるのか?とも考えましたが、それなら、コランが巻き込まれないとしっくりきません。(うろ覚えなので、読み返したら、コランが指怪我するのかも?)

「労働」について描かれてます。
人間はなぜ、自分が働かなくて済むような機械をつくらないのか。
働くことが最も素晴らしく尊い行為だと(宗教的にも道徳的にも?)教え込まれている社畜、労働厨のみなさん、おつかれ様!みたいな立場の主人公コラン。彼の主張も、間違いではないと感じましたけども、周りの人から「何をして生きてます?」って訊かれた時、それは「仕事」「職業」を指しているんですよね。働く人が居ないと社会・経済・国は回せないですね。
コランは、高等遊民というやつなんだと思います。食うのに困らず、文化・芸術・愛する人、趣味だけで生きている。
果たして、それだけで美しい睡蓮に太刀打ちできるのか。人間、本当に「人間らしい生き方」だけで、「人間」を続けられるのか、という事を考えさせられました。

ラスト付近が超展開でして、ぐいぐい引き込まれました。とても面白い構図ですが、映像化版は見たくないです。

作者がジャズ音楽家でもあるらしく、作中、随所に音楽の話が出てきます。楽器やマイクロフォンなど録音、再生機器に関する描写も多いです。

【以下、ネタバレあり感想】 
【“ボリス・ヴィアン「日々の泡(うたかたの日々)」感想”の続きを読む】

テーマ:読んだ本の感想等 - ジャンル:小説・文学

  1. 2012/03/19(月) 17:01:34|
  2. 読書感想文(小説)
前のページ 次のページ